稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生
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96話:銃後の闘い
宇宙歴795年 帝国歴486年 10月上旬
惑星テルヌーゼン ラップ家
ジェシカ・ラップ
「ジェシカ、心配をかけてすまないな。あとは何とか自宅療養で済みそうだ。身の回りの事はもう自分でできるから、俺の事は気にしすぎないでくれ。それにしても大変なことになったな。まさかテルヌーゼンで左派が勝利するとは......。ジェシカが勝利の女神だったという事かな?」
「そんな冗談が言えるならもう安心ね。新婚早々、戦傷を負うんだもの。実は気にしていたのよ?それにテルヌーゼンは士官学校があるからこそ、『戦死』を市民たちが一番身近に感じる選挙区だったのよ。ゾーンダイク議員はお子様を3人とも戦争で亡くされているし、右派の言うがままに戦争を賛美する人たちばかりではないってことね。あまり広言はされていないけど、現役の軍人の奥様方や、士官学校生の親御さんにも支持者がいるのよ?私みたいにね」
ジャンからされたプロポーズを受けて、頻繁に出撃する艦隊の補給期間に合わせるように結婚式を挙げたが、その直後に、指揮系統の兼ね合いで移乗していた分艦隊の旗艦が被弾し、ジャンは重傷を負った。幸い命はとりとめたけど、結婚直後だったし私なりに『軍人の妻』として考える所があった。入院中のジャンにも相談したうえで、入院生活のフォローをしながら政治活動に参加する事に決めた。
もともとテルヌーゼンは右派の本丸のような選挙区だった。父親と夫、そしてご子息を戦争で亡くされた『鉄血夫人』が強硬な攻勢論を唱えて議席を確保していたが、彼女が自分たちの選挙区の代表であることで、自分もいずれ『大切な人を戦死で失うのでは......』と多くの有権者が感じた事と、ご子息を3人も亡くされたゾーンダイク氏が左派から立候補した事で、『軍の関係者でも左派を支持しても良い』という前例が出来た事も大きかった。
それに何かと黒い噂が流れている『地球教』が右派に献金している事や、『鉄血夫人』以外の右派政党の議員の関係者が、戦死の可能性が少ない部署に意図的に配属されているというスキャンダルも大きかった。『鉄血夫人』は落選し、党首はウインザー議員に代わるそうだが、私から見ても出来そうにない事を威勢よくまくしたてる彼女では、少なくとも銃後の女性票は集まらないだろう。
「まあ、悪い意味で右派は軍部に介入しすぎていた所もある。戦況が劣勢なことを考えれば口を出したがるのも分かるが、それで戦況がさらに悪化したとなれば市民たちの我慢も限界といった所だろうか?幸い俺の上官にあたるボロディン提督は政治家とは距離を置く方だし、リハビリがてら、俺も自警団に所属するつもりだ。憂国騎士団の事もあるからな。さすがに療養中とはいえ現役の軍人の妻に乱暴なことはしないとは思うが、気を付けてくれ」
「ええ、それはわかっているわ。ただ、憂国騎士団の所属者リストが流出して、それが右派の支持者と地球教徒のあつまりだと暴露されてから、少なくともテルヌーゼンでは活動できていないようね。自警団も結成されたし、ゾーンダイク氏が代議員になった以上、警察も厳しく取り締まるでしょう。これで少しは良い方向に進めは良いのだけど......」
現役の軍人でもある夫のジャンからすれば、妻が左派の政治活動に参加するのは本来外聞が良い話ではない。ただ、憂国騎士団が反戦市民団体のデモに襲撃をかけた事で、現役軍人の中でも特に前線勤務を経験した層から批判が噴出した。彼らからすれば自分たちが命懸けで前線を維持しているのに、後方でぬくぬくとしながら『憂国』を自称して、銃後の女・子供相手に好き勝手していると映ったようだ。言論の自由は民主制を取る上で大事な要素だが、自分たちの対抗意見を暴力で封殺するなら、もう言論統制と同じだ。ジャンを始め、多くの現役軍人が妻子が左派を支援する事を黙認しているのも、こういう背景があるからだろう。
「今回ばかりは立件される事になると思うぞ?いつもは腰が重い『中道派』が動いているし、国防委員長になったトリューニヒト議員も憲兵隊に直々に要請したようだからね。彼は風見鶏のように世論を読むのが得意だし、要請を出した以上、中途半端な結果にはできないだろう。国防委員長になって最初の課題だし、彼の面子がかかっているからね」
トリューニヒト議員か......。俳優のような容姿と演説の巧みさで『中道右派』のプリンスとか言われているけど、私はどうも好きになれない。その時々で有権者うけしそうなことを並べ立てているだけで、ゾーンダイク氏みたいな政治理念が感じられないからだろうか?
