銀河英雄伝説~其処に有る危機編
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第七話 破壊衝動なんて無い!
帝国暦487年 8月 16日 オーディン 軍務省 シュタインホフ元帥
五メートル程前、軍務尚書室の前に宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥が居た。こちらに気付いたのだろう、私を見て微かに頷いた。
「統帥本部総長も呼ばれたのかな?」
「うむ、司令長官も呼ばれたか」
「うむ」
二人で顔を見合わせた。ミュッケンベルガー元帥の顔には奇妙な表情が有った。困惑、戸惑い、だろうか。多分私の顔にも同じ物が有るだろう。
「我ら両名が呼ばれたという事は例のレポートの件だと思うが」
「多分そうだろう。そろそろ軍務尚書の下に提出される時期だ」
司令長官が溜息を吐いている。私を見た。
「統帥本部総長、此処から踵を返して帰るという選択肢は有るかな?」
思わず失笑した。司令長官も笑っている。
「魅力的な提案では有る。検討の余地は有るな。但し検討だけだ」
「そうだな」
司令長官がドアを押して部屋に入った、それに続いて入る、我ら両名を見て受付に居た士官が敬礼をして“奥で軍務尚書閣下がお待ちです”と言った。敬礼を返して奥へ進む。我らの姿を見ると執務机で仕事をしていた軍務尚書が無言で頷いた。幾分疲れている様だ。表情が冴えない。立ち上がって奥の金庫へ向かうと書類を取り出した。顔を近付けていたから虹彩認証システムを使用している金庫だろう。重要書類だな。司令長官と顔を見合わせた。司令長官も冴えない顔をしている、二人で応接用のソファーに向かった。
三人でソファーに座った。
「内密の話が有る、此処に誰も入れるな、卿も呼ぶまで外に居ろ」
「はっ、コーヒーは」
「要らぬ!」
吐き捨てるような口調だった。副官が慌てて立ち去った。可哀想に、悪いのはあの副官ではないのだが……。軍務尚書が書類をこちらに差し出した。
帝国暦487年 8月 16日 オーディン 軍務省尚書室 エーレンベルク元帥
「それは、例の物かな、軍務尚書」
「そうだ、例の物だ、ミュッケンベルガー元帥」
私が答えるとシュタインホフ統帥本部総長とミュッケンベルガー司令長官は胡散臭そうな目で私が差し出した書類を見た。そのうち私の事も同じ様な眼で見るかもしれない、勘弁して欲しいものだ。
二人が顔を見合わせシュタインホフ元帥が溜息を吐いてから書類を受け取った。書類といっても大したものではない。A4用紙五枚、そのうち一枚は白紙の表紙だ。普通なら元帥の地位にある者が溜息を吐きながら受け取るようなものではない。シュタインホフ元帥が表紙をめくり書類を読み始めた。そして目を剥くとフーッと息を吐いた。そして読み続け終わるとミュッケンベルガー元帥に書類を渡した。
ミュッケンベルガー元帥も似たような反応を示した。二人とも疲れ切った表情をしている。
「あー、軍務尚書。あれは何かな、要塞をぶつけろとか氷をぶつけろとか破壊衝動の様なものが強いのかな? だとすれば危険だが」
「分からんな、統帥本部総長。人騒がせな男ではあると思うが……」
私が答えると二人とも頷いた。全く人騒がせな男だ。
「アルテミスの首飾りの攻略法か。帝国は守勢をとるのだが……」
「表には出せぬな。こんなのを出したら反乱軍を叩きのめせと騒ぎ出す者が出るだろう」
二人が話している。同感だ、馬鹿で無責任な貴族達が騒ぐだろう。軍の中にも同調する者が出るに違いない。その先頭はローエングラム伯だろうな。帝国が守勢をとる事に強い不満を示している。
「ヴァレンシュタインはこれについて何と?」
司令長官が訊ねて来た。思い出したくもない……。
「自信作だそうだ」
「自信作?」
二人の声が重なった。顔を見合わせている。
「ああ、胸を張って言っていたな。敵味方に人的損害は無し、視覚的効果による心理衝撃は極めて大、敵は戦意を喪失する、簡単に降伏するだろうと。それに費用も掛からんし簡単だ。安くて簡単で手間要らず、自信作ですと」
溜息を吐いた。二人も溜息を吐いている。何で帝国軍三長官が雁首揃えて溜息を吐かねばならんのか……。
「確かに、要塞に要塞をぶつけろというよりはまともだが……」
司令長官の言葉に統帥本部総長が息を吐いた。
「司令長官、まともかな? この書類を叛徒共に見せたらどうなると思う?」
