魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~
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Epica29-B大隊の罠~Nuisance~
†††Sideトリシュタン†††
思いがけず訪れたのはルシルさんとの数年ぶりのデート。最初は、ひとりで買い物に出掛けようとするルシルさんに付いて行きたかっただけだった。ルシルさんの実力は誰もが認めている。だから大隊の奇襲があっても拉致はされないと。でも不安が過ぎったこともあって、こうして一緒させてもらった。
――すまん! 度が過ぎたイタズラだった! 今日1日何でもするから許してくれ!――
ルシルさんからのちょっとセクハラに近いイタズラに怒っていると、そんな彼からの謝罪の言葉に私はチャンスだと思い、お願いとして午後はずっと私に付き合ってもらうことに。イリスやはやてはすでにキスを交わしていると聞く。私、完っ全に出遅れてしまっている。焦りはあるけれど、雰囲気も大事にしたいというジレンマ。今日はキスまで行かずとも楽しい時間を過ごせるように考えていたのに・・・。
「許せない・・・」
「トリシュ・・・?」
ルシルさんの運転する“マクティーラ”のサイドカーに乗る私は、後ろから迫り来る見知らぬ形状をしたビッグボーイという物を睨みつける。何で今日に限って、この時間に限って・・・。
「くそ。本格的に俺たちに標的を絞って始末しに来たか・・・! これまでは何かしらの事件へと介入した際に、俺たちは仮面持ちからついでみたく襲われていたが、こうも露骨に狙ってくるとはな!」
「・・・わざわざ転移させてからのビッグボーイですからね。・・・あ!」
――イリス。もし今の会議が大隊に洩れていた場合、連中はどのような手段に出るでしょう?――
――大隊は・・・というより教会は、わたし達の反逆を事前に止めようとするだろうし、何かしらの手段で分散させての各個撃破・・・ってところかな~――
頭を激しく殴られたかのような衝撃が襲ってきた。大隊の母体が聖王教会だという仮定を前提にしての話。生まれる以前からシュテルンベルク家がお世話になっていた聖王教会。本音を言えば信じたくなかった、信じられなかった。ですが今の状況を鑑みれば、やはり仮定は現実のものだったということに・・・。
「どうします?・・・なんて聞くまでもないですね」
「ああ! ボコボコに破壊して、大手を振って帰る!」
「ですね!」
先ほどまでのムカムカとしていた胸の内が、このような状況なのに少しだけど治まった。ルシルさんと2人きりでの共闘。こういうデートの仕方もまた私たちらしいといえばらしい。私は「ふふ♪」と思わず笑ってしまった。
「トリシュ・・・?」
「あ、いいえ。なんでもないです。ルシルさん、私が迎撃するので安全運転お願いします!」
廃れた地下ということもあって地面の舗装は酷い所為で車体が揺れ、さらにビッグボーイのライトが逆光となって先ほどから車体を上手く視認できない。でもライトの方はその中心を狙えば破壊できるはず。
(でもさすがにこの揺れだと直射弾は狙いが定まらない・・・)
「どこかに停車させて、降りて迎撃という手段を取ろう、トリシュ!」
「ダメです! それだとマクティーラが壊されてしまいます!」
廃棄都市区画なんていつ崩落するか判らない場所で、動かない“マクティーラ”を放置するなんて危険すぎる。ルシルさんが“マクティーラ”を大切しているのを何度も見ている。大事に洗ったりメンテナンスしたり、本当に・・・。それをあんなわけも判らない物が原因で壊されるなんて許せない。私とルシルさんと“マクティーラ”で一緒に帰る。ただそれだけ。
「っ! ・・・すまない、恩に着る・・・!」
