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社会人共がクトゥルフやった時のリプレイ

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おまえがちょうどいい
  Part.4

 シナリオ3日目に突入だ。今は授業が全て終わって時間は12時過ぎ。土曜日ということもあっておまえたちは完全にフリーな状態だ。まぁ、好きに行動していいよ。

「特にバイトのシフトとかは入っていないし、9時に学校前に集合して賀川先生の家に向かおう」

「そうね、それでいいわ」

「こんな事件、とっとと解決しましょう。正直あんまり眠れていません」

「というわけでGM、俺は昨日入手した賀川先生の自宅の住所を頼りに向かうとする。《ナビゲート》は必要か? 初期値なんだが」

 あーいや、いらないかな。おまえさんたちの地元っていう設定だし、土地勘があるから地図を見ながら行けば普通に着く。なんか理由があって早く突き止めたいならダイスを要求するが。

「早く解決したいのは山々ですけど、初期値の《ナビゲート》に失敗して迷子になっても困りますし、ここはグー◯ルマップ先生に頼りつつ賀川先生の家に向かいましょう」

「賛成よ。10パーセントにかけるのはリスクがあるし、ファンブルが出たら目も当てられない。普通に向かいましょう」

「よし、じゃあスマフォ片手に賀川先生の家に向かおう」

 住所頼りに賀川先生のアパートに向かうと。それじゃあ10分もかからずにそのアパートに辿り着く。

「アパートはどんなアパート? ダイスを振らない範囲でわかることを教えなさい」

 はいはい。
 アパートは木造2階建てのボロアパートだ。ここからおまえさんたちが通う学校が見えるくらい近い場所にある。部屋も6部屋しかなく、見るからに小さいから1人暮らしの人向けの安いアパートだということが自然とわかるだろう。

「……こんなアパートじゃ、管理人なんていやしないわよね?」

 いないねい。やったところで金と管理が釣り合いそうにないし。

「このアパートに見たらわかるくらいの明らかな異変はありませんか? アパート全体を見渡してみます」

 2階の窓際の一室。最初はカーテンだと思うかもしれないがそれは違う。びっしりと薄紫色の花が窓を埋め尽くさんとばかりに咲いている。あの咲き方からして手入れがされていないことくらいはわかるんじゃないか? 知らんけど。

「あそこだな。念のために確認だ。表札くらいはあるだろう? 郵便受けでもいいが。それでその住人の名前を確認する」

 その部屋203号室の表札には『賀川康史』と表記されている。郵便受けにはダイレクトメールやチラシが数枚残っている。ああそうだ。この部屋の前に来た全員、《聞き耳》判定をしてくれ。

 射命丸《聞き耳》53 → 26 成功
 萩村 《聞き耳》60 → 47 失敗
 遊星 《聞き耳》65 → 13 成功

 お、全員成功か。いいねい。じゃあドアの向こう側から学校にいたときに感じたあの甘い香りが漂っていることに気が付いたよ。

「よし、ここに間違いはないな。見つけたぞ」

「チラシを手に取っていいかしら?」

 いいよ。

「チラシに書かれている日付を確認する」

 そのチラシは3日前の近くのスーパーの特売のチラシだ。

「学園に影法師が現れたのと同時期ね。GM、部屋のインターホンを鳴らすわ。反応はある?」

 反応はないねい。

「じゃあノックをしながら名前を呼びます。賀川さん、いらっしゃいませんかー? 反応はありますか?」

 いんや反応はない。

「ドアノブを回してみるぞ」

 施錠されていないようだ。ドアノブがいっぱいまで回っている。

「入る前にアパートの住人に訊き込みをしましょう」

 アパート全体に人がいるような雰囲気はない。全員仕事やらなんやらで出払っちまっているみたいだ。

「じゃあもう中に入るしかないな。俺が最初に入ろう。《SIZ》も《STR》もそこそこ高いしな」

「私は最後尾。文は2番目にしなさい、多分そこが安全よ」

「じゃあお言葉に甘えて部屋の中に入ります」

「部屋の中はどうなっている? ダイスを振らなくてもわかる情報を教えなさい」

 あいよ。
 部屋の中は甘い香りで充満している。充満していると言っても気分を害すほどの物じゃあない。爽やかな香りだからな。
 狭いアパートだから玄関から部屋の中は丸見えだ。玄関脇に小さなキッチン、8畳ほどしかない居間、ユニットバスとトイレがあるワンルームだ。電気は点いてなく、今日はそこそこいい天気だというのに部屋の中は薄暗い。窓に張り付いている薄紫色の花のせいで日航が部屋の中に入り辛くなっているからだ。

