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天体の観測者

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邂逅

 此処は誰も立ち入らない山奥の廃れた廃墟

 太陽は既に地平線の彼方へと落ち、闇が世界を支配する。
 廃墟内の照明は壊れ、機能を停止し、目先の光景も視界に収めるのも困難な状況だ。

 そんな廃墟内の廊下を一人の女性が脇目も振ることなく必死に走っていた。
 背後の化け物(・・・)から逃げ切るために

「はぁっ!はぁっ!」

何で、何で!こんなことに!?

 きっかけは本当に些細なものであった。
 夜な夜なこの廃墟で幽霊が出没するという噂を聞き、その噂の真偽を確かめるべく軽い気持ちでこの廃墟へと赴いたのだ。

 誰がこのような事態になると想像できただろうか。
 確かに異形の存在は存在していた。

 それもとびきりの化け物が

 自身の身長を優に超す巨大な体躯に、完全に人の身から逸脱した下半身
 上半身が裸の女性が狂気を思わせる笑顔を貼り付け、此方を路上の石ころの如く冷たい視線で見据えていたのだ。

 廃墟内にて奴の姿を視界に収めた瞬間、自身の体は脇目を振ることもなくその場から走り出していた。

出口は!?出口はどこにっ!?

 彼女は息を切らしながら、必死にこの廃墟の出口を探す。
 涙により視界は曇り、今にも崩れ落ちそうなほど身体は疲労困憊の状態だ。

 走る。

 必死に走る。

 出口を目指し、足を死に物狂いで動かす。


「そんなっ!行き止まり!?」

 だが、辿り着いたのは無情にも出口ではなく、壁であった。

「きひひ。鬼ごっこは終わりか?」

 薄暗い廃墟の中嫌悪感を誘う声が

 奴だ。

 奴の声に間違いない。

「ああ…ああ……」

そんな嘘……。嘘、嘘、嘘

嘘っ!嘘ッ!


嘘だ!


 絶望が体を支配する。
 余りの恐怖に身体は硬直し、その場から動くことも出来ない。

 一歩、また一歩と化け物はその大きな足と巨体を此方へと進める。

「安心しろ。余すことなく全部喰ってやる」

 奴は実に愉快気に、狂気を感じさせるねっとりとした笑みを此方に向けた。

 人の名残を残していた化け物の顏が肥大化し、口が裂け始める。
 目は恐ろしく肥大化し、口からは鋭い歯を覗かせていた。 

 死が刻一刻と自分に近付いてくるのを嫌でも感じざるを得ない。

「きひひっ!さぁ、死ねー!」



 途端、眼前の化け物の姿が消失する。

 否、廊下の床を抉り、爆風を伴いながら為す術も無く吹き飛んでいったのだ。

 理解が追い付かない。
 誰かが助けてくれたのだろうか。

 緊張の糸が切れ女性の体は崩れ落ちる。
 そんな彼女を横から支える者の姿が

 薄れゆく意識のなか女性が見たのは、此方を見据える紅き瞳の男性であった。







▲▼▲▼







 はぐれ悪魔バイザーの討伐を命じられたグレモリー眷属
 だが、その場には更地と化した焦土しか存在していなかった。

 周囲一体は何か膨大な力で消滅されたが如く抉れている。
 物音一つ聞こえない惨状だ。

「部長これは?」
「これは、ただごとじゃないわね……」

 身を固めるグレモリー眷属
 恐らくはぐれ悪魔バイザーは既にこと切れているだろう。

 だが、それ以上に脅威となる存在がこの場にいるはずだ。

「……随分と遅い到着ですね」
『!?』

 周囲一帯に響く声

 いる(・・)

 この惨状を作り出した張本人が

「成程。この惨状を作り出したのはあなたというわけね」
「─」

 リアスの問いに眼前の男は何も答えず、一人の女性を抱え、佇んでいる。
 その紅く光る眼がリアス達を射抜く。

 木場祐斗は神器(セイクリッド・ギア)にて創り出した剣を構え、己の主を守るべく臨戦態勢へと移る。
 ただ一人、姫島朱乃は眼前の男に既視感にも似た感情を呼び起こされていた。

 視線が交錯し、緊迫さが増していく。
 だが、その男は周囲の雰囲気に全く動じることなく静かに足を進めた。

「皆、来るわよ!?」
『ッ!』

 主の言葉により各自臨戦態勢を取るリアス達
 最近悪魔となった兵藤一誠だけは唯一現状を理解できずに困惑している。

 一歩

 一歩

 また一歩とその男は此方に近付き……

 

 



 リアス達の間に佇んでいた。

『!?』

 一瞬たりとも目を離したつもりはなかった。
 だが、眼前の男の姿は虚空へと消え、気付けば自分達の傍に移動している。

 正に神速、瞬きも許さない高速移動
 誰一人として反応出来なかったことに驚愕を隠せない。

 その男性は超然とした雰囲気を放ちながら、後方にて驚愕を隠せない様子の姫島朱乃に近付いていく。

「あなたはまさか……」
「成長しましたね、朱乃」 
 
 その一言で姫島朱乃は確信した。


ああ、やはり、間違いない。

()だ。

約10年の月日が経過したにも関わらず今でも彼は何故か当時の姿のままだ。

そのことに疑問は尽きない。

だが今はそんなことはどうでもいい。

今、目の前に彼がいるのだ。

彼の存在を今すぐにでも確かめたい。

というか彼の腕の中で眠っている女性は誰だ。

いやはぐれ悪魔バイザーの被害者である女性であることは分かっている。

だが! だが! だが!