「そうね。そうなってほしい所だわ。せめて戦死者が少しでも少なくなってくれれば良いのだけれど......」
私の不安を感じたのだろう。安心させるかのようにジャンが私を抱きしめる。この温もりを失いたくはない。同じ思いで戦地からの帰還を待つ市民も多数いるはずだ。その人たちの為にも私にできる事をしよう。まずは近々の課題を片づける為に、私はキッチンへ向かった。新婚夫婦で美味しい夕食を食べるのも大事なことだもの。
宇宙歴795年 帝国歴486年 12月上旬
首都星ハイネセン 最高評議会
ヨブ・トリューニヒト
「右派としては今回の件には全面的に賛成ですわ。『戦況が劣勢』という事実を踏まえれば『賛成』以外考えられません。戦争に勝利できれば、多少の事は市民も納得するでしょう。そもそも議論の必要性があるとも思えませんが......」
「ウインザー議員、ここは国家の意思を決定する場だ。議論を尽くすのは委員長職にある者の務めでもある。ここでは右派お得意の暴力での意見封殺も出来んがね」
「憂国騎士団の一件は私とは関係が無い事です。変な憶測で名誉を汚すようなことはおやめ頂きたいですわ。心外です」
「そうかね?まあ、私は『右派』と敢えて表現したし、『右派』の関与は事実だろう?それにあなたは『右派の党首』のはずだ。個人で関与していなかったとしても『右派全体』の行動に責任がある立場だ。新人時代から感じていた事だが、自分の立場と発言にもう少し責任を感じられては如何かな?出来もしない事をぶち上げて、対抗論は暴力で封殺する。この有り様はどこかで聞いた覚えがあるな......。ああ、思い出したよ。独裁制そのものだな」
「まあまあ、レベロ議員その辺で。ウインザー議員、ここは議論の場だ。主張をする機会を奪うような発言は控えて頂きたい」
『空っぽ女』がそろそろ金切り声をあげ出す頃合いで、サンフォード議長がたしなめに入った。普段は『石橋をたたいて渡らない』議長も、水に落ちた犬よろしく落ち目の右派に少しは嫌味でも言いたかったのだろうか?単に金切り声を聞くのが嫌だという気もするが......。そしてレベロ議員は普段より言葉にとげがある。横に座るホアン議員も渋い顔をしている所を見ると、憂国騎士団の一件をかなり腹に据えかねているといった所だろう。
「左派としては『戦況が劣勢』であることを踏まえても、今回の一件には賛成しかねる状況だ。戦争に勝つためとはいえ、門閥貴族と手を結んだ場合、彼らが勝てればよい。だが負けた場合、帝国の民衆たちは同盟を『自分たちの敵』と認識するだろう。そうなれば、『皇帝と叛徒の戦争』から『自分たちを害する者との戦争』に塗り替わってしまう事になる。また門閥貴族側が勝利したとして、どんな条件になるのかは分からんが、それこそ契約が履行される保証はない。『賛成』するにはリスクが大きすぎる案件だと思うがね」
レベロ議員の発言の途中で、『空っぽ女』が金切り声をあげたが、議長が控えるように身振りで示すと悔しそうな表情で黙った。自分の事を特別だとでも思っているのだろうか?人の話を聞かない人間がなぜ自分の話は聞いてもらえると思うのか?一瞬、彼女の思考を把握したい気もしたが、私もそこまで暇ではない。もう政治生命が終わりつつある人物の事など、気にする必要もないだろう。
「中道右派を代表させてもらうと『門閥貴族と密約を結ぶ』事には反対だ。軍部からは兵たちの士気への影響を懸念する意見が強い。戦況が劣勢であることを踏まえても、最高評議会が全会一致で賛成すると、暗に軍部への不信任と取られかねない。私はすでに『反対』を投じる事を決めている」
「まあ、そもそも戦況の劣勢は軍部の責任が大きいのに、国防委員長が『反対』されるのですか?少しは責任と言う物を感じて頂きたいところですわ」
「そうかね?劣勢なのは軍部だけの責任ではないと私は思っているが?戦死者数が圧倒的に向こうが少ない事が分かって一体何年たつだろう?潤沢とは言えない予算をやりくりして、なんとか帝国軍を押しとどめてくれている軍部に対して、感謝の気持ちはあれ、責める気には『わたしは』なれないがね」
『空っぽ女』の矛先が私に向いたが、もう終わった人間の負け惜しみなど気にする必要もない。それにしても『右派の党首』が軍部を批判するとは......。レベロ議員の言った通り、選挙戦で自分がどんな演説をしたのか?どんな公約を掲げたのか?メインの支持層は誰なのか......。そんな事も頭から消し飛んでしまったらしい。国防委員長という職責上、憲兵隊から憂国騎士団についての捜査進捗は報告を受けている。司法の場でも金切り声を上げるのだろうか?正直、今から楽しみだ。
政治家としてのキャリアを国防族として重ねてきた私にも、憂国騎士団からのアプローチはあったが、どうも過激な人員がいる様子であったし、いつか暴発すると判断して、深い付き合いはしなかった。後がない人物には少しでも支持者が欲しかったのだろうが、多くの市民から『どう見えるか?』を考えたらあれは劇薬の類だろう。使った本人にも大きな害をもたらす訳だ。
「それでは最後に『中道』と『中道左派』の意見としては戦況を鑑みれば『致し方ない』といった所です。議席数を考えると、『賛成がやや多数』といったところでしょうな」
「現実がきちんと見えておられる方は『賛成』すると確信しておりましたわ」
最後に意見を述べたサンフォード議長に追従するように『金切り』が言葉を発した。レベロ議員と私に嫌味な視線を送ってきた所を見ると、本当に後が無いようだ。だが、これでどちらに転んでも『金切り』の政治生命は終わった。ついでに議長も退陣する事になるだろう。仮に門閥貴族が内戦に勝利したとして、イゼルローン要塞でも割譲してもらえるならともかく、市民たちが納得するような条件は出ないだろう。
そしておそらくだが、内戦は軍部貴族が勝利するだろうし、そうなれば国内の生産効率を高め、『臣民の敵』となった同盟に、本格的に侵攻してくるだろう。『中道右派』と『右派』の支持層を取り込めれば、議長の座は手に入る。私の後任は、良くしてもらっているしネグロポンティー君に頼むとしよう。投票システムで『反対』を投じながら、私は自分の後任について思いを巡らせていた。
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