緑の楽園
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第二章
第24話 矛盾
「何を考え込んでいるのだ、リク」
「……あれ、起きてましたか。陛下」
「お前のうなり声で起きた。余の体まで響いてきたぞ」
「げ。俺うなってましたか? すみません」
「ははは。構わないぞ。それより何を悩んでいるのだ?」
国王は俺が寝ているベッドの中だ。俺の左側にくっつくように寝ている。
夜になってもここにいたので、自室に帰るよう促したのだが、「リクの容体が心配だから」などという理由で帰らなかった。
俺は撃たれたところがまだ痛いだけで、化膿しそうな感じもないらしいし、特に心配はいらないと言ったのだが……。
診療所のこの部屋は、ベッドが一つしかない。
国王をずっと座らせておくわけにもいかないし、どうしましょうかと言ったら、「じゃあ一緒に寝る」だそうだ。
……これって、大変に問題がある状況のような気がするのですが。
俺、処分されたりしないですよね?
これで罰せられたら責任取ってくださいよ?
「えっと。考えていたのは暗殺未遂事件のことです。推理を進めているのですが、矛盾点が出てきまして」
「どんな推理だ? 聞いてもよいのか?」
――これは大丈夫なのかな?
俺の場合、こういうときは人一倍慎重に判断しないと事故を起こしそうだ。
先に確認を取ることにした。
「先代の話もすることになりますが、それでも陛下は大丈夫ですか」
「ああ、もう昔のことだしな。大丈夫だ」
国王はそう言うと、俺の左腕に自身の右腕を絡ませてきた。
この人、手を握ったり腕を組んだりがやたら多い。
まだ年齢的には子供なこともあるし、別に気持ち悪いとまでは思っていないが、一国の国王がこれってどうなんだろう? とは思う。
一度注意したほうがいいのだろうか。
――でも、三歳で父親を亡くしている身だからなあ。
あれから九年間、本来繋がれているはずの片腕はずっと空いていたことになる。寂しいという気持ちはずっとあったのかもしれない。
この腕組みも含めて、国王の仕草は、たまに孤児院の子供たちと似ていると思うことがある。
やはり「やめてください」は酷だ。
公の場ではやってこないし、切り替えはできているということでオーケーとしよう。
とりあえず、話しても大丈夫ということなので、続けることにする。
「では話します。拳銃で狙われたときの先代国王と陛下の状況は、ほぼ同じですよね?」
「そうだな。あのときも遺跡の発掘調査が開始され、父が視察したときだった。余と同じ状況だ」
「ということは、暗殺者側の勢力にとっては、その状況で、国のトップをこっそり誰も知らない武器で撃ち殺し、奇病に見せかける。その必要があったということになります」
「まあ、そういうことだろうな」
「そうなると、その勢力の狙いとしては、あの遺跡は国王を奇病で殺す力がある。あの遺跡は呪われている。あれは二度と触れてはいけないものだ――そのような流れを作りたかったのだと思います」
「なるほど。その可能性はありそうだ」
「つまり、その勢力にとっては、あの遺跡をこの国に発掘されると非常に都合が悪い。でも、まともな手段で阻止できるほど自勢力は大きくない。だからあんなやり方を取ったのかなと」
「自然な推理だと思う。まったく異議がない」
今話したことは、そこまで間違ってはいないと思っている。
もちろん本来であれば、このようなことは一般人の立場である俺が考えることではない。
しかし、あの遺跡の正体が俺の時代の遺物であることがわかった以上、その発掘を阻止しようとする勢力について考えることは、意味があるような気がしている。
俺が過去に帰るためのヒントになる可能性があるからだ。
「はい。ここまでは俺も目立った問題点はないと思うのです」
「では何が問題なのだ?」
「あの暗殺者に対し、初っ端から俺は拳銃の所持を指摘しました。そうなると、その時点でもう奇病に見せかけるということはできなくなりますよね」
「そうだな」
「なのにあの暗殺者は『じゃあ堂々と』などと言い、あくまでも暗殺を遂行しようとしてきました。拳銃を指摘された時点で計画は崩壊なわけですから、暗殺は諦めて逃げるべきだったんじゃないかなと。そのあたりが少し謎で」
「それで悩んでいたのか?」
「はい」
「別に矛盾はしていないのではないか?」
「そうですかね?」
「余が死んだ場合、次代を誰にするかというのは決まっていない。だからあの状況からでも、余を殺せばやはり国に混乱は起きただろうな。発掘調査も一~二年止まったかもしれない。その間にゆっくり次の策を考えたらいい。『ベスト』がダメなら『無』ではなくて『ベター』を選ぶ。それは当然の話だと思うぞ?」
――なるほど。
ベストよりベター。俺の時代でも聞いたことがあるような言葉だ。
最初から、イレギュラーな事態になろうとも暗殺は実行するという計画になっていて、あの暗殺者はその通りにやった――それだけのことなのかもしれない。
「そうか……。別に悩むほどのことではなかったですね」
「ああ。でもお前の考察はなかなかよさそうだ。首都に帰ったら、今回の事件について考えたことを全部まとめて報告書を出してくれ」
課題を出されてしまった。
大学のレポートみたいな感じでいいのだろうか?