「気にしないでください! 後日、またこうしてドライブさせてくれたら嬉しいですけど!」
「そうだな! ああ、そうしよう!」
“イゾルデ”を大弓形態シュッツェフォルムで起動させ、騎士甲冑へと変身する。シートに膝立ちして“イゾルデ”を構え、展開した魔力弦に魔力矢を番える。徐々に距離を詰めてくるビッグボーイへと狙いを定め・・・
――翔け抜けし勇猛なる光条――
「往けッ!」
魔力矢を射る。魔力矢は砲撃と化して、ビッグボーイのライトに着弾したけれどパァン!と「弾かれた!?」ことで、ビッグボーイへのダメージはほぼ無し。僅かなりのショックを受けながらも再び魔力矢を弦に番えようとすると、「トリシュ、曲がるぞ! 掴まれ!」というルシルさんの注意によって一時中断。
「いつでも!」
サイドカーのシートの背もたれにしがみ付き、ルシルさんは「行くぞ」!」と“マクティーラ”の前後輪を滑らせるようにして右折。土埃を盛大に上げてカーブを曲がっていく“マクティーラ”を追うビッグボーイは、さすがにその巨体と速度では同じ走行ラインで曲がることが出来ず、そのまま壁に突っ込んで行く。
「きゃあ!」
振動と瓦礫崩落で思わず悲鳴を上げてしまう中、それでも私はビッグボーイの全体図をルシルさんに代わって見ることに注力。
「敵の全体を視認! 12両編成、各車両屋根に2連装砲台が2基ずつ! 6両目に一回り大きな車両! 屋根には他より大きく、砲身も長い砲台が1基! アレは・・・レールガン!」
レールガンの全体を確認すれば、それは装甲列車だった。砲台の形状がプライソン制作の兵器に搭載されていた物に似ている。そんな各砲台の砲口に赤い光が灯り、「攻撃来ます!」私はルシルさんに警告しました。
「防御する!」
――護り給え、汝の万盾――
蒼く輝く小さな円い盾が何百何千と折り重なって大きな障壁を化す。直後、発射された赤いエネルギー砲(やはり魔力は感じられない)が次々と着弾して、「ぅく・・・!」すごい熱量と衝撃を障壁越しから私たちに叩きつけてくる。爆風に煽られながらも“マクティーラ”はどこにもぶつからずに走行を続行。
≪Warnen !≫
“イゾルデ”から警告が発せられる。装甲列車がバックし始めて、レールガンの砲塔を向けたのだ。ドッと嫌な汗が出た。こんな閉鎖空間でレールガンのような砲撃なんて、砲弾の威力もそうだけど発射時の衝撃だけでもこの地下が崩れてもおかしくない。
「屈服させよ、汝の恐怖!」
広い空間から装甲列車が通れないような狭い通路へと“マクティーラ”を走らせたルシルさんは、白銀の巨腕で通路の入り口を完全に塞いだ。直後、その奥からレールガンの発射を示す轟音と、着弾時の爆音と衝撃波が通路を駆け抜けていって、私とルシルさんは「ぅく!」呻き声を上げた。轟音と振動は壁の向こう側から続いているかと思えば、“マクティーラ”の走る通路を横切るように赤い砲撃が壁を突き破ってきた。
「くそっ!」
アクセルとブレーキで“マクティーラ”を上手く操作して、砲撃の直撃をなんとか避ける。どこか広い場所か地上へ出られる通路が無いかを探ろうにも、状況がそれを許してくれない。長い長い通路を抜けた先、そこは先ほどの広間と同じ大きさの半球状ドーム。
「地面の凹凸が酷いな・・・。オフロードでも走れるマクティーラだがさすがに・・・」
地面には数多くの瓦礫が散乱していて、サイドカーのタイヤが瓦礫に引っ掛かって速度がガクッと落ちてしまっている。瓦礫にサイドカーのタイヤが乗り上げては激しく揺れて「ひゃん!?」クッションありでもお尻が痛くなって・・・。そんな急いでいるのに急げない中、ドカーン!と派手な音を立てて装甲列車がドームの壁を突き破って来た。
「ダメだ! トリシュ、こっちのタンデムシートに移ってくれ! サイドカーを切り離す!」
