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英雄伝説~西風の絶剣~

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第56話 リシャール大佐との決戦

side:エステル


 エステルよ。あたし達は古代遺跡の最下層を目指して、最後の昇降機に乗りこみ下に着くのを待っている所なの。


「もうすぐで最下層に到着しますね」
「いよいよ執念場ね」
「この先にロランス少尉が……」
「はっ、腕の見せどころじゃねえか」
「ああ、何としても彼を止めなくてはな」


 ヨシュア、シェラ姉、クローゼ、アガット、ジンさんがそれぞれ違う反応を見せるが全員がこの先に待つ決戦の予兆を感じていた。


「でもフィルちゃん達は大丈夫でしょうか……」


 ティータは傷ついてリタイアしたリート君、フィル、ラウラさん、オリビエの心配をしているみたいね。
 4人はあのロランス少尉と戦ったようで、何とか退けることは出来たみたいだけど全員ボロボロで駆けつけたユリアさん達親衛隊に地上に運ばれていったわ。


「でもティータやクローゼは無理をしてついてこなくてもよかったのよ?」


 その際にラッセル博士も危険だから一緒に地上に連れて行ってもらったが、ティータとクローゼは残ると言い出したの。
 その時のユリアさんはすっごく困った顔をしてクローゼを説得しようとしていたんだけど、4人の容体が悪化するかも知れなかったので渋々説得を諦めた。


「ごめんなさい。でもせめて王族の者としてこの先に何があるのか、この目で確かめておきたかったんです」
「私もアガットさんが心配だったのでつい……」
「へっ、ガキに心配されるほど軟じゃねえよ」


 まあついてきてしまったのなら仕方ないわよね、二人をしっかりと守ればそれでOKだし難しく考えるのは止めておきましょう。


「皆、そろそろ着くよ」


 ヨシュアの言葉通り昇降機の動きが止まり広い空間があたし達の目の前に広がっていた。


「この先にリシャール大佐がいるのね……」
「ああ、いよいよ決着を付けるときが来たみたいだな」


 あたしはゴクリと唾を飲み込むと、アガットが拳をパンと打ち付けて気合を入れた。


「皆、倒れていったリート君達の分まで頑張りましょう。何があってもリシャール大佐を止めるのよ!」
『応っ!!』


 あたしの言葉に全員が力強く声を上げる。


「それじゃ行くわよ!」


 武器を構えながら最深部に向かって走り出すあたし達、道中に敵の姿はなく難なく奥までたどり着くことが出来た。


「ッ!リシャール大佐!!」
「……やはり来たか」


 奥に佇んでいたリシャール大佐はあたし達を見ても慌てた様子を見せずに堂々と立っていた。


「カノーネ大尉もロランス少尉もやぶれたか、流石はカシウスさんの血を引くだけの事はある」
「リシャール大佐、あたし達は女王様に頼まれてあなたの計画を止めに来たわ」
「そのようだな、だが私は止まるつもりはない。この遺跡に眠る《輝く環》を手に入れてこの国を強くするために」
「っ、そもそも《輝く環》ってなんなのよ!それを使ってあなたはなにがしたいの!」
「……いいだろう。私の狙い、それを教えてあげよう」


 リシャール大佐は後ろにある何かの機械を見上げながら話し始めた。


「かつて古代人が空の女神より授かりし『七の至宝』、彼らはこの至宝の力を使い海と大地と天空を支配したと言われておりその至宝の一つが輝く環なのだよ。もしこれが本当に存在するのなら、それが国家にとってどんな意味を持つと思うかね?」
「周辺諸国に対する強力な武器になる……つまりそういう事ですね」
「その通りだ」


 クローゼの問いにリシャール大佐は頷いた。ようするに《輝く環》というのは強力な武器だって事ね。


「それでその強力な武器を手に入れてどうするつもりよ」
「エステル君、君はリベール王国という国をどう思う?」
「えっ?」


 突然の質問にあたしは間の抜けた声を出してしまった。いきなりなんなのよ。


「えっと、いい国だと思うわ。人も優しいし豊かだし平和そのものだと思ってる」
「そうか、私も同じ意見だ。だがその平和がいつまで続くと保証できる?」
「保障……?」
「このリベール王国は周辺国家と比べれば国力で大きく劣っている。人口はカルバートの5分の1程度、兵力に至ってはエレボニアの僅か8分の1にしか過ぎない。唯一誇れる技術力もいつまでも保てるわけではない。二度と侵略を受けないためにも我々には、この国には絶対的な力が必要なのだよ」
「あっ……」
「エステル君、君も母親を失ったからこそ分かるだろう?いつまたエレボニアやカルバートがこの国を襲いに来るか分からない。いやそれが分かった時には既に遅いんだよ、だからこそこの国には強い力が必要なのだ」