「電気を点けるわ。こういうアパートは玄関に一通りの電気のスイッチがあるのよ」

 あるねい。じゃあ部屋は明るくなったわ。

「靴を脱いで部屋の中に入る」

「私も靴を脱ぎましょう」

「……私だけ土足なわけにもいかないし、脱ぐとしましょう。居間に行きましょう。居間はどんな感じ?」

 折りたたみ式の机と本棚くらいしかない質素な部屋だ。
 居間にも窓際に張り付いていた紫色の花が咲いている。しかし、どういうことだろうか。その花々は床全体に広がっているのではなく、部屋の中央にある何かを苗床としているかのように異常に繁殖していた。例えるとするならばまるで棺桶のようだ。大の大人1人をかたどったように花々は生い茂っていた。その苗床……花々の下には根に覆われた肌色の何かがそこにあった。
 それは眼鏡を掛けた1人の男性だった。痩せこけた頬に無精髭、白髪交じりのぼさぼさな髪の毛、生気を感じさせないほど真っ白になった肌とやつれた姿のまま眠る男性。……いや、おまえさんたちは気が付いている。その男性がその眼を自力で開けることはないほどの、これ以上にない永遠の眠りについてしまっているということを。
 永遠の眠りにつく男性からは腐敗臭はなく代わりに花のものだろう、甘い甘い爽やかな香りをその身体から発していた。
 ……男性、賀川康史の異常な遺体を目撃した探索者諸君、1/1D4の《SAN》チェックだ。

「クトゥルフらしくなってきたわね」

 射命丸《SAN》46 → 42 成功
 萩村 《SAN》44 → 34 成功
 遊星 《SAN》56 → 92 失敗

「ぐ、俺だけ失敗か(コロコロ)……最大値4か。ヤバいな。口元を抑えて硬直する」

「遊星落ち着きなさい。一旦部屋から出て外の空気を吸ってきなさい」

「あ、ああ……すまん。俺は部屋から外に出て落ち着いてから戻るとする」

 で、どうする? 警察でも呼ぶかい?

「時間の無駄だしそんなのは後でいいわ。この事件が解決したら連絡する」

 そうかい。

「賀川先生……亡くなっていたんですね。チラシから察するに3日前でしょうか?」

「そのようね。私たちが相手にしていたものの正体は差し詰め、賀川先生の亡霊とかそんな感じのものでしょう。というかいい加減この甘い匂いのする花の名前を知りたいんだけど……《生物学》振らないとダメかしら?」

 あー、うん。それもそうなんだけどねい。《生物学》なんて誰も取ってないだろ?

「私はないわ」

「私もありません」

「俺もだ」

 だよな。……萩村、おまえ博識だし、《知識》でロールしていいぞ。成功でこの花の名前を知っていることにする。実物を見るのは初めてだが図鑑で見たことにしよう。

「助かるわ」

 萩村 《知識》70 → 39 成功

 よしオーケー。じゃあ萩村はこの紫の花の名前を知っている。カンパニュラという観葉植物だ。初夏から夏にかけて、釣鐘状の可愛らしい花をたくさん咲かせる姿が一般的の植物。花言葉は「誠実」で、窓際に鉢植えがあることから、元はそこで育てられていたんだろうということがわかる。

