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艦隊これくしょん 災厄に魅入られし少女

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第十五話 『艦娘』という存在

『こちら大淀。負傷した駆逐艦の白露、時雨、村雨の三名の避難が完了しました』
「了解しました。あと何名残っているのか確認お願いします」

無線機から聞こえてくる大淀の声に返答しながら、凰香はメモに記されている救助すべき艦娘達の名前にチェックを入れていく。メモを見る限り、ほとんどの艦娘は救助できているようだ。

メモを懐にしまい込む凰香の傍では、負傷した艦娘達を介抱する駆逐艦達の姿がある。介抱する彼女達の身体には少なからず傷が目立つが痛みに顔をしかめることはなく、真剣な顔つきでてきぱきと応急処置を行っている。
凰香が演習場を駆けずり回る間に遭遇した比較的傷が浅い艦娘は、凰香の指揮下で艦娘達の救助に一役買ってもらっている。もちろん彼女達も救助対象なのだが、状況が状況な故に動けない艦娘を出来うる限り伴って避難することを強いているわけだ。立案した凰香が言うのもなんだが、それによる彼女達の負担は計り知れないほど大きいだろう。

しかし、そんな過酷な状況下で介抱を続ける彼女達は誰一人として弱音を吐くことはなかった。
被弾して動けない艦娘を安全な場所に移動させ、手早く応急措置を済ませる。痛みに呻く艦娘の手を握り、やさしい言葉をかけて安心させる。自らの身体に近い、またはそれ以上の艦娘を背負って避難する。その際に彼女達が浮かべる表情に、苦悶の色は無い。
 
そこには、痛みや精神的重圧に押しつぶされそうなか弱い少女達の姿はなく、過酷な状況下でも負傷した仲間を助けることに全力を尽くす『一人の軍人』の姿があった。

「司令官、応急処置が終わりました」

辺りを警戒しながら大淀の報告を待っていると、負傷した艦娘達を手当てしていた駆逐艦『朝潮』から報告が上がる。
救助した艦娘は『夕立』と『春雨』の駆逐艦二人と『由良』の軽巡洋艦一人、対して彼女達は『朝潮』、『大潮』、『荒潮』の駆逐艦三人。軽巡洋艦の体躯が彼女達と比べて割と大きいのを考えると、ここで避難させた方がいいだろう。
 
「では、その三人を連れて避難してください。報告に関しては私からやっておきます」
「「「了解しました!!」」」

凰香の言葉に三人は力強く応え、すぐさま動けない艦娘達に肩を貸したり背負ったりと移動する準備を始める。

(こっちも報告しないと)

そう思った凰香は無線機に話しかける。
 
「こちら海原。駆逐艦夕立と春雨の二人と軽巡洋艦由良の一人を確保。場所は前の報告から少し北上した辺りです」
『提督、その報告は『大淀さんか私に個人でお願い』って言ったよね?』

凰香が無線機にそう言うと、無線機の回線について進言した艦娘の若干イラついた声が返ってきた。

確かに、彼女は『情報の錯綜を防ぐために発見、避難の報告は自分か大淀の個人に報告しろ』と進言していた。
しかし、今の報告は個人ではなく全体に向けて発したものだ。彼女の進言が無碍にしているようなものだから、そんな反応が返ってきても無理はない。

「すみませんね、『瑞鶴』さん。回線の変え方がわかりませんから全体で言うことしか出来ないんです。諦めてください」
『なら貴方に随伴する子たちに任せればいいでしょ? その子達の報告なら正確な座標が把握出来て、こっちとしてはものすごくやりやすいんだけど?』

凰香の言葉に、進言した艦娘ーーーー正規空母『瑞鶴』が呆れた様な声を上げる。
切り替え方を教えるって言う選択肢はないのだろうか? ないだろうな。
まあ教えられたところでやるかどうかはわからないが。

それよりも他の艦娘達は座標で場所を報告しているらしい。 だが、この辺の地理はまだ把握できていないので、悪いが瑞鶴には諦めてもらうしかない。
 
「こっちは着任したての新米提督なんです。至らない点があるのは当然ではないですか? それに、提督の声を聞いて安心するってこともあるかもしれないでしょう?」
『あなたにまともな会話を求めた私が馬鹿だったわ。大淀さん、避難ルートに変更はないわ。護衛部隊をお願い』
『了解しました』

大淀の返答があった瞬間、一方的に話を断ち切られてしまった。言われっぱなしなのもアレなので一言くらい文句を言っておこうと思っていたのだが、切られてしまっては仕方がない。
別に文句を言おうと思えば言えるが、それで情報の更新が遅れたらそれはそれで厄介だ。
とりあえず避難に関しては大丈夫だろう。

