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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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逡巡



 情報部情報第三課の扉を叩く音が聞こえた。
 急かすような音に、アロンソは手元の書類を一瞥すると机に伏せた。
「どうぞ」
「失礼いたします」
 そこから現れたのは、バクダッシュ少佐だ。

 敬礼も早く、バグダッシュは手元にファイルを抱えて、アロンソの前に立つ。
「急ぎのようだね」
 皮肉気なアロンソの言葉に、バグダッシュは少し笑みを浮かべた。
「課長にとっては、その方が良いかと思いまして」
「良い報告だと嬉しいのだけどね」

「なかなか難しいかと」
 バグダッシュが首を振れば、ファイルではなく、書類を差し出した。
「課長の危惧していたところが、どうやら正解だったようです」
 呟かれた言葉とともに、アロンソは書類へと目を通した。

 そこに書かれているのは、ロイ・オースティンの経歴書だ。
 いや、正確に言うならば、本来のロイ・オースティンのものと言えるだろう。
 エリューセラ星域の国立大学を卒業し、星域間貿易の企業に勤めた。

 最も、その顔写真はアロンソの記憶にある人物ではなく、そして、先の報告で渡された写真とも違っていた。
 年を取ったとしても、アロンソやバグダッシュは諜報のプロである。
 彼らが知るロイ・オースティンとは別人であると判断するには十分すぎる証明だった。
「して、本物の彼はどこに」

「わかりませんが。そもそも彼自身もあまり活発な方ではなかったようです。大学や勤め先を辞めて後の彼を知るものは誰もいませんでした」
「入れ替わるにはうってつけの人物というわけか」
「……ええ。しかし、生体認証をどうやって誤魔化したのか」

「蛇の道は蛇という奴だろう。アース社ほどの技術力があれば、不思議でもない」
「アース……ですか。あの」
「君が想像しているアースで間違いないだろうな」
 バグダッシュが驚いたように目を開いた。

 初めて聞く大企業の名前に動揺と、そして、なぜそれを知っているのかという疑問。
「それをどこで」
「ある筋からの情報でな」
「課長は随分と情報通のようですね。企業の情報については特に」
「何を言わんとしているかはわかるが。情報筋は妻ではない――軍人だ」

「情報第一課ですか。それとも……特務」
 軍人との言葉に、バグダッシュは眉根を顰めた。
 言葉にしたのは、情報部の筆頭課の名前と情報部畑の長いバグダッシュですら、名前しか聞いたことのない秘密の部署の名前だ。
 だが、それらにアロンソは首を振った。

「この前も言ったが、見たいものを見ようとするな。誇りを持つのは良い、だが、それで視野を狭めれば本末転倒だ、バグダッシュ少佐」
 呟かれた言葉に、バグダッシュはまさかという言葉を飲み込んだ。
 情報部以上に部外の情報に詳しい人間がいるはずがないと思いたい。
 だが、アロンソが疲れたような姿に、それ以上は言葉にならなかった。

 まるで自分にも言い聞かせているようにも見えたからだ。
「まあ、いい。だが――その自称オースティンは何をしているかだが」
 首を振って見上げる姿に、バグダッシュも小さく首を振った。
「先の報告のとおり星域間貿易の会社を立ち上げています。評判は上々――良くもありませんが、堅実に仕事をしているようです。貿易の規模を拡充するため、フェアリー社の輸送船を借り受ける契約を予定しているようです」

「表向きはな――それで、その実態は」
 問われ、バグダッシュが首を振る。
「不明です」
 そもそも簡単に実態が分かるようであれば、最初の時点で引っかかっていたはずである。
 白であったからこそ、当初はそう報告し――バグダッシュ自身もそう思っていた。

 だが、目的はわからないが、入れ替わった理由があるはず。
「輸送船か……何かを大量に輸送する必要があるか」
「密輸ですか」
 アロンソが頷いた。
 だが、そうであるならばわざわざフェアリーを使う必要はないはずだ。

 今まで自社で対応していたとすれば、そこに他人を介在させる理由はない。
 むしろ発覚する確率の方が上がる。
「フェアリー社に依頼している輸送船の航路は」
「シャンプール星域からエリューセラ星域への輸送になります」
 苦々し気にバグダッシュが呟いた。
 おそらくアロンソが抱いた疑念と同様のことを思ったのだろう。

 シャンプールにあると言えば農作物くらいだ。
 密輸をするのであれば、フェザーン側航路を使う。
 シャンプール星域にあるのは、シャンプール星域でとれる農作物かイゼルローン回廊に向かう前線基地くらいだ。
「前線基地か……」