「そのことを文に解説するわ。遊星にもあとで教えておく」

「『誠実』ですか……多分先生は16年前にもっと誠実な態度で臨むべきだったと後悔していたんですね」

「GM、死体やカンパニュラのほかに異変はない? 《目星》は必要?」

 いや見えているし《目星》はいらないかな。ただ《アイデア》成功で情報が出る。

「よし、じゃあ《アイデア》ね。私の《INT》は17あるわ」

「めちゃくちゃ頭いいですね。私は11です。平凡ですよっと」

 射命丸《アイデア》55 → 34 成功
 萩村 《アイデア》85 → 80 成功

 おまえさんたちは賀川先生を中心に広がるカンパニュラが窓際以外にも別の場所にも大量の根が伸びていることに気が付く。まるで根が手を伸ばしているかのようだ。

「根っこの先に何があるの?」

 本棚があるねい。そしてその上には小さな黒い石像がある。

「石像ですか。気になりますけどそれは後回しでいいでしょう。変に動かして魔術が発動しても嫌ですしね」

「そうね。私もそれが良いと思うわ。石像以外のものを調べるとしましょう」

「ただいま。もう大丈夫だ。俺も部屋の探索を手伝うぞ」

 誰がどこを調べるんだい?

「俺は風呂を調べよう」

「私はキッチンを調べます」

「じゃあ私は居間ね。と言っても本棚くらいしか調べるものはなさそうだけど」

 あー、キッチンも風呂も特に目ぼしいものはない。本棚を調べていた萩村、ダイス振る気はあるか?

「ないわ。ロールプレイでカバーする。まず本棚にはどんな本が多い?」

 歴史や考古学に関する本が多いかな。

「まずそれは除外ね。教材やマニュアル、辞典も除外するわ。そうねぇ、ここは定番中の定番。日記みたいなものはないかしら? 市販のノートブックを捜してみる」

 ちっ、本当にダイス振らずに見つけやがった。
 ああそうだよあるよ、賀川先生の日記。と言っても日記帳と書いてあるわけじゃあない。なにも題名もない市販のノートブックだ。

「中を一目見て手書きだということを確認したら文と遊星を呼んで一緒に読む」

 手書きのものだねい。

「文、遊星、賀川先生のノート見つけたわよ、と2人を呼ぶ」

「じゃあ呼ばれてバスルームからやってくる」

「私も来ます。先生のノートですか? 中身を見ましたか?」

「またちゃんとは読んでないわ。今からよ」

 お、ノートを読むんだな。
 このノートは日々の生活で感じていた不安から逃れようと自問自答を繰り返した言葉を乱雑に書き綴ったものだ。意味不明な言葉が多く、立て続けに、文脈すら安定していないことから、これを描いた人間の精神は相当弱くなっていたと推察できる。《母国語》《心理学》《精神分析》の中から好きなものを選んでロールをしてもらっていいぞ。

「私は《精神分析》を持っています。50パーセントですけど」

「《心理学》は取っているわ。60パーセント」

「じゃあ俺は《母国語》だな。55パーセントもある」

 あ、全員バラバラにダイス振るのか。ぶっちゃけ同じ結果が出るんだがな。それからこの《心理学》の結果は公開するぜ。

 射命丸《精神分析》50 → 82 失敗
 萩村 《心理学》 60 → 33 成功
 遊星 《母国語》 55 → 52 成功

「あやや、私だけ失敗しちゃいました」

 他の技能で再挑戦してもいいぞ。

「じゃあ今度は《心理学》で行きます」

 射命丸《心理学》50 → 45 成功

 これで全員成功だねい。
 じゃあこの日記とも形容しがたいノートを読んだおまえさんたちは、こうしてノートの文字と書いた主が会話と言えぬ会話をし続けてきたと思うことだろう。
 このノートを描いた主……賀川先生は予坂梨世が自殺したという噂に強く心を痛め、罪悪感を抱いていた。ノートには謝罪の言葉がずっと書き綴られていたことから、ずっとずっとその自責の念を抱いていたことが伺える。
 しかし、やがてその謝罪の内容はどうすれば罪を償うことができるのかという自問自答の嵐へと変わっていく。

 ――教師としてできることは、立派になった子供を彼女のもとに連れて行ってやることだけだ。出産の女神よ、私の願いをどうか……どうか……

 書く力さえ失ったかのように、細く弱々しい字で、最後にこう書かれていた。……この狂気に満ちたノートを読んだおまえさんたち、《SAN》チェックの時間だぜ。1/1D3な。

