緑の楽園
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第二章
第19話 警告灯
国王のはからいで、首都での調査が終わるまで、俺は城に宿泊することになった。
宿を自分で取らなくてもよいというのは助かる。
さらに、今回の褒美として多額のお金をもらった。
全部自分のものにするのが怖くなって、お世話になった町の孤児院に半分寄付することにした。それほどの凄まじい額だった。
おかげで、活動費についてはしばらく困らないと思う。
結果だけを見れば、今回の戦への参加によって、俺の環境は格段によくなったことになる。
そう。結果だけを見れば、だ。
また戦に参加してくれというのは勘弁してほしい――そう国王には伝えている。
理由は、自分が死にたくないからというのも当然あるが、人を殺したくないというのも大きな理由だ。
人を斬ったときの感覚はだんだん薄れてきてはいるのだが、俺はとんでもないことをやらかしたのではないか、と不安に苛まれることはまだある。
そのときの胸の苦しさが耐え難いのだ。
戦争だから殺さなければ殺されてしまうこと、そして犯罪というわけではないことは、頭では理解はしている。
しかし、人を殺したという事実自体はこの先も消えることはない。
悩んでも仕方ないということも、わかってはいるのだが……。
こればかりは、時間が解決してくれるのを待つしかないのだろうか。
とりあえず。やるべきことを前に進めることにした。
早く元の日本へ帰りたいという思いは変わらない。がんばろう。
当初、首都でやろうと思っていたことは次の通りだった。
一、地図職人ヤマガタの店を訪問して聞き込み
二、歴史研究家を訪問し、過去にワープを疑われる人物がいないかを聞き込み
三、王立図書館で参考になりそうな資料がないかどうか調査
これにプラス、犬用の鎧も聞き取りが必要と判断している。
四、武器庫にあった犬用の鎧について、過去の使用実績を聞き込み
この四点が、首都での調査項目である。
このうち、二から四までの三項目については、爺のほうから
「お城のほうで代わりにやるぞ。担当者を何人か用意する」
という申し出をもらったので、甘えさせてもらうことにした。
歴史研究家への聞き込みは、俺だとツテがまったくないので大変だ。王立図書館の調査も、自分だけでは時間がかかり過ぎる。
また、犬用の鎧の過去の使用実績の調査についても、城の関係者が調べたほうがいろいろスムーズである。
やってもらえるなら、こんなにありがたいことはない。
ちなみに爺いわく、このあたりは最初の謁見のとき、戦争出席と引き換えに俺が手にしていた権利らしい。
そう言われれば、確かにそのような話になっていた気がする。
すっかり記憶が飛んでいた。
ところが……。
人に仕事をお願いするというのは、思っていた以上に大変なことだった。
作業をお願いするときには、その目的、範囲、具体的な方法、期日の目安、注意点などを相手に伝える必要がある。
しかし、社会経験がなく、大学でもグループ作業を仕切ったことがない俺は、そのあたりの段取りが全然スムーズにできなかった。
打ち合わせをしたはいいが、上手く伝わらなかったり、
「あ、コレ説明し忘れたわ」
「あ、コレはやっぱりアレだ」
で、担当者を再度呼んでもらうことが続出した。
見るに見かねたのか、途中で爺のレクチャー……というよりもお叱りが入った。
打ち合わせでうまく相手に伝えるためには、まずそのための準備が必要であって、自分の頭をしっかり整理し、打ち合わせ用の資料も必要があれば準備しなければならない。思いつきで指示されると担当者も迷惑――とのことだった。
爺や、爺に紹介された担当者たちとの打ち合わせが一通り終わるまで、結局三日ほど費やしてしまった。
もしこれが会社だったら、もっと怒られていたのだろうか?
