嗚呼海軍婆ちゃん
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第三章
「また剣道をするよ」
「素振りだね」
「素振り百回、今日もしようね」
「うん、僕頑張るよ」
耕平は祖母の言葉に応え素振りをしてそうしてから稲穂に連れられて保育園に行くのが日課になっていた。
だがその耕平にだ、ある日稲穂は二人でいる時に尋ねた。
「お祖母ちゃんのこと好き?」
「大好きだよ」
返事は即座に返ってきた。
「お父さんお母さんと同じだけね」
「そうなのね」
「だって凄く頼りになるから」
「頼りになるの?」
「うん、お父さんとお母さんは優しくて」
そしてというのだ。
「お祖母ちゃんとお祖父ちゃんはね」
「頼りになるのね」
「そうだよ」
子供らしい純粋な顔での返事だった。
「いつも色々なこと教えてくれるから」
「そうなの」
「喧嘩だってするなって言うけれど間違ったことには向かえってね」
「そう言ってるわね、確かに」
智美の口癖だ、間違ったことには逃げずに向かえというのだ。
「お義母さんは」
「だから僕保育園でも間違ったことがあったら」
その時はというのだ。
「ちゃんと違うって言ってるよ」
「いじめや悪戯にもなのね」
「だってお祖母ちゃん凄く厳しいから」
「そうしたことには」
「だからだよ」
「そうしたことをしないで」
「そんなことをする子は許さないよ」
このことで保育園の先生に言われたことがある、耕平はとにかく正義感が強くて一本気な子であるとだ。
「お祖母ちゃんにも言われてるし」
「それでなの」
「そう、だからね」
「間違ったことは許さないのね」
「先生がそう言ってもだよ」
「そうなの、何ていうか」
ここでこうも思った稲穂だった。
「それはそれで問題ある様な気がするわね」
「何が?」
「誰にでも間違っていると言うとね」
それはそれでというのだ。
「トラブルの元だし」
「トラブルって?」
「厄介なことよ、まあとにかく正義感がいいのはいいことね」
問題は空気を読むことであるがと思いつつだ、稲穂はこのことはまずはいいとしたのだった。
「お祖母ちゃんにいつも言われてるのね」
「お祖母ちゃんがひいお祖父ちゃんにいつも言われてたんだって」
予科練出身だった彼女の父にというのだ。
「それで僕にも言うんだ」
「海軍の人みたいになのね」
「立派な人になれってね、海軍って立派な人達だっただね」
「ええ、それはね」
このことは稲穂も否定しなかった、とはいっても稲穂の祖父は二人共陸軍でただ兵士として戦争に行っただけでもっと言えば二人共内地勤務のまま終わった。
「私達がいる日本の為に必死に戦ってくれた」
「お祖母ちゃんもそう言ってるよ、だからね」
「耕平もなのね」
「そうした人になるよ」
彼の曽祖父の様にとだ、耕平は自分の母親に目を輝かせて言うのだった。
そうして祖母が作ったお菓子も食べるのだが。
稲穂は休日に耕平に出す智美が作ったお菓子を見て少し驚いて言った。
「それ手作りのですか」
「そう、羊羹よ」
小豆から作ったそれであった、長方形の誰もが羊羹といえば連想する形だ。
「私昔から羊羹作るのが好きなのよ」
「あの、前は善哉を作っておられましたよね」
「美味しかったよね、稲穂さんも食べてくれたし」
「はい、善哉は手作りなのはわかりますけれど」
「羊羹はなのね」
「手作りなんて」
「意外と簡単よ、それにこの羊羹はね」
智美は自分が作った羊羹を包丁で均等な間隔で切りつつ息子の嫁に話した。
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