 射命丸《SAN》45 → 89 失敗
 萩村 《SAN》43 → 33 成功
 遊星 《SAN》52 → 88 失敗

「うへぇ(コロコロ)……1です。助かりました」

「(コロコロ)……2だ。地味に正気度が減っていくんだが」

「発狂してなきゃなんでも一緒よ。にしてもこれは大分精神をやられているわね。最終的に出た結論って、ぶっちゃけ予坂さんに似た子供を殺すって言うことでしょ?」

「ていうことは私、この事件解決しないと強制キャラロストですか。なんて理不尽な」

「とりあえず賀川先生の目的がはっきりした今、このノートはもう必要ないわね。ノートを閉じて元あった場所に戻すわ。次は石像を調べましょう。多分あとこれくらいしか調べるものはないでしょ」

「ですね。というわけで石像を調べます。どんな石像かわかりますか?」

 高さ11センチの黒い石を削って作成された石像だ。素人目でもかなり古いものであることがわかる。女性の豊満な体をモデルとしているが、乳房が5つもあり、かなり異形なデザインをしている。

「悪趣味だな」

 と、この石像を見た全員、《知識》《歴史》《考古学》で判定してくれ。

「「《知識》で判定します(する)」」

「私は《歴史》で判定してみるわ。《知識》の方が上だけど」

 射命丸《知識》55 → 36 成功
 萩村 《歴史》67 → 42 成功
 遊星 《知識》55 → 93 失敗

 知識のない遊星は悪趣味とバッサリ切り捨てちまったが、射命丸と萩村はこの像が意味することを知っていました。
 5つある乳房は原始人にとっての多産の象徴であり、かつ地母神のイメージを形にしたものであるということを。

「なるほど……多産の地母神ですか」

「てことは……あの神様が顕現しちゃうのこのシナリオ。かなりヤバいじゃない」

 はいはいメタ推理はダメダメ。で、どうするんだいその像。壊すかい?

「うわGMが催促してきた。壊すって、そんな簡単に壊せるもんなのか?」

 床に叩き付ければ壊れるだろうさ。そんな頑丈なもんでもないし。で、どうする?

「……今壊すのは早計よ。でもGMがこの像の扱いを訊いてきたってことは、シナリオの都合上かなり重要なポジションにあることはわかる。ここは持っていきましょう」

「ですね。私が持っていきます。鞄に仕舞います」

「さて、もう調べることもなさそうだな。家から出るか」

「そうね。で、これからどうするかだけど」

「事情や重要そうなアイテムも手に入ったことですし、シナリオ的にはそろそろクライマックスでしょう。やることは1つだけでしょう」

「賀川先生の亡霊との真っ向勝負、ね。GM、文の身の回りに起きている異変はどこで起こるのが多いかわかる?」

 学校内……というか学校の敷地内以外で異変は起きていないねい。

「決定ね。みんな、学校に戻りましょう」

「だな。多分最終決戦の場所はそこだろう。時間はどうだ? 昼に出てきてすぐにここを突き止めたってことはそんなに時間は経っていないだろう?」

 現在時刻は夕方の4時ちょっと過ぎだ。学校に戻ったら運動系の部活動で残っている生徒や図書室で勉強している生徒が残っていることだろう。

「よし、学校に戻ろう。賀川先生の亡霊が出てきたときに勝負だな。この像を投げつければいいのか、破壊すればいいのかはわからないが、対決中になにかしら見えてくるだろう」

「というわけでGM、私たちは学校に戻ります」

 よしオーケー。いいねいいいねい、TRPGをやり慣れているやつらはこっちがやってほしいことをわかってくれて助かるねい。

「公式のシナリオだからほとんど一本道でわかりやすいだけよ」

「ですね。起承転結がくっきりしている分、自由度が低くて必然と次の行動が限られてしまったり。公式シナリオの特徴ですよね。GMには優しくて何よりですけど」

 まぁ最初に言ったように2時間程度で終わるように作られているらしいしな。多少の単純化もまた味ってやつだろ。先に進めるよい?
 おまえさんたちが学校の近くまで移動してきたとき、校舎を見つめている中年の女性と遭遇する。《アイデア》を振んな。