 あたしはその言葉を聞いて百日戦役で母さんを失った事を思い出した。もし百日戦役が起こらなければ母さんは今も生きていたはずだ、そう思うとリシャール大佐の言葉を強く否定できなくなってしまった。


「で、でもそんな訳の分からない物を頼らなくてもこの国には王国軍がいるじゃない!モルガン将軍やユリアさん達親衛隊、それにお父さんの弟子であったあなただっている!百日戦役だって乗り越えられたんだからどうにか出来るはずよ!」
「……ふっ、そう言って貰えるのは嬉しいが人の力には限界があるのだよ」


 あたしの言葉を聞いたリシャール大佐は、どこか諦めたような表情を浮かべていた。


「どういう事?」
「10年前の百日戦役、あれを乗り越えられたのは英雄カシウス・ブライトがいたからだ。だが彼は軍を辞めてしまった、国を守る英雄は去ってしまったのだ。奇跡というのはカシウスさんのような女神に愛された英雄しか起こせない」
「……」
「だから私は情報部を作った、そしてリベールに絶対的な力を得られる手段を探した。そして見つけたのが……」
「輝く環……ってことね」


 リシャール大佐がクーデターを起こそうとしたのは、いずれ現れるかもしれない脅威に対抗するために力を求めたからだったのね。


「エステル君、君も戦争で大切な人を失ったからこそ分かるはずだ。あのような惨劇は二度と起こしてはならないと」
「それは……」
「私達は協力し合えるはずだ、共にこの国を守る為に力を貸してほしい」


 リシャール大佐はあたしに手を差し伸べてそう言ってきた、あたしはその手がとても魅力的に思えてしまう。


「エステル!?」
「おい、こんな奴の話に騙されるな!」


 皆があたしを止めようとするが、私は前に出てリシャール大佐の前に立つ。


「ふふ、それでいいんだ」
「……」


 思わずリシャール大佐の手を取ってしまいそうになるあたし、でも不意に母さんを失った時に家で一人泣いていた父さんを思い出した。
 そしてあたしはリシャール大佐の考えは国を想う者としては正しいのかもしれないが、あたしにとっては違うんじゃないのかって思い首を横に振るう。


「ごめんなさい、せっかくのお誘いに悪いんだけど断らせてもらうわ」
「どうしてだ?君とてこの国を愛する者の一人だろう、ならば私の考えに共感できるはずだ」
「リシャール大佐は父さんを英雄だって言ったわよね?」
「ああ、彼は間違いなく歴史に名を残す人物だ」
「リシャール大佐や他の人からすれば父さんは英雄なんでしょうね、でもあたしからすれば父さんは唯の父さんなのよ。フラッと何も言わずにどこかへ行っちゃうと思ったらこっちが驚くような事をしてくるわ、連れてくるわで困っちゃうし意外とズボラなところもあるし好き嫌いもする。そして母さんを失って一人で悲しんでいた……唯の人間よ」


 父さんが凄い人なのはあたしも理解できるわ、でもそんな英雄だって弱い所はあるのよ。


「父さんは言っていたわ。俺一人の力などたかが知れているって、この国を守れたのは頼りになる仲間がいたからだって。それはきっとあなたの事も含まれているんだと思う」
「……何が言いたいんだ?」
「要するに父さんは一人で戦っていたんじゃない、皆で力を合わせて困難を乗り越えたのよ」


 あたしも遊撃士になって色んな人を助けてきた、でもそんなあたしも沢山の人に助けられてきた。ヨシュアやシェラ姉、オリビエにアガット、クローゼにティータ、ジンさんやアネラスさん達遊撃士の皆、そして各地方の市長さん達や王国軍の人々……沢山の人に導かれてここにたどり着けたの。