 そう思い、アロンソは顔をあげた。
 だが、その反応にバグダッシュが首を振った。
「先のイゼルローン攻略戦によっては、現在シャンプール星域に保管されている弾薬は非常に少なくなっています。仮に横流しがあったとしても、自社で賄える量しかありません」
「攻略戦前にどこかに持ち去ったということは」
「シャンプール基地の補給課を調査しましたが、間違いはありませんでした」

 そう言ってバグダッシュは脇に抱えたファイルを差し出した。
 そこには現在までに運び込まれた数と現在の数が記載された帳簿。
 その資料を見れば、横流しがあることは想像ができない。最も司令官以下全員が横流しに関与していれば別であろうが。
 だが、そうなれば深まるのは謎だ。

 シャンプール星域から何らかのものを輸送していることは理解できる。
 だが、それがわからない。
「捕まえますか」
 既にロイ・オースティンに変わっているという時点で十以上の法律や星間条例に違反している。逮捕しても十二分に有罪の証拠はそろっている。

 だが。
「捕まえたところで、トカゲの尻尾が切られるだけだろう」
「理由はわかるかもしれません」
「……いや」
 しばらく考えて、アロンソは否定を口にした。
 その様子に、バグダッシュは理由を求めるようにアロンソを見つめた。

「手口を見れば――おそらくは、プロだ。行動を起こせば、こいつは死を選ぶ」
「そして、真実は闇の中ですか。ですが、行動させるよりは良いのでは」
「今回を止めたところで、何も終わらんよ。おそらく次の手を打ってくるだろう――そして、その次の手を我々は理解できるか?」
 尋ねた言葉に、バグダッシュはもちろんと答えることはできなかった。

 一度見逃している前科がある。
 そして、それはこれだけではないかもしれない。
 ロイ・オースティンと同様に、偽物に入れ替わっている人物がいるかもしれないのだ。
「彼が何をしているか――知る必要がある」
「ですが。それはフェアリーを危険にさらすのではないですか」

「危険か」
 呟いて、アロンソは小さく天を見た。
 考えるような仕草に、バグダッシュは黙って、アロンソを見る。
 感情のともらぬ表情に、わずかに動くのは戸惑いか。
「構わない。それよりも――大切なものがある。だが、できるなら」
 言いかけた言葉をやめて、アロンソの瞳は、バグダッシュへ。

「頼めるか」
 その強い言葉に、バグダッシュは敬礼で答えた。
「任されました」
 
 + + + 

 報告書に、ラリー・ウェインは小さく目を開いた。
 それを運んだ女性秘書は、ただ黙ってウェインの様子を見ている。
 わずか一枚程度の報告書。
 それに十分ほどの時間をかけて、ウェインは静かに机の上に置いた。
「なるほど。少し面倒なことになっているようだね」

「少しではないと思います」
「少しだ」
 秘書の言葉を言いなおすように、ウェインは告げた。
 わずかに怒りを含んだ言葉。
 だが、女性秘書は冷静に書類に書かれた事実を告げる。

「本来ならば会議で決定しているはずの、輸送契約が保留になりました。さらには暗部の事務所周辺で軍人の姿が目撃されています。計画を延期することも考慮に……」
「続行だ」
 言葉の途中で、ウェインの強い言葉が遮った。
 手のひらを合わせて、ウェインが言葉を続ける。

「輸送契約が保留になった。それは――フェアリーとしての話だ。何のために金を渡していると思っている。大型輸送船三隻程度、黙って動かすことはわけがない。違うか」
「……それは可能かと思われます。ですが、その後」
「その後があると思っているのか。実際にフェアリー社が輸送をしたという事実が大切なのだ。そして、その事実があれば我々はフェアリーにさらに食い込める」

 違うかと言葉に、秘書はしばらく沈黙。
 やがて、頷いた。
「そうであれば、その後など問題にならない。相手にもそう伝えておけ――我々が全力でバックアップをすると」
「……かしこまりました。ですが、暗部の周辺は」

「放っておけ。今回は動くのは帝国と同盟だ。我々はその道筋を作るに過ぎない。今更暗部の周辺を嗅ぎまわったとしても、意味が無い。奴らにはしかる後、撤退するように」
「その前に逮捕された場合は」
「そんな間抜けには用はない。躊躇した場合に、確実に殺せるように手配をしておけば、問題はない」
 そう告げて、ウェインは唇をわずかに曲げた。

