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稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生

作者:ノーマン
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64話:狭まる網

宇宙歴785年 帝国歴476年 12月上旬
首都星オーディン グリンメルスハウゼン邸
リヒャルト・フォン・グリンメルスハウゼン

「フェザーンで拘束した連中の取り調べは順調だけど、政府と宮廷からの容疑者が思ったより多いし、上級管理職だった者も複数いたとなると、地下茎を根こそぎにできたとは思わない方がよさそうだね......」

「うむ。そう言う意味では公式見解を帝国の藩屏たちに任せたのは正解じゃったな。周囲の目もあちらに向いているし、心配していたもみ消しもしにくい状況が作れた。一部はただの中毒者である可能性もあるが、サイオキシン麻薬の中毒者ほど社会復帰させるのに難しい者はおるまい。頭の痛い話じゃが、少なくとも膿は除去されつつある。まずはしっかり捜査状況を監査するといった所じゃろうな」

「軍の方ではフェザーン回廊の帝国側出口のアイゼンヘルツ星域に3個艦隊クラスの駐留基地を作る判断をして既に動き出している。フェザーンからの撤兵が終わり次第、地球への派兵も決定済み。地上部隊の指揮は、勇猛で鳴るオフレッサー中将が担当。まあフェザーンでは配慮が必要でしたが、地球では遠慮はいらないですしね。地球の衛星である月に仮設基地を作り、臨検部隊をすでに配置して実質的な封鎖も実施済。まあ、しばらくは進捗を確認事になりそうだけどね」

年末が近づき、情報共有を兼ねて、ザイ坊が儂の屋敷に足を運んでくれたが、想定以上に麻薬がはびこっていた事を除けば、焙り出しは順調に進んでいる。ザイ坊は右手で数を数えながら、既に動き出した対応策を確認するかのように話してくれた。正直に言えば帝都は混乱の極みにある。このような状況で軍が前線や地球への派兵を決定できたのは、事前に薬物検査をした人員で、対策チームを固めていた事も大きかった。

「色々と陰で動いてくれた皆にも、やっと昇進で報いる事が出来るよ。ケスラー少佐も昇進の対象者だから、来年には中佐だ。25歳で中佐なら大したものだ。叔父貴の『懐刀』に箔がつけられてホッとしたって所だね」

「かたじけない。陛下の密命でも何かと骨折りをしてくれた男じゃ。本来なら昇進で報いてやりたかったが、さすがに儂が軍部に口を出す訳にもいかぬでな」

ザイ坊がお茶の香りを楽しみながら茶化すように話題を変えた。ケスラーは優秀な男じゃ。ザイ坊の下に送れば、昇進に値する功績を立てると踏んでいたが、抜擢に近い任務を割り当ててもらったようじゃし、本人も喜んでおった。中佐であれば、憲兵隊本部でも分室のひとつも割り当てられよう。

「叛乱軍への対応に関しては、甘くすれば口撃の糸口を与えることになる。お主が表には立っていないとはいえ、対応は慎重にせねばなるまい?」

「その辺りは地球での調査待ちといった所だけど、いくら民間人を含むとは言え、密入国した危険組織の所属者だからね。幸いなことに、叛乱軍のフェザーン高等弁務官府の関係者だと身元を証明できる者には手を出さなかった。つまりこちらは高等弁務官府の職員を連行する口実を与えなかった。叛乱軍がフェザーン方面で実力行使する為には、補給線を整えたうえで、少なくとも3個艦隊を動員しなければならない。そんな余裕は戦力面でも資金面でもないという分析が出ているし、まずは帝国内の大掃除を優先して大丈夫だと思うよ?」

