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永遠の謎

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61部分:第四話 遠くから来たその十四


第四話 遠くから来たその十四

「信じられないまでの」
「ですがこれは現実です」
「現実ですね。ですがそれでも」
「それでも?」
「夢が適えられるようになりました」
 現実であってもだ。それがなるようになったというのである。
 そしてだった。ワーグナーはさらにこう話すのだった。
「私の夢はです」
「どうしたものなのですか、貴方の夢は」
「一つの壮大な物語を完成させることです」
 最初に言ったのはこのことだった。
「トリスタンとイゾルデの話は御存知でしょうか」
「ウィーンで上演しようとされていたあの作品ですね」
「それ以上の作品です」
「指輪ですね」
 男爵は答えた。
「あの作品ですね」
「御存知でしたか」
「はい。陛下が常に熱く語っておられましたから」
 ここでも王であった。王は何処までもワーグナーのことを考えそうして想いを馳せていたのだ。それで男爵も知っていたのである。王の傍にいるからこそ。
「ですから」
「だからですか」
「脚本は完成されているのですね」
「それは既に」
「では後は」
「音楽です」
 それはまだだというのだ。音楽はだ。
「それはまだです」
「それを完成させることですか」
「その通りです。そして」
「そして?」
「その作品、ひいては私の作品をです」
 ワーグナーはさらに語るのだった。その己の夢について。
 自然とその顔に少年の如き邪気のないものも宿っていた。その老獪ささえ見られる初老の男の顔にだ。それが宿っていたのだった。
「それだけを上演する劇場をです」
「何と、貴方の作品だけをですか」
「それが夢です」
 こう話すのだった。
「それもまた」
「はじめて聴きました」
 こうしたことはだった。男爵も驚きを隠せない。
「そうした劇場を作られるというのは」
「そうですね。しかしです」
「実際にそう思われているのですね」
「はい、そうです」
 ワーグナーの青い目にだ。今は純粋な光が宿っていた。
「絶対に無理だと思っていましたが」
「陛下は貴方に御自身の全てを捧げるとも仰っていますから」
「そうした方なのですね」
「ですから。ミュンヘンに」
「わかりました」
 ワーグナーは今自分の夢が現実のものとなることに熱いものを感じていた。そしてそれはだ。王もまた同じなのだった。
 彼はだ。王宮において周りにこう話していた。
「間も無くだ」
「ワーグナー氏がですね」
「このミュンヘンに来る」
「それがなのですね」
「そうだ、間も無くだ」
 また言う王だった。その言葉は熱い。
「私の夢がいよいよ適うのだ」
「それで陛下、ワーグナーが来ればです」
「最初に何をされますか」
「まずは」
「会う」
 そうするとだ。王は言うのだった。
「彼とだ。会う」
「会われますか」
「最初は」
「そしてそれからですね」
「彼を悩ませる俗世のことを解決する」
 指名手配されていることと借金のことだった。
「そんなものは造作もないことだがな」
「陛下ならばですね」
「それは」
「王が持つものは悪しきことの為に使われるものではない」
 彼は暴君ではなかった。むしろその対極にいる男だった。血も戦いも好まない。愛するのは芸術、それをひたすら愛しているのである。
「決してだ」
「決してですね」
「そしてワーグナー氏に対しては」
「正しきことだと」
「そう仰いますね」
「悪しきものだとは思っていない」
 これはだ。王も確信していた。
 
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