 射命丸《アイデア》55 → 05 クリティカル
 萩村 《アイデア》85 → 80 成功
 遊星 《アイデア》65 → 06 成功

「クリティカル出ました! なにかありますか?」

 じゃあ《SAN》を1回復させていいよ。

「女の人を見ただけで安心したとか、文あんたまさか」

「いやいやいやいや」

 あー、ちゃんと理由あるから安心しろ。
 ちらりとおまえらが女性の顔を見たとき、その女性が卒業写真の中にあったかつての予坂梨世にそっくりだったことに気付いた。射命丸は彼女が自殺したと噂されていた予坂梨世だと感じ、彼女が自殺していなかったことに気が付いて安心した。ということで《SAN》値回復だ。

「なるほどそういうことでしたか……って凄い情報くれませんでしたか?」

「まさかのご本人登場か。いやもしかしたら予坂さんの縁者かもしれない。ここは本人かどうかを確認するベきだ。というわけで俺はその女性に声をかけるぞ。予坂さん? もしかして予坂梨世さんですか? と訊ねよう」

 遊星が女性に声をかけると、女性は戸惑ったような顔をする。だがおまえたちを少し見て僅かに微笑んだ。

「ええ、私は予坂梨世よ。君たちはあの学校の生徒さんよね。その制服、16年前と何も変わらない。懐かしいわ」

「本人確認完了だ。間違いないな」

「でもなんで本人がこんなところに来たのかしらね」

 ああ、それなら本人が喋ってくれるよ。おまえさんたちの制服を見て懐かしんでいた彼女は優しい眼差しを向けながら続けた。

「ねぇ、もしかしてあなた達が私のことを調べている学生さんかしら?」

「……この口ぶりからして、私たちが彼女について調べていたことを知っていたみたいですね」

「素直に認めた方がいいんじゃないか?」

「そうね。ここは誠実な態度で臨むべきだわ。はい、そうです。私たちは訳有って、あなたのことを調べていました。勝手なことをして舞い、申し訳ありません。と頭を下げるわ」

「私も頭を下げます」

「当然俺も下げる」

 おまえさんたちが頭を下げると、予坂さんは軽く笑いながら手を振りながら大丈夫大丈夫と言ってくる。

「わかっているわ。きっと誠実なあなたたちだったから宮城先生はお話ししたんでしょうね」

「宮城先生が連絡したみたいですね。訊いてみましょう。もしかしてあなたがここに来たのは宮城先生から連絡が来たからですか?」

「ええ。宮城先生が古い伝手を使って私の連絡先を調べたらしくてね、昨日の夜に連絡があったのよ。私が生きていてよかったって、泣いて喜んでいらしたわ。宮城先生から聞いたわ。必死な顔つきで私のことを調べている生徒さんたちがいて、16年前の出来事を喋ってしまったってね」

「私たちのせいで嫌な過去を思い出させてしまって、本当に申し訳ございません」

「だからいいのよ。あれはもともと私の自業自得だったし、それにあなたたちが私のことを調べてくれたおかげで、私は一歩前に踏むだす勇気を持てたの。16年前、逃げるように去ったこの学校に、もう一度来て心の整理を付けることができたんだから」

「……このタイミングね。予坂さん、本当に不躾な質問ですが、16年前の事件はどこまでが真実なんですか?」

 その萩村の質問に、予坂さんは嫌な顔1つせずに答えてくれる。

「自殺したっていう噂以外は、多分ほとんど全部真実なんじゃないかしら? 身籠ったこととか、賀川先生に相談したこととか、登校できなくなったとか、家出したとか、全部本当だもの。まぁ、家出したって言っても確か2日くらいで戻ったけどね。でも家族と相談して遠くへ引っ越すことにして、そのまま挨拶もなしに引っ越しちゃったから自殺なんて噂が出ちゃったのかもね」

「その……賀川先生のことは恨んでいますか? 厳しいことを言われたと俺たちは聞いたんですが」

「まさか、恨むなんてとんでもない。確かに賀川先生に相談して、凄く怒られたし、キツい叱責を受けたのは本当よ。でもね、考えてみたら全部私のことを案じていた言葉だってね、家出してしばらくして気が付いたの」