確かに、叛乱軍の反応は想定したより鈍かった。本来なら密入国者であったとしても、自国民の返還要請ぐらいはしてくるかと思ったが......。

「どうもあちら側でもかなり地下茎を伸ばしていたという所だね。マスコミは地球教を、『帝国に弾圧された悲劇の宗教』という形で大々的に報道している様だし、叛乱軍の主戦派から見ても、帝国との戦争に勝利して『地球をわが手に』という主張は、帝国と戦うという点で、受け入れやすいモノだったようだし......。
ただ、さすがにサイオキシン麻薬が絡む以上、表立って擁護は出来ないから、フェザーン進駐を防げなかった責任を取って辞任した最高評議会議長の後任は主戦派からではなく、中道派から年功序列で選ばれたみたいだね。しばらくは国内世論の取りまとめで忙しくなるってところかな?」

「ところで、拘束している地球教どもに関してはなにか妙案はないかの?サイオキシン麻薬中毒者の管理などいつまでもしては居れまい?」

「そっちも地球での調査次第の部分があるけど、地球の資源施設は徹底的に破壊したうえで、地球に解き放つ事も選択肢の一つだと考えているよ。地球そのものを教徒の隔離施設にしてしまう訳だね。多く見積もっても100万人位が、今も生活しているという話だ。、さすがに皆殺しにはできないし、かといって帝国臣民260億人を危険にさらすわけにもいかない。
巡洋艦を中心に数百隻と防衛衛星の索敵・攻撃エリアを惑星側に設定すれば、地球から外に出る事は防げるし、彼らも信仰心を満たしながら荒廃した惑星で細々と生きられる。まあ財産の持ち込みは許さないし、同じ宗教を信じる者同士、せいぜい苦労してもらえば良いと思うよ?」

うむ。厳しい判断だが、さすがに信者だというだけで極刑にする訳にもいかぬ。とはいえ狂信者と言うものは、極端な例をだせば信仰の為なら笑顔で赤子ですら殺しかねぬもの。妥当な処置という所か......。

「フェザーンとの出入国に関してもかなり厳密な手続きにするように提案もしているしね。提案が通れば、薬物検査とDNA鑑定をして、照合する形になるはずだ。そう言う意味でも、アイゼンヘルツ星域に3個艦隊クラスの駐留基地を新設する事は必要なことになるね」

とりあえず対外的なことは何とかなりそうじゃな。あとは政府と宮廷か。そちらの混乱はまだ先が見えておらぬ。ここはリヒテンラーデ候に期待したいところだが......。


宇宙歴786年 帝国歴477年 1月下旬
首都星オーディン 国務省 尚書執務室
クラウス・フォン・リヒテンラーデ

「リヒテンラーデ候、国務尚書になられて一年もたたぬうちに、このような事となり申し訳ございませぬ。財務次官として面目次第もございませぬ.....」

儂が内務尚書だったおりから行政官として優秀なこともあり、何かと目をかけてきたゲルラッハ子爵が汗を拭いながら頭を下げている。もともと財務尚書の後任にしたカストロプ公爵のお目付け役として財務次官に抜擢したが、自分より立場が上の者を抑える適性は無かったようじゃ。
だが当初はカストロプ公爵を内務尚書にという話もあった。それを思えば、まだ財務尚書にしておいて正解と言った所か。内務省で汚職など公然とされれば、警察機構と社会秩序維持局でも汚職が公然とまかり通る事態になったじゃろう。そう言う意味では怪我の功名か?だが、そんな事では前向きになれぬほど、政府と宮中は混乱しておる。

事の始まりは、ベーネミュンデ候爵夫人が懐妊した御子が死産した5年前まで遡る。宮中に生きる者ならみな真犯人は誰か?理解していたはずじゃが、まさか皇太子殿下を皇族弑逆の罪で裁くわけにもいかぬ。公然の秘密のまま、なあなあで事が治まるかに思えたが、いけにえのように、関係した医師や看護婦、メイドたちが極刑に処せられた。
そこで終わったと判断した事には、今でも悔いが残る。あの時に、再発防止の為に厳罰を政府からも主張していれば、まだ事前に情報を流してもらえただろう。軍部とブラウンシュヴァイク公爵家・リッテンハイム侯爵家は事前に情報を共有していた可能性が高い。本来なら政府が行うべき『帝国としての公式見解』の発表を彼らが担当した事でも明らかだろう......。