しかし、ウィキペディアのコピペができない題材だ。パソコンもないから手書きになる。
――困った。
帰ってから、爺にでも書き方を聞こう。
「でも、あの暗殺者は帰ってからが大変でしょうね。陛下の暗殺に失敗しましたし、そのうえ拳銃の所持もこちらにバレて、今後の拳銃の使いどころは難しくなったでしょう。上からかなり怒られるのは間違いなさそうです」
国王は少し呆れたような顔をした。
「なぜ殺されかけた相手の心配をしているのだ……。面白いな、お前は」
「あはは、それもそうですね」
「お前は自分の心配と余の心配をしておれ」
余の心配って、また次も守ってくれということだろうか。
もう撃たれるのはこりごりだが。
とりあえず疑問点は解消したので、お互い寝ることにした。
「ふむ。ちょっと目が冴えてしまったな」
「すみません。一度起きてしまうと寝直すのは大変ですよね」
朝の二度寝は楽なのに、と思う。
「少し、余の質問に付き合ってもらうか」
「ん? 何ですか」
「リクはずっと昔の日本人だということだったよな」
「はい、そうですね」
「首都で調査をしている目的というのは、昔に帰る手段を探すためということなのか?」
ぎく……。
「はい。そういうことになります」
「それがわかったら、帰ってしまうのか?」
「はい。帰ることになります」
「いやだと言ったら?」
「……」
返答に困っていると、国王は体勢を変えた。
体をこちらに向け、組んでいた右腕を一度外し、今度は手を握るように組み替えた。
空いている左手は、俺の胸の上に乗せている。
……うー、近い。あまりくっつかないでくれ。
これでは抱き付かれているのとあまり変わらない。
「陛下、ちょっと密着しすぎです。『いやだと言われても帰ります』って言いづらいじゃないですか」
「言わなければいいではないか」
「いやいやいや」
むぅ。
「お前、この時代に来てから半年経つのだったな? この半年間はどうだったのだ?」
「そりゃもう。充実していました。もしかしたら、俺の時代で過ごした二十二年間よりも中身が濃かったかもしれません」
これは素直な感想だ。
この半年間は本当に濃かった。こんなに物事を勉強したことは、今までなかったと思う。
「それでも帰るのか」
「多分、それでも帰ります」
「そうか。そうだよな……」
「もー、そんな反応しないでくださいよ」
あー、なるほど。
素性を明かしたときに感じていた謎の罪悪感の正体は、これだったのだ。
「過去から来ました」というのは「いずれ帰るんですよ」ということでもある。
自分で言うのも何だが、この国王は俺のことをかなり気に入っているように思う。気に入っているペットは手放したくないという気持ちはわかる。
だが帰り方が判明すれば、帰らないというわけにはいかない。俺はこの時代の人間ではない。
うーむ……。
もちろんわざと嫌われてスムーズに帰るという手もあるのだが、それも嫌だ。
「リク、少し汗をかいてきたな」
「陛下が困らせるからです」
「わかったわかった。この場は引き下がろう」
「そうしていただけると助かります」
国王は体を少し回転させ、仰向けで腕組みのかたちに戻った。
この場は、というのは引っかかったが、密着は解けた。
「余は、お前の調査がうまくいくとよいと思っているから、今後も最大限の協力をする」
「ありがとうございます」
「そして、帰る方法が無事に見つからないことを祈っている」
「……それこそ矛盾していません?」
「ははは、そうだな」
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