ちらりと時間を確認したが、凰香が無線で指示を飛ばしてからまだ一時間も経ってない。今までの報告を聞く通り、逃げ遅れた艦娘達の避難はあらかた終わったとみていいだろう。

しかし、こうも短時間で避難が終わるとは思わなかった。それだけ瑞鶴と大淀が優秀だったということを物語っている。

凰香が12cm単装砲で敵艦載機を撃ち落としていると、大淀から無線が入った。

『避難していないのは、軽巡洋艦の『川内』、そして駆逐艦の『曙』と『潮』です。なお、曙と潮に関しては海岸の方に走っていくのを目撃したとの報告がありました』
『それだけ避難できれば十分ね。艦載機達には敵機撃破を命じます。全て撃破次第、海上に向かわせる』

残り三人か。演習前に見た一団から考えると、割りとスムーズに避難できた方だろう。しかしまだ三人、しかも顔見知りの曙や潮も残ってるならなおさら急がわなければ。

(それにしても、なぜ海岸の方へ?)

凰香は疑問に思いながら、無線機に話しかける。
 
「了解、私は三人の捜索にあたります」

凰香の言葉に二つの『了解しました』という報告を受け、取り敢えず曙と潮が目撃された海岸に向かう。

頭上では瑞鶴を始めとした空母達の艦載機による本気の掃討が始まっているためか、艦載機の羽音や機銃による発砲音、そして天龍が艦載機をぶった斬った時の同じような爆発音があちこちから聞こえ始めた。

それを確認した凰香は『もう一つの無線機』を取り出す。

「……榛名、夕立、そっちの様子はどう?」
『凰香さんの予想通り敵機動部隊の他に戦艦ル級一、重巡リ級二、軽巡ホ級二、駆逐イ級一の奇襲部隊がいました』

凰香の言葉にこの場にいない榛名の声が無線機から聞こえてくる。

榛名と夕立は現在鎮守府近海に出撃している。凰香が『敵による襲撃』と『撃破しにきた艦娘を奇襲する』という最悪の場合を予想し、念のために榛名と夕立を出撃させておいたのだ。
結果、凰香の予想通り敵機動部隊と奇襲部隊が潜んでいたので、凰香の方が先手を打つことができた。

『凰香さん、全部沈めてもいいっぽい?』
「もちろんです。叩きのめしなさい」
『『了解』』

凰香の言葉に榛名と夕立がそう返すと、通信が切れる。今の二人の実力なら深海棲艦の奇襲部隊など敵ではない。

凰香は無線機をしまうと再び移動を始める。すると倒壊したテントの隙間から一人の少女がこちらに背を向けて立っているのが見えた。
凰香はテントの残骸の脇を抜けて彼女に近付くと、そこは一直線に海岸に面しており、そこから工厰近くの海が一望出来る小高い丘であった。しかし、一望出来るゆえに敵から狙われやすい場所でもある。

そんな見晴らしの良すぎる場所で、演習の時に見た忍者のような意匠のオレンジと白の服に黒いスカート、そして首元に白い布を巻きつけた艦娘が海を眺めていた。おそらく彼女が川内だろう。

「……あなたは川内さんですか?」
「おっ、提督じゃん」

凰香の問いに艦娘ーーーー川内は呑気な声色で手をヒラヒラとさせる。
緊張感がまるで感じられない。今がどういう状況が分かっているのだろうか?
何にせよ、ここで避難させた方がいい。

「取り敢えず、私が今からいうルートを使って避難してください。いいですね?」
「えーっ、嫌だよー。今良いところなんだからさぁー」

避難を指示する凰香に、あろうことか川内はその指示に逆らってきた。
今のどこが良いところなのかさっぱりわからない。

「ふざけたことを言ってないで、さっさとーーー」
「提督も見たら? あんまり見れるもんじゃないよ?」

さっさと避難させようとした凰香の手をすり抜け、川内は意地悪っぽく笑みを浮かべながら海を指差した。
それにつられて凰香も海に視線を向ける。
 
 
 
「『アイツ』の本気の戦闘」

そう漏らす川内が指さす先、広大な海の上を疾走する駆逐艦ーーーー『初霜』が、そしてそれを追尾する無数の敵艦載機の姿があった。

「初霜さん?」
「ここからじゃ聞こえないよ?」

凰香の言葉に川内が冷静なツッコミを入れてくる。
そんなことくらいわかっているが、今はそれどころではない。防空棲姫のような防空駆逐艦や対空に特化した艦娘でない限り、駆逐艦が艦載機相手では不得手なのは知っているはずだ。
そんな駆逐艦にあれだけの艦載機が襲ってきたらひとたまりもない。

