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稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生

作者:ノーマン
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99話:第三次ティアマト会戦(虎口)

宇宙歴796年 帝国歴487年 4月上旬
ティアマト星系 艦隊旗艦アイアース司令室
ラザール・ロボス

「閣下、わが艦隊はともかく、パストーレ艦隊とムーア艦隊は警備艦隊の感覚を修正するに至っていなかったようです。同等以上の戦力を相手にするのはいささか分が悪いでしょう。閣下が2艦隊を支援する余力があるうちに、事前の計画通り、敵中央と右翼の間を突破したいと存じますが如何でしょう?」

「うむ。時間が経てば負担がさらに増えるだけだ。もう少し訓練の期間があれば多少は違ったやもしれんが......。いや、こういう話は良くないな。パエッタ中将、突破の先陣を頼む。」

「了解しました。では前進を開始します」

敬礼するパエッタに答礼を返して通信を終える。長距離ビーム砲が交わされ、戦闘が開始して2時間、いつも通り帝国軍は補給を気にする必要が無いかのように猛撃を加えてきた。ビュコック提督たちの戦訓を活かして、当初は帝国軍の猛撃を耐えつつ、一回目のメンテナンスのタイミングでパエッタ艦隊を先頭に、突破を図るつもりであったが、帝国軍も対抗策を実施したらしい。今までとは異なり、長距離ビーム砲主体に切り替わるタイミングはあるものの、息切れする気配が見えなかった。当初の計画とは異なるが、特に新設の2個艦隊にとって、猛撃に耐え続けるのは困難だと判断して、敵陣突破を開始せざるを得なかった。

「パエッタ艦隊、前進を開始しました。これは......。パストーレ艦隊とムーア艦隊の一部も突撃を始めています」

「そうか。さすがに耐えるのにも限界だったのやもしれんな。やむを得ぬ。パストーレ艦隊とムーア艦隊には正面ではなくパエッタ艦隊に続くように指令せよ。わが艦隊が前に出て、しんがりに就く。ムーア艦隊が相対していた敵左翼を放置すれば半包囲される危険がある。中央は他の艦隊に任せてとにかく帝国軍左翼への牽制を強めるのだ」

ここでも混成部隊の弱みが出たようだ。一方的に猛撃を受け続ければ、耐えきれなくなり一か八かの突撃をしたくなるのも分かるが......。もう少し抑えられると思っていたが、見積もりを誤ったようだ。

「帝国軍、右翼、パエッタ艦隊の前進に合わせて、わが軍の後方へ回り込みつつあります。左翼もパストーレ艦隊に続いて動き出したムーア艦隊の後方へ戦力を展開させつつあります」

「閣下、このままでは半包囲されます。わが艦隊が後退し、パエッタ艦隊の後ろに回り込む敵右翼の意図を挫かなければなりません。ご指示を!」

オペレーターの悲鳴染みた報告と共に、大人しくしていたフォーク准将がヒステリックに上申をしてきた。確かに私がただの艦隊司令なら、まだその指示は出せただろう。だが、私は全軍の司令官だ。その動きをすれば全軍が半包囲されるのは防げるが、パストーレ艦隊とムーア艦隊は挟み撃ちに合い、全滅するだろう。

「その指令は出せん。パストーレ艦隊とムーア艦隊は、わが艦隊がしんがりに就くことを前提に進撃している。帝国軍の右翼に我々が向かえば、2個艦隊は間違いなく全滅する。ここは我々が左翼を押さえているうちにパエッタ艦隊が突破を完了することを狙うのだ」

追い込まれると人は本性をさらけ出すというが、自分の安全を確保しながら『美味しい所』をかすめ取ろうとは品格が無いにも程がある。それに2個艦隊が撃破された後に、わが艦隊とパエッタ艦隊だけで勝機が生まれるはずがないことすら理解できないのだろうか?ダゴン星域を抜けるまで数日間は追撃戦を受けることになる。そうなれば4個艦隊がそろって撃破されることになる。今更ながら、こんな参謀の予測に基づいた作戦を許可した自分が恨めしい。だが、そんな事を考えている暇はない。部下への責任を果たさねばならないのだから。