「っ!・・・判りました!」
完全な状態の“マクティーラ”と一緒に帰りたかったけれど、ここで死んでしまっては元も子もない。私は急いでサイドカーからルシルさんの後ろのシートへと移る・・・前に、私は「ごめんね、ありがとう」とサイドカーをそっと撫でた。“イゾルデ”を待機形態のイヤリングに戻して、シートに座ってルシルさんにしがみ付くと同時、“マクティーラ”が急発進。直後にその場所に砲撃が撃ち込まれた。
「「くぅ・・・!」」
衝撃と爆風に煽られつつも無事に走り出す“マクティーラ”にその大きな車体を近付けてくる装甲列車。あんなものに体当たりをされたら、さすがに質量に押し負けて潰される。
「イロウエル!」
そこでルシルさんは巨腕イロウエルをもう一度展開して、ビッグボーイの横っ腹をぶん殴った。私の魔力攻撃を弾いたビッグボーイだったけど、純粋魔力攻撃じゃない物理攻撃に火花を散らせて大きく弾かれた。でも同時にイロウエルも粉砕されて、「ただの障壁じゃないのか!」とルシルさんが吐き捨てた。
「でも効果はあります!」
「ああ! 進路妨害が出来ることが判っただけでも十分だ!」
ドームを突っ切って通路内に進入して、次の広間に入った瞬間、パパッと複数のライトに照らされた。ルシルさんはブレーキをかけつつ左へと曲がるようハンドル操作。後輪がスライドして、私たちは横っ腹を複数のライトへと向けることに。その中で私は目を細め、なんのライトかを視認。
「っ!! ルシルさん、おそらく装甲車です!」
「ライトの位置からしてそんな気はしていた!」
――屈服させよ、汝の恐怖――
複数台の装甲車より数え切れないほどのエネルギー弾が発射され、ルシルさんの「薙ぎ払え!」号令によってイロウエルはエネルギー弾を防ぎ、装甲車を虫を払うかのようにペシッと薙ぎ払った。装甲車が宙を舞い、地面に墜落する中でイロウエルもやはり砕けた。それでも私たちは無傷で済み、広間を抜けてまた別の通路へと入る。僅かなりの坂道のようで少しずつ上がっていっている。
「AMFとはまた別種・・・か」
「魔術・・・?」
「いや。魔術障壁なら俺が気付ける。妙な技術で強化されたAMFと仮定した方がまだいい」
「・・・こういう時に魔導至上主義は厄介ですね」
クリーンエネルギーとして魔力素運用が当たり前の管理世界。現代の文明は魔法に支えられていて、それを覆す方法が生まれると今の魔法文明が崩壊する可能性がある。以前からその危険性は提唱されてはいるけど、魔力素に変わるクリーンエネルギーを見つけることが、創ることが出来ないこともあってそのまま。だから今の装甲列車や装甲車など、魔法を弾く兵器が公に広がれば・・・。そんな未来、考えたくもない。
「仕方ない。それだけ魔法文明は優秀だということだ」
坂道を上り切ってもまだそこは地下だけど先ほどまで居た階層とは違い、割と舗装の整った4射線道路へと出た。通路のど真ん中に支柱が等間隔で並んでいるのは邪魔ですけど、それでも走行には余裕のある広さ。そんな時にまた背後からライトがパッと照らされ、ポー!とあの音が。
「追いつかれた!?」
「というよりは、転移してきたんだろうな・・・!」
“マクティーラ”の速度を上げて逃げの一手選ぶルシルさん。装甲列車も走り出し、その速度を上げて突っ込んでくる。ルシルさんが何度目かの「イロウエル!」を発動し、ビッグボーイを真っ向から殴った。
「なに!?」「っ!?」
今度のビッグボーイはイロウエルに妨害されることなく逆に弾き飛ばした。でも速度が停車したかと思えるほど衰え、その間に私たちはビッグボーイより距離を開ける。
「(このままじゃ・・・)ルシルさん! ちょっと失礼します!」