「今、初霜に無線を飛ばしちゃだめだよ。それに気を取られて集中放火されちゃひとたまりもないからね」

川内の鋭い言葉に、口元に近付けていた無線が止まる。
確かに今の初霜は敵の弾を回避することで精一杯のハズ。ここで無線を飛ばして変に動揺させてしまったら、それだけ被弾のリスクが高くなる。
それに海上だ、被弾した後すぐさま助けに行ける人員もいない。

そこまで考えた凰香は、ふと疑問に思う。

「長門……長門さん達は何処に行きましたか?」
「最初にあった爆撃、それを受けたのが長門。敵艦載機の爆弾から駆逐艦を守って大破さ。その後、追い打ち気味に現れる艦載機に迎撃を行うも、長門以下模擬戦闘組も中破以上に追い込まれたんだよ。そして、唯一無傷の初霜を殿に撤退ってわけ。まぁ、初霜自身撤退する気はないみたいだけどね」

凰香の疑問に川内がそう答える。旗艦大破及び僚艦に深刻な損害で戦闘続行不可能、唯一無傷の初霜を殿に撤退というわけか。
駆逐艦一人を残して撤退って何考えているのだろうか? いくら援軍が来るとは言っても初霜に艦載機の餌食に成れと言っているようなものだ。

「いやー、初霜は心配をする必要ないよー」
「……どういうことですか?」

凰香の問いに川内が海上を指差す。
川内の指の先に視線を向けると、敵の掃射を紙一重で躱す初霜の姿。避けた弾が無数の水柱を上げて彼女の視界を遮り、そこに無慈悲と言える機銃の掃射、及び爆撃が行われる。しかし、そんな回避不可能といえる弾幕の中を初霜は踊る様に身を翻し、それを避けていく。よく見ると彼女の服には一つの弾痕も、汚れもついていない。

あれだけの数の艦載機を相手にして、一発も被弾していない。防空棲姫のような防空駆逐艦などではない、対空装備を持っただけのただの駆逐艦が、だ。

そんな異常と言える回避で敵の攻撃を全て避け切った初霜は、上空の敵目掛けて砲門を向ける。しかし、彼女は演習用のペイント弾しか撃てない筈。おそらく牽制のための射撃だろう。
すると初霜の砲門からペイント弾が放たれた。







ーーーードォォォォォォォォォォォォォンッ!!ーーーー









次の瞬間、彼女の頭上に飛んでいた敵艦載機の一つが爆散した。

「は?」

予想外のことに思わずそんな間抜けな声を出してしまい、横にいる川内は可笑しそうにクスクスと笑う。しかし、そんなことなど気にも止められない。
なにせ、初霜の砲門が火を噴くたびに敵艦載機が一つ一つと爆散して墜落していくのだからだ。

軽巡洋艦でさえ敵機をカラフルに染め上げることしか出来なかったペイント弾で、それよりも火力が劣る駆逐艦が敵機を撃墜しているなど、想像できるだろうか。いや、出来るわけがない。

するとこのカラクリに気がついたのか、凰香の頭の中に防空棲姫の声が響いた。

「あれ、単純に敵の爆弾に当ててるみたいね」
「(敵の爆弾に?)」

防空棲姫の言葉を聞いた凰香は初霜が狙い撃つ敵艦載機に視線を集中させる。
敵艦載機をよく見てみると、敵艦載機の両脇に爆弾が付いているのが見えた。

「なるほど、爆弾にペイント弾を当てて爆発させているわけか」
「そういうこと。ペイント弾が命中した時の衝撃を利用して爆弾を爆発させているわけだよ。例えばーーーー」

そう言いながら不意に川内が片腕を上げ、手に持っていた砲門を凰香の後方に向けた。それと一緒に後ろを振り向くと、ちょうどこちらに向かって機銃を向ける敵艦載機が迫ってきていた。

「ッ!」
「よッ!!」

目の前に敵が迫っているにしては気の抜けた声と共に彼女の砲門が火を噴き、同時に迫ってくる艦載機の左脇に一瞬火花が見えたかと思うと、次の瞬間艦載機は跡形もなく爆散した。
爆散によって発生した突風が凰香の黒髪を揺らす。突風により小さなツインテールが激しく揺れる川内は『そんなもの慣れた、』、と言いたげに溜め息を漏らしながら砲門を下げる。そしてにへらっとした顔を向けてきた。

