永遠の謎
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362部分:第二十三話 ドイツのマイスターその十七
第二十三話 ドイツのマイスターその十七
そしてその複雑なものの原因も。彼はコジマに話す。
「私を中傷してきた町だ」
「確かに。マエストロを何かと」
「その為に一度は去らなければならなかった」
己のことは忘れてだ。ワーグナーは恨みを覚えていたのだ。だからこそだ。今もこう言うのである。
「そのことは決して忘れはしない」
「何があろうとも」
「そうだ。忘れられない」
ワーグナーの言葉は強い。逆恨みにはじまるものだとしても。
「それでどうしてこの町に私の劇場を置けるのか」
「ですが陛下は」
「バイエルンであればいいのだ」
ワーグナー独特のレトリックが。ここで正当化される。
「陛下の国であればだ」
「それでよいのですか」
「そうだ、いいのだ」
自己正当化に基きだ。ワーグナーはコジマに言っていく。
「この国であればな」
「では具体的には」
「既に幾つか考えてはいる」
「どの町に置くべきか」
「実際に見回るが」
完璧主義故にだ。実地を見ることもするのだった。
「バイロイト等がよさそうだ」
「バイロイト?」
その町の名前を聞いて思わず声をあげたコジマだった。その鼻の高い、父によく似た知的な顔にいぶかしむものが加わった。
「それは何処でしょうか」
「聞かないか」
「はい、申し訳ありませんが」
素直に述べるコジマだった。
「そうした町もあるのですか」
「バイエルンの北の方にある」
「この国の北に」
「そしてドイツの中央にある」
その町が何処にあるのか、ワーグナーはコジマに話す。
「そこにある町だ」
「ドイツの中央、つまりプロイセンからも西の諸都市からも近い」
「そしてバイエルンにある」
「そうだ。最適の場所ではないだろうか」
ワーグナーはドイツの地図を頭の中に広げそのうえで話していた。今彼の頭の中ではそのバイロイトを中心にして考えが巡らされているのだ。
「私の劇場にな」
「ドイツのマイスターの劇場に」
「そう思うのだが」
ワーグナーはここまで話してからコジマに顔を向けて問うた。
「どう思うか」
「マイスターの思われるままに」
コジマはここでは彼をこう呼んだ。
「そうされるといいかと」
「私の思うままにか」
「マイスターの芸術ですから」
だからだというのだ。
「ですから。是非」
「そうか。私の思うままに」
「はい、マイスターがバイロイトに劇場を築かれたいのなら」
「私がそうするべきか」
「それに考えてみればです」
コジマもだ。あの町について述べた。
「ミュンヘンは。この町は」
「若し私が劇場を築いてもな」
「反発する人が多いでしょう」
「その通りだ。この町は私を嫌っている」
人だけでなくだ。町そのものもだというのだ。
「その町に築けば」
「反発を受けますね」
「その町に築くのもどうか」
己が嫌われていること、それはどうしてかまでは考えていないがそれでもだ。ワーグナーは自分がミュンヘンの市民に嫌われていることを承知していた。
だからこそだとだ。彼は言うのだった。
「そう思う」
「そうですね。それでは」
「バイエルンの町を見て回る」
「旅も兼ねられますね」
「旅はいい」
ワーグナーは旅行好きでもある。犬や贅沢の他にも趣味はあるのだ。
「心を入れ替えさせてくれる」
「浮世のことを忘れさせ」
「それも兼ねて行こう」
己の趣味のことも考えての言葉だった。
「それではな」
「では私も」
当然の様にだ。コジマも言ってきた。
「御供させて頂きます」
「そうしてくれるか」
「私は常にマイスターの御傍にいます」
完全にだ。崇拝者の言葉だった。
「ですから」
「そうだな。では共に行こう」
「はい、是非共」
こうしてだった。ワーグナーは己の劇場のことも頭の中に入れて動くのだった。だがこのことが、そして様々なことがだ。王と彼にとって。一つの運命の出来事になってしまうのだった。
第二十三話 完
2011・6・16
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