前世の知識があるベル君が竜具で頑張る話
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いぎょう
幸せなデートは、唐突に終わりを告げた。
闘技場周辺が、ピリピリとした雰囲気に包まれていた。
一見何事も無いかのように見えるが、スーツやタキシードを着ている者が…ギルド職員が慌ただしく動いている。
「アイズさん」
「うん」
ベルは冒険者になって日は浅い物の、派閥幹部による促成栽培によって感覚の一端を掴んでいた。
「あ、エイナさんだ」
ベルは顔見知りの姿を見つけた。
「アイズさん、何があったか少し聞いてきます」
「うん」
ベルはアイズと握っていた手を放し、エイナの下へ駆けて行った。
アイズも歩いてベルを追う。
「エイナさん!」
「あ、ベル君!」
エイナの瞳が、その小さな体を捉える。
パルゥムよりは高いが、成人女性よりは小さいその姿を。
「エイナさん! 何かあったんですか?」
エイナなベルの後方、アイズを見つけ、話す事にした。
アイズがベルの後ろに姉のように寄り添う。
「ロキファミリアのアイズ・ヴァレンシュタイン様ですね?」
「っ」
「はい」
ベルは業務口調のエイナに、事の重大さを察した。
そして、自分にではなくアイズに対して言葉がかけられた事に、悔しさを覚える。
「モンスターが脱走しました」
「ん」
「緊急ミッションです。脱走したモンスターを討伐してください。
事後承諾ですが、報酬は出されます」
「わかった」
アイズはベルの頭をポフッと撫でた。
「ベル、デートはここまで。ごめんね」
「いえ、十分です」
ベルに向ける優しげな視線。
それがベルからはずされた瞬間、アイズの纏うオーラが一変した。
まるで、剣が鞘から抜かれたが如く。
「待っててベル。すぐに…終わらせて来るから。
アドバイザーさん。ベルをお願い」
「アイズさんっ!?」
刹那、アイズが駆け出した。
その背中がどんどん小さくなる。
ベルは、拳を握りしめ、唇を噛む。
「………」
「ベル君?」
「僕はもう、守られるだけの人間じゃない」
ベルの紅い瞳に光が灯る。
「ヴァリツァイフ!」
ピリッとベルの脚に雷が巻き付く。
ヴァリツァイフを手に取り、先端を地に着ける。
「頼む」
一瞬だけ、辺りに電気が走る。
それは地面を伝いオラリオに広がった。
「見つけた」
ベルはモンスターらしき反応のあった場所へと駆け出した。
その後ろでエイナが叫ぶが、ベルは聞こえない振りをした。
「アリファール」
雷が霧散し、風が集う。
風は形を成し、両刃の長剣となる。
「ヴェルニー」
トンっとベルの体が舞い上がり、建造物の上に降り立つ。
向かう先は、ダイダロス通り。
地上の迷宮とも称される、オラリオのスラムだ。
建物の屋根を伝い、反応のあった場所へと向かう。
複雑怪奇なその道は、屋根を伝って行くにには便利な場所だ。
無秩序に増築された様々な様式の建物。
「九龍城塞ってこんな感じかな……」
反応のあった場所には、直ぐに到達した。
「もう移動した後…?」
刹那、ベルが飛び退く。
ベルが居た場所に、銀色の巨躯が落ちてきた。
「Grrrrrrrrrrrrr……」
「シルバーバック……ね……」
ベルが長剣を構える。
「Woooooooooooo!!」
シルバーバックがベルに対して爪を振り上げた。
ベルは受けずによけた。
舗装されていない地面が大きく抉れた。
「Gyyyyyyyyyyyyyy!」
「打ち合う訳にはいかないな……」
二度三度とシルバーバックの攻撃が続く。
ベルはその度に木の葉のようによける。
そして、苛立ったシルバーバックが大きく腕を振り上げたその瞬間。
「レディ…ナウ」
スッ…と長剣がシルバーバックの胸を貫いた。
ピタリ、とシルバーバックの動きが止まった。
「g………」
魔石を砕かれた巨躯が、灰と化す。
掲げた剣をゆっくりと下ろしたベルは、再び飛び上がった。
ティオネ、ティオナ、レフィーヤの三人は主神の指示に従って、モンスターを探し……交戦に入った。
「レフィーヤは様子を見て詠唱を初めてちょうだい」
「はい」
ティオネの指示に、レフィーヤが頷く。
三人が相対するのは、『蛇』だ。
その身をうねらせ、鞭のように振るう。
飛び上がって避けたヒュリテ姉妹が、拳と蹴りを叩き込む。
が、しかし蛇には通らなかった。
「っ!?」
「かったぁー!?」
打撃は通らない。しかし得物がない。
レフィーヤは精神を集中させ、詠唱を開始した。
「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹、汝弓の名手なり】」
ヒュリテ姉妹と交戦中の蛇は、レフィーヤに目も向けない。
「【狙撃せよ、妖精の射手。穿て必中の矢】」
だが、魔法が構築された瞬間。
蛇がレフィーヤへと振り向いた。
「え…………?」
レフィーヤの体が舞った。
地面から生えた蛇の尾らしき物が、レフィーヤの華奢な体を捉えたのだ。
ぐしゃり、と嫌な音がした。
レフィーヤは数メートル吹き飛び、倒れ伏す。