「あたし一人だったら大佐の陰謀に気づく事もなかったし仮に気づけても何も出来なかった。でも今あたしがここに立っていられるのもそんな沢山の絆が結び付けてくれたからだとハッキリ言える。でもそれは奇跡なんかじゃなくて人間が持つ可能性なんじゃないかって思うの、一人の力は弱くても皆で力を合わせればどんな困難にだって立ち向かえるわ。あたしは訳の分からない古代の兵器なんかよりその力を信じるわ!」


 あたしは武器を構え、リシャール大佐にそう言った。


「エステル……」
「ふふっ、あんたらしいわね」
「でも凄く心に響く言葉です」
「はっ、半人前がナマ言いやがって」
「大したものじゃないか、あの年であんなことは中々言えることじゃない」
「お姉ちゃん、凄いよ!」


 背後から仲間たちが色々と言ってくるが少しこそばゆいわね……


「ふふ……強いのだな、君は」


 リシャール大佐はあたしをまるで眩しいモノを見るかのような眼差しで見ながらそう呟く。


「だがその強さを皆が持っている訳ではない、目の前にある強大な力の誘惑に抗う事は難しい。そして私はこの時の為に、周到に準備を進めてきた。その為に罪もなき者達を利用してきたんだ、今更引き返すことなど出来はしない」


 リシャール大佐はゆっくりと武器を抜いて構えを取る。あれってリート君も使っている太刀っていう武器よね?


「……だったら戦いましょう、あたし達はあなたを止める為にここに来た」
「良いだろう、どちらの意思が勝つか……ここで雌雄を決しようじゃないか」


 リシャール大佐が指を鳴らすとあたし達の周辺に10体の魔獣が姿を現した。


「君達が己の意思を信じる様に、私も己の道を行くだけだ。それを止めると言うのならば、相応の覚悟を持ってかかってくるがいい!」
「皆、何があっても必ず勝つわよ!」
『応っ!!』


 あたし達はリシャール大佐との戦闘を開始する、この戦いは絶対に負けられないわ!


「行くわよ!」


 他の皆に魔獣の相手を任せてあたしとヨシュアはリシャール大佐に向かっていく。


「はあっ!」
「……」


 あたしが上段から振るうスタッフをリシャール大佐は最小限の動きでかわして攻撃を仕掛けてくる。だがそれをヨシュアが防ぎあたしは一旦距離を取る。


「捻糸棍!」
「光輪斬!」


 スタッフから衝撃波を放ちリシャール大佐を攻撃するが、彼は太刀から光の輪のような斬撃を繰り出してそれを打ち消した。


「断骨剣!」


 そこに背後から音もなくヨシュアがリシャール大佐の背後を取り攻撃を仕掛けた。普通なら当たるはずだがリシャール大佐はそれをまた最小限の動きでかわしてヨシュアに斬りかかった。


「光鬼斬!」


 鋭い居合でヨシュアを攻撃するリシャール大佐、ヨシュアはかろうじて防御するが大きく吹き飛ばされてしまう。


「金剛撃!」


 ヨシュアを助けようとあたしは必殺の一撃を放つが、それもまたかわされてしまう。


「光連斬!」
「桜花無双撃!」


 そして怒涛の連続攻撃をあたしに放ってくる、あたしはそれに桜花無双撃で対抗するが腕を斬られてダメージを負ってしまう。


「エステル!」


 ヨシュアが絶影で攻撃するが、カウンターで返すように脇腹を浅く斬られてしまった。


「ぐうっ!?」
「ヨシュア、大丈夫!?」
「これくらい平気さ、でもリシャール大佐の使うあの剣術……」
「ええ、前にリート君が見せてくれた八葉一刀流の技によく似ているわね」


 確か『残月』っていう技だったかしら、主にカウンターの剣技だったと思うんだけどリシャール大佐の使う剣術はそれによく似ているわ。


「なるほど、リートという君達の知り合いの少年は八葉一刀流の使い手だったようだな。確かに私の剣術は八葉一刀流に関係していると言えるだろう」
「じゃああなたも八葉一刀流の使い手なの?」
「いや違う、私に剣術を指導してくださったのはカシウスさんだ。私は彼に教えてもらった八葉一刀流の技の一つ、五ノ型『残月』を我流で極めたのさ」
「我流でそこまで極めるなんて……」


