緑の楽園
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第六章
第61話 突入(1)
クロには前に戦に行ったときのように、犬用の鎧を着けた。
拳銃の弾が直接当たることはないと思うが、跳弾などの可能性を考えれば、そのほうが安全だ。
「クロ、重くは感じないのか?」
「そこまで重いとは思わない」
「そっか」
無愛想な顔に短いフレーズ。
相変わらずだな――内心で少し苦笑する。
この時代に来る際に、クロは俺に対して言葉が通じるようになった。彼を呼び出した神がその能力を与えたと聞いている。
しかしクロは俺に対し、今まで無駄な会話はほとんどしてこなかった。せっかく喋れるのに。
表情にしても、そこまでバリエーションは豊かではない。非常時以外はほとんど変わらないように見えてしまう。
だが、こちらに来てから今まで、ずっと一緒だったからだろうか。その態度が無関心を意味しないということが、今ではよくわかる。
そして、いつもと変わらないように見えても、なんとなくそこに潜む感情がわかるようになってきている。
これから突入作戦が始まるという緊張。
参加者――たぶん、特に俺――が無事に帰ってこられるかどうかという心配。
今はその二つが混ざっていると思う。
元の時代では絡みもなく、クロと俺は他人のようだった。
俺のほうはクロを避けていたし、クロの俺に対する印象も決してよくはなかったかもしれない。
だから、クロとの関係に限って言えば、タイムワープという災難に感謝する部分もある。
やっと、本来あるべき関係になれたから。
「じゃあクロ。今回も頼んだぞ」
「わかった」
また短く、そう答えた。
神、タケル、カイル、兵士たちは、既に準備が整っている。待機状態だ。
神はとんでもない大剣を持っている。もはや鈍器にしか見えない。
長身、長い銀髪とあわせ、雰囲気だけは一段と超自然的になった。
剣の技術はあるのかとこっそり聞いてみたところ、「正しい握りかたすらわからない」という素敵な回答が得られている。
ただ、地下都市の性格上、扉の施錠部分を壊したりする必要が出てくる可能性はある。そのときには大剣が役に立つかもしれない。
***
両軍がにらみ合ったまま、日没の時刻が近づいてきた。
薄暗くなってきている。
ヤマモトが再度集合場所に現れた。今度は国王も一緒だった。
最終確認だ。
「オオモリ・リクよ。お前は民間人だが、この突入部隊では責任者だ。皆を頼んだぞ」
「はい。頑張ります」
「神よ。ここに集まった者たちへの加護をお願いする」
「ああ……心配するな」
「タケルよ。この国としては、もうお前を立派な国民であると考えている。必ず無事に戻ってくるのだぞ」
「わかりました。ありがとうございます」
ヤマモトが一人ずつ声をかけていく。
国王のほうは……ヤマモトの隣で、俺のほうをじっと見ていた。
薄暗いせいで表情はわからないはずなのだが、何を言いたいのかはっきりと伝わってくる。
俺は目をしっかり合わせて、少しオーバー気味に頭を下げた。
「よし、そろそろよいタイミングである。準備はよいか」
ヤマモトの号令に、全員が返事をする。出発だ。
現在、両軍を隔てている川。
その川幅は広いが、川中島に陣地を造りにいくときに渡ったポイントは、水深がかなり浅くなっていた。
そこは両軍がにらみ合っているところからの距離も十分であるため、通ってもまず敵に察知されることはない。
突入部隊はその場所まで戻り、無事に川を渡った。
夜の盆地。
風はひんやりとしており、濡れた足には結構な冷たさを感じる。
そして暗闇の中を、ひたすら走る。
「リクさん、そろそろ入り口近くです」
タケルの言葉を受け、後ろからついてきている兵士に対し、進み方を変えるよう指示を出した。
当初の計画どおり、山の斜面スレスレのところを、姿勢を低くして慎重に進む。
