稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生
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41話:悪だくみ
宇宙歴772年 帝国歴463年 8月下旬
首都星オーディン リューデリッツ邸 応接室
ザイトリッツ・フォン・リューデリッツ
「では、この条件でも話は受けられぬと申すのか......」
「そもそもの始まりからおかしな話でございました。この条件でも利益は出るでしょうが、設備投資の回収を考えれば、むしろ損な話。名代にあのような人物を送ってこられた時点で、長期のビジネスなど一緒にできるはずもないでしょう。それにリューデリッツ家はあなた方の家臣になった記憶などないのですが」
「それは承知しておる。シャイド男爵は少し勘違いをしておったのだ。こちらでも叱責したところなのだ」
「それはそちらのご一門の中でのこと。我が家には関係ない事ですね。お話は以上でしょうか?」
俺の目の前で苦り切った顔をしているのは、ブラウンシュヴァイク公爵家の嫡男オットーとリッテンハイム候爵家の嫡男ウィルヘルムだ。ここに来てもまだ尊大な態度を崩さない。ここまで徹底されるとむしろ呆れを通り越してスゴイとさえ感じる。
事の始まりは、兄貴の息女2人とこいつらが婚約した事だ。何を勘違いしたのか、自家の力が高まったと思い込み軍部の人事に介入しようとした。もちろん全て排除した訳だが、そこで軍部貴族の団結に怯えたのか、門閥貴族の中の比較的大領を持つ連中で、婚約を祝う意味で、イゼルローン級の要塞を造りたいと言い出した。
兄貴は自分達でやるなら好きにすればよいと回答したらしいが、そんなものを新設するなら資材だけでも大量に必要だ。そして事前に生産量を増やしていたならともかく、そんな準備もしていないので、帝都近辺では資材価格が軒並み上昇した。因みにだが、RC社でも関連企業以外とは資源の取引を止めている。値上がりすると分かっているモノを、安値で売るバカはいない。
事業計画でいうなら大赤字が確定したようなものだが、一度ぶち上げた以上、それを取り下げたら面子が丸つぶれになる訳だ。そこで何を思ったのか、イゼルローン要塞の資材調達を取り仕切ったRC社に目を付けたらしい。最初に名代として来たシャイド男爵は皇族の婚約を祝う物なのだから協力して当然とばかりに、ふざけた条件での契約を強要しようとした。俺は『検討しておきます』とだけ返事して、2ヵ月返事を保留した。そして『検討しましたが残念ながら受けられません』と先週回答した訳だ。
シャイド男爵はどうせ調子のいい事しか言っていなかったのだろう。この話が潰れれば一番面子が潰れる2人が、押しかけてきたと言う訳だ。条件は計画が作られた時期なら、まだまともなものだったが、この2ヵ月で資材はさらに値上がりしている。残念ながら、もうまともな計画ではなくなっていた。
「お伝えした通り、資材調達を当社で取り仕切る話はお断りします。相場の価格での購入をご希望でしたらご用意は致しますが、こちらも使用目的が決まっている物がありますので、無制限にご用意できるとはお約束できません。
私の推測ですが、どうせ御両人の名代となったのを良いことに、シャイド男爵が自らの懐を温めようとでもされたのでしょう?少なくとも5カ年計画の案件にそのような方々が口を出してくると不測の事が発生します。そんなビジネスを当社でお受けするリスクは冒せませんし、そもそも、当家とのお付き合いもなかったと思いますが?では失礼します」
俺が立ち上がって部屋を出ようとすると、
「待て、このままでは我らの面子が立たぬ」
と口ひげを生やしたウィルヘルムが袖をつかんだ。
「待て?もう一度言いますが、私はあなた方の家臣ではありません。それとも皇室から降嫁がなされれば寄り子でもない貴族にも命令できるのでしょうか?私は宮廷の慣習も理解しておりますが、そのような話は聞いたことがありませんが?」
所詮、門閥貴族のもやしだ。鍛錬を続けている俺を止める事などできない。そのまま部屋を出ようとしたが
「ザイトリッツ卿、話をうけてもらうことは諦める。だが、我らも望みなくば帰るに帰れぬ。卿の知恵をかしてくれぬか?」
オットーがすがるような表情で話しかけてきた。そういう事であれば助け舟を出すのもやぶさかではない。まあ乗船料は高くつくだろうが。
「別途代理人を立てられては如何でしょうか?品物を調達する事に長け、事業計画を遂行するのが得意な方々が豊富にいらっしゃる所が宇宙にはございましたな。貴家にも出入りしておるでしょうし、ご一門の方々ともお付き合いがおありでしょう。彼らなら、今までのお付き合いとこれからの事も含めて協力していただけるのではないでしょうか?」
そこまで言うと、彼らも気づいたようだ。
「フェザーンか。だが高くつくことになりそうだが......」