ルシルさんのお腹に回していた両腕を離し、ルシルさんと私の間のシートに手を付いて腰を浮かせ、さらに片足を上げてクルッと反転。両サイドにあるマフラーの上に立ち、「イゾルデ、シュッツェフォルム!」を再起動。魔法式を物理破壊設定にして、展開した魔力弦に魔力矢を番える。
――突き上がる狂乱の山脈――
魔力矢をビッグボーイの行く手の道路へと撃ち込み、展開されたベルカ魔法陣よりドリル状の岩の剣山が突出させる。ビッグボーイの下っ腹に直撃し、車体が大きく浮き上がって天井に突っ込んだ。
「やるな!」
「剣山の生成には魔力を用いましたけど、それ以外は単純な質量攻撃。破壊には至らなかったようですけど、時間稼ぎにはなるはず!」
天井に突っ込んだことで崩落に巻き込まれるビッグボーイが瓦礫や粉塵に飲み込まれて見えなくなる。そんな崩落した天井からは日の光が降り注いでいた。と同時にビッグボーイが瓦礫を吹っ飛ばしてこちらに向かって走り出した。
「トリシュ! もう一度足を止めてくれ! 俺は脱出経路を作る!」
「判りました!」
――突き上がる狂乱の山脈――
魔力矢2本を弦に番えつつ“イゾルデ”を横に寝かせるように構え、魔力矢をビッグボーイの両側に立つ支柱2本へと向けて「往けッ!」放つ。魔力矢は支柱に着弾して魔法陣を描き、そこより支柱を形成する石材を利用した剣山を突出させた。ガガガ!とビッグボーイの両側面に突き立っていく。火花や甲高い引っ掻き音に剣山が砕かれる音が轟く。
――煌き示せ、汝の閃輝――
「ジャッジメント!」
ルシルさんが砲撃を放ち、行く手の天井を穿って大きな穴を開けた。さらに「ウイングロード!」と、ナカジマ母娘の先天性魔法と伺っている、環状魔法陣による魔力の道を大穴へと伸ばした。
「あれ? 魔力光がサファイアブルー・・・。複製したものじゃないんですね」
「チーム海鳴のみんなもそうだけど、当時の六課のフォワード4人の魔法は全て解析して、わざわざ複製を使うまでもなくなったからな。こういう緊急時にすぐに発動できるのは便利だよ」
“マクティーラ”が地上へと伸びるウイングロードを疾走し、ようやく地上へと出られた。日の光に目を細めつつ地上の様子を見てみると、そこには寂れた廃棄都市区画が広がっていた。そしてこれまで感じたことのないレベルでの「AMF!?」が周囲に展開されていて、魔力弦が消失した。
「あーくそ、しつこい!」
バキバキ!と地面を派手に割って出現したビッグボーイは、悠々と私たちの頭上を通過していく。ソレで始めて判った。ウイングロードみたいなエネルギーで形作られたレールを作り出し続けながら走行していたことに。ビッグボーイは私たちを追い抜くと、ジェットコースターのループコースのように急上昇して、各車両の砲門をこちらへと向けてきた。
「少し揺れるぞ!」
舗装がまた最悪レベルの道路なため、「はいっ!」シートに座り直す。ガタガタと大きく揺れている中、ビッグボーイより砲撃が連続で放たれる。荒れ道を右に左に動いて砲撃を躱すけれど、着弾時の影響で煽られてしまう。それでも倒れないのは“マクティーラ”自身の転倒防止機能とルシルさんの運転技術があるから。
「あまり調子に乗らないでください・・・! ルシルさん! どこでもいいので複数のビルの近くを通ってください! もちろんビッグボーイを引き連れた状態で、です!」
「・・・っ! ああ、なるほど。判った!」
“マクティーラ”は廃棄建造物を盾にすることで、ビッグボーイの砲撃に対する回避運動の回数を減らす。砲撃によっては解されて崩落する瓦礫は、砲撃の速度に比べればまだ余裕で躱すことが出来る。
「このAMFの中、装甲車との挟撃は勘弁してほしいよな・・・!」
「ルシルさん、ソレ、フラグというものでは・・・?」
建物を右折した先、そこに装甲車は・・・いなかった。ホッとしたのも束の間、ビッグボーイが再び私たちを轢き殺そうと高度を下げてきた。でも「トリシュ! 50m先、2射線道路の両側にビルが4棟ずつ並んでいる!」とルシルさんからの報告。
