ダンジョン飯で、IF 長編版
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第四話 マンドレイクのオムレツ
前書き
マンドレイク編。
上部が崩れた塔の中に長いロープを吊るした状態の場所を降りていっているのだが、マルシルが手こずっていた。他のメンバーは、難なく降りていた。
また、バジリスクをじっくりローストしたため、今日中に三階へ行くのは無理な状態であった。
「丁寧にローストしてっからだよ。」
「バジリスクの生食はおすすめしない。」
「えっと…。」
ファリンは、懐からライオスの愛読書を出して読んだ。
「レッドドラゴンは、月に一度目覚めて狩りを行うのね。先日会ったのは、ちょうどその時期だったのかな?」
「じゃあ、今は満腹で寝てるわけだ?」
「ぜひ、あのドラゴンが空腹になる前に探し出したいわ。」
ファリンは、ため息を吐き、まだロープを降りている最中のマルシルの方を見上げた。
「マルシル。少し急ぎたいんだけど…。」
「う……うぅ…!」
やがてマルシルは、腕力がなくなったのか、ジタバタしだし、やがて途中で床に尻から落ちた。
「……うーん。」
「エルフってのは、なんでこう、どん臭いかねぇ…。」
「全っ然平気だし!」
悩むファリンとボソッと毒舌を吐いたチルチャックに、杖でなんとか立ち上がりながらもガクガク状態のマルシルが虚勢をはった。
「無理しちゃだめだよ。少し休憩していこう。」
「無理してない!」
「あのさ…。今そうやって虚勢はって、身体でも壊されたら余計に足手纏いになるっつってんの。」
「!!」
チルチャックからの言葉に、マルシルは、ショックを受けた。
そして、荷物を置き、マルシルが丸めた寝袋の上に座って、他のメンツはこれからのルートについて話し合った。
「…やっぱり外の道を使った方が楽かも。」
「でも外は大コウモリが邪魔だろ?」
「大コウモリなら私の魔法で!」
「ううん。必要ない。」
「隠し通路を使うのは? 罠が多いが魔物は少ない。」
「私が罠解除の魔法で!」
「チルチャックが解除してくれるよ。そっちの方が早いし。」
マルシルの申し出をことごとく却下するファリンであった。
「魔物が少ない場所を通るのか。では、食材を確保しておきたいのう。」
「今日の昼に食べた残りでなんとかならないの?」
「肉と卵しかない。何か野菜が必要だ。この近くにマンドレイクの群生地がある。エルフの娘が休んでいる間に採ってこよう。」
「! はいはいはいはい! マンドレイクの採り方なら知ってる! 私に任せて!」
「えっ? 私も知ってるよ?」
「おさらいよ。おさらい。ファリン、あなた学校でもサボり気味で忘れてるんじゃない?」
「うーん…。」
「別に一人で十分なんで。」
「それは、ダメ! マンドレイクは取り扱いが非常に危険な植物。素人が下手に手を出すと酷い目にあう。」
「ファリンもいるし問題ねぇだろ。」
「魔術や薬学は、私の専門分野よ。みんな、今回は、私の指示に従って。」
「いつも嫌がるくせに今日はやけに乗り気だな。」
妙にやる気満々なマルシルの様子に、チルチャックがツッコんだ。
***
そして一行は、倒れている木々を降りていき、マンドレイクの群生地に降りた。
マンドレイクの芽は、倒れた木の上を覆う藻(?)の中から出ている。
「マンドレイクを土から抜くと悲鳴を上げる。それを聞くと精神異常をきたすか、最悪死ぬ。そうなれば私達は全滅。ライオスを助け出すのにまた一歩遠のいてしまう。そうならないためにも!」
マルシルは、懐から魔術書を取り出した。
「ファリン。覚えてる? 学校でどう習ったか。」
「えっと…。忘れちゃった。」
「ほら、言わんこっちゃない。まずは、ヒモとよく躾けられた犬を用意する。」
「犬?」
「犬の首輪とマンドレイクを結び。距離をとって犬を呼び寄せる。すると犬に引っ張られてマンドレイクが抜ける!」
「…犬はどうなるんだ?」
「……死ぬ。」
「えっ、ひどっ。」
「ねえ、マルシル。その犬はどこから持ってくるの? それだと効率悪くない?」
「う…。でも学校では…。」
「長いヒモを使ってはダメなのかな?」
「えっ?」
