バレンタインに聞くと
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第一章
バレンタインに聞くと
二月十四日が何の日か、日本人で知らぬ者はいない。
女の子が男の子にチョコレートを贈る、その日だが。
何故チョコレートを贈るのか、このことを知る者は少ない。
京都のある古い寺で住職を務めている西田同慶は怪訝な顔でだ、幼い頃から親しくしているやはり古い神社の神主である吉田實秋に言った。二人共四十代でその顔立ちには働き盛りの丈夫さがあるがそこからの下り坂も見える。
西田は寺に来て宗教の話を一緒にしていた吉田にこう言った。見れば西田は髪の毛があり黒々としていて吉田はすっかり白髪になっている。背は二人共一七〇を超えていて西田の腹は結構出てきている。
「そろそろバレンタインだな」
「ああ、そうだよな」
吉田もすぐに応えた。
「もううちの娘もその話してるよ」
「わしの姪もだよ」
「スーパーとか百貨店行ったらチョコレート売ってるしな」
「この季節になるといつもこうなるな」
「ああ、しかしな」
吉田は西田が出してくれた茶を飲みつつ考える顔になって述べた。
「どうしてチョコレートなんだろうな」
「バレンタインにチョコレートか」
「こじつけでやってるのは知ってるさ」
吉田にしてもだ、もっと言えば西田もだ。
「お菓子売ってる人達が適当な理由付けてな」
「好きな人にチョコレート渡す日って言ってな」
「それではじまったのはな」
「バレンタインデーもあれだろ」
今度は西田が言ってきた、彼も茶を飲んでいる。日本のほうじ茶で出ている菓子は田舎饅頭である。
「キリスト教のな」
「聖バレンタインが殉教したんだったな」
「その日だな」
「あとアルカポネがやらかしたな」
「そんな日だったな」
「こじつけにしても何でチョコレートなんだろうな」
西田はまた言った。
「そのことがわからないな」
「恋人同士を結婚させた人が殉教したっていうとな」
「恋人同士が何かする日だったけれどな」
「しかしよくわからない理由でチョコ売ってるな」
「それも大々的にな」
「そもそもあれだろ」
吉田は首を傾げさせつつ西田に言った。
「今チョコレートば大抵義理だろ」
「だから山みたいに売ってるな」
西田もこう応えた。
「豪華なチョコも売ってるけれどな」
「それでもだよな」
「大抵義理でな」
「言うなら義理チョコ配る日になってるな」
「ホワイトデーへのお返し込みでな」
「何でこんな日になったか知りたいな」
吉田はまた言った。
「どうにも」
「そうだな、じゃああいつ呼ぶか?」
「あいつ?」
「あいつだよ、教会の新島だよ」
西田はやはり二人の幼馴染みである新島秀治の名前を出した、プロテスタント系の教会の息子で牧師の資格を持っている。
「あいつを呼んで聞くか」
「そうだな、あいつも今暇ならな」
二人共今はそれぞれの家の仕事、法事や神事がない。学者として大学に講義に行く仕事をしているがそれもない。たまたまの休日だった。その休日に二人のそれぞれの宗教の話を交換していたのである。
「呼んでな」
「バレンタインの話聞くか」
「そうするか」
「出来ればバレンタインさん本人に聞きたいけれどな」
「大昔の人だからな」
「聞ける筈もないしな」
「それは諦めるしかないからな」
流石にと話してだ、そしてだった。
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