紅葉のほほえみ
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第Ⅰ話 赤は戸惑い紅葉は笑う
前書き
その出会いはただの偶然で、普通と少し違った。
誰かに頭を撫でられている。壊れ物を扱うかのように優しく、丁寧に。
そう感じたと同時に目が覚めた。
目に入った光景は僕の家でも、幼馴染の家でも、研究所でも、ポケモンセンターでもない見慣れない天井。
ここはどこだ。そして何故僕は眠っていたんだ。
寝起きなため頭がぼんやりして働かない。
それらの疑問の答えが出ないまま、声をかけられた。
「ああ。起きたかい?」
首だけを動かし、声の主を見た。そこにいたのは一人の女性だった。
__いや。女性というより、少女か?黒色の短い髪に、橙色の瞳、そして色白の肌。声や顔には少し幼さが残っていた。だから、少女の方が合っているのか?
でも、着ているものは青色の朝顔の絵柄が入った黒色の着物で帯は白色。偏見ではあるが大人が着るようなそれを違和感なく着こなしている。だからあながち、女性というのも間違っていない?
そんなことを考えていて何も答えずにいると、その人は僕のことを心配そうに見つめた。
「大丈夫?どこか悪い?」
「……」
首を横に振った。悪くないという意思表示だ。
「そう?それならいいんだけど」
「……ここは、何処?」
「トキワシティの僕の家。君、トキワの森で倒れていたんだよ?」
「……倒れていた?僕が?」
「うん」
そう言われ、自分の行動を思い出してみた。
僕はトキワの森で何かをしていた。何かを捕まえようとしていた。
ええと。確か、確か_____
あ。
「……ピジョン、探してたんだ」
「ピジョン?」
「……捕まえようと、思って。でも、全然見つからなくて」
「それで?」
「……三日三晩探した」
「ああ、なるほどね」
その人は何かに納得したかのように頷いた。そして、可笑しそうに少し笑った。
「倒れた原因は寝不足と、捕まえられないストレスかな」
「……」
その言葉に、僕も納得した。まったく情けないことだが。
いつまでも寝ているわけにはいかず、ゆっくり体を起こした。
今気付いたことだが、どうやらソファーに寝かせてくれたようだ。さらに白色の薄い毛布がかけられていた。横を見ると帽子と荷物、モンスターボールがテーブルの上に置かれていた。
自分が体調管理を怠ったことで起きたことなのに、何から何までしてもらっていた。大変申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
よいしょ、とその人は立ち上がりキッチンへと向かった。だが、右足の歩き方がぎこちない。引きずっているようだった。
思わず声をかけた。
「……足、どうしたの?」
こちらを振り向く事なく答えた。
「ああ、気にしなくていいよ。生まれつき悪いんだ」
「……」
本人は当たり前のように言っているが、そう言われて気にしない者などいるだろうか。
慌てて立ち上がり、その人に近づくと不思議そうな顔でこちらを見た。
「大丈夫だよ。君はゆっくり休みなって」
「……僕が、悪いから。お詫びさせて」
自分に何か出来ることはないか。キョロキョロ辺りを見渡した。
だが、結局何をしたらいいか分からず手が動かなかった。
困惑している僕の隣で、クスクスと笑う声が聞こえた。
「お詫び、してくれるんだよね?」
「……うん、僕が出来ることなら」
「それなら、夕飯食べて行ってくれないかな?」
「夕飯…?」
「ホワイトシチュー。友人の分も作っておいたんだけど、来れなくなったんだ」
だからあんなにあるんだ、と指した方を見ると、大きな鍋に蓋がされていた。中身は言った通りホワイトシチューなのだろう。
口調からして既に完成しているようだ。美味しそうな匂いが蓋をしていても漏れており、鼻をくすぐる。
ちょっと、涎が垂れそうだ。
「シチュー、嫌いかな?」
「……嫌いじゃない。……食べていく」
「そう?ありがとう」
正直これでお詫びになるのならお安い御用だ。そんな思いで快諾した。
「じゃあ温め直すから、少し待ってね」
そう言ってコンロに火をつけた。
▽
「そういえば、自己紹介がまだだったね」
皿にご飯をよそい、温め直したシチューをかける。
二人分をテーブルに置き、スプーンを用意しながらその人は自己紹介をした。
「僕はモミジ。この家でポケモン達と暮らしている、ただの常人さ。君は?」
「……レッド」
「ん、宜しくね。僕は君のこと、レッドさんと呼ばせてもらうよ」
「……じゃあ僕は、モミジさん、でいいかな」
「勿論」
スプーンと、水が入ったコップを皿の隣に置く。全く無駄のない動きだった。