「叫び声が聞こえない距離まで届くヒモを使うの。これなら犬を使わなくて済むよ?」
「え。うぇ。えっと…、多分、ダメなはず。こう……力加減が難しい? とか…?」
しかし持っている魔術書にはそんなことは書いていない。
そして次の瞬間。
センシがしゃがみ込み、マンドレイクの茎を掴んで引っ張った。
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!」
マルシルが大きな悲鳴を上げた。
しかしセンシは意に返さず、素早くナイフでマンドレイクの首を切り落として抜き取った。そして、ポイッと頭を放った。
「びっくりした…。」
「マルシルの悲鳴か……。」
「叫ぶ前に首を切り落とせば簡単だ。首が落ちては声も出ない。」
「……ハッ! いやいやいや、ダメダメ危険よ!」
「わしはこれで長年食ってきた。」
「そういう素人判断が一番危ないんだよ!?」
「でもセンシは実際経験積んでるだろ? マルシルは、本に書いてあるやり方を実践したことがあるのか?」
チルチャックから問いに、マルシルは、ビクッとなった。
そして、少し間を置いて…。
「……ある…。」
「マジかよ。犬、可哀想。」
「あったっけ?」
ファリンは、首を傾げて思い出そうとした。
「ともかく、今は犬もいないし時間も無い。」
「センシのやり方を倣おう。ごめんね、マルシル。」
チルチャックとファリンは、マンドレイクを採っているセンシのところへ行ってしまった。
残されたマルシルは、本を握って、トボトボと来た道を戻った。
しかしやがて、思う。
歴史の長い専門書にそう書いてあるのだから、その理由がちゃんとあるのだ。
そして自分が証明すればいいのだと。
そう思い立ったマルシルは、長いヒモを手にした。
犬はいないので、魔物に引っ張らせてやるというやり方を思いつき、準備をする。
まず、マンドレイクの茎にヒモの先を結びつける。
次に、大コウモリの巣の前に大きな輪にした反対側のヒモを垂らす。
大コウモリの巣は、糞の有無で見分けられるというのは、ライオスのうんちくだ。
大コウモリのいる巣の上にある吊り橋の手すりにヒモを通し、巣の前にヒモの輪っか来るようにした。
そして、悲鳴が聞こえない場所に移動する。
体力の無いマルシルにはきつい場所まで移動し、目標の場所に着くと、マルシルは短く魔法を詠唱した。
そして小さめの火の玉が杖から放たれ、大コウモリの巣の横に命中した。
その音に驚いた大コウモリが巣穴から次々に飛び出してくる。
「ダメか!?」
中々輪っかに大コウモリがかからない。
だが次の瞬間、一匹の大コウモリの頭が輪っかに入った。
そして…ヒモが引っ張られ、マンドレイクが引っこ抜けた。
マンドレイクの大きな悲鳴が上がる。
「抜けたっ!!」
マルシルは、成功したと喜んだ。
悲鳴は、こだまし、ヒモが引っかかっている大コウモリの耳にも思いっきり聞こえていた。
なので……。
「ちょ……、え…?」
マンドレイクの悲鳴で混乱し、空中をグルグルとメチャクチャに飛び始めた大コウモリが、やがてマルシルがいる塔の部分に向かって突撃してきたのだ。別に狙いを定めたわけじゃ無い。たまたまだ。
マルシルは、理解した。
少なくとも、大コウモリを犬の代用にしてはいけない理由を……。混乱した大コウモリがマンドレイクごとこっちに落ちてくるかも知れないのだということを。
マンドレイクの悲鳴(※かなり遠くなので影響は無い)と騒ぎ見ていたファリン達が、大慌てでマルシルがいた塔のところに行った。
「マルシル! だいじょうぶ?」
マルシルは、塔の壁を突き破り、塔の内部で絶命していた。
その横辺りの壁に、マルシルが両膝を抱えて座り込んでいた。
「あ、生きてる。」
「だいじょうぶ?」
「マルシ…、うわ! マンドレイク? 犬の代わりに大コウモリを使って…、バカだなー。」
悲鳴を上げ終えたマンドレイクがしっかりとヒモにくくられた状態で転がっていたため、ファリンとチルチャックは、マルシルが何をしたのか理解した。
「マルシル? 聞こえてる?」
「……はい…、わたくしは、たいへんけんこうです…。」
「いや、ダメだろ。」
マルシルの目は焦点が合ってなかった。声も棒読みだ。
