ソードアート・オンライン ~紫紺の剣士~
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アインクラッド編
19.リヒティ
リヒティのHPが、ゼロになった。青いきらめきが、見えた。
間に合わなかった。
「――――!!」
叫びだしそうになるのを堪え、俺は、へたり込んだクリスティナを飛び越えてオレンジプレイヤーたちの間に割って入った。
同時に剣を抜き放つ。
「貴様ら、引け。俺は容赦しない」
「んだとてめぇ、舐めてんのか!」
オレンジプレイヤーの一人が斬りかかろうとしたが、別のプレイヤーがそいつを止めた。
「待て。こいつ、攻略組だ。それに数人プレイヤーがこっちに来てる」
「引くぞ」
カタナを持ったプレイヤーが得物をしまって身を翻す。それに続いて、オレンジプレイヤー達はぞろぞろと引き上げていった。俺は、詰めていた息を吐き出し、クリスティナを見た。彼女は虚空を見ていた。虚ろな表情を浮かべて、唇を動かす。
「まさたか・・・」
それがリヒティの本名であることは容易に想像できた。かけるべき言葉を、俺は持たなかった。ミーシャたちが追い付いてきた。
「クリス・・・」
名前を呼ばれて、箍が外れたようにクリスティナは泣き出した。何度も彼の名前を呼びながら。
「ミーシャ」
急に俺に名前を呼ばれて、ミーシャは少し濡れた瞳をこちらに向けた。
「少し離れる。ちゃんと帰ってくるから、追いかけないでくれ」
「え?ちょっと待って、どういう意味?」
彼女の質問に答えず、俺は身を翻した。
「待て、アルト!」
びりびりと響いた声の主は、なんとタクミだった。いつになく顔に怒りの感情をみなぎらせて、俺を見る。
「どこに行くつもりだ。何をするつもりなんだ。彼女のことを考えているのか」
「・・・言えない」
「おいっ・・・!」
それ以上、ここで話をしていることはできなかった。俺は泣いている彼女と彼らをおいて、その場を立ち去った。
***
37層のとあるフィールド。ここにある森には木が切り倒された空き地に、朽ちかけた一軒の小屋が立っている。小さな机と椅子があるだけのそこは、安全地帯に設定されているのかモンスターはポップしないので、圏内に入ることができない者たち、つまり犯罪者プレイヤーにとっては格好のねぐらだった。
その男は、不機嫌だった。今日襲った獲物はいい感じの装備をそろえたカップルだったが、激しく抵抗され、邪魔も入って結局片方しか殺すことができなかった。得られた成果はランダムドロップしたメイスと少量のコルだけ。全くもって実入りのない狩りだった。
周囲を見回してみると、眠る体制に入った仲間たちも雰囲気が悪い。これは明日も仕事だろう。あのメイスだけでも高値で売れるといいが。男は深いため息をついて、布団に潜り込む。
その時だった。扉が、コンコン、と数回叩かれた。
「誰だぁ?こんな夜更けに・・・」
仲間の一人が起き上がり、扉に向かう。誰だと聞くが、返事はない。この森には旨い狩場があるわけではないから、プレイヤーだとは思えない。ならNPCか。
「開けてみろ」
男の指示に従って、仲間はドアノブに手をかけた。そっと、押していく。
――――とす、とわずかに音がした。
「な、に・・・」
何かを言いかけた仲間が倒れた。男は布団をはねのける。異常事態を察した仲間たちも次々に起き上がる。倒れた仲間は、麻痺状態になっていた。
僅かに空いた扉を叩きつけるように開けた闖入者は、被っていたフードを脱いだ。
「――――7人か」
そう呟いた闖入者の目は、闇夜でも爛々と輝いていた。
左手に握った投適用ピックを、三本まとめて投げつける。一人が倒れ、残り五人。
「手前ェ!!」
怒気をはらんだ声でカタナを持った男が叫んだ。それを横目で見ながら、俺はソードスキル《アバランシュ》を発動させる。狙ったのは右前方にいた男。アバランシュは優秀な突進技で、大抵の不意打ちなら成功する。キリトなら防ぐだろうが。
今俺が持つ武器の全てには、レベル5麻痺毒を塗ってある。アバランシュをもろに食らって吹き飛ばされた男が倒れる。残り4人。
俺は床を思い切り蹴って突き出された槍を避け、左腰に差してあった短剣で伸びきった腕を斬りつける。残り3人。