「済んだことは仕方がない。そもそも儂も内務、宮内、財務の各尚書を勤めたのじゃ。古巣に後ろから撃たれた思いだが、儂も組織に蔓延る麻薬汚染も、地球教とやらの企みも見過ごしてしまった。今更ながら皇族弑逆が発生した際に、政府としても厳罰を願い出るべきであった。あそこで甘い対応をしたことで、軍部は宮中の不始末に政府が甘い対応をし、両家にぬれぎぬが着せられるのを黙認したと判断したのじゃろう。ならぬれぎぬを晴らそうと必死な両家の方が、まだ役に立つと判断した......。といった所じゃろうな。実際この体たらくじゃ」

「確かに政府にも失点はございましたが、せめて陛下のご温情という名目で健康診断を行う前に情報が頂ければ、ここまでの混乱はございませんでした。それ位の配慮は期待しても良いのではとも存じますが......」

「事前通告がなかったからこその成果であろう?実際事前に聞けば、誰にもそれを話さぬという訳にもいかぬであろうて。自分たちはやりくりを何とかして戦果を出しているのに、その横で私腹を肥やす財務尚書に、宮中で皇族弑逆を防げぬ宮内省。治安維持組織を抱えながら、局長クラスが麻薬中毒の内務省......。儂が軍部なら、まず当てにはせぬな」

おもわず乾いた笑いが出た。言葉にすれば尚更、事前通達などすればもみ消しにかかると判断されても致し方なかろう。

「すでに宮内尚書からは辞表を預かっております。いま投げ出すわけにはいかぬと、内務尚書は精勤しておりますが、こちらも区切りがついた段階で辞職せざるを得ぬかと......」

「そうなると、後任選びが必要ないのは財務尚書だけか......。大掃除はまとめて済ませたいが、本人から薬物反応が出なかった以上、あやつなら居座るじゃろうな」

儂がそう言うと、子爵はさらに申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。

「卿が頭を下げても仕方があるまい。そこでじゃが、事態が落ち着くまで、国務次官も兼任してもらいたい。痛いのはハルテンベルク伯とフォルゲン伯じゃな。地球教とは無関係であろうが、サイオキシン麻薬の密売の事実を隠蔽したとなれば、公職を任せる事は出来ぬ。期待しておっただけに残念じゃな」

「はい。減刑の嘆願が私の方にも来ておりますが、当初の段階で、関係者が極刑になった以上、ここで甘い対応を取れば、軍部とご両家から批判が出ましょう。致し方ないかと......」

「今更ながらの話だが、リューデリッツ伯が爵位を継承した際に今少し歩み寄る態度を取っておくべきだったやもしれぬな。『軍部の政府への採点は厳しい』か。今頃になってこのような形で返ってくるとはな......」

子爵が『何のことか?』とでも言いたげな表情をしていたので、爵位継承の際にあった事の顛末を話した。子爵も渋い顔をしている。まだ共に悩める存在が残っているだけでも良しとすべきか。

「リヒテンラーデ候、軍部でも薬物反応が出たものは更迭されておりますが、比較的安定しております。先ほどお話に出たリューデリッツ伯や、軍務省で高等参事官の経験があるシュタイエルマルク伯なら、どの次官職でも十分にお役目を果たせるのではないでしょうか?」

「それはならぬ。利権の件を除いても今はダメじゃ。帝国の国防体制は万全じゃ。彼らがしっかりと役目を果たしておる以上、せめて混乱ぐらいはなんとか治めてみせねば......。それこそ頼りなしと判断されるじゃろう。今はなんとかして混乱を鎮めることじゃ」

子爵の言い分も分かるが、少なくとも人材が足りないなりに良くやっているとは思わせねば、頭を下げても価値を感じてはもらえぬだろう。なんとか、ここは踏ん張らねばならぬ。

「まあ、司法尚書に内定していたルーゲ伯が前倒しで就任してくれるのが、今の所の唯一前向きな材料じゃな......」

自分に言い聞かせるようにつぶやいたが、思わずため息がこぼれた。 
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