永遠の謎
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
127部分:第八話 心の闇その十七
第八話 心の闇その十七
「あくまで。ドイツ帝国をだ」
「それを手に入れる為にですね」
「戦争をする」
「それだけですね」
「ただそれだけのことだ」
ここでは極めて事務的に話すビスマルクだった。
「しかし世ではです」
「閣下は戦争を好み血を求めておられる」
「そう言っているようですが」
「愚か者にはわからないことだ」
ビスマルクはそうした己への話をばっさりと切り捨てた。
「私の真意はな」
「左様ですか」
「それは」
「そうだ。それもやがてわかることだ」
ビスマルクが何を求めているかということもだというのだ。
「もっともあの方はだ」
「そのバイエルン王ですね」
「あの方ですね」
「あの方はそれをわかっておられる。だがあの方は戦争そのものを忌み嫌われておられる」
このこともだ。ビスマルクはわかっていた。
「あの方はオーストリアとの戦争では」
「間違いなくオーストリアにつきますが」
「それは」
「そうだな。しかし独自の御考えがある」
既にだ。読んでいるといった口調のビスマルクだった。
「ここはだ」
「どうされると思われますか」
「あの方は、そしてバイエルンは」
「次の戦いでは」
「おそらくバイエルンは動かない」
そうなるというのであった。
「そうする」
「動かないですか」
「あの国は」
「オーストリアについてもですか」
「言っておくが私は負けない戦争はしない」
これはビスマルクが常に心掛けていることである。やるからには必ず勝たなくてはならない、戦争はそうしたものだと踏まえているのである。
だからこそだ。戦う前に既に色々としているのだ。そういうことなのだ。
そのうえでだ。バイエルンを見て言うのであった。
「そしてあの方もそれがわかっておられるこそだ」
「それによってですね」
「バイエルンは動かない」
「決して」
「そうだ。動かない」
そういうのであった。
「それは安心していい」
「ではバイエルンに対しては」
「勝利を収めたその時は」
「どうされますか」
「多くを求めることはしない」
バイエルンに対してはそうするというのだった。
「ただ、それはだ」
「それはといいますと」
「何かあるのですか」
「まだ何か」
「オーストリアについても同じだ」
その戦う相手に対してもそうだというのであった。
「あの国に対してもだ」
「ですがそれはです」
「戦いに勝ち賠償金や領土を手に入れるのはです」
「それは当然のことです」
「それをされないのですか」
「多くはですか」
「そうだ、多くは求めない」
また言うビスマルクだった。
「決してな」
「それは何故ですか」
「何故オーストリアから多くを求めないのですか」
「オーストリアは排除しなければならない相手です」
それはだ。プロイセンでは最早言うまでもないことだった。彼等の小ドイツ主義に対して大ドイツ主義のオーストリアはだ。邪魔でしかないからだ。
しかしだった。ビスマルクはだ。勝利を収めても多くは求めないというのだ。それは言うのであった。
それを聞いてだ。周りはいぶかしみながら問うのであった。
「徹底的に叩かなければです」
「なりませんが」
「それをされないのですか」
「それは何故ですか」
「戦争の後だ」
それからをだとだ。彼は言うのだった。
「その戦争の後のことだ」
「オーストリアとの戦争の後とは」
「一体?」
「そこに何かあるのですか?」
「それでは」
「そうだ、オーストリアとの戦争に勝ってもオーストリアは残る」
これは絶対のことだった。プロイセンもオーストリアを滅ぼすことはできない。国力から考えても欧州の情勢からもだ。それはできないことだった。
当然ながらビスマルクはそれもわかっていた。それでなのだった。
「そして残らなければならないのだ」
「オーストリアは、ですね」
「あの国は」
「それもわからないのですが」
「だからだ。オーストリアとは確かに戦い勝つ」
この絶対の前提の後の話であった。
「それからだ」
「それからとは」
「ですからそれがわからないのですが」
周りの者はだ。どうしてもわからず首を捻るばかりだった。
それでだ。こう口々に言うのであった。
「あの国は排除しなければならないというのに」
「それで終わらないのですか」
「どういうことですか」
「オーストリアは排除するがその後で彼等とは手を結ぶ」
これが彼の考えであった。
「そしてそのうえでロシアともだ」
「では三国で東欧を安定させる」
「そういうことですか」
「つまりは」
「そうだ、そうするのだ」
これこそがビスマルクの考えであった。彼は既にそのことまで頭の中に入れていたのである。先を読んでいたのではなかった。先の先をであった。
「わかったな」
「ううむ、そこまで考えておられたのですか」
「ドイツ帝国を築いた先まで」
「そこまでとは」
「そこまで考えてこそだ」
ビスマルクは鋭い目で述べた。
「それが政治なのだ」
「では閣下、まずはオーストリアと戦い」
「そして勝利を収め」
「そのうえで」
「そうだ、そうするのだ」
こう話すのであった。ビスマルクは先の先を読んでいた。そしてそれは政治だけでなくだ。バイエルン王についてもだ。政治では確かな手応えを感じていた。しかし王に対してはだ、憂いを感じずにはいられないのだった。
第八話 完
2011・1・17
ページ上へ戻る