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稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生

作者:ノーマン
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84話:派閥

宇宙歴792年 帝国歴483年 8月上旬
首都星ハイネセン 統合作戦本部 
シドニー・シトレ

「一先ず、出された宿題は何とか済ませたと言った所かな?じゃが、こうなっては国防委員会に近い連中との派閥抗争は先鋭化しかねんじゃろうな」

「ビュコック教官、今更の話でしょう。それに指導が厳しいから、裏で手を回すような人間が100万人を越える人間の命の責任者になるなど、笑い話でしかないでしょう?後は我々が口実を与えない様に動く必要があるかもしれませんが......」

年初から連戦した最前線での遭遇戦だが、この数年では稀なほど被害を押さえて帝国軍と痛み分けに持ち込むことが出来た。他の艦隊ではそれなりの被害が出ていたが、少なくとも戦術的に対抗する光明がやっと見えた気がした。とは言え、分艦隊司令をこの面子で揃えられたから出来た事だ。同盟軍全体で実施できるようになるとは、考えない方が良いだろう。

「退役を含め空いた4つの正規艦隊司令の椅子は、パエッタ以外は私たちで確保できました。クブルスリー中将とグリーンヒル中将は中立ですが心情的にはこちらよりです。戦力化できている10個艦隊のうち6名は国防委員会の差し出口に否定的な人材で固められました。最悪の事態は避けられたと言っても良いでしょう」

「それにしても残念じゃ。後方勤務本部から借り受けておきながら見捨てるような行動をとるとはな。あの紅茶をもう飲めないと思うと、儂の司令部に引っ張っておけばよかったわい。ロボスも自分の派閥だからと言って、甘やかしてばかりでは為にならん。その上でしれっと昇進させようとするとは。もう少し『恥』というものをわきまえた男だと思っておったが......」

少ない被害で帝国軍を押し返した我々の艦隊の実績に焦ったのか?主任務は哨戒であるにもかかわらず、ロボスは、それをおざなりにして艦隊をイゼルローン方面に進めた。結果、有力な敵と会敵したものの、想定外のタイミングで補給を必要とした。急な補給要請を受けた補給部隊は哨戒が徹底されなかった宙域を進むことになり、不幸にも帝国の哨戒艦隊と遭遇し殲滅された。計画外の補給の責任者として同行していたミンツ中尉、いや、もう二階級特進して少佐か......。も帰らぬ人となった。
ミンツ中尉の紅茶を入れる腕は素晴らしいものだったし、教官も彼の紅茶を気に入っていた。哨戒が徹底されていれば戦死する事は無かっただろう。前線での奮戦を考慮し不問とされたが、エルファシル星系から、補給の陣頭指揮をとっていたセレブレッセ少将は、『補給部隊が本来負うはずがないリスクを押し付けるなら、計画外の補給は二度と行わない』と激怒したらしい。ロボスの戦局を楽観視する部分が悪く出た形だ。
分艦隊司令までは、自分の艦隊の事を考えるだけで良いが、正規艦隊司令ともなると軍部全体の事も意識しなければ他部署から白い目で見られる。そういう物をなんとなく肌で感じたから国防委員会に近づいたのだろうか?そのせいで、取り巻きに強く出れないとしたら、悪い循環に入っているようにも思うが、今更、私から忠告をしても修正するのは困難だろう。

「儂らが正規艦隊司令になれたのも朗報じゃが、いよいよお主が宇宙艦隊司令長官じゃ。この戦局では明るい材料が多いとは言えぬが、儂らも支えるつもりでおる。なんとか励んでもらいたいところじゃ」

「教官たちに支えて頂けるなら、心強い限りです。ただ、この立場になった以上、全ての正規艦隊に一定の配慮をせざるを得ないでしょう。どこまでお返しできるか分からない所が申し訳ないくらいです」

宇宙艦隊司令長官は、実戦部隊のトップだ。その立場にある人間が贔屓を始めたら、それこそ軍全体がおかしなことになりかねない。国防委員会の横槍をはねのける意味でも、誰から見てもそれなりに筋の通った形にする事を強く意識しなければならないだろう。

