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ドラゴンクエストⅤ〜イレギュラーな冒険譚〜

作者:むぎちゃ
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第六十三話 再起

 
前書き
スマホ版ドラクエⅤをプレイしていたらモチベが復活してきました。

 

 
 一体どれほどの時が流れただろうか。
 石になった肉体はほんの僅かに動く事さえ叶わず、しかし心までは石にならなかったこの日々はアベルにとって苦痛以外の何物でもなかった。しかし、世界を認識できた事は彼にとってはほんの僅かな救いだったのかもしれない。
 ただの石像として世界を見つめ続ける事こそが彼の心を繋ぎ止める楔となっていた。
 デモンズタワーでの戦いでゲマにより石化されて以降、彼は光の教団の御利益がある石像として売り出されていた。もちろんそんなはずはない。光の教団達が信者や資金源を確保する為の嘘八百に過ぎなかった。
 しかしそれでも信じるものはおり、とある富豪によってアベルは購入される事となる。
 屋敷の中庭に飾られた彼を、富豪は大変満足そうな顔をして見ていた。
「こんなに立派な石像なんだ。きっと私達を守ってくれるに違いない」
 その富豪には妻と子供、召使とペットがいて温かな日常を過ごしていた。
 そう、かつても彼にはあったものだ。妻も、子供も、従者も。本当は何一つ欠ける事なく存在していたはずだった。あんな悲劇さえ無ければ、彼だって同じ温かさが手にあったはずなのだ。
 だが石になったこの体は何一つ感じず、心は引き裂かれてしまいそうな渇望と慨嘆に襲われる。目の前に繰り広げられている幸せに自分の現状を容赦無く直視させられて心が砕かれそうになるが、その目の前の温かさによって彼自身もかろうじて救われていた。
 ジージョというその富豪の子は何一つ不自由なく、周りからの愛情を受けすくすくと育っていった。
 それを見るたびに我が子達の事を思い出しつつも、自分も「御神体」としてジージョを見守り続ける事が石となった彼に出来る唯一の事だった。
 しかし、彼に降りかかる運命はそんな僅かな救いすらも容赦無く打ち砕く。
 ある日光の教団の空を飛ぶ魔物によって、ジージョが連れ去られてしまったのである。目の前で繰り広げられている悲劇を何とか止めようとしたが、石の肉体は悲劇を止めようとする事も悲劇から目を逸らす事も彼には許さなかった。
 ジージョは連れ去られたやり場のない怒りと悲しみを、富豪は何の役にも立たなかった彼に杖による打撃という形でぶつけた。彼の体は今は石なのだから何の痛痒も感じなかったが、自らの無力に対する慨嘆、理不尽な運命に対する忿怒、何も守る事ができなかった事への罪悪感、そして僅かな救いすら砕かれたことに対しての悲しみが、彼の心を溶かし、蝕み、崩し、引き裂いた。
 そして庭の片隅に打ち捨てられ、雨に打たれ、風に吹かれているうちに彼の心もまた何も感じることのない石のように変わりつつあった。
 それから更に幾度となく朝が来て夜が来て、季節は移り変わり、夥しい日数が流れた。