「ね、出来たでしょ?」

軽い口調でそんなことをのたまってくる川内。
いや、確かに装甲を貫けないなら敵が持つ爆弾を誘爆させて撃破するのは分かった。でも、動く艦載機を打ち落とすのも難しいのになんでそれよりも小さい爆弾をやすやすと打ち抜けるんだ。初霜もそうだが、精密射撃が得意にしても限度があるはずだ。

「まぁ『艦娘』だからねー」
「その一言で納得してしまうのは私だけですかね?」

凰香が川内にそう返すと、遠くの方からブーンと言う音が聞こえてくる。
音の方を見ると、海上にいた敵艦載機が何故かこちらに向かってきていた。

「ありゃりゃ、バレちゃったかー」

川内の言う通り、敵艦載機に凰香達の存在が気づかれたのだ。
凰香はすぐさま12cm単装砲を二丁抜き取り、敵艦載機に向けて連射し始める。

「へぇ、提督もおもしろいもん持ってるね」
「そんなこと言ってないでさっさと逃げてください」

おもしろがるようにそう言ってくる川内に凰香は撃墜しながらそう返す。
正直言って今の川内は足を引っ張るだけの存在だ。海上でどんどん敵艦載機を撃墜している初霜はともかく、川内はそう何度も撃墜できるわけではないだろう。

凰香が敵艦載機を撃ち落していると、凰香に標準を向けていた敵艦載機の装甲を不意に無数の銃弾が貫いた。
装甲を貫かれた敵艦載機は火花を散らしながら凰香の頭上を越えて海上に踊り出て、次の瞬間爆散した。またもや凰香の顔を突風が叩くも、それと同時に力強い風が後方から吹き初め、同時に羽音が聞こえた。

『こちら瑞鶴。演習場上空の艦載機を撃滅。すぐさま海上に向かわせるわ』
『こちら大淀、赤城率いる哨戒隊から入電。鎮守府近海で艦載機を発艦する空母を発見、これを撃沈しました』

耳の無線から聞こえてくる瑞鶴と大淀の声。それと同時に後方から無数の艦載機が現れ、海上へと殺到していく。
やがて海上は逃げ回る敵艦載機と、それを追い詰めて確実に撃墜していく味方の艦載機たちで溢れかえった。
さらにそこへ艤装を装備した時雨が合流してくる。

「提督、大丈夫かい?」
「ええ、どうやらあの二人は無事にやり遂げてくれてようね」

時雨の言葉に凰香はそう返す。哨戒隊が敵空母を撃沈したということは、榛名と夕立が奇襲部隊を無事に撃沈したということだ。

「間一髪だったねぇ~提督~」
「もう少し緊張感ってものを持ったらどうですか?」

ついさきほどまで命の危機に瀕した状況に立たされた者とは思えない発言に、凰香はそう返す。海上の敵は瑞鶴達の艦載機で一掃されるだろうで、あとは残っている艦娘の保護をするだけである。

「提督!!」

そんなことを考えていると、遠くの方から声が聞こえる。振り向くと、こちらに近付きながら手を振る初霜の姿があった。味方の艦載機が到着したことで避難してきたのだろう。

「私頑張りましたよー!!ご褒美くださーい!!」

両手をメガホンの様にして大声を出す笑顔の初霜。つい先ほどまで無数の艦載機を相手取っていた奴とは思えない発言である。
川内と言い初霜と言い、手練れほど緊張感のないヤツばかりなのだろうか?
 
「アホなこと言ってないで早く帰ってきてください。さっさと避難ーーーー」

そこまで言って凰香の言葉は途切れた。笑顔の初霜の後方、ちょうど味方の艦載機が敵を爆散させて黒い煙が上がる中。そこから一機の敵艦載機が飛び出し、初霜目掛けて猛スピードで突っ込んでくるのが見えたからだ。

「初霜!!後ろ!!」

同じく敵艦載機に気がついた時雨が咄嗟に声を上げると、その声に初霜は弾ける様に後ろを振り向いて突っ込んでくる艦載機に砲門を向けた。しかし次に聞こえたのは砲撃音ではなく、カチッと言う軽い音。
それを聞いた瞬間、初霜は砲門を見つめながら驚愕の表情を浮かべる。
それを見て、凰香はすぐさま悟った。





『放てる弾薬が尽きている』、という事実に。





(まずい!!)

それを悟った瞬間、凰香や時雨、川内は一斉に持っていた主砲を構えるのだった。 
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