「ありがとうございます! イゾルデ、カートリッジロード!」
“イゾルデ”のカートリッジシステムを起動。“イゾルデ”は双剣の柄尻を連結させて弓とするデバイス。柄――持ち手と剣身の2つの繋ぎ目がスライドすると給弾口が現れ、そしてガシャンと閉じてロード完了。異常なまでの強力なAMFの中で、無理やり魔法を発動させる。右手の指の間に12本の魔力矢を作り出して、展開した魔力弦に構えつつ“イゾルデ”を水平にする。
「大盤振る舞いですよ、受け取りなさい!」
――天に矛向けし幽玄なる熾天翼――
前方に12枚の環状魔法陣を展開して、指を開けて魔力矢を放つ。それぞれの矢は環状魔法陣を抜けるとさらに速度を上げて、道路の両側に建つビルの半ば辺りに着弾。木を伐採する際、倒れる側に切れ込みを入れるのと同じように、魔力爆発で大きく抉らせてみせた。私の策は上手くいったようで、全てのビルが道路側へとゆっくりと倒れ始め、轟音を立ててビッグボーイの上へと崩落した。ビッグボーイはこれまで以上の瓦礫に飲み込まれて、その姿を完全に消した。
「えっと、やり過ぎたでしょうか・・・?」
ブワッとこちらへ迫ってくる粉塵に小さな瓦礫。ルシルさんはそれをサイドミラーで確認しながら、“マクティーラ”を蛇行させて回避し続ける。
「廃棄都市区画だからと言ってあれだけの破壊をしたらまずそうだが、まぁこちらは命が懸かっているんだ。大目に見てもらおう」
粉塵と飛来する瓦礫から完全に逃れられた“マクティーラ”が廃屋を左折すると、その道路の先には数台の装甲車が横列で並んでおり、砲門を一斉にこちらへと向けた。ルシルさんは“マクティーラ”をドリフトさせて、装甲車の列の手前にある右への道路へと曲がった。背後から砲撃の発射音。でも当てる気がないのか、“マクティーラ”は回避行動に入らなくても着弾しない。
「誘い込まれたな・・・」
「え・・・?」
砲撃は脇道への進入口に着弾していて、“マクティーラ”が曲がれないようにしているみたい。そんな誘導まがいの結末は、「ハイウェイ・・・!」の廃棄されたゲート。後ろを見れば装甲車が追って来ていて、Uターンすることも出来ずにそのままゲートを突破して、そのままハイウェイに上がった。
「装甲車は・・・!?」
「付いて来ていないみたいだが・・・。あ、ダメだ!」
ルシルさんがハッとした直後に連続の砲撃音。砲撃がハイウェイを支える柱を撃ち抜いた影響で、ハイウェイ全体が揺れ始める。ハイウェイの舗装がビキビキ、バキバキと音を出してひび割れては崩落し始めた。私は飛行魔法使えないけれど、ルシルさんは飛べるしウイングロードという魔法もある。だけどこのAMFの中ではさすがに・・・。
「ウイングロード・・・!」
前方の道路が完全に崩落したことで、ルシルさんが魔力の道を展開してくれた。でも「ぐぅ・・・!」ルシルさんが右手で心臓付近を鷲掴んで苦しみだした。
「まさか、記憶消失現象が・・・! ルシルさん!」
魔神オーディンもそうだったと聞く、セインテスト家に付き纏う魔力運用過多による記憶障害。ルシルさんもそうで、こんな強力なAMFの中での魔法発動なんて、記憶消失が起きてしまってもおかしくない。
「早く魔法を解除してください!」
「ダメ・・・だ! 今は空中を走ってる・・・! ここで解除すると地面に・・・叩きつけ・・・ぅぐ・・・!」
グラリと“マクティーラ”が蛇行してウイングロードから落ちそうになるのを、私がルシルさんに覆い被さるようにしてハンドルを握ることで回避。バイクの運転の仕方は、ルシルさんが“マクティーラ”をメンテナンスしている際に、こっそり逢いに言った時に伺った。
(えっと、MTからATに切り替えるスイッチを押して・・・!)