 でも厄介ね、リシャール大佐に攻撃を仕掛けてもカウンターで返されたらこっちはダメージを与えられないじゃない。


「エステル、カウンター系の技には遠距離の技か攻撃のタイミングを上手くズラすように戦うんだ」
「分かったわ!」


 あたしはヨシュアに小声でアドバイスを貰い、リシャール大佐との戦いを続けていく。譲れないものがあるからあたし達は引くわけにはいかない、徐々にリシャール大佐にもダメージを与えられるようになってきたが、お互いにダメージが蓄積してきていた。


「はぁはぁ……」
「ここまでやるとは思ってもいなかったよ、伊達にカノーネ大尉やロランス少尉を破ってきただけの事はあるな」
「残念ながらロランス少尉を退けたのはあたし達じゃないの、リート君達よ」
「ほう、彼らが……」
「そうよ!道を切り開いてくれたあの子達の分まであたしが戦うわ!」
「……ふふっ」
「な、何がおかしいのよ?」


 突然リシャール大佐が笑い出したので、あたしは思わず戦いの手を止めてしまう。


「リートか……君は彼が本当に唯の少年だと思っているのか?」
「当たり前じゃない、それ以外に何があるっていうのよ?」
「疑問に思わないのか?いくら八葉一刀流に携わっているとはいえ、君よりも年下で妙に戦い慣れていることに」
「そんなのリート君が強いだけなんじゃないの?八葉一刀流って父さんも使っていた流派なんだし。ねえヨシュア」
「ああ、確かに気になることはあるが今はそんなことを考える必要は……ぐうっ!?」
「ヨシュア?」


 あたしはヨシュアに同意を求めたが、ヨシュアは突然頭を抱えて黙ってしまった。


「ヨシュア、どうしたの?」
「……確かに薄々思ってはいたんだ、リート君は妙に戦闘に関して場慣れしている。いくら八葉一刀流の使い手とは言え唯の子供があそこまで冷静に戦えるものなのか?それに妹のフィル、彼女こそおかしいじゃないか。どうして特務隊の連中とあそこまで渡り合えるんだ?普通の子供ならあり得ない……」
「えっ、急にどうしたのよ。何でそんなことを言い出すの?」


 普段のヨシュアなら戦闘中に余計な事を考えたり話したりはしない、そういう怪しいと思った人の事などはあたしと二人の時に話すはずだ。
 確かにリート君は時々年下とは思えない雰囲気を出したりしていたし、フィルも年下のはずなのに戦いに慣れているなぁとは思ったこともある。でもリート君は困っている人をほうっておけないお人よしな子だしフィルも孤児院の子達やテレサ先生にあんなに好かれているんだから悪い子達じゃないとあたしは思うしヨシュアもそれに同意してくれた。
 それなのに急にリート君とフィルを疑うような事を話しだすなんてヨシュアらしくないとあたしは思った。


「どうやら彼は気になることがあるみたいだね。こうやって話してみると彼らは少し怪しいと思わないか?」
「ぐっ……でもそれがなんだって言うのよ。リート君もフィルもあたしの仲間よ、変な事を言ってあたし達を撹乱させようたってそうはいかないんだから!」
「私も彼らを調べたが、どこの国にもリートとフィルという人物とあの二人が一致する情報は無かった。つまり彼らは偽名を使っている可能性がある」
「でも父さんの知り合いだったわ!怪しいわけなんてないじゃないの!」
「そう、カシウスさんの知り合いだからこそ見逃してしまっていたのだよ。カシウスさんは過去にある大事件を解決する為の作戦を指揮したことがある、その時にある人物と交流をかわしたことも私は調査して知ったのだ」
「ある人物……?」
「その人物とはルトガー・クラウゼル。大陸でもトップクラスの実力を持つ猟兵団『西風の旅団』を率いる男だ」


 猟兵……あたしはまだ一度も見た事が無いけど、確かミラ次第でどんな事でもするという奴らの事ね。遊撃士と対立することもあり、この国では猟兵を雇う事を法律で禁止しているくらいの危険な集団だと話には聞いているわ。


「彼には二人の子供がいた、黒い髪の少年と銀の髪の少女……二人の名はリィン・クラウゼル、フィー・クラウゼル。西風の旅団に所属する『猟兵王』の子供達さ」
「そ、そんな……嘘よ!猟兵がリベール王国に来るわけないじゃない!猟兵を雇う事はこの国では禁止されているはずよ!」