現在は象山の入口のみが使われており、舞鶴山と皆神山の入り口は閉鎖されているらしい。
総裁がいるのは舞鶴山エリアなので、突入部隊は象山の入り口から中に入り、そこから連絡通路を通って舞鶴山エリアを目指すことになる。
「あれが入り口ですが……。見張りがいますね。普段はいないのですが」
象山の斜面にある入り口。
今は正面ではなく横から見ているので、少し見づらい。だが、こぼれる薄い灯りから察するに、どうやら想像していたよりもだいぶ小さそうだ。
そしてそのすぐ前に、普段はいないという見張りの影。今は警備隊が外に出ている非常事態なので、臨時で置いているのだろう。
暗闇に紛れていることもあり、見つかることなく、かなり近くまで進めた。
カイルがヒソヒソ声で話しかけてくる。
「兄ちゃん、どうすんの? あの見張り」
「かわいそうだけど、気絶させるしかないかな。通してくれなんて言えないだろ」
「じゃあオレに行かせて」
「……」
こいつなら、ほぼ確実に大丈夫だとは思う。
ただなあ……。
「へへ、やっぱり心配そうだね」
「なんで嬉しそうに言うんだ。当たり前だろ」
「心配ならクロに協力してもらおうよ、責任者さん」
こんなときなのにからかってくる。
まあそうしますか、と思ったときには、クロがすぐ目の前に来ていた。
「呼んだか」
「……呼ぶつもりだった。あの見張りを気絶させたいんで、ちょっと音を立てて注意を引きつけてもらってもいいかな」
「わかった」
クロは返事をすると、飛び出していった。
見張りの近くの草むらの中に入り込んだようだ。細かく動いて音を立てるつもりのようだ。
「ん? そこに誰かい――」
見張りはクロのいる方向へ歩き出し、呼びかけようとした。が、セリフは途中で途切れた。
スルスルと近づいていたカイルが、後ろから後頭部に手刀を入れたのだ。
見張りはバタリと倒れた。
「手際がいいな」
「へへへ、もっと褒めて」
「……。では皆さん、中へ行きましょう」
入口には扉がなかった。普通の洞窟の入口という感じだ。
「昔は一番外の出入口に扉があったはずだ。見つかりにくいように外され、少し奥に作り直されたのだろう」
その神の言葉どおり。少し進んだところに扉があった。
隊は左右に別れ、念のために盾を掲げる。
勝手がわかっているタケルが自ら申し出て、盾を掲げながら慎重に手前に開いた。
扉の向こうには、誰もいなかった。そのまま通路が奥にのびている。
そのまま進む。
内部の様子は予想を裏切るものだった。
通路は壁にきちんと白いボードが貼られている。岩肌むき出しの部分などはない。
床も樹脂のような素材で覆われており、完全に平らだ。幅も三メートル近くはあるのではないか。
病院や役所の中。
この風景の写真を元の時代の人間に見せたら、そんな回答が返ってくるのかもしれない。それくらい清潔感がある。地下だとは思えない。
さすが元モデルシティ、と言ったところか。
そして。そこそこ高い天井には――。
「何だ? この白い灯りは」
「火じゃないようだな。薄気味悪いな」
「これは蛍光灯と呼ばれるものだ。リクの時代で主流となっていた光源で、熱があまり出ず、比較的効率よく光を作ることができる。もっとも、それよりも後の時代には、さらに効率のよい光源が主流となるがな」
後ろで疑問の声を次々とあげていた兵士に対し、なぜか神が説明した。
兵士は「さすが神さまだな。なんでも知ってら」などと、感心した声をあげている。
この「なんでも」というのはもちろん正確ではない。この神は興味のあることには詳しいが、それ以外についてはさっぱりだ。
蛍光灯――。
当たり前だが、久しぶりに見た。
少し薄暗い。電圧が低いのか、それとも品質があまりよくないのか。それは専門知識のない俺にはわからなかった。だが懐かしさを感じるには十分な白色光だ。