***
さて。今日は地図職人のところに行く予定だ。
ここはかなり重要そうなので、担当者任せではなく、自分で行ったほうがよいと判断していた。
ヤマガタの店は、城に比較的近い通りに存在した。
木造二階建てで、かなり古くみえる。江戸時代の商家の店舗兼住宅のような雰囲気だ。
「すみません。今日お約束をさせて頂いてましたオオモリ・リクです」
「ああ、あんたがそうか。中へどうぞ」
無愛想だ。
まあ、聞き込みというのは誰でも嫌に決まっているのだろうけど。
「こんにちは。お邪魔する」
「げっ! ファーナ将軍様ではありませんか。ああ、いや、これは、その……。あれ? そちらの犬は? 霊獣様にそっくりですが。あれ? 噂の犬ですか? 本物ですか?」
俺だけではまともに対応されない可能性が多分にあるということで、女将軍様も付いてきてくれていた。
クロも一緒なので、三人での訪問だ。
この地図職人の態度の変わりようを見てしまうと、どうやら大正解だったようだ。が、何だか俺だけ無力のようで寂しい。
ま……実際そうなのかもしれないが。
俺たちは、客間に通された。
二百年前の地図職人、ヤマガタ。
全土を測量し、そして十二年という短期間で地図を完成させたという。
この国における歴史上の人物である。
伝記によると、そのときには「協力者」なる人物が手助けをしていたという。
そしてその人物は、「高い測量技術を持ち、高度な移動の術が使えた」とされている。
この協力者の正体を明らかにすることが、首都に来た目的の一つでもあった。
「……なるほど。ご先祖様の測量の旅は、代々きちんと語り継がれているのですね」
「はい、自慢の先祖ですので。あなたが聞きたいという『協力者』についても、きちんと語り継がれていますよ。
ヨネクラという名前で、非常に高い測量技術を持っていた人物です。当時誰も使っていなかったような不思議な機材を使用し、移動は二輪の人力車をみずから動かしていたと伝えられています」
「不思議な機材……二輪の人力車……」
もはや怪しさマックスだ。
俺のいた日本の測量器具と、自転車である可能性が高い気がする。
「伝記に名前が出ていなかった理由はわかりますか?」
「それについては、よくわかっていません」
これは多分、「よくわかっていません」が十分に答えになっていると思う。
高い技術を持っている技術者であれば、それなりに地元で有名になっているのが自然である。もっと詳しく伝えられていてもいいはずだ。
なのに、ヨネクラという名前が伝わっているのはこのヤマガタ家だけで、世間には伝わっていない。
そしてその理由が「よくわかっていません」とことになると、ヨネクラ本人がヤマガタぐらいにしか接点がなく、名前が残りようがなかったという可能性が考えられる。
これは、ヨネクラがワープ者であると仮定すれば矛盾しない話だ。
ある日ポッとワープで出てきて、全土測量を手伝って、終わったらワープでポッと消える。そうであれば、ヤマガタ一族の中以外にヨネクラの名前は残りにくい。
伝記の著者は当然、ヤマガタの子孫を取材しただろう。だがそこでヨネクラの名前を聞いていたとしても、無名の人物であるゆえ、名前を出さずに「協力者」とだけ表記したとしてもおかしくはない。
あとは、このヨネクラがヤマガタと別れてからどうしたかを突き止められれば……俺が帰るためのヒントになるかもしれない。
「このヨネクラという人物、全土測量が終わったあとはどうしたのですか?」
「うーん、一番最後まではいなかったそうですよ。全土測量が終わりにさしかかろうとしていた頃に、私どもの先祖とは別れたそうです。そこから先は不明のようですね」
「別れた場所は?」
「ここだとされています」
ヤマガタが指をさしたところは、こちらの日本でいう紀伊半島の熊野のあたりだ。
「これはまた遠い。乗合馬車をいくつも乗り継がないといけないぞ。大変だな、オオモリ・リク」
隣で黙って聞いていたファーナ将軍が、心底同情するように言った。
確かに、気軽に行って帰ってこられる距離ではなさそうである。
この国には新幹線も飛行機もないので、馬車を乗り継いでいくしかない。
想像するだけで疲れてしまいそうだ。
***
「ふー、お茶がうまい……」
「お前は老人のようなことを言うのだな。オオモリ・リク」
地図屋を後にした俺たち一行は、茶屋に入って休憩している。
「フルネームだと長いのでリクいいですよ」
「そうか。では私もリクと呼ぶ」
そう言うと、女将軍は茶碗を手に取り口に運んだ。
その仕草一つを見ても、育ちがよさそうだなと思う。
ふわりと動くようで、粗野な感じが全くない。
彼女の腰に差さっているのはいつもの立派な剣だが、鎧は合戦用とは少し違うものを着ているようだ。