「……」
 そんな様子に、秘書が沈黙で答える。
 そんな様子に、ウェインは笑い声をあげた。
「不満そうだな」
「いえ」

「顔に出ているぞ。確かに本来の計画とは違う。だが、結局のところ結果はかわらない。少し……面倒な程度だ」
 肩をすくめ、ウェインが合わせていた手を離して、机に置いた。
 小さく指を叩く。
「それに。今更計画の中止はできない」
 机に置いた指が、リズムを刻む。

 こつこつと小さく音を立てていた。
「既に荷物はイゼルローンに到着し、同盟も荷物の受け取りを待っている状態だ。そんな中で中止にすれば、次に協力してくれなくなる可能性もある」
 だから。
「続行だ」

「ですが。今回から帝国は新しい人物――それも随分と厳しいとお聞きしますが」
「続行だ」
「かしこまりました。『アメリカ』にはそう伝えておきます」
「ああ。取引が終わったらすぐに逃げていいと伝えておけ――長い間準備したが、さすがにロイ・オースティンはもう使えないだろうからな」

「はい。確かにお伝えします」
 頷いて、秘書が歩き去る。
 扉を閉める音がして、しばらく。
 だんと――力強く机を叩く音がした。

 ウェインだ。
 握りしめた拳を机上に置いたままで、ウェインは歯を噛み締めていた。

 + + + 

 イゼルローン要塞。
 そこにゆっくりと近づく艦隊があった。
 わずか数か月前までにはカイザーリンク艦隊と呼ばれていた一艦隊だ。
 それは予定通り、イゼルローン回廊同盟側の星域への調査へと向かっている。
 第五次イゼルローン防衛戦後の同盟軍の様子を見るための、威力偵察任務だ。

 最も、カイザーリンク大将がイゼルローン駐留司令官へと変わったことにより、既にカイザーリンク艦隊という名称はなくなっている。
「司令官。艦隊が接舷許可を求めております」
「……」
 ゆっくりと近づいてくる艦隊をモニターに映し出していた通信士官が、返答を求める。

 だが、司令官席に座る老将は黙っている。
 それはつい先日まで自らが操っていた艦隊への懐かしみ――そして、わずかな嫌悪がある。
「カイザーリンク大将?」
 再び問うた通信士官の言葉に、カイザーリンクは動いた。
「接舷許可を。私は出迎えに向かう」

「……は! 接舷許可……宇宙港第三番ゲートを開く、順次接舷をせよ」
 通信士官が、艦隊へと接舷の案内を伝える。
 そんな様子を横目に、カイザーリンクは伝えられたイゼルローン第三港へと向かった。
 指令室から外壁部へは数キロ以上の距離だ。

 単純に歩けば二時間以上はかかるだろう。
 迷路のような――防衛を考えて作られた――通路を通り、カイザーリンクは要塞内のモノレールに乗って、第三港へと向かった。
 足取りはひどく思い。

 だが、周囲の副官たちは重い足取りを老いによりものだと勘違いしてくれているようだ。
 カイザーリンクの足取りに合わせるように、ゆっくりと進んだ。
 だが、どれだけゆるりと歩いていたとしても、いずれは到着する。
 艦隊の第三港への接舷とほぼ同時。

 カイザーリンクは第三港へと到着した。
 自動扉が開けば、数千隻の艦艇が並んでいた。
 一艦隊の総数はおおよそ一万隻。
 残る艦艇は別の港へと向かったのだろう――見慣れた艦艇の中で、カイザーリンクが初めて見る漆黒の旗艦があった。

 ネルトリンゲン。
 通常の戦艦よりも艦艇も砲門も巨大な――まるで巨人のようだ。
 ゆっくりと巨人へと近づけば、ちょうどネルトリンゲンの搭乗口が開くところであった。
 姿を現すのは、白髪の老人。
 カイザーリンクとは違い老いてなお無骨な様子は、軍人に相応しい。

 搭乗口から歩けば、途中でカイザーリンクに気づいたようだ。
 立ち止まり見事な敬礼をされれば、カイザーリンクも黙って答礼をする。
 ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ。

 カイザーリンクの後に、艦隊指揮艦へと収まった老将に、カイザーリンクは苦悩を含んだ表情で彼に視線を送った。

 
 

 
後書き
ギリギリ間に合いました。
少し書き溜めが少なくなってきましたので、
できる限り4日更新を頑張りますが、今後は少し遅れるかもしれません。
遅れても書かないことはありませんので、お待ちいただければと思います。 
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