泡沫の島
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泡沫の島 プロローグ「日常」
「シュウ、終わったか?」
その声に僕は振り返り答える。
「うん。まぁ大体OKかな。そっちは?」
「こっちも終わったぜ。とりあえずこれでこの島の周囲は全部だな。ま、俺様がいればこんなのは必要ないとは思うが。」
「だめだよカズ。油断は禁物。そうじゃないと、いざって時に足元を掬われるからね?」
「ハッ!大丈夫だって。それに、お前らがそうならねーように見張っててくれるんだろ。俺は考えるのは苦手だからな。お前らに任せるぜ?」
「…また人任せにして。まぁ、出来るだけ頑張るよ。でも、せっかく考えても言うことを聞いてくれなきゃ指示のしようがないんだからね。ちゃんとわかってる?」
「わかってるって。……あー、疲れた!もうすぐ昼時か。さっさと戻ろうぜ。」
そう言うとカズは先に歩き出す。僕はそれに遅れぬよう小走りで隣に並んだ。
向かっているのは島の西岸。そこには古びた灯台が建っており、長年近海を守っていたであろうそれは、すでに機能を停止していた。¥
その足元に僕達は小さな小屋を建てた。今となってはそこが僕達にとっての家になっている。
「ったく。俺達にばっか面倒押し付けやがって。家作る時だってあいつらは指示だけでほとんど俺等で作ったようなもんじゃねぇか。少しは仕事しろってんだ。」
「まぁまぁ。一応僕達は男なんだからこれぐらいしょうがないって。みんなちゃんとやることはやってくれてるから。ほら、食事とか。」
「食事の用意より家の製作や島中にトラップ張る方が明らかに仕事量多いだろうが…。納得いかねぇ。」
「ほらほら。とりあえず終わったんだからいつまでも愚痴言わない。さっさとみんなの所に戻ろう?」
「お前がそんなんだからあいつらがつけあがっ」
まだ何か言うカズを置いて僕は歩き出す。後ろからカズが慌てて走ってくるのがわかり、ちょっと笑ってしまう。
そのまま僕達は他愛も無い話をしながら灯台へと向かった。
灯台に着くと、いい匂いがしてふとその方向へ目を向ける。そこには、おいしそうな肉や野菜が入った皿と、
「おっかえりー!シュウ君、お疲れさまー!」
「お疲れサマー。」
と、元気に挨拶するサヤといつも通りマイペースなユキが居た。
「二人ともただいま。」
「オイコラ貴様ら。俺への労いの言葉はどうした?」
「あーはいはいお疲れさん。それでさシュウ君――」
「……お疲れサンマ。あ、そうだ。明日は魚がいいですね。」
「……てめぇら…ぶっ飛ばすぞ…。」
「まぁまぁ、それよりカズは地図の今日仕掛けた場所に印を付けてきてくれないかな?」
ほっとくとまたカズとサヤ辺りが揉めそうだったので、僕はその前に先手を打つ。
「…チッ。わーったよ。ったく…。」
カズはぶつぶつ愚痴を言いながら小屋の中に入っていった。なんだかんだいっても素直に言うことを聞いてくれるのでそのギャップが少し面白い。
僕は二人の方に向き直った。
「それで、僕等が居ない間何かあった?」
「何もないよー。とても平和でオールグリーン。」
「そうですね。サヤさんが料理をひっくり返したり皿を割ったりカズっちの悪口でひたすら盛り上がったりと、至っていつも通りでした。」
「……う、うぅ。」
「そ、そう。まぁそれくらいなら…。サヤ、気を付けてね。指切らなかった?」
「うぅ、問題ないっス。シュウ君の優しさが身に染みます…。」
サヤはがっくりと肩を落とした。基本的に料理をするのはユキで、サヤはテーブル拭きや配膳などを手伝う形だ。それだけでも負い目を感じている上に、それすらも失敗したので余計落ち込むんだろう。
「あ、そだ。シュウさんシュウさん。」
「ん、なに?」
「そろそろ御飯ができますので、ルナちー呼んできてくれませんか?たぶん、いつものところに居ると思うんで。」
「了解。それじゃ、ちょっと行って来るよ。」
そう言い残し、僕はその場を後にした。
向かった先は灯台から歩いて六,七分ほどのところにある湖。彼女はこの島に来てからというもの、毎日この場所を訪れている。
湖に着くとハスキーな歌声が耳に届いた。その声に誘われる様に僕は慎重に歩を進める。
少し歩いたところで、声の主を見つけた。
彼女はこちらに気付いた風もなく、大きな木の根元に座り込んで目を瞑り、歌を歌っていた。その歌姫の周りには、鳥や猫などの動物達が寄り添い、じっと彼女の歌に耳を傾けていた。
(………綺麗……だな……。)