今度は司令長官が息を吐いた。
「連中、発狂するだろうな」
「その通りだ。難攻不落と豪語するアルテミスの首飾りが簡単に無力化出来るのだからな。この作戦を考えた者を八つ裂きにしたがるだろう。むしろ要塞に要塞をぶつけろという方がまともだろう。キチガイ沙汰だと言って否定する事が出来る」
げんなりした。何故司令長官と統帥本部総長が叛徒共の事を心配しなければならんのだ? 何処かおかしくなっている。
「イゼルローン要塞、アルテミスの首飾り、難攻不落では無かったのか? 何故あれは簡単に攻略法を考えつくのだ? それとも考えつかぬ我々が馬鹿で間抜けなだけか?」
統帥本部総長が真顔で訊ねて来た。司令長官も頷いている。答えるのは私か。あれが悪魔だからと言うのは如何だろう? 納得するかもしれんな。
「考え付いたのはヴァレンシュタインだけだ。あの男が特別なのだろう。要するにあの男は異常なのだ」
そう、あの男は悪魔では無いが異常であり我々は正常なのだ。そう思わなければ精神を保てぬ。
「士官学校の校長で良いのかな? 統帥本部か宇宙艦隊に移動させた方が良いのではないか? 勿論オーディンに常駐させねばならんが」
司令長官が小首を傾げながら問い掛けてきた。
「士官学校の校長で良いのだ。あんなのを統帥本部や宇宙艦隊に移動させてみよ、周囲にどんな影響を与えるか……。絶望のあまり自殺する者が出かねん」
二人が“なるほど”、“かもしれん”と言った。
「士官候補生には馬鹿な事は言うまい。士官学校の校長はあの男の為のポストだ。周囲から隔離しなければならん。被害者は我々だけで十分だろう」
二人がげんなりした様な表情を見せた。そんな顔をするな。地位が上がれば責任も大きくなる。あれを制御するのは我々の責務だ。
「軍務尚書、国務尚書には御見せなくても良いのかな?」
統帥本部総長、卿は仲間が欲しいらしいな。
「いや、当然御見せする。この作戦案は国家機密だ。国政の責任者である閣下には知って貰う必要が有る」
二人が頷いた。妙に嬉しそうだ。
「これから国務尚書に面会を申し込む。卿らも同道して欲しい」
二人が渋々頷いた。私に押し付けるな! あれの飼い主は我ら三人であろう!
国務尚書リヒテンラーデ侯と会ったのは何時もの部屋だった。新無憂宮南苑にある黴臭く薄暗い陰鬱な部屋、何故この部屋を指定するのだろう。気が滅入る一方ではないか。
「何用か、と問うのも愚かだな。卿ら三人が揃って面会を求めるという事はあれか?」
好意の欠片も無い口調で国務尚書が問い掛けてきた。なんと答えよう。両脇に控える統帥本部総長と司令長官を見たが二人は正面を向いて無表情なままだ。不本意だ! 何故私は軍務尚書なのだろう。
「あれと言うのがヴァレンシュタインのレポートを差しているならあれです」
「なるほど、あれか」
今後は『あれ』というのがレポートの代名詞になるな。
「それで、今度は何を書いたのだ?」
「これを御覧ください」
レポートを差し出すと国務尚書が顔を顰めながら受け取った。私が書いたんじゃない、私が書いたんじゃない……。
パラパラと紙を捲る音がする。溜息を吐く音がした。
「国政の改革を行おうとしているのに……」
「……」
また溜息を吐く音がした。今度はこめかみを揉んでいる。
「捕虜交換も順調に進んでいる。間接税の税率の軽減も評判が良い。帰還祝いでかなり消費が増えてむしろ増収になると見通しも出ている。それなのに……、何故ここで……」
溜息、三度目だ。私が書いたんじゃない……。その溜息は私に対する物じゃない。国務尚書がレポートをこちらへ突き出した。要りません、差し上げますと言えたら……。溜息を堪えてレポートを受け取った。
「それは表に出してはならんぞ」
「分かっております」
「それと、あれの動向は押さえているのだろうな?」
「情報部と憲兵隊が監視兼護衛として付いております」
国務尚書が“うむ”と頷いた。
「ローエングラム伯などよりあれの方が扱いが難しいわ。役に立つのだが扱いを間違えるととんでもない事になりかねん」
「同意致します」
私が答えると統帥本部総長と司令長官が頷くのが見えた。
「まあ本人には野心が無い。それが救いでは有るな」
始末が悪いという事も有る。だが指摘するのは止めた。進んで不興を買う事は無い。
「これからも何か有れば報せて欲しい」
「分かりました」
「ところでこちらから頼みが有る」
はて、一体何を……。軍事費を削れと言う事だろうか?