「その件なら、気にする必要はない。儂らは信賞必罰がちゃんと機能してくれればそれで満足じゃ。それと期待したい配慮としては、数個艦隊を派兵する際は、我らで組ませてほしいという所じゃろうな。今回の会戦で、確かに戦術面で光明が見えたが、『功に焦る者』や『自分の功績の為ならリスクを押し付ける輩』と一緒では、帝国の補給のタイミングまでは守勢を取り、一時的に戦線の戦力が減るタイミングで痛撃を与える戦術は実行出来んからな。
10個艦隊と言っても、帝国がフェザーンに進駐した事を思えば、3個艦隊は手元に置かねばならんだろうし、ハイネセンを空にするのは国防委員会が許さんじゃろう?となれば、儂らの3個艦隊とロボス、パエッタと誰かを組ませて交代で哨戒するような形にして欲しいとは思っておる」

「そう言う話なら何とかできるでしょう。宇宙艦隊司令部の中に派閥があることは本来好ましくはありませんが、派閥争いを前線に持ち込まれれば、その負荷は最終的に兵士たちが負うことになります。今の同盟軍にそんな事を許容する余裕はありませんからな」

任官した時から、責任ある立場になりこの戦争をなんとか優勢に出来ればとは思っていたが、昇進するほど、部下や他部署、それに国防委員会への配慮を考えなければならなくなった。宇宙艦隊司令長官という役職に任じられたことを嬉しくは思うが、憂鬱な事が無いわけではない。
『貴殿らの練達した艦隊運用に敬意を表す』か。会敵したシュタイエルマルク艦隊からの電報だが、少なくとも帝国には敵の勇戦を称える余裕がある。帝国軍人には、こんな悩みは無いのだろうか?宇宙の向こう側のもう一人の宇宙艦隊司令長官の心境に、私は思考を向けていた。どうせなら同じような気苦労があってほしいものだが......。


宇宙歴792年 帝国歴483年 8月上旬
首都星ハイネセン 歓楽街
ダスティ・アッテンボロー

「アッテンボロー、お前さんも無事で何よりだったな。ミンツ少佐の事があってから妙な胸騒ぎがしていてな。ヤンもラップも無事で何よりだ。昇進も大事だが、命あっての事だからな。では皆が無事に帰還した事に!そしてミンツ少佐に......」

キャゼルヌ准将の音頭に合わせてクラスを少し掲げ献杯をする。俺は面識を得てはいないが、所属している第8艦隊の司令部立ち上げ期に後方勤務本部から出向されていた方らしい。特に紅茶を入れるのが神技で、紅茶派が増えるきっかけになったと聞く。ロボス提督の悪癖である『楽観視』がもたらした、本来必要なかった犠牲になられた。
戦功を焦って足元を疎かにする提督と、それに警告しない参謀陣。惜敗を勇戦に塗り替える国防委員会に、主戦派に迎合する大手報道機関。最低でもけん責処分にはすべきだろうに、口頭注意で済まされたらしい。戦闘宙域で哨戒に手を抜くなど、そもそも士官学校の候補生でも論外の行為なはずだ。そんな事がまかり通ってしまう今の軍部に、憤りを覚えるのは俺だけではないだろう。

「彼の入れるお茶は本当に美味しかった。もう飲むことが出来ないとなると、尚更惜しく思います。それにあれほどの技量を持ちながら、人に振る舞うのを喜びとする方でしたし、残念ですね」

「キャゼルヌ准将、今回の一件は戦闘部隊がすべきことを怠り、結果、後方部門が被害を受けた形になります。再発防止は当然としてどんな受け取られ方をされているのでしょうか?これがきっかけで溝が出来るようなことになれば、それも問題だと思うのですが......」

ヤン先輩がミンツ少佐を惜しみ、ラップ先輩が後方部門との軋轢を憂慮される。だが一方的にリスクを押し付けられて黙って受け入れるだろうか?そうでなくても、戦力が充足していないことを理由に、補給部隊は護衛がつかない状況にある。にも関わらず哨戒を怠って予定にない補給を申請するなど彼らからすれば自分たちの身の危険を考慮しない行為に見えると思うのだが......。

