稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生
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67話:後見人
前書き
読者の皆さんも待っていたでしょうが、私も待っていました。
宇宙歴786年 帝国歴477年 5月下旬
首都星オーディン 帝国軍幼年学校
ラインハルト・フォン・ミューゼル
「ラインハルト・フォン・ミューゼル殿ですね?お迎えに上がりました。お車へどうぞ」
リューデリッツ伯爵家の従士だろうか?後部座席のドアを開き、手で乗車するように誘う。ミューゼル家は下級貴族とは名ばかりで、父が事業に失敗して以来、貧しい家だった。不思議と困窮した記憶が無いのは、姉上が色々とご苦労されたからだろう。だが、その姉上も皇帝の寵姫として召し出された。自分の父が姉を売ったのだと理解したのは、宮内省のやけに格式ばった地上車に姉が乗せられて連れ去られるのを何もできずに見送り、玄関から居間に戻った時の事だ。いつもと同じように酒を浴びるように飲んでいた父の手元に、見慣れぬ小袋と数枚の金貨が見えた。
近寄って袋を逆さにすると、小袋から金貨が零れ落ちた。思わず父を責めたが、
「どうせ断れぬのだ。金でも貰ったほうがましだ......」
と、自分に言い訳するようにつぶやくと、グラスに酒を注ぎ、呷った。こいつは父親ではない。娘を金で売る卑劣漢だ。そう思ったら、もう姉上のいないミューゼル家にいたくはなかったし、皇帝の寵姫の弟に宮内省の役人が多少は媚を売りたかったらしく、望みが無いかと聞かれて思わず『幼年学校への入校』を依頼していた。軍人として昇進すれば、いつか姉上を奪った皇帝からその罪を償わせる機会が得られるかもしれないし、姉上をお救いすることもできるかもしれないと思ったからだ。
もっと手間のかかる望みが出ると身構えていたのだろうが、宮内省の役人の権限からすると容易い事だったらしい。すぐに幼年学校への入学が許可され、まもなく2か月が経とうとしていた。そんな中で、リューデリッツ伯爵から面会を請う書状が届き、姉上からも、伯爵と面談するようにと言う言付けが届いた。そして今に至る。俺が地上車に乗り込むと、丁寧にドアが閉められ、地上車が動き出した。
リューデリッツ伯爵と言えば、貴族社会にギリギリ引っ掛かるミューゼル家ですら名前を知っている存在だ。領地を治めて良く、事業を興して良く、軍人としても大功を上げた。だが、同時に、姉を奪った皇帝とも親しかったはずだ。この面会を素直に喜べない自分がいる事を感じながら、窓の外に視線を向ける。幼年学校からリューデリッツ邸まではそこまで離れてはいない。歴史を感じさせる門を越え、幼い俺の感性にも響くものがある庭園を横目に見ながら、エントランス近くに地上車が停車するのを待つ。停車し、ドアが開くと地上車を降りるがそこで声をかけられた。
「ミューゼル卿、私のお願いに快く応えて頂き感謝している。ザイトリッツ・フォン・リューデリッツと申します。どうぞよろしく」
幼年学校の陸戦教官と同じような、白兵戦技を修めた人間特有の雰囲気を纏った40歳くらいの男性から、正式な貴族式の礼を受ける。なんとか見様見真似で、返礼を返すと、リューデリッツ伯自ら先導の下、応接間へ案内された。帝国軍でも屈指の将官が、俺のような子供に礼を尽くす理由に思い至らなかった俺は、ただただ場に流されるばかりだった。応接間に入ると、子供ながらに高価だと分かる椅子を勧められ、席に付く。悪い夢でも見ているのだろうか?表情にも出ていたのだろう、リューデリッツ伯が少し困った様子で話を始めた。
「ミューゼル卿、諸々の事情を話す前に、確認したいことがある。と言うのもな、私が5歳のとき、母親代わりの乳母を門閥貴族に殺された。その時に幼いなりに志を立てたのでな。卿が既に志を持つ者なら、子供としてではなく、『一人前の貴族家嫡男』として話をするつもりだ。子供としての接し方を望むかね?」
俺もすでに志を立てた身だ。すぐに首を横に振ったが、母親を早くに亡くした身としては変な親近感を覚えた。
