| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

永遠の謎

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

376部分:第二十四話 私の誠意その十四


第二十四話 私の誠意その十四

「そうさせてもらいました」
「マイスタージンガーをですね」
「遂にあの作品が上演されますか」
「そうですね。あの作品は素晴しい作品です」 
 ビューローもそのことは素直に認められた。ニュルンベルグのマイスタージンガーという作品のその素晴しさはだ。ワーグナー自身はともかくとして。
「必ず陛下のお心に残るでしょう」
「そうですね。楽譜と詩を見ましたが」
「そのどちらも」
「素晴しい。確かに長く壮大な作品ですが」
 ワーグナーらしくだ。しかもその中でもとりわけなのだ。
「その壮大さに心を浸らすことのできる作品です」
「そうですね。そして」
「指輪ですか」
「私はあの作品の完成も待っています」
 王の望みはそこにもあった。指輪のだ。
 指輪についてはだ。王はこんなことを述べた。
「あの作品は歴史に永遠に残るでしょう」
「人類の歴史にですね」
「そう、残ります」
 まさにそうだというのだ。
「人の心にもです」
「心にもですか」
「その作品を一刻も早く観たい」
 素直な望みだった。王のその中にある純真なまでの望みだった。
「そう願ってやみません」
「では。待たれて下さい」
「全てが整うまで」
「マイスターは指輪の完成を進められています」
 ただしどれだけの速さかはあえて言わないビューローだった。彼はワーグナーの完璧主義とそれに基く完成の遅さを知っているのだ。
 それを言わないのは王への気遣いだった。しかし王は。
 その青い目に焦りの色を浮かべて。こう言うのだった。
「それを願います」
「一刻も早くですね」
「そうです。何とか早くに」
「待たれることです」
「待つのですか」
「その完成まで」
 こう言っていればいいと思っていた。彼は王は待つと思っていた。しかしだ。
 王は次第に待ちきれなさも感じていたのだった。ビューローはそのことに気付かない。このこともまた次第にうねりになっていくのだ。
 この時王はそのことだけを考えていた。それでだ。
 婚礼のことを言われてもだ。こんな調子だった。
「では。御婚礼の際は」
「婚礼とは」
 ビューローに言われてもだ。こんな調子だった。 
 だがすぐに我に返った様になってだ。こう言うのだった。
「ああ、あのことですね」
「間も無くですのね」
「そうですね。それは近いのですね」
「やはり。不安でしょうか」
 結婚を経験している者として王に尋ねる,。
「今は」
「不安ですか」
「そうです。人は幸せを前にすると不安になったりもするものですから」
「それが手に入れられるかどうか。考えてですね」
「はい、ですから」
「不安。そうですね」
 不安という言葉を自分の口で出して。それからの言葉だった。
「むしろそれよりもです」
「それよりもとは?」
「恐れ、いえ嫌悪」
「嫌悪?」
「私は何故かです」
 こうだ。王は言うのだった。
「恐怖に基く嫌悪を感じています」
「恐怖に基く?」
「同じ性別の相手と結婚し褥を共にし」
 そしてだというのだ。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