アクセル側の付け根にあるスイッチを押して、ハンドル操作だけで“マクティーラ”を走らせるようにする。
「トリシュ・・・?」
「どうすればいいか、指示をください! 運転は私が手伝います!」
ウイングロードは未だ解除されず、現在進行形でルシルさんの記憶消失が起こっている可能性がある。だから一刻も早く魔法を解除してもらわないと。
「このままだと・・・ジリ貧だ。多少の無理は・・・しないとな・・・!」
ルシルさんから魔力が放出される。私が「ダメ!」と制止しても聞いてはくれず。こういう時ににアイリが居てくれたら・・・。あの子がユニゾンしていれば、ルシルさんの記憶消失のリスクが軽減されるのに・・・。
「トリシュ。・・・これより、魔術を発動して・・・ビッグボーイを・・破壊する。・・・魔力供給、頼めるか・・・?」
それはつまり、シュテルンベルク家の長女にのみ受け継がれる固有スキル、クス・デア・ヒルフェによる魔力供給。私にしか出来ない助け。崩落を免れたハイウェイへと“マクティーラ”が着地すると同時、ルシルさんはウイングロードを解除してヘルメットを脱ぎ捨てた。
「はぁはぁはぁ・・・。行くぞ、トリシュ・・・!」
「それしかないようですね。承りました!」
私もヘルメットを脱ぎ捨てる。方法はそれしか残されていないとはいえ、本当はイヤだ。私も魔術を使えたら良かったのに・・・。ルシルさんに覆い被さってハンドルを握ったままの体勢でハイウェイを走り、複数のビルの瓦礫に下敷きになっていたビッグボーイがこちらへ向かって走り出した。装甲車からのハイウェイの支柱や道路に対する砲撃も再開されて、ハイウェイの崩落が再び始まった。
「魔力炉を昇華。魔法を魔術へ・・・」
ルシルさんがボソボソと何かを呟くと、ルシルさんの雰囲気がガラリと変わった気がした。そして放出される魔力を感じ、「魔術に変わった・・・!」ことが判った。“マクティーラ”が通り過ぎて行った直後に道路が崩れていく中・・・
「其は大地を穿ち、遥かなる天上に絶望の天蓋を掲げる破滅の巨人」
ルシルさんが呪文を詠唱するも、「何も起きない・・・?」ことで私は首を傾げた。と思えばハイウェイの下、つまり地表のあちこちから魔力が発生しているのが判った。そして、それは起きた。どれ程あるだろうか。直径にして50m、厚さは5mほどの、薄っすらとサファイアブルーの魔力を纏った岩盤が9つ、ハイウェイの周囲に何の支えなく浮いていた。
(ううん、違う。岩石で出来た数本の鎖が、岩盤の裏から支えてる・・・!)
あんな細い鎖がたったの数本で、何千・何万トンとある岩盤を浮かせているのが信じられない。魔法だから、魔術だから、という理由なんだろうけど・・・。ビッグボーイや装甲車の砲撃が一斉に岩盤に移ったけれど、岩盤や鎖はビクともしない。
(魔術に干渉できるのは魔術だけ。その法則が確実である以上、ただのエネルギー攻撃に出来ることは無い!)