 *

 私達は今ブルジオさんという富豪の屋敷に向かっている。メンバーは私、レックス、タバサ、フローラさんだ。
 元々フローラさんは本来は関係なかったのだが、「ブルジオさんとは多少とはいえ面識がありますし、私がお話をした方がきっとスムーズに行きますわ」という事でわざわざ一緒に付いてきてくれて本当に感謝しかない。ちなみにデボラの方はあんまりブルジオさんのことを知らない上に行きたがらなかったのでここにはいない。
「着きましたわ」
 フローラさんが足を止めた、その先にはブルジオさんの屋敷があった。
「ここに、お父さんがいるんだよね!」
「お父さん……、私が治してあげます」
 レックスは父親にもうすぐ会える事への歓喜を、タバサは父を一刻も早く石化から解放しようという意思をそれぞれの顔に浮かべる。
「……もう8年か」
 8年。長かった。無力感に苛まれながらもそこから抜け出し、自分の力で抗い続けると決意して血の滲むような努力を重ねてきた。
 そしてついに呪縛からアベルを解放する事が出来る。
 今この瞬間が自分が望んでいたことになりつつある事に嬉しさや喜びは感じなかった。アベルがいなかった期間が長過ぎて彼が戻ってくるという現実味が未だに沸いていない。寧ろどこか奇妙にすら感じた。
 門を潜ると、目の前に現れたのは荒れ果てた中庭だった。花壇には何も植えられておらず、土も乾ききってしまっている。雑草だってあちこち伸び放題で、噴水の水も枯れてしまってる。
「まぁ……、ブルジオさんに何があったのでしょうか」
 そう言ってフローラさんは駆け出して屋敷のドアをノックした。
「……どなたですか」
 しばらく経って低い嗄れた声が聞こえてきた。
「お久しぶりです、私です。ルドマンの娘のフローラです」
 ドアが少し開き、中からブルジオさんが顔を見せる。非常に生気に乏しい顔をしていた。この顔を私は知っている。この顔はとても深い絶望と悲しみによって作られた顔だ。かつての私自身がこの顔を浮かべていた。
「これはこれは。お久しぶりですなフローラさん。本日はどのようなご用件で?」
 そしてそこから出される声も何の感情も込められてはいない平坦な声だった。
「少しお話ししたい事がございましたので、ここまで来ました。よろしければ中でお話しさせてもらってもよろしいでしょうか?」
「…………よろしいでしょう。どうぞ中にお入り下さい。お連れの方々も是非」
 屋敷の中は光が差し込んでいるのに陰鬱な気配がした。私達は全員紅茶を振舞われ、もてなされた。紅茶を淹れてくれた召使いのクラウドさんもブルジオさんほどではないが彼もまた深い憂いを帯びた表情をしていた。
「さて、改めてお聞きしますが本日はどのようなご用件で?」
「実はお願いしたいことがございまして」
「それは何ですか?」
「以前ブルジオさんがご購入されたという石像をお譲りいただきたいのですが」
 フローラさんのその言葉にブルジオさんの手が不自然に震え、紅茶のカップが倒れた。
「火傷は大丈夫ですか、ご主人様」
「大丈夫だ、クラウド。幸いにも溢れたのはテーブルの上だけだ。わしにはかかっておらん」
「わかりました。ではお下げいたします」
 クラウドさんはテキパキとした手つきで溢れた紅茶や倒れたカップを片付けると、奥へと下がっていった。
「さて、石像の事でしたかな。いいでしょう、あんなものでよろしければお譲りしますよ」
 石像について語るブルジオさんの声には冷たい憎悪のような禍々しい感情が込められていた。何故ここまでの強い感情があるのかわからないけれどきっと過去に辛い何かがあってそれに少なくともアベルの石像が関わっているのはこれまでの態度で察する事が出来た。
「先程からどうも石像に対しての態度が気にかかるのですが差し支え無ければ教えてくれませんか?」
 ブルジオさんの石像に対する様子をフローラさんも気になっていたのだろう、ついにに切り出した。
「……数年前の話ですよ。私達には愛する息子がいました。ジージョという一人息子です。息子がいた日々はとても楽しく幸せでしたよ。ええ。ですが……」
 ブルジオさんは表情を険しくし、杖を勢いよく握りしめた。
「ですが、魔物達が息子を連れ去った……!あの石像は守り神だというから買ったのに何の役にも立たなかった!あの石像は考えるだけでも忌々しい!」
 それを聞いてこの屋敷の荒れ具合に、そして何よりアベルの石像に対する様子に納得がいった。一人息子の危機にどうする事も出来なかった自分自身に対してや突如襲いかかった理不尽に対するやり場のない怒りをアベルの石像に向けている。でも、アベルの石像を見てしまうと辛い過去を思い出してしまうからなるべく意識しないようにしているんだ。
「……石像は噴水の近くの茂みにあります」
 私達は外に出て、茂みをかき分けた。あちこち雑草が大量に伸び放題で中々苦労したけどついにアベルの石像を見つける事が出来た。見た感じ特に風化している箇所は無さそうで安心した。
「さぁ、タバサ。その杖を」
「はい、先生」
 タバサがストロスの杖をかざすと、杖に埋め込まれている宝玉が輝き始めた。青い光の粒がアベルの体に降り注ぎ、物言わぬ石像から人間へとその姿を元に戻していく。宝玉が光を放ち終える頃には、そこには元のアベルが横たわっていた。
 上半身だけ体を起こしたが呪いが解けたばかりでまだ何があったのかよくわかってないのだろう、目を瞬かせたり、辺りを見渡している。
「「お父さん!!」
 レックスとタバサがアベルに勢いよく抱きつく。
「本当に良かったですわね……」
 涙を流しながらフローラさんは笑っていた。
「うん、良かったです。本当に、本当に……」
 そして、私も笑いながら瞳に熱いものがこみ上げているのを感じていた。
 

 

 
 

 
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