向かい合って座ると、モミジさんが手を合わせた。
「さて、では」
僕もそれに倣い、手を合わせた。
「いただきます」
「…いただきます」
スプーンを手に取り、一口。
食べた瞬間、熱いと感じつつも丁度いい甘さと薄さで顔が綻ぶ。好みの味だ。
素直な気持ちを、一言。
「…美味しい」
「ありがとう」
モミジさんは優しく微笑むと、たおやかな仕草でシチューを食べ始める。
互いにシチューを食べながら、僕はモミジさんに尋ねた。
「……モミジさんが、僕を運んだの?」
「いいや。見つけたのは僕だけど、運んだのは僕のポケモンさ」
「ポケモン?」
「そう。ウインディ」
外で遊んでいるよ、と言われた。シチューを食べ終わったら、お礼を言わなければ。
__いや、その前に。目の前にいる人物にすらお礼を言っていない。なんて無礼な奴なんだろう。
僕は小さく頭を下げた。
「…本当に、ありがとう。助けてくれて」
「こちらこそ感謝しているよ。あの量、一人じゃ食べきれないからさ。いくらでもおかわりしていいから」
「…うん」
次にモミジさんが尋ねてきた。
「レッドさんって、トレーナー?」
「…うん」
「へえ。カントーはもう全部回った感じかな?」
「……回った」
「そっか。ジムも制覇した?」
「…した。……モミジさんも、トレーナー?」
「うん。僕も君と同じ」
「…ジム制覇したってこと?」
「そう」
モミジさんは言葉を続けた。
「キョウ、だったかな。彼のところのジムは大変だった。見えない壁が、特に」
「!…分かる。あと、毒でじわじわ責められるの、きつかった」
「分かる分かる。ちなみに、僕が手こずったのはドガースとかマタドガスかな。特性がふゆうだからね。地面タイプが効かなくて焦ったなぁ」
「…同じだ」
「あ、そう?」
同じだね、とモミジさんは笑顔を浮かべながら言った。その笑顔があまりにも無邪気で、嬉しそうだったため僕もつられて笑った。
するとモミジさんは少し驚いたように目を見開き、僕をジッと見つめた。
「…モミジさん?」
「あ、ううん。なんでもないよ」
だがすぐ視線を逸らした。何事もなかったかのようにシチューを食べている。
__なんだったんだろう。もしかして……無愛想だと、思われていたのかな?
そんなことを考えていると、モミジさんは聞いた。
「ねえ、レッドさん。ちょっと旅の話でもしない?」
「…いいよ」
「やった」
話下手だからちゃんと話せるか不安だけど。内心そんなことを思った。
▽
「…ご馳走様」
「お粗末様」
思いのほか話が盛り上がった。モミジさんの旅の話はとにかく興味惹かれるものばかりだったし、僕の話もちゃんと聞いてくれた。
モミジさんは話上手、聞き上手だった。僕が話下手だということにすぐ気付き、僕が話しやすいように促してくれたり、質問してくれた。 おかげで言いたいことが沢山言えた。
だけどまだ話足りないな。 一緒に皿を洗いながら思った。
「それにしても驚いたよ。レッドさん、チャンピオンだったんだね」
「……まあ、一応」
「僕、テレビ見ないから全然知らなかった。新聞も最近読んでないんだ」
「……モミジさん以外に、人っていないの?」
「いないよ。友人ぐらいしかこの家に来ないし」
「…いつも何してるの?」
「散歩とか、庭の花の世話とか、ポケモンの世話とか。それぐらいかな」
「………そっか」
なら、また来てもいいか。
そう言おうとしたけど、飲み込んだ。
いくらなんでもそれは迷惑だろう。もっと話たいと思っても、僕は看病され食事もしてもらった身だ。
___馴れ馴れしい、図々しい、引かれる。
人との付き合い方が分からない僕は、マイナスなことばかり考える。
すると、泡のついた皿を水で流していたモミジさんが口を開いた。
「ねえ、レッドさん」
「……?」
「レッドさんさえよかったら、また来ていいよ」
皿を洗う手が止まった。バッと勢いよくモミジさんの方を向く。
それは願ってもない言葉だったから。
「……いいの?」
「いいよ。僕、まだ君と沢山お話したいし。あと、暇だし」
それは、僕も同じだ。
「…これたら、来る」
「ん。楽しみにしてる」
モミジさんは心から嬉しそうに、微笑んだ。
この人は、よく笑う人だ。話している最中も僕はそう思った。
優しさと温かさと慈悲のこもった、不思議と人を引き寄せる笑顔。お前はもう少し笑えと、そう言われる僕と大違い。
この人ともっと話がしたい。旅の話、ポケモンの話とか、色々。
あと__この人の笑顔を、また見たい。だから、また明日こよう。
洗い終わった皿を拭きながら、僕はそんなことを思っていた。
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