切るのではなく
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第一章
切るのではなく
シベリアに一人の少女がいた、少女の名はアルティン=アリーグといいある部族の長の一人娘だった。
父は息子が欲しかった、だからアルティンにいつもこう思っていた。
「息子が欲しかったのにな」
「娘だったからっていうのね」
「そうだ、どうしてだ」
妻にいつもこう漏らしていた。
「何故あいつは女の子なのだ」
「そう言われてもね」
妻は夫に苦い顔でいつもこう返した。
「こればかりは神々の配剤で」
「どうしようもないか」
「そうよ、娘がいるならね」
それならというのだった。
「お婿さんを迎えればいいでしょ」
「それでいいというのか」
「そう、あの娘はあの娘で私達の子供でしょ」
だからだというのだ。
「それならもうね」
「そのことを受け入れてか」
「育てていきましょう」
こう言って夫である族長をいつも宥めていた、だが。
アルティンは育つにつれ徐々に男らしい性格になっていった。小柄で黒髪は長く奇麗なもので白い顔は切れ長の目と流麗な形の眉に程よい高さの華と紅の唇が実に美しい。そうした少女に育っていたが。
正確は男まさりでいつも家畜の世話等男の仕事をしたがった。それで父はいつもアルティンに言っていた。
「御前は娘だ、だったらな」
「女の仕事をですか」
「しろ、何故男の仕事ばかりしたがる」
「それが妙に好きだからです」
男の様な返事で答えるのがアルティンの常だった。
「ですから」
「それでというのか」
「はい、どうしてもです」
「男の仕事をしたいか」
「そうなのです」
「おかしな奴だ」
その言葉を聞いてだ、父はいつも顔を顰めさせてこう返した。
「娘に生まれたのに男の仕事ばかりしたがるとは」
「いけませんか」
「駄目だ、御前は女だから女の仕事をしろ」
こう言っていつも男の仕事をしたがるアルティンに女の仕事を無理にでもさせていた、だがアルティンは日増しに男まさりになり暇があると馬に乗り剣や弓矢を使っていた。そしてそろそろ婿を迎えようという時に。
族長である父にだ、アルティンは毅然とした声で言った。
「近頃この辺りに恐ろしい大蛇が出るそうですが」
「あの話か」
族長は自分達の家であるゲルの中で娘に応えた。
「何処で聞いた」
「部族の男達の話を聞きました」
それで知っているという返事だった。
「私は」
「そうか、その話はわしも聞いているが」
「事実ですか」
「今我等がいる場所の北の森の中にいるそうだ」
「そこにいますか」
「恐ろしいまでに大きくこれまで多くの者を喰らってきたという」
「ではです」
アルティンは父のその言葉を聞いて言った。
「すぐにその大蛇を退治しないと」
「さらに多くの者が食われるか」
「そうなってしまいますが」
こう言うのだった。
「それでもですか」
「馬鹿を言え、退治なぞ出来る相手ではない」
父は娘に厳しい声で答えた。
「これまで多くの者が大蛇に向かったが」
「それでもですか」
「誰も倒せず逆にだ」
「食われてしまったのですか」
「そうなっている」
まさにというのだ。
「だからだ」
「北の森にはですか」
「もう誰も近付かない、そしてだ」
「私達の部族もですか」
「近寄らない様にしているのだ」
「しかし放っておいては森から出るかも知れないです」
アルティンは父に厳しい顔で言葉を返した。
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