 そのリィンって人達が猟兵ならこの国にいるのはおかしいじゃない。


「ふふっ、別にこの国が猟兵を雇う事を禁止していても他国は別さ。偽装したパスポートや国境を自力で超える……猟兵は依頼を遂行する為ならあらゆる手段を使う奴らだ、この国に入り込むのも出来ない訳じゃない」
「でも猟兵がこの国に来る理由なんてある訳ないわ!」
「私は彼らがエレボニア帝国かカルバート共和国に雇われたものではないかと疑っている」
「どういう事よ!」
「彼らがカシウスさんと親しい事を利用して、上手くこの国に潜入して私の計画を暴こうとしたのかもしれないと私は思っているのだ。鉄血宰相『ギリアス・オズボーン』やカルバート共和国大統領『ロック・スミス』はかなりの切れ者だからね。そうなるとあの帝国から来ていたオリビエという男も怪しい、彼もまた帝国の諜報員なのかも知れないな」
「オリビエも……?」


 まさかここでオリビエの名前が出てくるとは思わなかった。


「まさか!あいつは唯のお調子者よ。そりゃ色々首を突っ込んできたりもしたけどあたし達を騙そうとするような奴じゃないわ!大体さっきからリート君達を猟兵だとかオリビエをスパイだとか決めつけているけど、何の根拠があってそんなことが言えるのよ!」


 リシャール大佐が言う事は何も証拠がない、あたしは信じないんだから!


「ふふっ、切り札という物は最後まで取っておくもの……それは戦闘や交渉でも同じことだ」
「何が言いたいのよ?」
「私は既に彼らが怪しいと言う証拠を掴んでいる」
「あ、あんですって!?」
「これを見たまえ」


 リシャール大佐はあたしに何かの紙切れ……いやこれは写真かしら……?を投げつけてきた。


「戦闘中に一体何を……っ!?」


 あたしは思わず目を疑ってしまった。写真に写っていたのは夜に黒装束の連中とリート君とフィル、そしてオリビエが戦っているの光景が写っていたからだ。


「なによ、これ……」
「それは前に孤児院の再建をさせぬように特務隊をマノリア村を襲わせたときの光景だ」
「マノリア村を襲おうとした?でもそんな話は聞いていない……あっ」


 あたしがルーアン地方で孤児院を放火した犯人を追っている時に、真夜中にオリビエから黒装束の連中を見たと連絡を受けた事を思い出した。
 あの時は何も思わなかったけど、この写真が本当なら彼らはこっそりと黒装束の連中と戦っていたって事?


「でも、なんであたし達に何も言ってくれなかったの……?」
「どうだね、これでも彼らは怪しくないと言えるかな?」
「嘘よ、こんなの信じられないわ……」
「ならばこれも見てみるがいい」


 リシャール大佐はもう一つ写真を投げつけてきた、それに写っていたのは何かを話すリート君とフィルとラウラさんとオリビエの姿だった。その光景はまるで密会をしているように見えた。


「これは……」
「それは彼らが何らかの情報を共有している時の光景を『偶然』映したものだ。君達に隠れてそんなことをしている人間が、果たして本当に怪しくないと言えるのかな?」


 あたしはもう訳が分からなくなっていた、だってリート君とフィルが猟兵でオリビエが帝国のスパイだったって急に言われたら訳が分かんなくなっちゃうわよ。


「お姉ちゃん!アガットさん達が!?」
「どうしたの!?」


 ティータの悲鳴が聞こえたのでそちらを見てみる、するとシェラ姉とアガットが頭を抱えて膝を付いていた。


「ぐっ、うう……」
「頭が、痛い……!?」
「シェラ姉!?アガット!?どうしたの!?」
「どうして、私は気が付けなかったの……!猟兵のリストを見て顔を知っていたのに……」
「俺としたことが……猟兵に気が付けなかったなんて……ぐぅ!?今になって思えば怪しい所はあったのにまるで頭に霧がかかったみたいに思い出せなかった……」


 二人はあたしの声が聞こえていないようで、何かを呟いていた。すると魔獣達が動けなくなった二人に向かって巨大なミサイルを発射する。


「ぐっ!?」


 そこにジンさんが割り込んで二人をミサイルから庇う。だが流石にジンさんも巨大なミサイルの直撃を受けて無事ではいられなかったようで、身体から黒い煙を立たせながら膝を付いた。


