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才能売り~Is it really RIGHT choise?~

作者:流沢藍蓮
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Case2-3


  ◇

「武藤先輩! あたしと付き合って下さい!」
「いいよ。……安藤、変わったな」
「でしょー? でしょでしょ?」
 武藤先輩への告白は、あっさり通ってしまった。あまりにもあっさりすぎて、あたしは拍子抜けしてしまった。
 あれから。パパとママにも「一体どうしたんだ」と心配され、学校に来たらクラス中から仰天されたあたし。そりゃあそうだろう、ブスブスと蔑んでいた女子がいきなり、白雪姫顔負けの絶世の美少女になっちゃったんだから、驚いて当然だろう。
 それからの高校生活は驚くほどあっさり進んだ。あたしは武藤先輩とラブラブだし、誰もがうらやむ超絶美少女。気がつけばきらっちもまゆこもほのかもあたしに近づかなくなっちゃったけど、というかあたしは女子たちから嫌われ者になっちゃったけど、それでも恋愛模様だけは最高だった。
 料理ができなくなったのは、あたしが家でカレーを作るのを任されたときにしっかりとわかった。作り方はわかるのに味は最悪。なんだこれ、ニンゲンノタベモノジャナイデス。家族も「本当にどうしたんだ」とあたしを心配してくれたけれどこれだけは、才能屋のことだけは言わないってあたしは決めてる。言ったらみんなを悲しませるだけじゃん。ママが産んだ顔が気に入らなかったからって才能屋で絶世の美貌を手に入れて代わりに料理ができなくなったなんて言えるわけがない。だからあの日のことはあたしときらっちだけの秘密になった。きらっちも特に自分からそのことを明かそうとはしなかった。
 こうして時は流れて、
 いつしかあたしたちは大人になっていた。
 あたしと武藤先輩の恋愛はずっとずっと健在で、同じ大学、同じ学部に行って同じように日々を過ごした。武藤先輩は……いいや、この際はかずくんって呼んじゃえ! 武藤かずくんはあたしが料理できないことにがっかりしているのを励ましてくれた。あたしはそれがとっても嬉しかった。違和感は、消えない。それでも、才能屋に行って良かったなぁって心から思った。
 そしてさらに時は流れて。
「美波、結婚してくれ」
 かずくんがある日、そんなことを言ったんだ。
「俺はお前が好きだよ、美波。だから、この思いをより確かにするために結婚してくれ、美波」
 それを聞いた時、嬉しくて嬉しくて、あたしはものを言うことができなかった。それを勘違いしたのかかずくんはあわてた口調でまくし立てた。
「いや、結婚はまだ早いとかそういうこと言わないでくれよ。俺はお前が好きなんだ。俺はお前を絶対に幸せにするから頼むからお願いだから俺と――」
「いーよ」
 あたしはそんなかずくんに、明るく笑ってそう答えた。
「結婚しよ、かずくん。そして子供作ってさぁ、二人で家庭を作ろーよ」
 でも、何でなのかな。どうしようもなく泣けてきたんだ。
「美波……? どうしたんだ、どこか痛いのか?」
「違うよ、違うもん。これは嬉し涙なんだよぅ」 
 心配げなかずくんに、あたしはそう笑って答えた。でも本当は、心が痛かった。痛くて痛くてたまらなかった。
 そうだよ、あたしはずるい女だ。才能屋っていう目に見える奇跡に頼って、自分を磨く努力も大してしないで「あたしはブスだ、みじめだ」って自己憐憫に浸って、その挙句にはかずくんに恋するたくさんの女の子たちを蹴落としてあたしがかずくんの心を射止めた。
 努力もしないで、奇跡に頼って。
 それがわかっているから、いざこういった瞬間になってみると、嬉しいけれど同じくらいの罪悪感が湧きあがってきて心が痛い。
 あたしは、思ってしまった。
 これは偽りの愛だ。誰かを蹴落として、本当の自分じゃない自分でしている偽りの愛だ。
 あたしはかずくんとの恋人時代、確かに幸せだったけれど、心の底には罪悪感がしこりとなって残っていて、心から幸せだったとは言えなかった。
 そして今、あたしはかずくんと結婚する。心のしこりはますます大きくなるのだろうか。
 あたしはそれが怖かったけれど、せっかくここまで行きついたんだし結婚してしまえという声が、あたしの中でささやいた。それと罪悪感があたしの中で喧嘩して、あたしは思ってしまった。
――もう、どーでもいいや。
 なるようになってしまえ。
 今が幸せな瞬間ならば、その幸せを精一杯楽しんでしまおう。
 だからあたしは、泣き笑いのような表情を浮かべてかずくんに言った。
「書類、取りに役所まで行こう」
 その言葉を聞いて、かずくんはすっごく嬉しそうな顔をした。
 そうだよ、これは偽りの愛だよ、本当の愛じゃないかもしれない。
 でもね、それでもね、これはあたしの選んだ道、正しい選択だって思ってる道だから。
 目いっぱい楽しむよ。それの何が悪いの?
 あたしはそう、自分を正当化した。