「そこはみなさまの財力を改めて示すと、お考えになられればよろしいかと。面子はお金では買えません。今後の事も考えれば、彼らも暴利を貪ることはございますまい。ただ、事業計画の遂行については正直それなりの金額を求められると存じます。勅命であったイゼルローンでさえ、困難でございましたから。まあ、それは今回の発端であるシャイド男爵にご負担いただけばよろしいのではないでしょうか?」
「確かにそうだ。シャイド男爵には責任を取らせよう。面子は金では買えぬか。そのとおりだ。ウィルヘルム殿、急ぎ戻り手配を進めよう」
オットーがそう言うと、光明が見えたのか急ぎ足でそれぞれの屋敷へ戻っていった。俺は見送りをそこそこに、部屋に戻って長距離通信機を起動する。
「ザイトリッツ様、お待ちしておりました。首尾は如何でしょう?」
「想定通りだよ、ワレンコフ補佐官。あちら側から資源を買い付けておくと儲けが出そうな状況です。RC社の手持ちもそちらを通じて流したいので、お力添えをお願いします」
通話の相手はフェザーンのワレンコフ補佐官だ。彼は次期自治領主候補No1として頭角を現している。資材調達を帝国内で完結させようとするから無理が出る訳で、帝国の外から持ってくるという手段も取れなくもないのだ。
「しかしよろしいのですか?フェザーンを通してしまえば資材は資材ですが、あちら側の景気を多少良くしてしまう恐れもございますが......」
「補佐官は私を試すのがお上手ですね。5年にも渡ってそれなりの量の資材が輸出されれは、当然あちらでも資材価格は上がるでしょうね。兵器の生産にもかなり影響するでしょう。増産の為の設備投資を行っても、回収には難しい期間です。投資すれば5年後には不良債権化しますし、それを避けるには兵器を増産する必要がありますが、予算も、乗員も足りないでしょうね」
そこまで言うと、補佐官は一緒に悪だくみをする楽しさに我慢できなくなったのか、少し悪い笑い声をあげた。
「貴方がフェザーン人なら、この案件で5年は『今年のシンドバット賞』を受賞できますよ。お生まれになる場所を間違われましたな。因みに今回の件ですが、担当の候補者が2名おります。ザイトリッツ様のご意見を先に伺いたかったのですが......」
「そうですね。今回の一件は、言葉を選ばずに言うと言う事を聞かない我儘な子供をうまくあやしながら進める案件です。ボルテックさんでは少し萎縮されるかもしれませんから、私ならルビンスキーさんにお願いしますね。個人的な要望を聞いて頂けるなら、私とのやりとりの代理人が必要になった際はボルテックさんにお願いしたいので、彼が長期間フェザーンを離れるのは個人的に困ります」
「分かりました。私の方ではルビンスキーでは少しアクが強いかとも思ったのですが、確かにボルテックではあの方々に振り回されてしまうかもしれませんね。ご意見ありがとうございます」
「いえいえ。補佐官もご承知の事ですが、あの方々の気性は幼いころから存じておりますから、お役に立てたなら幸いですね。あと、顧客名簿もかなりそろってきたようですが、お立場がある方だけでなく、色々とご意見をお持ちの方の名簿も欲しいですね。やり方は変える必要があると思いますが、小額でも早めに投資すればリターンはそれなりに見込めるでしょうし」
「承知しました。ただ、立場がない以上、近々に配慮を頂くことは難しいと思います。その点だけご承知いただければ手配いたします」
俺が了承の旨、返事をするとワレンコフ補佐官は通信を切った。少し庭の方に視線を向けるとノックがされ、オーベルシュタイン卿がお茶の用意を持ってきてくれた。
「オーベルシュタイン卿、良いタイミングだ。ちょうど一息入れたかった所だ。ありがとう」
「閣下、お話を伺った際はまさかと思いましたが、予想通りに話が進み、いささか驚いております」
世の中の裏を知るにはまだ少し早いかと思ったがオーベルシュタイン卿には今回の一件の対応を既に話してある。というのもRC社の資料を確認する中で、通常ではしない動きをしていると、報告してきたからだ。気づいたご褒美がわりに悪だくみの仲間にしたわけだ。
「まあ、こんな事はお遊びの延長だよ。進退窮まったタイミングで助け舟に見えるものを出されれば、人は乗るものさ。ただ、この一件はあくまでけじめをつける事を優先した形だ。確かに利益は出るだろうが、王道の儲け方ではないからそこは間違えないようにね」
オーベルシュタイン卿はうなずくと部屋から出て行った。この案件の一番の成果は、表情に乏しいオーベルシュタイン卿の少し驚いた顔を見れたことかもしれない。
後書き
ガイエスブルク要塞については独自設定です。原作で要塞砲を撃ちあう際、イゼルローン要塞は建造から50年経っていますので、それ以前の建造とすると、さすがにエンジンを増設しただけでは、改修では補いきれない劣化が進んでいるのではと独自解釈しました。軍の管轄なら、すんなり賊軍の本拠地になるのもおかしいですし。ご容赦頂ければ幸いです。
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