「ジンさん、今回復を……!」
「ク、クローゼさん……」


 ジンさんに回復アーツをかけようとしたクローゼだったが、ティータと共に魔獣達に囲まれてしまい動けなくなってしまった。


「クローゼ!ティータ!今助けるわ……」
「どこを見ている、敵はこちらにいるぞ」
「あっ……」


 隙を突かれたあたしは、リシャール大佐の放つ怒涛の攻撃をまともに受けてしまい血反吐を吐きながら膝を付いた。


「がはっ……!」
「安心したまえ、急所は外してある。恩あるカシウスさんの娘を殺すのは忍びないからね」
「ぐっ……」


 あたしはリシャール大佐を睨みつけるが状況は明らかにこちら側が劣勢だ。
 ヨシュア、シェラ姉、アガットは原因不明の頭痛で動けなくなるしジンさんは負傷した、クローゼとティータも身動きが取れずあたしはダメージを受けて倒れてしまっている。


「どうだ、君は人の可能性とやらを信じたみたいだが結局は裏切られていたようだな」
「そ、それは……」
「例え力を合わせたとしても裏切者は必ず出る、だから私は人との絆より古代の兵器を選んだ。君が信じた物はあっけなく消え去ってしまったな」
「……そんな事はないわ」
「何?」


 あたしは痛む体に喝を入れて立ち上がった。


「確かにあなたが渡したこの写真はリート君達が怪しい事をしていた証拠なのかもしれない。さっきは思わず動揺してしまった……でもあたしはそれでもリート君達を信じるわ!」
「何を根拠に彼らを信じると言うのかね?」
「決まっているじゃない!あたし自身の直感を信じるのよ!」


 確かに怪しい所はあったしあの写真を見て動揺してしまったのは事実だ。
 でもヴァレリア湖で家族の事を楽しそうに話すリート君や孤児院の子達に親しまれていたフィル、そしておちゃらけていても大事なところであたし達を助けてくれたオリビエ……3人と過ごした思い出を思い出してあたしは3人が悪意や邪な考えを持ってあたし達に接触してきたなんて到底思えなかった。


「直観だと?そんな根拠のないもので他人を信じると言うのか?」
「馬鹿だって言われようとあたしはあたしが信じた物を信じぬく、自分が言った言葉を曲げたりなんてしない!」


 あたしはそう叫ぶと捻糸棍をリシャール大佐に目掛けて繰り出した。


「くっ……」


 リシャール大佐はそれを後方に跳んで回避する。


「その揺れることのない精神力には驚かせてもらった、だが君一人で何ができる?」
「悪いけどエステル一人じゃないよ」


 何かの軌跡が走ったかと思うとリシャール大佐の全身に切り傷が生まれた。


「今のは……」
「ごめん、エステル。回復するのに時間がかかった」
「ヨシュア……!」


 リシャール大佐を攻撃したのは、復活したヨシュアだった。


「エステル、君は本当にすごいよ。あそこまで他人を信じるなんてハッキリ言える人はそういない、僕も正直怪しいと思う事はあったけど君が彼らを信じるのなら僕も信じぬくよ」
「ヨシュア、ありがとう!」


 さっきまでの様子のおかしかったヨシュアではなく、あたしが知るいつものヨシュアがそこにいた。


「じゃあ次はクローゼ達を……」
「スパークダイン!」
「フレイムスマッシュ!」


 あたし達がクローゼ達を取り囲んでいた魔獣達の元に向かおうとすると、空から雷が落ちて魔獣達を直撃する。そして遅れて放たれた灼熱の一撃が魔獣達を大きく後退させた。


「エステル、ヨシュア。遅れてごめんなさいね」
「はっ、根性見せやがって。大したもんだ」
「シェラ姉、アガット!」


 魔獣達を攻撃したのはシェラ姉とアガットだった。さっきまでは頭を抱えて苦しそうだったけど、もう大丈夫なのかしら?