「うむ。では一人前として扱おう。まずは......この馬鹿者め!どこまでグリューネワルト伯爵夫人のお気持ちを考えたのだ!ミューゼル家の経済状況はあらかじめ調べさせてもらった。母上がお亡くなりになられたことと、事業のとん挫が父君の心をへし折ってしまった。そのあとは伯爵夫人が何とか切り盛りされ、家庭崩壊の一歩寸前で留めていた。陛下の寵姫となる事も、もう経済的に何ともならぬ為、ご自分の将来を陛下にゆだねる代わりに、お主の将来を幸あるものにとお考えだったのだ。それを相談もなく勝手に幼年学校に入学するとは......。伯爵夫人がどれだけご心配されたことか......。今更、退学などすればそれこそ伯爵夫人を貶める口実に使われかねぬゆえ、これ以上は申さぬが、次に伯爵夫人と面会する折は、きちんと謝罪することから始められるように」
急に怒られたが、不思議と素直に受け入れられる部分があった。感情で怒るのではなく、なぜ怒るのかを懇切丁寧に説明されている感じを受けたからだ。確かに姉上からすれば、俺が勝手に幼年学校に入学した事は、勝手に軍に志願した事と同じ意味を持つ。少し考えればわかりそうなものなのに自分の感情を優先するあまり、こんな簡単な事に気づかなかった。了承の意味を込めて首を縦に振ると、伯爵は、少し間を開けてから
「ご心配のあまり、伯爵夫人は陛下に相談されました。その結果、軍でそれなりの立場にある私に、ミューゼル卿の後見人になるようにとの打診がされました。伯爵夫人もご承知の事です。これは断れる話ではありません。今日から、私がミューゼル卿の後見人となります。よろしいですね?」
勅命で姉上も了承しているとなれば、断れるわけがない。俺が了承すると、『こういう場合は、御鞭撻をよろしくお願いいたします』と言うのが礼儀だと、早速指導された。その後は色々と、姉上がいたころどんな事を家族でしていたか?や、俺と姉上の誕生日と親しい者の誕生日、母上の命日などを確認された。何のためなのか?と疑問に思っていたが、面会の中盤でそれが明らかになった。
「既に隣の屋敷を買い受けたので、グリューネワルト伯爵夫人の別邸として、ミューゼル卿が管理するように。当面の費用は当家で負担いたしますので......」
俺が、屋敷など管理できないし必要もないと言うと、伯爵は驚いた顔をして
「ミューゼル卿は伯爵夫人との面会はお望みではないのか?親族との面会では名目上、宿下がりと言う形になるので、屋敷が必要になるが、久々の休暇に折れてしまった父上も同席では、伯爵夫人もお辛いであろう。さすがに今のミューゼル邸では、形式の面でも伯爵夫人への攻撃材料になりかねぬと判断したのだが......」
そんな儀礼が宮中にあるとは知らなかった。俺はすぐ前言を撤回し、屋敷の手配を頼んだ。心配をかける以上、せめて面会できる機会は逃したくない。諸々の事を話し合った後に、リューデリッツ伯が言うか迷うそぶりをしてから
「ところでミューゼル卿には背中を任せられる友はおられるのかな?もしいるなら、自分の言葉で協力を頼んでみる事だ。軍人として大成するには才能だけでは無理だ。自分の背中を任せられる存在を得られるかで、栄達できるかがかなり変わる。背中を任せられるからこそ上を目指せるし、報いたいと思うから研鑽し続けられるのだ。もし、そんな存在がいるなら、思う所を伝えて、共に道を歩むことを依頼してみる事だ。これはアドバイスだが......」
そのあとも、やけにおいしいお菓子を振る舞われながら、色々な話をした。後で振り返ると、伯爵は俺を一人前として扱ってくれていたのだと思う。お茶とお菓子が尽きてきた頃合いで、伯はお付きの者に人払いを命じて、真剣な面持ちで、締めくくりの話題を始めた。
「ミューゼル卿、今からする話は私の独り言だと思って聞いてくれ。ある下級貴族の話だ。ご当主夫人が事故で急逝され、折を同じくして、ご当主がされていた事業が門閥貴族の横槍で潰された。ご当主は2重のショックで心が折れてしまい、昼間から酒を飲むようになった。残されたのは思春期に入ったばかりのご令嬢と幼い嫡男のみ。このままでは経済的に立ち行かなくなると年長だったご令嬢は弟の学資の為にと働き口を探したが、門閥貴族に目を付けられた家の令嬢など貴族社会では雇ってもらえず、専門的な知識がある訳でもないので、表社会での就職も出来なかった。
