永遠の謎
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20部分:第一話 冬の嵐は過ぎ去りその十四
第一話 冬の嵐は過ぎ去りその十四
彼はまたその名を呟いた。
「ローエングリン」
「白銀の騎士だな」
「私は忘れられません」
太子はまだ舞台を観ている。そこから顔を放さない。
「この時を」
「ではだ」
「はい、それでは」
「次にタンホイザーの上演も予定されているが」
「無論です」
こう言ってからだった。
「そちらもです」
「観るのだな」
「そうします。是非共」
「そうか、わかった」
「はい」
「ではタンホイザーも観るのだな」
「リヒャルト=ワーグナー」
自然とだった。太子の口から彼の名前も出た。
「間違いない、彼こそがこのドイツを一つにする芸術を生み出す者だ」
この言葉は確信だった。彼は今永遠の存在と巡り会ったのだった。彼にとっての永遠の存在にだ。確かに会ったのだった。
そこから彼は変わった。常にだった。
「ワーグナーの本を」
「あの者の著作をですか」
「そうだ、持って来てくれ」
まず彼の書を欲するようになった。
「是非読みたい」
「わかりました。しかし」
「しかし?」
「最近ワーグナーばかり読まれますね」
言われた者が言うのはこのことだった。
「本当に」
「そうだろうか」
「ええ、そこまで入れ込まれているのですか」
彼は怪訝な顔で太子に対して問うた。
「ワーグナーに」
「入れ込んでいると言われればそうだな」
太子自身もそのことを認めた。そうしてだった。
さらにだ。こんなことも言うのであった。
「私がだ」
「殿下がですか」
「王になったその時にはだ」
既にそのことは決まっていることだ。何故なら彼は太子だからだ。そして今父王の体調は優れなくなってきている。王となる時も近そうだった。
「ワーグナーを救いたいものだ」
「そういえばあの者は今もでしたね」
「逃亡中だな」
「お尋ね者のままです」
まずはそれだった。彼は相変わらず革命に関することでドイツ中で指名手配となっていたのだ。特徴のあるその顔がドイツ中で知られてしまっていた。
「そして借金取りにも追われています」
「どちらも下らない話だ」
「下らないですか」
「そうだ、下らないことだ」
太子の顔にだ。憂いが加わった。そのあまりにも整った顔にだ。
「芸術の前にはだ」
「では殿下はワーグナーを」
「些細な罪は消し去るべきだ」
これが太子の返答だった。
「その様なものはだ」
「そう思われるのですか」
「その通りだ。そしてだ」
「はい、ワーグナーの書ですね」
「彼の著作に脚本」
具体的に何かも話すのだった。
「何でもいい。持って来てくれ」
「初期の脚本もですか」
「妖精や恋愛禁制だな」
どちらもワーグナーの初期の作品だ。ワーグナー自身もあまり振り返ろうとしない作品達である。だが太子はこうした作品まで知っていたのだ。
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