動かないレフィーヤ。
そして、蛇の口が開かれた。
「オオオオオオオオオオオオオオッ!」
否、それは花だった。
蛇ではなく、茎と蕾だったのだ。
花が、レフィーヤに止めを刺そうと触手を構えた。
ヒュッ…という風切り音と共に触手が打ち出される。
その時だった。
「レフィーヤ先輩っ!」
ガァン! というまるで金属同士をぶつけたような音が響いた。
「ぁ…………べ……る……」
レフィーヤをかばうように、ベルが立っている。
その両手には、ハートをあしらった大斧。
「トライクリーロ!」
ベルがその大斧をぶん投げた。
花が一斉にそちらを向く。
「あぁ……なるほどね……」
投擲したが、茎に突き刺さった。
「レフィーヤ先輩、直ぐに救援がきます。それまで持ちこたえてください」
ベルが駆け出す。
「ムマ!」
突き刺さった斧は忽然と消え、ベルの手に現れる。
「アンジンクリーク!」
斧の刃が、形を変えた。
それはまるで、ノコギリのようだった。
「植物ならっ! これでっ!」
花の付け根に、ムマが振り下ろされた。
ノコギリ状の刃が、ぶちぶちと繊維を断ち切る。
どすん! と花が落とされた。
首を落とされた茎が力無く崩れ落ちる。
「……ふぅ」
ベルはムマを杖のようにし、一息着いた。
「ティオナさん! レフィーヤ先輩をお願いします!」
「わかった!」
ティオナがレフィーヤに駆け寄ろうとした瞬間。
世界が揺れた。
「っ…まだ来るっ!?」
ベルを取り囲むように、土煙が上がる。
その数六。
「エザンディス!」
斧が土くれと化し、影に溶ける。
その影は形を変え、鎌となった。
「ヴォルドール!」
六本の花の一斉攻撃。
ソレをベルは紙一重で逃れた。
回廊が開かれた先は、空中だ。
花が一斉に上を向く。
「来い!」
茎が伸び、ベルに迫る。
その一本目を位置エネルギーを加算した一撃で切り裂く。
二本目を勢いのまま切り飛ばす。
そして三本目を斬った時。
残りの全ての花の攻撃で、ベルが地に落ちた。
「あがっ!?」
その小さな体が地に打ち付けられる。
「兎君!」
ティオナが声をあげる。
「僕はいいから早くレフィーヤ先輩をっ!
早く行けっ!」
「っ…うん!」
レフィーヤを抱き上げたティオナが離脱する。
「ベル!」
ティオネは倒れたベルを素早く抱き上げ、後退した。
「っすいませんティオネさん」
「あとで大口叩いたお仕置きね」
「…はい」
ティオネが横抱きにしていたベルをおろす。
「ねぇ、アンタの竜具だっけ? 複数出せる?」
「だせはします。でも使えるかは…。
やるだけやってみますか」
ベルが己の内側に呼び掛ける。
『ティオネさんに貸すのを許してくれるかい?』
回答は、是だった。
「ムマ」
土の斧が現れた。
ベルが、そのハートの斧をティオネに差し出す。
「切れ味は保証します」
「わかってるわよ……」
ティオネがムマを構えた。
「デュランダル」
ベルも黒い大剣を背負う。
「行くわよっ!」
「行きますっ!」
駆け出した二人に触手が殺到する。
それらを弾き、斬り、潰し、身を守る。
「ねぇっ! さっきから切ってるこれ意味あると思う?」
「多分ないですねっ! 僕が突っ込みます!
ヴァリツァイフ!」
ベルは得物を大剣から鞭へと変更した。
「メルニテっ!」
鞭が形を変え、角ばった片刃のフランベルジュになる。
一際太い触手が、駆け出したベルに向かう。
その触手を避けた後に、ベルは剣と化したヴァリツァイフを突き立てた。
「ノーテ・ルビード!」
剣から雷が走る。
それは触手を導線にし、本体まで到達。
魔石をこなごなに粉砕した。
「ベル! 油断するなっ!」
「はいっ!」
残った花は二つだ。
「バルグレン!」
雷の大剣が焔の双剣へ。
「フランロート!」
双剣から金と紅の焔が溢れ、ベルを覆う。
「うぅぅぉぉおおおおぁぁあああああ!!!」
雄叫びを上げたベルの一撃が、花に突き刺さった。
「燃えろ! 灰になるまでっ!」
ボッ! と刺した傷口から焔が洩れる。
花は茎をしならせ、悶え、苦しむ。
ガラスを引っ掻いたような、獣の遠吠えのような、そんな断末魔を放ち、花がその動きを止めた。
「っ……はぁ…はぁ…」
そこで、ドスッという音がした。
「………ぅあ」
バルグレンを灰に突き立てたベルの腹が、後ろから貫かれた。
「ベルっ!?」
ごぷっとベルの口から血がこぼれる。
ベルが下を見ると、腹から触手がはえていた。
ぐっと触手がベルを持ち上げる。
持ち上げられらベルは、触手の一振りで投げられた。
「もう、大丈夫だよ。ベル」
だが、ベルは地に落ちる事も、建物に叩きつけられる事も無かった。
何故なら、その身を受け止めた者が居たからだ。
アイズは空中でベルを抱き止め、後退する。
アイズが降り立った屋根、その隣にベートが着地する。
「ベート。ベルをお願い」
「おう」
ベルをベートに預けたアイズは、その瞳に怒りの焔を灯し、剣を抜いた。
「ユルサナイ」
黄金の剣が、抜かれた。
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