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永遠の謎

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347部分:第二十三話 ドイツのマイスターその二


第二十三話 ドイツのマイスターその二

「共に。コーヒーを飲みながら」
「では。御言葉に甘えまして」
「はい、それでは」
「それで陛下」
 首相は話が決まったところで王に尋ねた。
「聴かれる音楽は」
「ワーグナーです」
 それだというのだ。
「ピアノで宜しいでしょうか」
「はい、私はピアノが好きですから」
「それは有り難い。それではです」
「そうさせて頂きます」
 王は首相が自分にいささかゴマをすっていることには気付いていた。しかしそのことはあえて言葉に出さず彼の言葉を受けるのだった。
 そして首相もだ。王がここでもワーグナーについて言ったことに内心思うものがありながらもだ。誘いをあえて受けるのだった。
 二人はお互いに本心を隠して音楽を聴くのだった。そしてその音楽はだ。
 ゾフィーに対しても同じだった。彼女も宮殿に呼んでだ。それでワーグナーの音楽を聴かせてからだ。こう彼女に問うのだった。
「如何でしょうか」
「ワーグナー氏の音楽ですね」
「ローエングリン第一幕より」
 ソファーに座り右手で頬杖をつきながら。王は微笑んでゾフィーに話す。
「エルザの夢です」
「あの歌を。ピアノにしたものですね」
「これだけの芸術はありません」
 そうだというのだ。
「それはピアノにしてもです」
「変わりませんか」
「その通りです。ワーグナーの芸術」
 それがどういったものかも話す王だった。
「貴女が彼の芸術を理解されるとは非常に有り難いことです」
「バイエルンにはそうした方は少ないのでしょうか」
「残念ながら」
 その通りだとだ。王は寂しい目で話した。
「この国はむしろです」
「ワーグナー氏の敵の方が多いですね」
「はい、多いです」
 これが現実だった。だがそれはワーグナーの芸術に対する無理解によるものではなくだ。彼のその行状に基くものであるのだ。
 それがわかっているからこそだ。王はこう言うのだった。
「芸術の前には。現世のことなぞ」
「取るに足らないことですね」
「一人の芸術家を生み出すことは容易ではありません」
 王はその芸術を聴きながら話す。
「それがわからないのでしょうか」
「芸術家を生み出すことは容易ではありませんか」
「そうです」
 こうゾフィーに述べさらに話す。
「人が作るものではなく神が生み出されるものですから」
「それが芸術ですか」
「そして芸術家です」
「神が生み出されるのですね」
「それが多くの者にはわからないのです」
 王は憂いを見せた。自分の向かい側に座るゾフィーに対して。
「神の生み出された芸術を理解できないのはです」
「悲しむべきことですね」
「そう思います。現実は芸術を害するものでしょうか」 
 こうまで言うのだった。今の王は。
「どうしようもないのでしょうか」
「現実は芸術を」
「ワーグナーは一度私から引き離されました」
 このことは今でもだ。王の心に強く残っていることだった。傷として。
「彼の芸術は貶められもしています」
「マスコミの中傷によって」
「ビューロー夫人と。彼は何もないのです」
 ゾフィーに問われる前に。王は自分からこの醜聞に言及した。
「それは二人が私に言っています」
「断じて、ですか」
「そう、断じてです」
 こうだ。ゾフィーにも強く話す。
 
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