純粋にそう思った。その容姿や声のことでもあながち間違いではないが、そういうことではなく、彼女を取り巻いているこの空間そのものが綺麗に思えた。
静かな湖。広がる青い空と白い雲。響き渡るハスキーボイス。木を背もたれにして歌う少女。小さな観客たち。
それは、まるでこの風景自体が切り取られた一枚の絵画のような美しさだった。
そのままずっと耳を傾けていたい衝動に駆られたが、お腹を空かせた仲間たち(特にサヤ)に愚痴を言われたくないので仕方なく彼女に歩み寄った。
数歩歩いたところで、がさ、という音を立ててしまう。彼女は驚いて歌を止めてしまい、動物達は素早くその場から離れていった。
自分がこの空間を壊してしまったことに少しの罪悪感を覚える。
そして彼女と目が合った。彼女は音の主が僕だと分かると見た目にも分かるほど安堵の息を吐いた。
「ごめん、邪魔しちゃったね。」
彼女、ルナは大きく首を横に振った。
「そう。僕としてはもう少し歌を聴きたかったんだけどなぁ。」
今度はさっきよりも素早く横に振る。彼女は僕達の前では恥ずかしいらしく、実際に歌を聞いたことがあるのは僕とユキだけだったりする。
後の二人(特にサヤ)は歌を聞きたいと何度もルナに食い下がったが、その度にルナに逃げられていた。
「そんな恥ずかしがること無いのに。あ、そうだ。御飯が出来たから呼びに来たんだった。一緒に戻ろう?」
ルナはこくんと頷いたかと思うとぴょんと飛び起きて僕の横に並ぶ。その小鳥のような仕草に思わず頬が緩んだ。
それに彼女は気付き、こちらを不思議そうな様子で見つめてくる。
「なんでもないよ。行こう。遅くなるとサヤ辺りがうるさいからね。」
彼女はくすっと笑う。それが嬉しくて僕も笑う。僕達は笑顔のまま、僕達は仲間たちの待つ場所へと戻っていった。
「「「「いただきます。」」」」
そして、昼食が始まった。
「ん~!さすが、ユキちゃんの料理は絶品だね!あたしが三ツ星シェフの称号をあげるよ!」
「いぇい。さすが私。」
「…お前全然嬉しそうじゃねぇな…。あ、コラチビ!おめぇ一人で食い過ぎだ!」
「…………あれ?」
「ん?どうしたのルナ?……テーブルがいつもより綺麗?あ、確かに言われてみれば…。」
「あぅ…。シュウ君もルナちーもできればその辺スルーな方向でお願いします…。」
今日も賑やかな昼食だった。サヤが騒ぎ、カズが文句を言い、ユキとルナはそれを楽しみながらマイペースに食べていく。
これがこの島に来てからはいつも続いている。
あの”施設”にいた頃には考えもしなかった。そもそも、食事というものは単に栄養を摂取するための行為であり、
笑い合ったり味を楽しむなんてことは、”施設”の中にずっと居たままだったら知ることすら出来なかっただろう。
「……んー?おいシュウ。箸が進んでねぇぞ。てめぇはもっと食ってその細い身体に肉を付けろ。」
「黙れ筋肉ゴリラ。シュウ君は今のままが一番ベストだ。あまり変なこといってシュウ君を誑かすな。」
「ごめんごめん、ちょっと考え事してただけだから。」
「……もしやこれからのことについて、ですか?」
ユキはこちらを心配そうな目で見てきた。
「はずれ。どっちかっていうと逆だよ。ちょっと昔のこと、思い出してた。」
「…施設のこと?」
サヤまでもが心配そうな目でこちらを見てきた。後の二人も声には出さないが同じような目でこちらを見てくる。
「待って待って!別にそんな心配されるようなことじゃないよ。ただ、あの頃はこうしてみんなで楽しく食事してる風景なんて想像もしなかったなぁ、
って思ってただけだって。」
みんな一斉に黙り込む。……ま、まずい。空気重くしちゃったかな…。
「……ったく。んなこと考えてたんかよ。そんなんはもういいからホレ、ちゃっちゃと食え!」
「だーかーらー!シュウ君太らすなー!がるるる!!」
「サヤさん、どうどう。ほら、いい子いい子。」
「…………クスクス。」
カズが無理やり空気を変えてくれたおかげでみんなが元通りに戻る。カズ、ありがとう、と心の中で感謝しておこう。
その後も楽しい時間が過ぎていった。ふと、僕は空を見上げる。
どこまでも広がる青い空。心地良い風に吹かれて流れていく雲。それを見ながら、僕はそう遠くない未来に思いを馳せた。
…………うん。大丈夫。僕にはもう、迷いはない。
この先どんな障害が待っていようとも、僕は僕達がやっと手に入れたこの楽園を壊させはしない。
だから、どうか。
――――――どうかこの幸福が、一分一秒でも長く続きますように―――――――――――。
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