視界の端で何かが煌めく。思い切り首をひねると、空いた空間をチャクラムが飛んで行った。一度投げても戻ってくるという特徴を利用した奇襲のつもりだろうが、チャクラムの軌道は飽きるほど見ている。2撃目も躱し、そばにあった椅子をお返しとばかりに投げつける。
「があっ!」
椅子をぶつけられた男がのけ反る。その椅子ごと両手剣で叩き斬る。残り二人。
後方で、ソードスキルのライトエフェクトが光る。俺は両手で持った剣に力を込める。
ガアアン!!と激しい音とともに、ソードスキルとソードスキルが激しくぶつかり合った。相手はカタナを持った男だ。
「好き勝手してくれるじゃねえか・・・!お返しだ!」
男の斜め縦斬りを、俺は横に飛んで躱した。そこに、まだ残っていた仲間の片手剣が振りかざされる。
「ふっ・・・!」
俺は息を吐きながら、片手剣を机の上に乗って躱す。さらに上へと飛んで、身を翻しまるで天井に張り付くようにし。
天井を蹴り、最大速度で片手剣を持つ男へ突っ込んだ。両手剣が男の体のど真ん中を貫く。あと一人。
起こしかけた体を逆に思い切り屈めると、カタナの横切りソードスキル《鷲羽》が通り過ぎた。前方に飛びずさり、クイックチェンジで新しい武器を装備。
カタナを持つ男と、俺はしばし睨み合う。
「シッ・・・!」
「でりゃあ!」
小細工なしの俺の下段斬り上げと、奴の上段振り下ろし。俺の筋力パラメータが上回ったか、俺の剣は八のカタナを弾き返し、奴の重心がわずかに浮く。その瞬間、俺は体術スキル《弦月》を発動させ、男を蹴り倒した。
リーダーらしく、すぐに起き上がろうとした男の首筋に剣を突きつける。
「今日盗った物を返せ」
「な、んだと?」
「メイスがあったはずだ。3秒以内に出せ。出さなかったら殺す」
「わ分かった!分かったから殺さないでくれ!」
男はすぐにメイスを取り出し、俺に差し出した。それは確かに、リヒティが使っていたものだった。わずかに俺は嘆息すると、ちらりと外を見た。紅白に染められた、騎士服が見えた。
「後は私たちがやります・・・アルト君」
アスナはさらに何かを言おうとしたが、結局言葉は出てこなかった。代わりに一度礼をすると、小屋の中に倒れるオレンジプレイヤーをほかの血盟騎士団の団員とともに引き立てていった。
俺が小屋を出ると、《鼠》のアルゴが腕組みをし、木にもたれかかっていた。
「俺ッチをメッセンジャーにするとは、いい度胸だな。アル君ヨ」
「すまない。ここの座標を割り出してくれて、なおかつこの夜中に連絡のつきそうなプレイヤーは、あんたしか思い浮かばなかった」
俺はミーシャたちと離れた後、アルゴに連絡を取ってオレンジプレイヤーたちの割り出しと居場所特定を依頼した。さらに夜中の襲撃計画を伝え、あとで黒鉄宮に犯罪者プレイヤーを連れていく人材を連れてきてもらえるように頼んだのだった。
「いくらだ?」
「高いゾ、と言いたいところだけどナ・・・今日のところハ、おまけしといてヤル」
「・・・?」
俺がわずかに首を傾げると、アルゴは少しだけ、沈痛な面持ちで行った。
「弔い合戦だったんだロウ。俺ッチは、そのための情報でぼったくるつもりはナイヨ」
***
ギルドホームに帰ってきたのは、日が昇る直前だった。
玄関を開けて居間に入り、俺は一瞬びくりと肩を震わせた。
椅子の上で、クリスティナが膝を抱えて丸まっていたからだ。
「・・・あ、おかえり。アルト」
「・・・ただいま」
本当はすぐに渡すつもりはなかったのだが、俺は予定を変更した。放っておくと圏外に出ていきそうな気がしたからだ。ウインドゥを操作してメイスを取り出し、彼女の前に置く。
「これ・・・もしかして」
「あぁ。取り返してきた」
クリスティナはおそるおそる手を伸ばし、メイスをそっと撫でた。やがて、彼女の眼から涙がすっと零れた。
「彼ね、最後に愛してるって言ったのよ。怖かったはずなのに、死にたくなんでなかったはずなのに・・・。とってもかっこいい笑顔で言ったの。いっつも照れて言ってくれないのに」
涙に濡れた瞳を上げて、彼女は小さく微笑んだ。
「ありがとう、アルト」
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