Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~
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Lv64 戦いの勝者
[Ⅰ]
神殿みたいな建物の中に入った俺は、静かな回廊を真っすぐに進み続けた。
暫く進むと、ドーム状の奇妙な空間へと俺は辿り着いた。
奇妙なと表現したのには、勿論、理由がある。
なぜならそこは、水のように透明な液体が周囲を囲う不思議な空間だったからだ。
その向こうには大小様々な光の玉が、生き物のように幾つも飛び交っていた。
しかも、それら全てが魔力を放っており、且つ、それぞれが違った魔力の波動を発していたのである。
それはまるで、水族館の海底トンネルを思わせるような光景であった。
ちなみにだが、それらの魔力の波動は、普段の生活で感じられるモノのように俺は感じた。
例えるならば、人が持つ魔力の波動や、獣が持つ魔力の波動、虫や水生生物が持つ魔力の波動といった感じだろうか。
周囲の水のような空間には、そんな光が幾つも飛び交っているのだ。
(ここは、一体……。わからんが、とりあえず、進もう)
俺は空間の中心まで進み、そこで立ち止まると、周囲を見回した。
(どうやら、これ以上先は無いようだ。ここで行き止まりのようだな。さて……さっきの黒い存在は門があるとか言っていたけど、そんなモノはどこにもない。まさかとは思うが、ガセか……ン?)
などと考えていた次の瞬間、異変が起きたのである。
(ちょ、マジかよ!)
なんと、周囲の透明な液体みたいなモノが全方位から一斉に、俺へと向かって押し寄せてきたのだ。
俺は成す術無く、その液体に飲み込まれてしまった。
(どわぁぁ! お、溺れるぅぅぅ!)
この突然の事態に、俺は手足をバタつかせ、必死にもがいた。
だが程なくして、俺の中に周囲と同化するかのような感じが現れたのである。
それは何とも形容しがたい気分であった。未だ嘗て経験した事のない現象である。
あえて表現するならば、使っていなかった魂の歯車が繋がり、そして動く感じだろうか。
そう……そんな霊的な繋がりのようなモノを俺はこの時感じていたのだ。
(なんだろうこの感じ……なぜか知らないが、俺の魂が周囲の光達と繋がったような気がする。それによくよく考えてみれば、溺れるなんて事はないよな。ここは現実世界じゃないんだし……でも、この感じは一体……さっきの黒い存在は、ここは俺の中だと言っていた。その後……精霊界と現実世界を繋ぐ狭間の門だとも……ハッ!? そうか……わかったぞ。ここが、ヴァロムさんが言ってた、魔生門なんだ!)
この状況に身を任せるに従い、俺は冷静に今の状況を考えれるようになっていた。
またそれと共に、魔生の法についても、徐々に理解できるようになってきたのである。
(見える……俺が行使できる魔法の発動式が……)
それは不思議な現象であった。
なぜなら、俺が扱える魔法の回路図のようなモノが、眼前に広がっているからである。
(そうか……わかってきたぞ、魔生の法の秘密が……そういうことだったのか……。魔生の法とは、魔力を生み出す霊体を精霊界とリンクさせる秘法なんだ。言うなれば、術者自身が一時的に精霊に近づく秘法。そして更に、この魔法発動式を用いれば、呪文を唱えずとも、魔法を発動させられるに違いない。だから、発動に必要なキーコードとなる呪文詠唱が必要ないんだ。う~ん……なんたるチート技能……ン?)