羨ましい! 羨ましい! 実に! 実に!羨ましい!

変われ、今すぐ! その場を!

だが曇り無き笑顔を浮かべている彼の前でそんな粗相を起こすわけにはいかない。

ならば後ろから!背中越しはフリーだ!

よし行け、姫島朱乃!


 朱乃は長いようで短い刹那の思考の末、周囲の目を憚ることなくウィスへと飛びついた。

──背後から














 此処は駒王学園の裏校舎に位置するオカルト研究部

 あの後、リアスはバイザーが起こした被害の事後処理に走り、被害者である女性の今回の騒動の記憶を改竄し、表の世界に送り届けることになった。
 現在、両者は部室内で対面している。

「それじゃあ、あなたが昔、窮地に陥った朱乃を救ってくれた人物で間違いないのよね?」

 はぐれ悪魔バイザーを屠ったのが彼であることは理解している。
 ならば後は彼と自身の懐刀である朱乃との関係を問いただすだけだ。

 だが、別段、詳しく詮索する必要もないと思うのが本音であるが
 先程から朱乃が彼の右隣を陣取り、終始、幸せオーラを全開にして彼の左腕に抱き着いているのだから


あー、少し羨ましい。心から甘えることができる男性がいて。いや、切実に

というか小猫までちゃっかり彼の膝上に座っているのだが

本人曰く懐かしい匂いを彼から感じるらしい

いや、何で?


「ええ、その解釈で間違いないですよ」

 件の男性は優雅に紅茶を口に運び、リアスをその紅き瞳で見据える。
 どこか底知れなさを感じさせる瞳の輝きだ。

「……そう。改めて朱乃の主として心からお礼を言わせてもらうわ。私の眷属の女王である朱乃を救ってくれてありがとう」

 リアスは深々と頭を下げる。

「別にお礼をもらうために朱乃を助けたわけではありません。ですから、頭を上げてください」

「そういえば自己紹介がまだでしたね。私の名前はウィス。朱乃とは彼女が幼い時に一度だけ出会ったことがあります」

 ウィスは抱き付く朱乃を優し気に撫でる。
 まるで溺愛する妹を甘やかし、慈しむかのようだ。

「こちらも名乗らせてもらうわ。私の名前はリアス・グレモリー。このオカルト研究部の部長であり、悪魔世界で公爵家を有するグレモリー家の者よ。私のことはリアスと呼んでくれて構わないわ」

 リアスは貴族としての誇りを胸に掲げ、誇らしげな様子で名乗る。

「ええ、分かりました。こちらもウィスと呼んでくれて構いません」
「分かったわ。これからよろしくね、ウィス」
「ええ」

 両者は机越しに握手を交わす。

「早速、本題に入らせてもらうわね。今回、私の領土に侵入したはぐれ悪魔バイザーを退治してくれたことに感謝するわ、ウィス」

 人間界の領土を悪魔が勝手に悪魔側の領土だと言い張っている、"なんちゃって領土"
 それがウィスの解釈だ。

「それで朱乃の件も含めて何かお礼をしたいのだけれど、ウィスは何か望みはあるかしら?」

 はぐれ悪魔の人間社会への放逐に加え、人外達による一般人への被害は計り知れない。
 特にこの駒王町のはぐれ悪魔の数の多さは異常だ。
 ウィス自身、幾度もはぐれ悪魔の被害を抑えてきた。

 これでは駒王町の管理人であるリアスの対処は不十分だと言わざるを得ないだろう。
 だが、彼女に物申したところで事態が好転するわけではない。
 彼女自身若く、高校生という見た目通りの年齢だ。
 故に、彼女を責めるのは筋違いもいいところだろう。

「望みですか……。特に望みはないですね」

 話を戻すが実質、ウィスは誰かに縋るほど欲深い願いは持ち得ていない。
 大抵のことは自分で叶えることができるからだ。

「並大抵のことなら叶えることが出来るわよ?」
「では、私がオカルト研究部に足を運ぶ際は甘い物を用意しておいてください」

 加えて、喉を潤すドリンクがあれば、パーフェクトだ。

「そ、それだけで良いの……?」
「ええ。それに……」

 オカルト研究部から立ち去るウィスが一言、リアスへと告げる。







「私の望みは誰も叶えることは出来ませんからね」

 どこか悲し気な様子を見せ、ウィスはオカルト研究部を去っていくのであった。 
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