「この先を右に曲がります。その先は住居区です。気を付けてください」
先頭で俺と並んで走っていたタケルが、注意を喚起する。
指示を出していったん全員をストップさせ、竹束の盾を掲げて警戒体勢を取ってもらった。
そしてそのまま、俺は曲がり角で頭だけを出し、構えられた拳銃などが見えないか確認する。
「大丈夫のようです。行きましょう」
タケル作成の見取り図を事前に見ているので、おおまかにではあるが、地下都市の全体像はイメージできている。
この地下都市。住居区は平城京や平安京を地下版にしたような、碁盤の目のような構造になっている。
まっすぐ伸びる通路に、その左右で等間隔で並んだスライドドアと思われる扉。それらは、病棟のような雰囲気をいっそう濃くしていた。
一同、警戒しながら少し速めの歩きで進む。
3Dダンジョンゲームをやっているような錯覚に陥る。
もちろんオートマッピング機能などないため、自分が全体図のどのあたりにいるのか、非常にわかりづらい。
慣れているタケルを除き、ほぼ全員がそうだろう。
しばらく進み、またタケルの指示で左折した。
同じような景色が広がる。
また直進する。
「……!」
突然。
右前方の扉がスライドして開き、戸当たりにぶつかったと思われる音がした。
心臓が跳ねる。足に急ブレーキがかかった。体に一層の緊張が走る。
後方の兵士たちの足音も、一斉に止まる。
中から現れたのは、明るい灰色の服を着た中年の女性だった。
こちらの姿に気づくや否や、目を見開いた。
俺はすぐに駆け寄った。
「え――」
「声を出さないでください」
俺はその女性の口を手で塞ぎ、喋らないよう伝えた。
「俺らは総裁に会って話をするために来ました。こちらの邪魔をしないのであれば、あなた方に危害を加えるつもりはありません。このまま部屋に入って待っていて下さい。お願いします」
相手からの返事を聞かず、その人間を押し込め、扉を閉めた。
初めて見た、地下都市の一般人。本当はじっくり話をしてみたい。
だが今はそんな時間などない。
「進みます。後ろへの警戒をお願いします」
「わかった。任せとけ」
後方の警戒を強化するよう兵士に指示を出すと、そのまま前に進んだ。
やはり、地下都市はかなりの広さがある。
ひたすら通路が続く。
途中、何人もの住民に遭遇した。
すべて一人目と同じように対応した。事情を簡潔に話し、部屋に押し込めた。
この対応がよいのかどうかはわからないが、このエリアは早く抜け、総裁のところまで一刻も早くたどりつかなければならない。
紐を持ってくるべきだった――そう思う。
会ったのは、非戦闘員ばかり。タケル情報では銃の所持もない。
しかも、こちらはこっそりと侵入したため、非戦闘員には総裁からまだなんの指示も出ていないはず。
よって、後ろから突然大挙して地下都市民が襲ってくる可能性は、今のところ低いだろう。だが縛っておければさらに安全度は増したように思う。
一抹の不安が残る。
「まもなく象山の住居区を抜けて連絡通路に入ります」
景色はあまり変わらないように見えるが、タケルにはわかるのだろう。
もうすぐ舞鶴山エリアとの連絡通路に入るようだ。
――と、そのとき。
『ヒジョウジタイハッセイ。ヒジョウジタイハッセイ』
全員が、声の聞こえてきている方向――天井を反射的に見た。
「……! 天井に誰かいるのか?」
兵士が混乱したように聞く。
「いえ、これはスピーカーです。天井に人はいません。誰かが非常ボタンを押したんだと思います」
タケルが答えた。
「スピーカー? よくわからないが、中に人がいないなら関係ないのか?」
「いえ、少しまずいかもしれません。この非常音声は地下都市全体に流れます」
「……!」
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