宇宙歴796年 帝国歴487年 4月上旬
ティアマト星域 艦隊旗艦ネルトリンゲン
ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ

「閣下、読み通りといった所ですが、敵将のロボス提督は分艦隊司令までは積極攻勢が悪く出る事はあれ、戦況に応じて戦術を変えられる人物だったはず。指揮する兵力が多くなると、それまでの功績の源泉が活かされなくなるような事もあり得るのでしょうか?」

「うむ。そういう傾向が出る場合もあるが、今回のロボス提督には当てはまらんだろうし、ケンプ少将はもう少し『強硬策』を好むところを押さえられれば問題なかろう。卿は読み通りと言ってくれたが、実際にはそれしか選択肢が無かった......。と言うのがより正確かもしれんな」

制宙部隊のエースから私の艦隊司令部に転属して以来、ケンプ少将は参謀から分艦隊司令までしっかりこなしてくれた。昇進して中将ともなれば正規艦隊司令の候補となる人材だったが、判断に困る場合、『強硬策』を取りがちな傾向があった。今の所、帝国軍は戦術とそれに合致する兵器開発によって、叛乱軍に対して戦況を優勢に保ってはいる。ただ、毎回『強硬策』では、今回のロボス提督のようにどこかで読まれて手痛いお返しをもらう事にもなりかねない。正規艦隊司令候補であることも踏まえて、『参謀長』役を今回は任せていた。

「選択肢......。ですか。ティアマト星域から退くとなると、ダゴン星域に向かう事になるります。なるほど、一個艦隊程度ならまだしも、4個艦隊の退路としては狭すぎますな」

「その通りだ。つまり自軍より多い敵と会戦するしかなかったわけだな。しんがりに置く艦隊を見捨てれば3個艦隊は逃げられたやもしれん。しかしそれは言わば『死兵』だからな。当然、戦う選択肢を選ぶだろうな」

「ロボス艦隊がこちらに来れば、少なくとも突破の先陣とロボス艦隊は生き残る可能性がありましたが、こちらにかなりの損害が出なければ、そのまま追撃戦に移行するだけです。少しでも多くの戦力が生き残れる策を選んだのでしょうが、失敗すれば全軍が危機に瀕する策でもありましたな」

狙いは良かったのだ。ただ、突撃の先陣が動き出した際、残りの艦隊も一部が相対する艦隊へ突撃を実施した。これが想定外だったのだと思う。本来なら我々のメンテナンスのタイミングを待って突撃を開始したかったはずだ。ただ、敵将にとって不幸なことに、今回からメンテナンスをより細かい単位で行い、前線の火力が減る時間をかなり減らしている。息切れがあるから一方的な猛撃にも耐えられる。耐えても耐えても息切れが無いとなれば、一か八かの突撃に出るのも理解できるが、司令役としては大きな誤算だっただろう。直ぐに切り替えて牽制を強めたが、半包囲に向けた展開を開始するには十分な時間があった。

「それにしても袋の出口を固める『ローエングラム伯』と『ロイエンタール男爵』の動きはさすがですな。唯一の退路ですから敵も必死にそこを目指しておりますが、うまく勢いを殺しながら足止めしております。特に『伯』は分艦隊司令としては初陣でしたから心配していたのですが、これは大きなお世話でした」

「あの者は幼い事から厳しい環境に置かれていたし、『男爵』は『伯』の戦術講師だったからな。うまく連携しておるようで何よりだ」

「実力があることは承知しているのですが、お若い事もあるので何かと気にしてしまうところがございますな。小官もリューデリッツ伯には何かと良くして頂きました。いずれ軍の重鎮になるべく養育されたと聞いております。これは周囲の方々皆様がそうかもしれませんが......」

「『伯』が磨いた原石を、皆で仕上げればよいではないか。私が20歳の時は、任官したての少尉でな、それまで接点が少なかった平民の兵士たちに色々教えてもらったものだ。なにかと帝国の現実を見せつけられて、感じるところの多い日々であったな」

