幼稚園の先生と

　　　　　　　　　　　　　　　幼稚園の先生と
　岬奈津美はこの時初恋をしていた、だがその初恋を打ち明けられた両親は思わず吹き出して言ってしまった。
「ああ、そうなんだな」
「奈津美ちゃんもそんなお年頃なのね」
「わかった、じゃあな」
「その気持ち大事にしてね」
「私本当に先生好きなの」
　奈津美は両親にあどけない声で言った。
「誰よりも」
「それでなんだな」
「先生と結婚したいのね」
「そうなの」
　本気で言うのだった。
「水本先生とね」
「その水本先生ってどんな先生なんだ？」
　父はふとその相手のことが気になって言った。
「それで」
「奈津美ちゃんの担任の先生よ」
　母がすぐに答えた。
「幼稚園のね」
「年長組のか」
「そう。そこのね」
「先生なんだな」
「今年大学を出て赴任したばかりのね」
「幼稚園も男の先生いるんだな」
「おられるわよ、それでね」
　母は夫にさらに話した。
「まだ若くてアイドルみたいな顔立ちで」
「それでか」
「奈津美ちゃんも好きになったんでしょうね」
「そうなんだな、しかしな」
「まだ幼稚園なのにっていうのね」
「ああ、初恋なんてな」
　父は今度は娘を見て笑った、実は彼にしても妻にしてもまだ若い。彼は三十三歳で妻は三十歳である。
「まだまだ先だって思っていたらな」
「もうなんてね」
「しかも幼稚園でか」
「思わず笑ったけれどね」
「それでいい先生なんだな」
「性格も優しくてテキパキとお仕事もしてね」
　それでというのだ。
「保護者でも評判なのよ」
「そうした先生だからか」
「奈津美ちゃんも好きになったんでしょうね」
「憧れか」
「それね」
　年上の人へのそれだとだ、母は予想した。
「本当に」
「そういうことなんだな」
「ええ、奈津美ちゃんが憧れるのも当然の人よ」
「ならいいけれどな」
「どうせ好きになるならね」
「いい人であるべきだしな」
「若し変な人を好きになったら」
　それこそというのだった、母親として。
「大変だからね」
「そうだよな、じゃあ奈津美」
　父は娘、まだ幼稚園児で今年六歳になったばかりの娘に言った。見れば黒髪が奇麗で顔はあどけなく可愛いらしい。
「大人になったらな」
「先生とよね」
「結婚したいか？」
「うん、したい」
　是非にという返事だった。
「私そう思ってるわ」
「だったらな」
「だったら？」
「頑張って何でも出来る娘になるんだ」
「そうしたら先生と結婚出来るの？」
「ああ、出来るとも」
　明るい声での返事だった。
「だから何でも出来て皆に親切ないい娘になるんだぞ」
「うん」
　奈津美は父に笑顔で答えた。