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永遠の謎

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24部分:第二話 貴き殿堂よその二


第二話 貴き殿堂よその二

「彼をな」
「そのワーグナーをですか」
「さまよえるオランダ人だが」
 そのワーグナーのオペラだ。海を彷徨う亡霊に等しい男にひたすら献身的な愛を捧げる一人の女が遂にその男を救う、愛に救済の話である。
「そのゼンタ、そして」
「そして?」
「タンホイザーのエリザベート」
 この名前も出すのだった。
「あのシシィの名前を持つ乙女の様にだ」
「ワーグナーを救いたいのですか」
「若しくはローエングリンか」
 太子の目の色が恍惚としたものになった。その名前を言う時にだ。
「私はあの白銀の騎士になりたい」
「ワーグナーにとっての」
「そうだ、あの偉大な音楽家を救いたいのだ」
「では。殿下は」
「王になったその時は」
 最早それは確実なことだった。問題はそれが何時になるかということだ。太子は既にその時のことを考えていたのである。そうなのだった。
「私は彼を救おう」
「ですが殿下」
「そのワーグナーのことか」
「よからぬ話がまた」
 この話になるのだった。
「人妻との噂が」
「そうなのか」
「はい、それも己の庇護者の妻とです」
 語るその顔が曇っていく。そのうえでの言葉だった。
「これは流石に」
「そして借金だな」
「はい」
 従者の顔がさらに曇った。
「その通りです」
「モーツァルトも借金に追われていた」
 これが太子の返答だった。
「そしてモーツァルトの人柄はどうだった」
「それは」
「だが音楽は素晴しい」
 モーツァルトの人間性についてはあまりにもよく知られていた。一言で言えば下品である。およそ真っ当な人間とは言えない人物だったのだ。
「そしてベートーベンもな」
「あの御仁も相当でしたが」
「そういうことだ。まずは芸術だ」
 太子はそれを見ていたのだ。それだけと言ってもよかった。
「それが大事なのだ」
「左様ですか」
「そうだ、それがだ」
 また言う太子だった。
「大事なのだ。だがそれをわかる者はだ」
「わかる者は」
「少ない」
 太子は俯いた。その整った顔に憂いを帯びさせてだ。そうして呟いたのだ。
「だからこそモーツァルトもベートーベンも貧困に苦しんだのだ」
「殿下、モーツァルトは」
「ビリヤードのせいか」
「それに莫大な金を浪費していましたので」
「それ位何だというのだ」
 モーツァルトは実はかなりの収入を得ていたのだ。しかしその極端な浪費癖により借金を重ねていたのだ。その辺りに彼の人間性の問題が出ていたのである。
 太子もこのことは知っていた。ところがなのだった。
「モーツァルトも救われるべきだったのだ」
「あれだけの浪費家もですか」
「浪費が何だというのだ」
 太子はここでは首を左右に振った。俯いたままでだ。
「その程度のことで芸術が阻まれては駄目なのだ」
「左様ですか」
「そうだ。私は彼を救う」
 顔を上げた。ここでだ。
「何があろうともな」
「そうされますか」
「そうだ。そしてだ」
「そして?」
「私はそれができる」
 自分ならばというのだ。そうだというのだ。
「芸術を解することもな」
「殿下だけがでしょうか」
「それをわかってくれる人間も少ないだろう」
 太子はこんなことも言った。
「やはりな」
「殿下、それは」
「シシィはわかってくれている」
 ハプスブルク家、オーストリアに嫁いだ従姉ならばというのだ。彼より七歳上のその美貌の彼女と彼はだ。今もお互いを慕い合っているのだ。
 
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