「二人とも、もう大丈夫なの?」
「多少まだ痛みはあるけどそんな理由であんた達の足を引っ張る訳にはいかないからね」
「根性がありゃ大抵の事は乗り越えられるんだよ、だからそんな心配そうな顔をすんじゃねえ」


 少し強がりを言っているようにも思うけど、今は二人の言葉を信じましょう。


「……ねぇシェラ姉。リート君達の事なんだけど」
「リート君……いえリィン・クラウゼルとフィー・クラウゼルの事ね。あの二人は間違いなくその二人と同一人物よ、ギルドにある要注意リストに顔写真と名前が書かれていたのをあたしは知っていたわ。何故か今まで思い出せなかったけど……」
「そうなんだ……じゃあやっぱりあの二人は……」


 一応二人の事を確認したみたいだけどやっぱり猟兵だったのね。信じるとは言ってもののやっぱり複雑な気分だわ……


「こーら、そんな顔しない」
「シェ、シェラ姉?」


 シェラ姉がグニっとあたしの顔をつまんできた。


「正直オリビエに関しても唯の一般人とは言えないわね、でもあんたはそれでもあの三人を信じるって言ったんでしょ?ならそれを最後まで貫きなさい」
「シェラ姉達はいいの?猟兵だって分かったんでしょ?」
「思う事はあるけど彼らには助けてもらった事もあるし、今はこの状況をどうにかする方が先ね」
「俺はあいつらを信じたわけじゃない、だが新人があそこまで啖呵吐いたってのに俺がウジウジしているのは間違ってると思っただけだ。この事件が終わったらあいつらから全部聞き出してやる」


 二人はそう言って武器を構えた、あたしは二人がそれぞれの理由でだけどリート君達を信じてくれたことに感謝する。


「あの二人なら大丈夫だろう、俺も過去に会った事があるからな」
「ジンさん!」


 そこにジンさんが現れて魔獣達を雷神掌で攻撃する。傷はもう大丈夫なの?


「ジンさん、傷は大丈夫なの?」
「ああ、養命功という体の中に流れる氣を活性化させるクラフトで回復した」
「流石ね……そういえばジンさんはさっきリート君達に会った事があるって言ってたけど本当なの?」
「ああ。前に大きな仕事をカシウスさんとしたことがあるんだが、その時に猟兵王とその子供達も参加していて彼らと少しの会話をしたんだ。それにカシウスさんの手紙に彼らがこの国にいる理由も書いてあったから二人の正体は知っていた」
「手紙って前に晩餐会の時に聞いたあれ?」
「ああそうだ、手紙にはエステル達の事以外にもリィンとフィーの事も書いてあった。恐らくあの二人はカシウスさんが雇ったんだろう」
「と、父さんは全部知っていたって事?」
「先生らしいというかなんというか……」
「あのおっさん、喰えない野郎だとは思っていたがここまでとはな」


 も、もう~!それならあたし達に何か言っていってくれてもよかったんじゃない!いっつも勿体ぶった事をして何も言わないんだから!


「もうあったまきた!父さんもそうだけどリート君やフィルも水臭いじゃない!こうなったらこの戦いを終わらせて色々聞かなくちゃいけないわ!」
「うん、僕も色々聞きたい事はあるからね。早くこの戦いを終わらせよう」


 クローゼ達をシェラ姉達に任せて、あたしとヨシュアは再びリシャール大佐と対峙する。


「リシャール大佐、そういう事らしいからもうあなたには惑わされないわ!」
「……くくっ、まさかカシウスさんが雇っていたとはな。流石だ、私の計画に気が付いていたという事か」
「ええ、オリビエさんは正直分かりませんがもうあなたの言葉に揺れたりはしません」
「いいだろう、ならば実力で決着を付けようじゃないか」
「望むところよ!行くわよ、ヨシュア!」
「ああ、行こう!エステル!」


