大碓命

「言われて困っております」
「そうか、そなたもか」
「はい、私は人を咎める位で殺しはしません」
「そうだな」
「ましてや握り潰し手足を引き千切り」
「薦に包んで捨てるなぞな」
「その様な粗野なことはしません」
　断じてとだ、小碓皇子ご自身も言われた。
「ましてや兄上に」
「そうであるな」
「そもそも人を握り潰すなぞ」
　小碓皇子はこのことにも言及された。
「それはもうです」
「人の大きさではないな」
「私はどの様な巨人ですか」
「さてな、そこまではわからぬが」
「私がそこまで大きな者とですか」
「思われておるのやもな」
「やれやれです、若し私がそこまで大きく力もあるなら」
　人を握り潰し手足を引き千切るまでにだ。
「苦労はしませぬ」
「そういえばそなたこの度は」
「はい、東に下り」
　ここで小碓皇子は表情を曇らせられた、そのうえで兄君である大碓皇子に話された。
「そしてそこの賊達をです」
「成敗するか」
「父上にそう命じられました」
「今度はそちらか」　
　小碓皇子はその話を弟君ご本人から聞かされ嘆息された、そうして弟君にこう言われた。
「父上も厄介なことばかり言われるな」
「私しか出来ぬこととのことなので」
「そなたの武勇でこそか」
「九州にしろ東国にしろです」
「まつろわぬ者達を降せぬか」
「その様です」
「武勇に秀でているのも難儀だな」
　大碓皇子は弟君のお話にご自身も眉を曇らせて応えられた。
「西に東にとな」
「はい、ですが」
「行かねばならんな」
「日の本の為に」
「わかった、では今はな」
「この美濃で。ですね」
「飲んで疲れを癒すといい」
「わかりました、それでは」
「久方ぶりに兄弟で飲もう」
　大碓皇子は小碓皇子に笑顔で言われた、そして兄弟水いらずで飲みあかしそのうえで弟君が東に行くのを見送られた。そして弟君が亡くなられたと聞いてだった。一人深く嘆き悲しまれた。
　大碓皇子が双子の弟であられる小碓皇子即ち倭建命に殺されたという話は古事記のものだ、だが日本書紀によれは美濃に封じられたとあり美濃の猿投神社に祀られている。そこでは皇子は美濃の開拓に尽くされたとある。日本書紀や猿投神社の方が真実か古事記が真実かはわからない、だが生きている者が死んだとなるのは当時ではよくあったのだろうか、人はその場からいなくなるとそこにいた人達からは死んだも同然となるのだから。それで知らせを聞かないなら余計だ。それで大碓皇子も大和では死んだだの殺されただの言われたのであろうか。それが後世では真実となってしまいかねないのも考えてみれば恐ろしいことである。


大碓命　　　完


　　　　　　　　　　　　　　　　　　２０１８・４・１９