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永遠の謎

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353部分:第二十三話 ドイツのマイスターその八


第二十三話 ドイツのマイスターその八

「ですが。あえて聞こえる様にです」
「あえてですか」
「聞こえる様にですか」
「そうして言われる毒はです」
 王ならば、いや人ならばだった。
 そうしたことも受けることもある。その毒もだった。
「人の心を病ませ、醜いものも見せてしまいますね」
「そうした毒だからこそ」
「陛下は」
「それを」
「忌んでいます。しかしどうしてもついてきます」
 憂いそのものの顔と言葉になっていた。
「この苦しみはこの世にいるからでしょう」
「あの、陛下」
 一人がだ。こんなことを言ってきた。
「ここはです」
「ここは?」
「音楽は如何でしょうか」
 それはだ。どうかというのだ。
「今日は趣向を変えてモーツァルトなぞは」
「モーツァルトですか」
「はい、フィガロの結婚です」
 モーツァルトの代表作の一つだ。その音楽はどうかというのだ。
「その序曲ですが」
「フィガロの結婚ですね」
「そうです。如何でしょうか」
「いいですね」
 王は微笑みになった。そのうえでの言葉だった。
「私はモーツァルトも好きです」
「だからですね」
「フィガロは不思議な作品です」
 そのだ。フィガロの結婚についての言及だ。王は静かに話すのだった。
「フィガロは平民ですね」
「そうですね。そして貴族のアルマヴィーヴァ伯爵と対決します」
「自分の主と」
「本来は貴族と平民の対決です」
 その為にだ。革命前のフランスでは上演が見合わせられている。それはモーツァルトのオペラのものではなくボーマルシェの原作の舞台である。しかしそれでもそこまでの問題作だったことに変わりはない。
 王はだ。その作品自体についても話すのだった。
「しかし。実際にはフィガロは」
「貴族でしたね」
「貴族の息子でした」
 作中の医師バルトロの息子だったのだ。このことが作中でわかるのだ。
「平民が貴族だった」
「驚くべきことに」
「しかしそれは驚くべきことではないでしょう」
 王は遠くを見る目、またこの目になって静かに話した。
「何もかも。流転するものですから」
「だからですか?」
「驚くべきではない」
「そう仰るのですか」
「はい。貴族も平民も全ては流転します」
 こう話すのだった。
「そして何時かはです」
「何時かは」
「何時かはといいますと」
「消えるものでもあります」
 こう話すのである。
「フィガロが貴族だったとしてもです」
「驚くべきではありませんか」
「それには値しないと」
「そうなのですか」
「はい、あの作品で観るべきは」
 それは何か。王にはわかっていた。
 
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