9つの岩盤を支えている複数の鎖が揺れて、岩盤すべてをビッグボーイの直上にまで移動させた。ついにはレールガンまで発射し始めて、岩盤砕きを試みてはいるけれどビクともしない。
「天蓋開かれる時、空翔る鳥を墜とし、地駆ける獣を潰す、無慈悲なる石雨が降り注ぐ・・・!」
ルシルさんの詠唱が終わり・・・
「女神の陸蓋!」
術式名を告げられたと同時、岩盤すべてが一斉に崩壊。薄っすらと魔力を纏った大小さまざまな瓦礫がビッグボーイに降り注ぎ、ベコベコにヘコませていった。レールガンやエネルギー砲の砲身があっという間に潰され、車両の連結も解かれて瓦礫と一緒に地面へと墜落していく。ビッグボーイは後ろの車両を切り離し、最後の抵抗と言わんばかりに速度をさらに上げて突っ込んできた。
「しつこいな・・・!」
――ウイングロード――
瓦礫の影響で、無事だったハイウェイもまた崩落が始まり、ルシルさんが再びウイングロードを発動。ウイングロード上を疾走しながら瓦礫を躱し続ける中・・・
「風神の投颯!」
ルシルさんがハンドルから右手を離して、開いた手の平に風を集束させていき、風が纏う突撃槍を創り出した。ルシルさんが「ぐぁぁ・・・!」苦しそうに、痛そうに呻き声を出した。
「トリシュ、供給を頼む・・・!」
クス・デア・ヒルフェ用のリンカーコアを活発化させて、「はいっ!」と返事してからルシルさんの背後から左頬にキスをして、魔力を彼に送り込む。頬へのキスはクリア。次は口へのキスだけれど・・・。
「コイツを矢として射てくれ、トリシュ!」
「え、あ、はいっ! あの、体勢を変えるので、直進を続けてください!」
もう一度後ろ向きに座り直すためにそうお願いする。
「いや、そのままでいい! 180度ターンでビッグボーイと相対し、トリシュがヴァーヴズを射たらもう一度ターンする!」
――闇よ誘え、汝の宵手――
“マクティーラ”の車体の至る所にある影より触手が伸び、私が落下しないように固定してくれた。結構がっしり固定してくれているから、蛇行しようともドリフトしようとも落ちないと思う。“イゾルデ”を再起動させて、なんとか魔力弦を展開。
「行くぞ!」
「いつでもどうぞ!」
“マクティーラ”の後輪が派手な音を立てて滑り、強烈な遠心力が私を襲った。そして“マクティーラ”はビッグボーイと正対。高速でバックする“マクティーラ”のタンデムシートからお尻を浮かして立ち、突撃槍を魔力弦へと番える。
「コード・ヴァーヴズ!」
番えていた突撃槍をビッグボーイの先端へと射る。槍は一切の抵抗を受けることなくビッグボーイの内部へと貫通。そしてボコボコと車体の至る所が泡立つように膨れて、破裂音と共に内側から破裂した。やった!と喜ぼうとしたけれど、「もう一度ターンするぞ!」とのことで、喜ぶのは後回し。再度180度ターンを決めた“マクティーラ”は、ウイングロードの向かうままに地面へと戻ってきた。
「ビッグボーイは潰せたな・・・!」
「装甲車も何台か潰れてるようです!」
グシャッと潰れた装甲車の残骸が当たりに散っている。装甲車がここに何台投入されているか判らないけれど、かなりの被害を与えたのは間違いない。
「とりあえず、AMFを展開している誰か、もしくは何かがまだ居るはずだ。そいつを処理してから帰ろう」
「はいっ!」
AMFを発生させている何者かを捜すために、“マクティーラ”はゆっくりと走り続ける。
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