「カストロプ公を始末する。反乱を起こさせカストロプ公爵家を断絶に追い込むつもりだ」
なるほど、評判の悪い男を始末するという事か。財務尚書の地位を利用して随分溜め込んでいるとも聞く。潰せば旨味が多いだろう。
「カストロプ公の始末は内務省が行う。内務省からは今月中に実行すると連絡が有った。だがその後で起きる反乱の鎮圧は軍の仕事になる。反乱討伐の指揮官を選んで欲しい」
「分かりました」
我らに選べという事は宇宙艦隊以外から選べという事か。ローエングラム伯に武勲を上げさせるなという事だな。
「何時頃になりましょう?」
問い掛けると国務尚書が少し考えるそぶりを見せた。
「そうだな、反乱に追い込むまで三月と言ったところか。」
となると十二月の頭には反乱が起きるか。
「年内には片付けて欲しい」
統帥本部総長、司令長官に視線を向けた。二人が頷く。
「承知しました」
難しい事では無い。オーディンからカストロプまでは三日で着くのだ。一月有れば十分に可能だ。
帝国暦487年 8月 25日 オーディン 士官学校 ミヒャエル・ニヒェルマン
「あれ、誰か来たよ」
図書館の窓から外を見ていたハルトマンが声を上げた。士官学校は夏休みだよ、一体誰が……。エッティンガーと共に外を見る。確かに人がいる、軍人が二人だ。地上車が有るからそれで来たのだろう。
「ねえ、かなりの高級士官だと思うけど」
エッティンガーが自信なさそうに言う。ウーン、結構年配の人みたいだ。
「遠くて良く分からないけど将官だよね。胸の飾りが結構複雑だから大将かな?」
僕の言葉に二人が頷いた。
「校長閣下に会いに来たのかな?」
「多分そうだと思うよ」
「ちょっと見に行こうか?」
僕が誘うとハルトマンとエッティンガーが賛成した。校長閣下に会いに来るなんて誰なんだろう?
三人で玄関口に向かう。僕達が着いた時、丁度お客さん二人が入って来るところだった。慌てて陰に隠れた。
「士官学校は久しぶりだな、ゼークト」
「ああ、懐かしいな、卿は如何だ?」
「夏休みは良くシミュレーションで時間を潰した事を思い出したよ」
「私もだよ、シュトックハウゼン」
二人が声を合わせて笑った。
「おい、ゼークト上級大将とシュトックハウゼン上級大将だよ」
ハルトマンが小声で教えてくれた。でも興奮している、鼻息が荒い。音が遠くまで聞こえそうだ。
「イゼルローンから戻って来たんだ」
エッティンガーも興奮している。こいつも鼻息が荒い。
「多分、御礼を言いに来たんじゃないかな。校長閣下のレポートでイゼルローン要塞は守られたんだから」
僕が言うと二人が頷いた。
「凄いや、上級大将が御礼に来るなんて」
エッティンガーの言う通りだ、本当に凄い。ゼークト上級大将とシュトックハウゼン上級大将は軍事参議官になったけどいずれは帝国軍三長官になるんじゃないかと言われている。そんな二人が校長閣下に会いに来るなんて……。
帝国暦487年 8月 25日 オーディン 士官学校 エーリッヒ・ヴァレンシュタイン
「驚かしてしまったかな?」
ゼークトが笑うとシュトックハウゼンも笑った。
「はい、驚いております」
二人の笑い声が更に大きくなった。上機嫌だ、まあ二人とも上級大将に昇進したし将来の帝国軍三長官候補者とも言われている。前途洋洋、未来は明るい。上機嫌になるのも分かるよ。
本来上位者が下位者を訪ねる等という事は無い。礼が言いたいならTV電話で終わりだ。この二人がわざわざ此処に来たという事は同盟軍のイゼルローン要塞攻略作戦は俺の警告が無ければ成功したと思っているのだろう。命拾いをしたと思っているのだ。
「それにしても卿が士官学校校長とは妙な人事では有るな」
「イゼルローン要塞でも随分と噂になっている。大将に昇進して宇宙艦隊副司令長官へという話も有ったと聞いたが」
二人が心配そうな顔をしている。俺が士官学校の校長というのが納得出来ないらしい。
「軍規を犯しました。宇宙艦隊副司令長官にはなれません。辞退致しました」
「しかし、あれは勝つ為であろう。卿に私心が無かった事は皆が知っている」
「ゼークト閣下、それを許せば勝つためには何をしても良いという事になってしまいます。皆が勝つために軍規を無視するでしょう。そうなればもはや軍では有りません」
ゼークトが唸り声を上げた。シュトックハウゼンは沈痛な表情だ。
「小官に不満は有りません。元々身体が弱いので実戦部隊への配属は避けたかったのです」
「そうは言うが……、私もゼークトも卿の力量は十分に知っている。第六次イゼルローン要塞攻防戦は卿の采配で勝った。それに今回の第七次攻防戦もだ。その卿が士官学校の校長……。軍務尚書とは繋がりが有る様だが……」
シュトックハウゼンが俺をじっと見た。ちょっと照れるな。そう言えば第六次イゼルローン要塞攻防戦もこの二人が要塞司令官と駐留艦隊司令官だったか。結構因縁が深いな。
「我らは今軍事参議官の地位にあるがいずれは軍中央に於いて職務を司る事になると思う。その時は卿の協力を得たいと思っているのだ」
「勿論その時は私とゼークトで卿の争奪戦が始まるが」
二人が顔を見合わせて笑い声を上げた。なんか気持ちの良い男達だな。でも士官学校校長のポストは譲れない。結構気に入ってるんだ、これ。楽しいんだよ。レポートはうんざりだけど。
ページ上へ戻る