 そう話す予坂さんは穏やかに目を細めながら当時を思い出すように顔を上げる。《心理学》を振るまでもなく、その言葉が彼女の本心だということが伝わってくる。

「真面目な先生だったもの。だから私は賀川先生に相談したの。あの人ならきっと一緒に考えてくれるって。だからあんなに怒られた時は本当に悲しくて、傷付いちゃって。でもね、私が甘かったの。あの人は怒りながらだったけど、引っ越すのか、留まるのか、親にはもう話したのかとか、当たり前のことを言ってきただけだったのにね」

「……いい先生だったんですね」

「ええ。家出して頭冷やして、家族にも打ち明けて……それで私は引っ越してシングルマザーとして子供を育てようって決心できたの。相手の男は私が身籠った途端に突き放してきたから見切りもつけられたしね。本当は先生に挨拶していきたかったんだけど、学校に行くのが怖くて結局そのまま……」

「それがこんな事件にまで発展するとは。でも私が同じ立場だったらって想像すると仕方がないのかもしれませんが」

「でもあなたたちのおかげで、こうしてもう一度この学校に戻って来られたわ。賀川先生はやっぱりいらっしゃらなかったけど、それでも私はこれでようやく過去を清算できそうなのよ。ありがとう」

「い、いえいえとんでもない!」

「どんな事情であれ、私たちは私たちのためにあなたのことを調べていただけですから」

「ああ。あなたが礼を言うことじゃあありませんよ」

「私が言いたいから言うのよ」

 そういう彼女はすっきりとした晴れやかなものだった。本当に踏ん切りが付いたのだろう。

「そういえばあなたたちは今何年生かしら? 仲が良いみたいだし、同学年?」

「全員2年生です。1年生からのクラスメイトで、馬も合って、それで仲が良くなったんですよ」

「そう。じゃあ私の娘の1つ上ね。私の娘……杏里っていうんだけど、杏里も今日、一緒にこの学校に来たのよ」

「……え?」

「へぇ、そうなんですか。今はどちらに?」

「私の母校がどんなところか知りたいって言って、学校の中をぶらついているんじゃないかしら? 結構広いものね、この学校。それに部活動も色々やっているし、ゆっくり見ているんじゃないかしら?」

「予坂さん、その、杏里さんは貴女似ですか?」

「ええ。小さいときの私によく似ているわ。強気そうな顔なのに実は臆病で……ふふ、本当に私にそっくりな子よ」

「これマズいわね。文、遊星! 行くわよ!」

「……! ああ、そうか! マズいなこれは、早く杏里ちゃんを見つけないと!」

「はい? どういうことですか?」

「賀川先生の亡霊は確かにあなたを狙っているけど、あくまでそれはあなたが予坂さんに比較的似ている方だったからでしょ!? でも、もし、あなた以上に予坂さんに似ている子供が学校に現れたことに気付いたら……」

「そういうことですか! 標的は私から杏里さんに代わるってことですね!」

「さっきの予坂さんの話を聞く限り学校に残ってからずいぶん時間が経っているらしいから、もう襲われている可能性もある! 勘違いで賀川先生に人殺しなんてさせられないし、しかも殺したのが実は生きていた予坂さんの実の子供なんてあんまりだ。なんとしてでも止めるぞ!」

「そういうことなら急ぎましょう! 私の《DEX》は17あります! 全速力で走れば間に合うかもしれません! いえ間に合わせます!」

「私も《DEX》15あるわ」

「おまえらどんだけ早いんだよ。俺は12だ。Dホイールがあればなあ」

「まぁいいから早く探しに行くわよ!」

「ですね! 予坂さん! 少し走りますよ!」

「え? え? どうしたの?」

「娘さんの命が危ないんです! 詳しいことは後で話しますからとにかく急いでください! 《説得》で判定!」

 萩村 《説得》70 → 61 成功

「な、なんだかわからないけどわかったわ!」

「よし、役者は揃ったな。これからクライマックスだ。ハッピーエンドを目指すぞ」

 それじゃあおまえさんたちと予坂梨世は夕暮れの学校に駆け込んだとさ。
 次回がラストになるよい。更新が止まっててゴメンねい?




     ――To be continued… 
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