動きやすいように、少し軽めのものになっているのだろう。
あらためて、キレイな人だなあと思う。
店内は茶屋ということで、装飾は控えめで落ち着いた雰囲気を演出しているが、この女将軍はそれを壊さないジャンルの美麗さだ。見事な絵となっている。
撮っておこうかな……ってスマホ壊れていたっけ。
「なんだ? 私の顔に何かついているのか?」
「わっ。あ、いえ何も。はい」
いけない。つい見とれてしまった。
「……リクという呼び方は、陛下だけが許されているかと思っていたぞ」
「まさか。俺はいつからそんなに偉くなったんですか」
面白いが、凄い勘違いだ。
「お前は陛下に気に入られているからな」
「はあ、そうなんですかね? まあ、嫌われてはなさそうですけど」
「陛下は医務室でお前の横からずっと離れなかったからな。参謀たちが陛下と打ち合わせできなくて困っていたぞ……。結局お前の横でやっていたが」
女将軍はそう言って、穏やかに笑う。
俺が気絶している間にそんなことがあったようだ。知らなかった。
「へー、そうだったんですか。それは光栄なことなのでしょうね。裸は見ないでほしかったですけど」
「すまぬ。私や他の将軍たちもその場にいたから、まともに見たぞ」
盛大にお茶を吹いた。
「げっ、あ、あの、すみません。布巾ください」
店の人が、布巾を取りに向かう。
「……もう死んでしまいたい」
「そんなことを言うな。みんな褒めていた。締まっていて均整の取れた体であるとな」
「勝手に品評会をしないでください……」
そのようなことは白状しないでほしかった。
気分を変えるという意味も込めて、到着した布巾でテーブルを拭きながら、店内を見回した。
ふと、店内の棚に紙の束のようなものを見つけた。どうやら新聞のようである。
「あれ? この国は新聞があるんですか」
「それはもちろんだ。お前の生まれた国にもあるのか」
「ええ……俺の国にもありますよ。俺はほとんど読まなかったですけどね」
俺は何となく、その新聞を手に取った。
普通の大衆新聞のように見える。
そんなものがありそうな国には見えなかったのだが、活版印刷の技術がある以上、ないと考えるほうが不自然なのかもしれない。
「……!」
「どうした? リク」
新聞には「国王、『第一回古代遺跡発掘調査』を明日視察」と書かれていた。
冗談だろ? と思った。
何でこんな早いタイミングで行くのだろう。
先代が九年前、同様に初回調査を視察し、奇病を発症して死んだという事実がある以上、もう少し慎重に動くべきだ。何が起きるかわからないのに。
しかもこんなことが大衆新聞に載るって一体どういうことだ?
きちんと情報を統制すべきだ。狼藉者が出たらどうするのだろうか。
「将軍、これ……」
「ほう。視察に行かれるのか。私は軍事以外ほとんどタッチしておらぬので、初耳だな」
「どう思います? 俺は強引に連れ戻したいです。危なすぎます」
「私も少し縁起が悪いような気はするが……。だが、先代国王の死因は原因不明の奇病だろう?
その後同じ病気と思われる発症例はないと聞いている。現国王が同じ病気になる可能性を指摘しているのであれば、気にしすぎなのではないのか?」
それが本当に病気なのであれば、そうだろうが……。
「将軍。俺、その奇病なるものは、少し疑わしいと思っています」
「どういうことだ?」
「先代国王の遺体は検死していませんよね?」
「ああ、していないだろうな。王族の遺体は手を付けぬことが、古くからの習わしだ」
「やっぱり……。その奇病、他の発症例がないというのが逆に怪しいんです」
「つまり?」
「俺は病気じゃない可能性があると思っています。誰かが殺害したんじゃないかと」
「何……? そんなことはありえるのか? 私も現場は見ていないが、突然大きな破裂音がし、心臓から血を吹き出したと聞いている。そのとき暗殺者が先代を襲ったという事実もないし、そもそもそのような殺害方法が存在するとは思えぬ」
確かに、それは女将軍の言う通りだ。
奇病の話を聞いたとき、俺は最初に狙撃の可能性を疑った。
しかし、この国には銃が発明されていない。
銃殺以外に、そのような現象が起こる殺害方法――それはまったく想像がつかない。
だが俺の第六感は、今回の国王の遺跡入りに対し、警告灯をハッキリ点灯させている。
先代国王一人だけが発症する病気? どう考えても不自然だ。
何らかの意思が働いたと考えるのが自然だ。
やはり危ない。
このままだと、何かが起きる気がする。
「将軍。俺、行ってきます」
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