 あたしとヨシュアは武器を構えて再びリシャール大佐に向かっていく。


「光鬼斬!」
「金剛撃!」


 あたしの一撃とリシャール大佐の一撃がぶつかり合い大きな衝撃が生まれる。


「光輪斬!」
「朧!」


 リシャール大佐の放った斬撃の輪をヨシュアが回避する、そして懐に潜り込んで鋭い一撃を放つ。


「光連斬!」
「桜花無双撃!」
「双連撃!」


 リシャール大佐の怒涛の連続攻撃を、あたしとヨシュアは二人で対抗する。さっきは腕を斬られたけど今度は相殺することが出来た。


「やるな、ならばこの技で君達との対決に終止符を打つとしよう」


 リシャール大佐が居合の体勢を取ると、その姿を一瞬にして消してしまった。


「どこに行ったの?」
「はっ!?エステルッ!」
「散るがいい……『残光破砕剣』!!」


 そしてあたしの眼前に現れたリシャール大佐は神速の斬撃を放ってきたが、そこにヨシュアが割り込んであたしを突きとばし代わりにリシャール大佐の攻撃を受けてしまった。


「ヨシュア!?」
「ほう、事前にクレストをかけて防御力を上げていたか。だがその体ではもう動けまい」


 大きなダメージを負ったようだがヨシュアは生きていた。でもあれじゃもう戦えないわ。


「さて、どうするかな。相方が戦闘不能になったが戦いを継続するかね?」
「当たり前よ!ここで逃げられる訳が無いじゃない!」


 あたしはスタッフを構えて一人でリシャール大佐に向かっていった。


「はあっ!」
「ふっ、甘いな」


 振り下ろしたスタッフをいなされてカウンターで斬りつけられる。鋭い痛みが体に走るがあたしは構わずに攻撃を放つ。


「金剛撃!」
「何っ!?ぐわぁっ!」


 まさか攻撃を喰らって即反撃してくるとは思ってもいなかったようで、リシャール大佐はまともにその攻撃を受けていた。


「はああぁぁぁっ!!」


 その隙を逃さずにあたしは怒涛の勢いでリシャール大佐に攻撃を放っていく、リシャール大佐も負けじと攻撃してくるがあたしは怯むことなく攻撃を続けていく。


「君は痛みを感じなのか?なぜそこまでして戦える?」
「あたしには守りたい物がある!皆が一緒に戦ってくれる!だから止まる事なんて出来ないの!」
「……!?ッカシウスさん……!」


 リシャール大佐は何かをボソッと呟くと、あたしと大きく距離を取った。


「……(一瞬だが、エステル君がカシウスさんに見えた。やはり彼女は彼の血を受け継ぐ者なんだな)」
「……?どうかしたの?」
「ふっ、何でもないさ」


 リシャール大佐は首を横に振るうと、さっきヨシュアを倒した技の構えに入った。


「これで終わらせよう、君の信じる物が勝つか私の信じた道が勝つか……これで全てがハッキリする」
「ええ、これで終わらせましょう」


 あたしもスタッフを構えてリシャール大佐と対峙する。


「……行くぞ!」


 リシャール大佐の姿が消えたと同時にあたしも走り出した。


(突っ込んできただと?何を考えているかは分からないがこれで終わりだ!)


 そしてあたしの前にリシャール大佐が現れて神速の斬撃を放とうと太刀に手をかけた。


「今だ!」


 あたしは回転の力を利用して高速で移動する、そしてリシャール大佐が太刀を振るう前にタックルして態勢を崩した。


「何っ!?今の動きは……!」
「桜花無双撃!」


 体制の崩れたリシャール大佐に怒涛の連続攻撃を喰らわせた。だがリシャール大佐はそれを喰らっても大きく後退しただけで倒れなかった。


「まだだ!まだ私は……!」
「だったらとっておきを見せてあげる!」


 あたしは回転しながらリシャール大佐に突っ込んでいく、そして彼の周囲を高速で動き闘氣の竜巻に閉じ込めた。


「奥義、太極輪!!」


 そして回転のエネルギーを使ってリシャール大佐に渾身の一撃を叩き込んだ。


 
 

 
後書き
 ヨシュアが戦闘中にペラペラと話し出したのは教授が『エステルを混乱させるように場をかき乱せ』という暗示を受けていたからです。
 シェラザード、アガットが戦闘中に激しい頭痛に襲われたのは『アラン・リシャールからリィン達の正体を話したら暗示が溶けると同時に副作用で激しい頭痛に襲われる』ように暗示を受けていたからです。原作ではありませんでしたがこの作品の教授はリィンとフィーが猟兵だとバレないように主要となる遊撃士や軍人に接触して暗示をかけています。
 クローゼ、ティータは遊撃士ではないから、ジンはカルバートから来たばかりで尚且つメンバー内では一番の実力者だったため迂闊に接触はしない方がいいと教授は思って暗示をかけなかったから何もありませんでした。
 そしてリシャール大佐がリィン達の事を詳しく知っていたのはワイスマンに暗示で教え込まれていたからです。写真も彼の仕業です。
 そして当の本人はエステルがどうやってこの状況を切り抜けるか、そしてその後にあるお楽しみを待ち構えてほくそ笑んでいます。 
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