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稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生

作者:ノーマン
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72話:皇女

宇宙歴788年 帝国歴479年 4月中旬
首都星オーディン ベーネミュンデ邸
シュザンナ・フォン・ベーネミュンデ

「ディートリンデも無事に5歳を迎えられた。シュザンナ、色々と苦労を掛けるが、引き続き手抜かりの無いようにな。念には念を入れたいが、シュザンナには後見人候補は誰ぞおるかな?」

寵姫となって以来、3日は空けずにベーネミュンデ邸で過ごされる陛下だが、私と政治向きの話をするのは、初めてだった。初めての陛下との御子は死産と言う結果だったが、再び宿った命は、無事に生まれてくれた。慈しみながら、陛下とともに育ててきたが、あっという間の5年間だった。新しく寵姫となったグリューネワルト伯爵夫人の下で過ごされる日もあれど、私にはディートリンデがいてくれた。それほど寂しさは感じなかったし、陛下がいらっしゃれば親子3人の温かい時間を過ごすこともできる。
それに私も寵姫になった14歳の時から、嫌でも宮廷の裏側を感じる事も多かった。実質、実家が私を『売った』事も理解しているし、グリューネワルト伯爵夫人の件では、出世に目がくらんだ宮内省の役人がかなり強引なやり方で寵姫にしたことも漏れ聞いている。家の為に自分を犠牲にした共通点から、同情や共感はあれど、嫉妬はあまりなかった。

「わたくしの実家は、子爵家と言っても財政的に厳しい状況です。さすがに皇族の後見人が務まるとは思えませんわ。それに後見人を指名するとなると、婚姻先も影響することになりましょう?まだ婚約にはさすがに気が早いのでは......」

「うむ。実際に婚約するのは当分先の事になるじゃろうが、実質の嫁ぎ先は軍部系貴族しかないと儂は判断しておる。本来なら後見人は異母兄なのだから皇太子とすべきところだが、宮廷医師団の見立てでは、精神の耗弱が著しく、余命はそこまで長くないとのことじゃ。直系で帝位を繋げるとすると、マクシミリアンが皇太孫という事になるが、儂もいい年じゃ。成人するまで踏ん張れるかは何とも言えぬ......」

そこで陛下はすまなそうな表情をして言葉を区切られた。確かに陛下ももう老齢に入られている。せめてディートリンデの結婚式は見届けて頂きたいけど、こういう話は万が一の時の為にするものだ。少なくとも陛下は後見人を付けておかないと不安をお感じだという事だ。確かに、今の帝国は軍部・政府・大領を持つ貴族の3者が、それぞれの領分を侵さないというバランスの下になんとかまとまっているが、仮に幼児が即位した場合、どうなるかはわからない。思っていた以上に、私たち母娘の安全は将来的には危ういのだ。

「ルードヴィヒが即位した折には、義理の兄弟として当てにできるようにと、ブラウンシュヴァイク、リッテンハイムへの降嫁を許したが、一門と寄り子に振り回されてとても当てには出来ぬ。ましてや皇帝が幼子ともなれば、暴走に拍車がかかるであろう。政府系貴族もリヒテンラーデが何とかまとめておるが、分かりやすい大功を立てている軍部と違い、良い所が無い。財務尚書のカストロプも好き勝手しておるし、当然不満がたまっておるはずじゃ。中には共謀して良からぬ勅命を出す輩もおろう。それが引き金となり、内戦と言うこともありえる」

ルードヴィヒ皇太子の話を出したとき、陛下は悲し気な表情をされた。一人目の御子が死産と言う結果になった時、至尊の座に目がくらんだブラウンシュヴァイク公爵、若しくはリッテンハイム侯爵の策謀が宮中で噂となったが、そんな事をしても皇太子がご存命である以上、意味がない。陛下は口にされぬが、そう言う事なのだろう。
2度とこのようなことが無いようにと厳しい処罰が下されたし、それが発端となって、地球教の存在も明らかになった。皇太子殿下が心労を理由に寝込むようになったのはその頃からだ。『皇太子』と言う地位が皆を黙らせているが、真犯人は誰もが知っている。

「後見人にしなくとも、あの者なら配慮はしてくれようが、隙をついて良からぬ人物が後見人にでもなれば、皇女だけに政治利用もしやすい。それなら初めから頼んでおいた方が、煩わしい事も少なかろう?」

「既にグリューネワルト伯爵夫人の弟君の後見人でもあらせられたはず。重用が過ぎると良からぬ感情を皆様がいだくのではないでしょうか?」

陛下は愛飲されている『レオ』をグラスに注ぎ、飲み干して話を続けた。

「もし、自由に任免できるなら、あの者を帝国宰相にしておるし、シュザンナを皇后にもしていた。それをせぬのは、足を引っ張るだけでなく、害そうとする輩が出てくると判断したためじゃ。地球教の事もあったゆえ、あの者の警護は万全であろう。ならば皇女の後見人にした所で、そこまで違いは無いはずじゃ。
それにな、お忍びで飲み屋街に出入りしていた頃に聞いた話じゃが、『友を持つなら、幼い我が子を託すに足る友を持てれば、それ以上に男冥利に尽きる物は無い』そうじゃ。生きたい様に生きられぬ人生じゃったが、だからこそ得られた貴重なものもある。シュザンナに異議がなければあの者に後見人を頼むこととしたい。いかがじゃ?」