「うむ。その件だがな、お前さんたちの艦隊司令部ではそう言う事は無いだろうが、計画に無い補給を行う場合は護衛戦力を回さなければ受けないことになりそうだ。計画通りの補給でも哨戒がされているか、確認される事になるだろうな。今回の一件に関しては『必要ない犠牲だった』という事よりも『すべきことをしなかったにも関わらず口頭注意で済んだ』ことに憤っている人間が多いな。
配慮をせずに死なせても構わないと言われたに等しい。ならばこちらも自分達で安全を確保するという感じだな。正しい有り様ではないだろうが、俺も部下に責任がある。こんな形で戦死させられるならそれなりに配慮する責任があるからな。お前さん方にはすまんとは思っているんだが......」

「准将の立場では仕方ないでしょう?俺だって自分の部下を戦死させたくはありません。ましてや本来すべきことを怠って戦死させられるなんて御免ですよ。それよりロボス提督はなにをお考えなんでしょう?シトレ提督との出世争いを巻き返すために国防委員会に近づいた結果、宇宙艦隊に明確に派閥が出来ましたし、信賞必罰は崩れ気味。その上、実戦部隊と支援部隊の軋轢まで作り出すとは。
次は何をしでかして同盟軍を弱体化させるのか、今から楽しみでおちおち昼寝も出来ません。幸いなことに、私はウランフ提督の艦隊に所属していますから良いですが、あちらさんに配属されるような事でもあれば目も当てられませんよ」

「アッテンボロー、この場では良いが司令部に戻ったら口は慎むようにな。もともと俺たちはシトレ大将に近いと思われている。そうでなくてもロボス提督からすれば、自分の取り巻きを押し込むはずだった艦隊司令官職を横から取られたとでも思っていそうだからな。お前さんの事だからその辺は弁えていると思うが、念のためな」

准将が苦笑しながらも念を押す。それ位の事は分かっているが、たまに場を忘れて本音が漏れてしまう事もある。それでウランフ提督に変にご迷惑をかけるのも不本意だ。心するとしよう。

「アッテンボロー、ヤンはビュコック提督の所へ転出するし、私はボロディン提督の所へ転出する。ウランフ提督の所にはパトリチェフ少佐もいたはずだ。司令官同士は、もともとビュコック提督が指導役だったという事もあり、忌憚なく意見を出し合う関係だ。司令部間でもそうなれれば良いと思っている。その辺の役割も期待しているから、しばらくは毒舌を押さえて、ウランフ提督に変に目を付けられないようにな」

「ラップ先輩までひどいですね。私はヤン先輩と違ってそれなりに空気は読めますし、退路もちゃんと確保していますよ。先輩こそ、婚約者持ちなんですから自重をお願いします」

予想外の反撃だったのか、ラップ先輩を苦笑させることが出来た。軍人でありながら精神論を重視しない話の分かる先輩方に何かと守って頂いているのは俺も理解している。司令部に戻ったらパトリチェフ少佐にも話を通しておこう。ただ、あの人は体格通り、酒量も半端じゃないから、付き合う方も大変なんだが......。だが、やろうと思ったことはしておくべきだ。怠慢で後悔するようなことがあってはならないだろう。

「婚約者と言えば、キャゼルヌ先輩の結婚式には何とかこの面子は揃って参加できそうでホッとしています。新郎はともかく、新婦には美味しい料理を振る舞ってもらいましたからね。御恩はしっかりお返ししないと......」

「あのなあ、お前さん方。その材料を調達しているのは俺だぞ?なら俺にも相応の敬意を表すべきではないのかな?」

「経営者志望だった先輩が見落とされるとは意外です。民間でも軍でもより上位の権力者にご機嫌伺いをするものです。そうなると、新郎と新婦、どちらの機嫌を伺うかは自明の理でしょうに......」

いつものじゃれ合いが始まった。戦況が劣勢なこともあり明るいニュースはそうそうない。せめて親しい人の結婚式は明るく祝いたいものだが......。 
 

 
後書き
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