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永遠の謎

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229部分:第十六話 新たな仕事へその五


第十六話 新たな仕事へその五

「私は」
「そうしてくれるか」
「はい、そうさせて頂きます」
 王に対して一礼してから述べた。
「陛下のお望み通りに」
「済まない。それではだ」
「何処に行かれますか?」
「フランスがいい」
 王が望む国はだ。そこだった。
「フランスに行くとしよう」
「あの国にですか」
「あの国には美がある」
 王が愛するもの、それがだというのだ。
「だからだ。あの国に行きたい」
「芸術を御覧になられるのですね」
「そうしたい。醜いものの多い歪んだその世界で」
 どうかというのである。
「美がある。ならば私はそれを見たい」
「だからこそあの国に」
「行きたい」
 はっきりとだ。意志を口にした。
「あの国にだ。今は」
「わかりました。それでは」
「おかしなものだ」
 再び自嘲を見せてだ。王は話した。
「私はドイツに生まれだ」
「そしてドイツに生きておられるというのですね」
「そうだ。全てがドイツにある」
 その身体だけでなくだ。心もだというのだ。
「だがそれなのにだ」
「フランスも愛されているのですね」
「あの英雄が我が家を王にしてくれた」
 ナポレオン=ボナパルトのことだ。そうした経緯もありだ。バイエルンはフランスとは懇意なのである。ドイツの中の親仏国であると言ってもいい。
「そしてその美もだ」
「むしろでしょうか」
「そうだな。フランスを愛するのは」
 ホルニヒの言葉に応えてだった。今は。
「その美故だ」
「美が全てなのですね」
「そうであって欲しい」
 断言ではなかった。願望であった。
「醜いものは。私はだ」
「受け入れられないのですね」
「否定しても。排除しても」
 どうかと。王はその顔に残念なものを浮かべて述べた。
「それは消えはしない」
「醜いもの、それは」
「人は醜いものなのか」
 遠くを見る顔をだ。ここでも見せるのだった。
「美しいだけではないのか」
「人はです」
「どう思う、ホルニヒ」
 王はここでホルニヒに対して問うた。
「人は醜いものなのか。それとも美しいものなのか」
「私の思うところですが」
「うむ。どういったものに思う」
「どちらでもあると思います」
 これがだ。ホルニヒの見たところだった。
「そのどちらでもあると思います」
「醜くかつ美しいか」
「陛下は同じ者にそれを見ることはあるでしょうか」
「ないと言えば嘘になる」
 言いながらだ。彼の顔を思い出した。
 リヒャルト=ワーグナー。彼が最も愛する音楽家をだ。彼のその青い目を持つ哲学者を思わせる顔を瞼に浮かべてだ。そして話すのだ。
「それが不思議なのだ」
「同じ者が相反するものを持つのが」
「そうだ。いや」
「いや?」
「若しかするとだ」
 ここでだ。こう言う王だった。
「エリザベートとヴェーヌスだが」
「タンホイザーのですね」
「そうだ。あの二人は二人ではある」
 それでもだというのである。
 
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