リューデリッツ伯爵は、軍人としても領主としても事業家としても当代屈指の方だ。そんな方にディートリンデの後見人になってもらえるなら、確かに安心できる。皇太子になる前から陛下とは親しかったと聞いているし、信用の面でも申し分ないだろう。

「リューデリッツ伯に後見人になって頂けるなら、これ以上安心出来る事はございません。ただ、ご依頼する際は私も同席しとう存じます。皇女とはいえ我が子の事。私からもお願いしたく存じます」

「うむ。ではバラ園でのお茶の席に同席するがよい。もっともあの者は察しが良いからな。バラ園でシュザンナが同席ともなれば、その時点ですべてを察してしまいそうでもあるな」

陛下が楽し気な雰囲気に変わられた。リューデリッツ伯もお忙しいお立場のはず。頻繁に時間を取りたくても、こういう話がなければ難しいのだろう。当日はディートリンデも同席させたい。拙いなりに礼儀作法を確認しておかなくてわ。


宇宙歴788年 帝国歴479年 8月中旬
首都星オーディン グリューネワルト邸
ジークフリード・キルヒアイス

「キルヒアイス、お前はよく淑女たちの相手を笑顔でできるなあ。おれはどうもああゆう場は苦手だ。『機械男』の講義の方が100倍楽しめる。とはいえ、裏の事情を伯から聞かされてお願いまでされては断るわけにもいかない。頭の痛い事だ」

「ラインハルト様も十分楽し気にされておられましたよ。私たちに期待されているのは、教師役ではなく、親しい年上の友人役です。あまり気にされる必要もないと思いますが......」

リューデリッツ伯が元帥に昇進され、祝賀ムードに包まれた生活が落ち着いた頃合いで、皇帝陛下とベーネミュンデ候爵夫人との間に生まれたディートリンデ皇女殿下の後見人に伯が指名されてから数ヵ月。同じ後見人を持つ者同士という事で、『ご機嫌伺い』という役目が新たに加わった。なんだかんだと愚痴をこぼされるが、ラインハルト様が心底嫌がってはいないことを、私は知っている。

ディートリンデ皇女殿下の後見人にリューデリッツ伯が指名される事が公表される数日前、話があると2人揃って、応接室に呼び出された。当初は私が聞いて良い話か判断しかねた為、辞退しようとしたが『側近があるじの置かれた状況を把握せずにいてどうする?』と伯に指摘され、任務の合間に顔を出されるシェーンコップ卿から『軍人として栄達する約束手形』になりつつあると聞かされた、伯爵自ら入れてくださったお茶を飲みながら、後見人になる事を承諾した経緯を話して頂いた。
12歳の幼年学校生が冷静に聞くことが出来ない話も出たが、それでも伯はかなり言葉を選んで話されていたと、振り返って気づいた。第一子が地球教の陰謀で害されたこと。ブラウンシュヴァイク・リッテンハイム両家に降嫁した御二人と違い、後ろ盾が無い為いないも同然の扱いを受けている事。余命が短いと診断されている皇太子が身罷られ、陛下に万が一の事があれば、良からぬことを考える輩に良いように利用されかねぬこと。そして明言はされなかったが、一歩間違えればアンネローゼ様が同じ状況になったであろうことを伝えられた。

ベーネミュンデ候爵夫人が実家に実質『売られた』のだと聞いた時は、ラインハルト様だけでなく私も義憤に駆られた。それから幼年学校とリューデリッツ伯流の英才教育の合間に、『ご機嫌伺い』をする事となった。ただ、実家の困窮を理由に寵姫になったという共通点から、慣れない後宮に戸惑うアンネローゼ様をなにかとベーネミュンデ候爵夫人が気遣って下さったと漏れ聞いたし、少しでも御恩をお返しできればと思っている。ラインハルト様も、何だかんだと言いつつ『ご機嫌伺い』を続けているのも、そういう思いがあるからだろう。

「あらあら。ケーキの用意をしている間に随分盛り上がっているのね。ジーク、またお茶の腕前を披露してもらっても良いかしら?」

そうこうしている内にアンネローゼ様がサロンにお戻りになられた。自分が入れたお茶で喜んでいただけるのは光栄な事だ。そして、これもおそらく『ご機嫌伺い』の報酬なのだろう。『ご機嫌伺い』には必ずアンネローゼ様が同席されるし、決まってそのあとに、3人でお茶や晩餐を共にする。役目を果たす以上、報酬がついてくる。普通の事のように思えるが、官吏をしている父の話を聞く限り、そんな配慮を欠かさない上役を持てた事は奇跡に近いらしい。

「私のお茶でよろしければいつでもお入れしたいくらいです」

そういって、リューデリッツ伯流のお茶の準備をする。そう言えば、候爵夫人ともなれば身分を気にされるだろうと思ったが、ベーネミュンデ候爵夫人にも私のお茶を楽しんで頂けた。ディートリンデ皇女殿下も、すこし大人しめだが、優し気な方だ。もしかしたら、こちらが身分を気にしすぎているだけで、思った以上にお慰めできているのだろうか?そうなら嬉しい限りだと思いながら、最初にアンネローゼ様ご愛用のカップに、紅茶を注ぐ。紅茶の良い香りが鼻孔をくすぐった。楽しんで頂けるお茶が入れられたようだ。 
 

 
後書き
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