  ◇

 でもね、幸せな結婚生活は長くは続かなかったんだ。
 あたしの美貌はいつになっても衰えない。だからかずくんはあたしの浮気を疑い始めた。あたしが着飾って出かけるたびに、敵意に満ちた視線をあたしに向けるようになった。
 結婚したら、現れた本性。それでもあたしはまだ幸せだった。
 あんなことが起こるまでは。
「こんな不味い飯なんて食えるか」
 ぶちまけられたあたしのカレー。
 かずくんが疲れただろうからって、せっかく気合入れて作ったのに。
 料理のできないあたしはいつも、かずくんにおいしいものを提供するためにスーパーのお惣菜を買っていた。そのせいで家計はいつだって火の車。食費の占める割合がハンパないのだ。そのせいでかずくんは趣味の魚釣りを止めて、ひたすら働かなくてはならなくなった。あたしは専業主婦をやっていた。掃除も裁縫も立派にこなせる奥さんだよ。それでも料理だけはどう足掻いてもできなかった。それは致命的な欠点だった。
 ぶちまけられたカレー。あたしは呆然と床に座り込んだままかずくんを見た。
「前言撤回だ、顔だけで中身のない女。俺は顔の綺麗な女の子が好きだが、料理ができなければ話にならない」
 いつかは「料理ができなくても、それでもお前が好きだ」って、言ってくれたのに。
 あたしは間違ったのかな。あの時「料理」を対価にしなければ良かったのかな。
 でもね、あの時のあたしにはそれしか誇れるものがなかったんだよ! 仕方ないじゃん! あたしは心の中で叫んで、かずくんを睨みつけた。
「何だその目は」
 かずくんの声は絶対零度の響きを帯びていた。
「何だと聞いている! 答えろこのクソ女!」
 かずくんは座り込むあたしを蹴とばした。あたしは蹴とばされた姿勢のまま動かなかった。――動けなかった。
 わかったのはこの瞬間、何かが決定的に終わったのだという妙な確信。
 あたしの不味い手料理かスーパーの惣菜、もしくはレストランの食事ばかり食べさせられていたかずくんの食生活は決して良いものだとは言えない。たまりにたまったうっぷんが爆発しただけだ、それだけなんだよ、今日は。
 あたしは何も喋らない。服にカレーをくっつけて座り込んで、ただ無言でかずくんを見上げるだけ。そんなあたしをを見てかずくんはさらに手をあげようとしたけれど、寸前で思いとどまって、やめた。
 かずくんは、絶対零度の声で言うのだ。
「お前とは離婚するよ、美波」
 子供もいるのに。
「子供は俺が引き取る。お前の飯を食っていたら理香は死んでしまうからな」
 それは訣別の、言葉。
 あたしたちの子の理香は子供部屋で眠っているから、この騒ぎは聞こえない。
 かずくんは、あたしの好きなかずくんは、あこがれの武藤先輩は、言うのだ。
「さようなら」

  ◇

 かずくん――いや、武藤さんと離婚したあたしは、堕ちた。武藤さんと離婚したあたしは新しく職業を探すことにした。でもね、これまで専業主婦をやっていたあたし、会社員なんてやったことのないあたしに今更職業なんて得られるわけがないよね? 貧困にあえいだあたし、それでもあたしの美貌は健在だったから――あたしは水商売で身体を売ることになった。
 恋も家庭も失って、結局は与えられた美貌しか残らなかったあたし。そんなあたしができることは限られているんだ。
 だから今日もあたしは、好きでもない男とその身を交わらせて喘ぎながらも、生きていくための糧を得る。水商売を続けていくうちに、どうしたら男が喜ぶのかわかるようになった。それでも料理は相変わらずだ。惨めだった、あたしは最高に惨めだった。
 あの日あの時あたしのした選択は、間違いだったの?
 かずくんとの毎日を、幸せだった数年間を、思い返す。
 才能屋さん、教えてよ、才能屋さん。
 あたしは身の丈に合わないものを、望んではいけなかったの?
 あたしは甘い声をあげて喘いだ。あたしの目の前には男の顔、知らない男の、野獣のように醜い顔。 そんな男に犯されて、あたしは惨めに啼くんだ。
――これが美貌を望んだあたしの、末路。
 そして甘い時間は終わる。得られたお金はかなりのものだ。純潔はかずくんとの生活で捨て去ったけれど、この世界で生きるにはプライドだって捨てなければならない。あたしは衣服を元通り着ると、最高に妖艶な仕草で男に礼をした。
 これが、あたしの、末路。
 あたしは人生を間違えたんだね。あたしは自分の選択によって狂わされたんだね。
 ねぇ、見てよ才能屋さん、これがあたしの末路だよ!
 可笑しいでしょう? きっと「悪魔」は戸賀谷の町で、あたしを笑っていることだろう。
 悪魔は本当に、悪魔だったんだね……。

〈Case2 「美しい」の裏に待つものは 完〉
 
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