結局、年齢を偽り、夜の歓楽街で働きだすのだが、世間知らずの貴族の娘などカモでしか無かった。詐欺に引っかかって、多額の借金を背負わされ、身を売らされるようになるまで1年、その辛さから逃げるように薬物を使うようになるのにさらに1年、弟君は姉の異変に気付きながらも、どうすべきか分からず、薬物中毒者の治療を受ける経済的な余裕もなかった。
美しかったご令嬢が、ボロボロの廃人のようになって衰弱死するまでさらに1年。そんな話が表沙汰になっては、もう貴族として再起する事は不可能だ。自殺するように酒を呷って、父親も姉の後を追うように死ぬ。住んでいた家は借金の弁済に充てられ、13歳の嫡男は寒空の下にたたき出される。行き先は当然裏社会だ。下っ端としてチンピラに端金であごで使われる日々。そんな中、突然巻き起こった組織同士の抗争の中で、見せしめのために両手両足の腱を切られて溺死体で河に浮かぶ......」
ここで一旦、伯は言葉を区切ると大き目のため息をついた。
「サイオキシン麻薬がらみで、そっち方面の資料も確認したことがあってね。残念なことだが、今、聞いてもらった話は実際にあった話だ。もちろんその組織も含めて、裏社会に属していた人間は、もうこの世にはいない。後釜がいるのも確かだが、重犯罪を冒すのは危険と考えて、将来は分からないが、ここ3年はそういう事件は起きていない。ここまでひどくはなくとも、グリューネワルト伯爵夫人が後宮に上がらなければ、同じような未来がミューゼル家には待っていただろう。
父君は自分で立ち直るしかないが、グリューネワルト伯爵夫人とミューゼル卿は陛下に救済された部分があることを、忘れぬようにな。それとこの話はまだ早いと思ったが、『もう我が子が胎児で殺されぬか心配する経験はしたくない』ともおっしゃられていた。グリューネワルト伯爵夫人が懐妊する事はないだろう。そもそも陛下が見初める事など出来はしないし、こういう話が出た時点で陛下が断れば、全ての責任がミューゼル家にむかう。理不尽な話だが、これが今の帝国の実情だ」
たしかに伯の言う通りだ。俺は皇帝に姉上を強奪されたと思っていたが、直接、姉上を見初める事ができる訳が無い。あの宮内省の役人は皇帝陛下の代理人を臭わせていたのに......。それにミューゼル家がもう経済的にどうにもならなかったのも事実だろう。あのままなら、姉上が門閥貴族なり、富豪の側室になるくらいしか、手段がなかったのも確かだろう。ただ、守りたい人を守りたいときに、守れる力が無い事が、そこまで罪なのだろうか......。
「私もな、5歳の時に母親代わりの乳母を門閥貴族に殺された。当時、陛下の兄君の派閥に属していた貴族家で、一方で、当時ルントシュテット伯爵家は第二次ティアマト会戦の影響で力を落としていた。私も巻きこまれて重体に陥ったが、皇太子の派閥に属するからと調子に乗って、かなり無理難題をいわれたよ。その時、志を立てた。まずは乳母のけじめをきっちり取ること。そして爵位を振りかざして弱者を踏みにじり泣かせている連中を一掃してやろうとね」
伯から少し凄味というか、怖いものを感じた俺は、つばを飲み込みながら
「それで、その家はどうなったのです?」
「お取り潰しの上、直系男子は極刑になり、縁者にもかなりの重罰が下されたね。もっとも『爵位を振りかざして弱者を踏みにじり泣かせている連中を一掃する事』は連中が害虫のように湧いてくるから鋭意、努力しているという状況だが......。どうせなら、自分と同じ思いをする人間を無くすことを復讐の志として見るのも良いやもしれぬな。同じような経験をした人間は、今の帝国ではごまんといるであろうから」
この日から、彼が俺の後見人という事になった。
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