「小官の場合は、空戦隊に任官して、諸先輩から生き残る術を叩きこまれだした頃ですな。当時は理解できませんでしたが、『甘く』すれば本人だけでなく、僚機を落とされた者も危険になります。頭では分かっていましたが、あの『厳しさ』が『生き残らせる為の優しさ』だったのだと理解できたのは、実戦を何度か経験してからでした」

すでに半包囲体制に入っており、あとは袋の中身を削っていくだけだ。ローエングラム伯はともかく、ファーレンハイトとビッテンフェルトは攻勢を好み過ぎる所がある。包囲を狭めながらしっかり殲滅するもは良い経験になるだろう。ケンプ少将もそうだが、あの2名も正規艦隊司令の候補者だ。一度は参謀長役をやらせた方が良いやもしれぬな。


宇宙歴796年 帝国歴487年 4月上旬
ティアマト星域 分艦隊旗艦アースグリム
アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト 

「既に半包囲は完成したとはいえ、こういう殲滅戦は忍耐が必要だ。俺は落ち着いて司令席に座っているのは苦手だから、どうも落ち着かぬ」

「ビッテンフェルト少将、こういう展開は今後も余りあるまい。むしろ正規艦隊司令になれば、自分の判断ミスからこういう立場になる事もあり得るとしっかり焼き付けておくことだ。さすがにこれから猪突して包囲網を壊すようなことをしたら、俺もかばいきれんぞ」

「それ位は理解している。リューデリッツ伯からもメルカッツ提督からも『すべき時』を誤らなければ、攻勢に関しては宇宙屈指とお褒め頂けたのだ。その攻勢に出るタイミングが無いからこそ、同じように感じているであろうファーレンハイト卿に愚痴っているのではないか」

ビッテンフェルトがいうとおり、俺たちは攻勢に長けてはいるが、こういう網を狭めていくような展開では、持ち味を出すことは難しい。そして、同じ分艦隊司令同士でありながら、よくコンビを組む仲だし、お目付け役を期待されている事も理解していた。

「それにしてもミッターマイヤーの進撃は神速と言って良いな。俺も後先考えなくて良いなら何とかなるかもしれんが、牽制をいなしつつ、続いてくる味方とバランスを取りながらあれが出来るとは思えぬ」

「用兵の速さで言えば宇宙屈指やもしれんな。もっとも後ろに続いているのはディートハルト殿の分艦隊だ。付いていくほうもさすがといった所だ。それを言うなら、唯一の退路のあちら側、ロイエンタール分艦隊のサポートに徹しているが、ルッツ艦隊の動きも配慮が行き届いている。あれだけ連携できれば、さぞかし気持ちが良いだろうな」

「攻勢に出られる場面があればなあ。リューデリッツ伯とメルカッツ提督に『ビッテンフェルトここにあり!』と示しできるのだが......」

ビッテンフェルトは所在なさげにしているが、用兵の幅を広げる意味でも良い経験にすべきなのだが......。『つまらない』と全身で表現しているかのような姿をモニター越しに見て、思わず笑ってしまう。彼の分艦隊に所属する兵士たちは『ライオン』に例えるらしい。確かに気分屋なところがあり、誰にでも懐くわけでもない当たり『猫科』なのかもしれない。

だが、裏表がなく、猪突猛進な所を考えれば、『猪』が妥当だと思う。とはいえ『オレンジのうるさい猪』など、どんな絵本にも登場しない。さすがに一般的に使うには無理があるかもしれん。これは俺だけの胸に収めておくとしよう。この戦いに勝ち切ればいよいよ正規艦隊司令が見えてくる。『攻勢』だけでない所を見せる意味もあるのだから、『オレンジの猪』にもしっかり言い聞かせておかねばなるまい。まったく、世話のかかる奴だ。 
 

 
後書き
※確認 詳しい人
自軍から見て左翼と右翼に対するのは敵から見ると右翼と左翼になると思うんですが、この認識であってますでしょうか?自軍の左翼が敵軍の右翼と相対するって感じだと、緊迫した戦場で認識の齟齬とか生まれそうなので専門的な言い方ありそうなので。詳しい方、解説もらえると助かります。(2018/12/12) 
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