「悲鳴を聞いたんだね。話しかけ続けよう。だんだんとはっきりしてくるはずだよ。どうして、こんなことしたの?」
「あしでまといといわれたことにあせりをかんじ。」
「あ、ごめ……。」
「こいつらをみかえし、どげざさせたいとおもいこうどうしました。」
「なんだ、こいつ。」
「チルチャック!」
「みなさんのために、なにもちからになれないのはさびしいです。」
その言葉に、ファリンとチルチャックは顔を見合わせた。
「マルシル…。あのね。迷宮は深く潜るほど魔物が強くなる。一番の頼りは、マルシルの魔法なんだよ。だからこんな浅い階層で疲れさせるのは避けたかったの。人には得意不得意があるわ。マルシルが得意なところは頼りたいし。そうでにあところは他の人が解決するから…。もっと頼ってくれていいんだよ。ね、チルチャック。」
「……マルシルがついてきてくれて本当に助かったと思ってるよ。」
「もっと感情こめて言って…。」
「正気に戻ってんじゃねーか!」
ちなみに、センシは、大コウモリの血抜きをしていた。
***
「大コウモリまで手に入るとは。思わぬ収穫だ。」
大コウモリが一匹と、首のあるマンドレイクが一つ、あと首の無いマンドレイクと、切り落とされたマンドレイクの頭がたくさん。
「今日はオムレツでも作るか。」
「オムレツ! すごい普通の料理っぽ…。」
しかしマルシルは、バジリスクの卵を見て閉口した。
そして指でつつく。プニッとした感触が伝わってくる。
「これ、本当にバジリスクの卵なの? 鶏の卵と全然違うけど…。」
「蛇の卵はこんなんじゃなかった?」
「蛇なのはしっぽだけでしょ? 身体と頭は鶏じゃん。」
「それがね……。尻尾が鶏なんだって。」
「!?」
「昔は蛇が尾っぽだと思われたけど、最近の研究じゃ…、中間で切断すると鶏の方が死んで、蛇は生き残るって結果があるって、兄さんが言ってた。」
「今…、一番知りたくなかった…。」
そうこうしている間にもセンシは調理をしていた。
「む?」
「なに?」
「この一本だけ色合いが違う。」
「本当だ。頭が残ってるからマルシルが採ったやつだ。」
「ふむ? ふむふむふむ。」
センシは、頭のあるマンドレイクと、頭の無いマンドレイクを、それぞれ刻み、別々にして調理を始めた。
まず皮を剥き、みじん切りにする。
ベーコンを炒めて油を出し、刻んだマンドレイクをよく炒める。
次にそれをボウルに移し、バジリスクの卵を混ぜ合わせるのだが…。
「この卵。白身が無い。」
バジリスクの卵は、黄身のみだった。割るときも、叩いて割るのではなく、引っ張って引き裂くという感じだ。
それを熱したフライパンに流し入れ、ふっくらと焼けば…。
「完成じゃ!」
「鶏卵よりだいぶ黄色が濃いな…。」
「黄色というより赤いね。」
できあがったマンドレイクのオムレツを見て、チルチャックとファリンが見た目の感想を言った。
「こっちが我々の採ったマンドレイク。こっちはエルフの娘が採ったマンドレイクを使用した。」
「追い打ちなんて悪趣味~。」
「まあまあ。とりあえず、食べようよ。」
そして実食。
すると。
「ん? こっちの方が渋みがなくてまろやかな味してる。」
「ホントだ!」
「おそらく叫ばせることで何かアクが抜けるのだろう。」
味は、マルシルが採った叫ばせたマンドレイクの方が美味しいのだ。
「一手間かけることで味が良くなるのは、料理の基本。どうやら、わしは効率ばかり求め本質を見失っていたらしい。礼を言う、マルシル。お前の知識と本は素晴らしい。」
「料理本じゃないから、これ!! そういうの証明したかったわけでもないし、私はただ……。」
「あ、旨いわこれ。」
「歯ごたえがいいね。」
「聞けよ!」
「これは、ささやかな礼だ…。」
センシは、オムレツを差し出しそこに……。
「一番栄養豊富で、美味しいところを食べなさい。」
マンドレイクの頭をいくつも添えたのだった…。
「いらんわーーー! もう魔物食べるのはこりっごり!!」
マルシルは、叫びながら泣いた。
後書き
マンドレイクってどんな味なんでしょうね?
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