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永遠の謎

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598部分:第三十四話 夜と霧とその二十一


第三十四話 夜と霧とその二十一

「それでもですか」
「帰られると言われるのですか」
「いや、イタリアには最後までいる」
 ワーグナーは彼等の疑問の言葉に答えた。
「最後までな」
「最後までなのですか」
「おられるのですね」
「それまではイタリアを楽しみたい」
 こう言ってだ。手元にあった鈴を鳴らした。そのうえでだ。
 コジマを呼んだ。そして妻に微笑んで言ったのだった。
「では今からだ」
「はい、外に出られますか」
「そうして何か食べよう」
 散歩とだ。食事だった。
「そうしようか」
「はい、それでは」
「君達も来てくれるか」
 ワーグナーは周囲に対して誘いをかけた。
「そうするか」
「いえ、マイスターはフラウと共に行かれて下さい」
「御二人で楽しまれて下さい」
 周囲は気を使ってこう言うのだった。
「私達は私達でそれぞれこの街を楽しみますので」
「ヴェネツィアを」
「そうするのか。それではな」
「はい、それではですね」
「今から」
 こう話してだった。彼等はだ。
 ワーグナーとコジマを二人にさせた。二人は彼等の好意を受けてそのうえで外に出た。そうして白い壁と赤い屋根の建物と青い運河の中を進む。運河にはゴンドラがありそこに晴れやかな人々がいる。
 そのヴェネツィアを見ながらだ。ワーグナーはコジマに話した。
「実は前に夢を見たのだ」
「夢をですか」
「そう。その夢に母が出て来た」
 ワーグナーにも母がいた。これは誰にも言えることだった。
「そして私に笑顔を向けてくれた」
「そうだったのですか。夢に」
「懐かしい。幼い頃のことを思い出した」
 こうも言うワーグナーだった。
「あの時のことも」
「それは何故だったのでしょうか」
「そうだな。休む前だからだな」
 ワーグナーはここでもこう言うのだった。
「だからだな」
「休まれるのですか」
「私のやることは全て終わった」
 使命を。終えたというのだ。
「そうなるのだな」
「休まれるとは」
「色々あったが満足している」
 コジマの問いに答えずにだ。ワーグナーはこんなことも言った。
「これまでのことは」
「これまでとは」
「七十年生きてきた」
 彼の人生を彼自身がだ。今振り返っていた。
「その間実に色々なことがあった」
「マイスターの人生ですか」
「そうだ。描くべき世界を全て描き」
「そうですね。パルジファルまで」
「そして私の劇場も築けた」
 バイロイトのことである。他でもない。
「それに」
「それに?」
「あの方にも御会いできた」
 これ以上になく温かい目になりだ。ワーグナーはこうも言ったのだった。
 
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