と、その時、どこからともなく、俺を呼ぶ声が、小さく聞こえてきたのである。
その声は、こう言っていた。
―― 「コータローさんッ、目を覚まして! ……お願いですから、目を覚ましてくださいッ!」 ――
この声がはっきりと聞き取れた次の瞬間、俺の目の前は眩い光で埋め尽くされた。
そして、俺は物質界へと呼び戻されたのである。
[Ⅱ]
これは、コータローがアシュレイアに止めを刺された後の話――
【今、楽にしてやろう。永遠の眠りにつくがよいッ……メラゾーマ!】
アシュレイアの放つメラゾーマの炎に焼かれながら、コータローはラーの鏡の付近にまで吹っ飛ばされ、そこに横たわった。
程なくして、炎は役目を終えたかのように消えてゆく。焼け焦げたコータローの哀れな姿を残して……。
コータローは身動きしなかった。
アーシャはそれを見るや否や、横たわるコータローに慌てて駆け寄った。
「コータローさんッ! コータローさんッ! しっかりしてくださいッ! 死んじゃ駄目ですわよッ! 今、回復しますわッ!」
アーシャは祝福の杖をコータローに掲げ、魔力を込めた。
だがしかし……無情にも杖は、何の反応も示さなかったのである。
「な、なぜ、回復しないですの……も、もう一度」
そこでサナも傍へと駆け寄ってきた。
「私もお手伝いします、ベホイミ!」
しかし、結果は同じであった。
2人の回復魔法を受けても、コータローに変化は一向に現れないのだ。
「なぜですの……なぜ」
「コータローさぁん……」
アーシャとサナは、ガクリと肩を落とす。
と、そこで、2人に語り掛ける者がいた。
「残念だが、ホイミやベホイミのような回復手段ではもう無理だ。今のコータローは、ほぼ死んでいる状態……肉体から魂が離れつつあるこの状況では、そんな魔法では効果はない」
2人はその声に振り向く。
すると、声の主はラーの鏡であった。
サナは目を見開き、驚きの声を上げる。
「か、鏡が喋った……」
アーシャの瞳が潤む。
「そんな……では……も、もう助からないんですの、ラー様……」
「いや、方法はある。アーシャよ、コータローの道具袋の中から、急いで世界樹の葉を取り出すのだ。今なら、まだ間に合う」
「世界樹の葉……」
その言葉を聞き、イデア神殿での出来事が、アーシャの脳裏に蘇ってきた。
アーシャはコータローの道具袋へと手を伸ばし、中を調べ始めた。
道具袋の中は色々な道具類が所狭しと入っている。
それらの道具を見ながら、アーシャは過去のやり取りを思い返した。
(確かあの時、ラー様は、緑色の葉のようなモノの事を世界樹の葉と言ってた気がしますわ。それにしても、色々と入ってますわね…………これでもない、これじゃない……あっ、あった。これですわ)
そしてアーシャは、道具袋の中から、緑色の広葉を取り出したのである。
アーシャはラーの鏡に確認をした。
「こ、これですわよね?」
「ああ、それだ。急いで、その世界樹の葉をコータローの胸の上に置くのだ」
「わかりましたわ」
アーシャは世界樹の葉をコータローの胸の上に乗せた。
すると次の瞬間、世界樹の葉は白く淡い輝きを放ち、コータローの全身をその光で包み込んでいったのである。
コータローの傷はその光によって、まるで汚れを落とすかのように、元の状態へと癒されていった。
「間に合ったようだな。これでコータローは助かるだろう」
「ラー様、これは一体……」
「この世界樹の葉は、死者を蘇らせる力があるのだ」
アーシャとサナは目を大きく見開く。
「死者を蘇らせるですって……」
「そ、そんなことが可能なのですか!?」
「ああ、可能だ。まぁとはいっても、魂が肉体に宿っている間でないと駄目だがな。まぁそれはともかく、コータローもそろそろお目覚めのようだぞ」
それを聞き、2人はコータローに視線を戻した。
すると、コータローを覆っていた白い光は、消えようとしているところであった。
程なくして、白い光は完全に消え失せる。と、次の瞬間、コータローの身に異変が起きたのである。
なぜなら、コータローの身体は先程と打って変わり、淡いオレンジ色の光を発し始めたからだ。
「え? また光りました……」
「ど、どういうことですの……」
そこでラーの鏡はボソリと呟いた。
「そういうことか……ここにきて、ようやく探していたモノを見つけられたようだな」
「探していたモノ? ラー様、それはどういう……」
「アーシャさんッ! コータローさんがッ」
サナの声を聞き、アーシャはコータローへと視線を戻す。
すると、コータローは胸を動かし、呼吸を始めていたのである。
アーシャは慌てて呼びかけた。
「コータローさんッ、目を覚まして! ……お願いですから、目を覚ましてくださいッ!」
それに呼応するかのように、コータローは瞼をゆっくりと開く。
そして、コータローはアーシャとサナへ視線を向けた後、上半身を起こし、その場に立ち上がったのである。
コータローは、オレンジ色の光をその身に纏ったまま、2人に微笑んだ。
「ありがとう、アーシャさんにサナちゃん。お陰で、死の淵から戻れたよ」――
[Ⅲ]
2人の呼びかける声によって、俺はまた現実へと帰ってくることができた。
前方に視線を向けると、レヴァンと対峙するアヴェル王子達の姿と、玉座に腰掛け、印を結びながら呪文を唱えるアシュレイアの姿があった。
ここから察するに、俺がメラゾーマを喰らってから、さほど時間が経っていないに違いない。
(状況は、俺がやられた時とほぼ変わりなしか。……とりあえず、誰も戦線離脱はしてないようだ。アヴェル王子も他の皆と共に、レヴァンと対峙している。この様子を見る限り、アシュレイアも俺を始末した後は、付近にいたアヴェル王子を無視し、結界の完成に力を向けたのだろう……ン?)
と、その時、胸から灰色の葉が床へと落ちていった。
葉は、床に舞い落ちた瞬間、霧散する。
俺はそれを見た事により、自分の身に何が起きたのかを理解した。
(どうやら俺は、一度死んだようだ。世界樹の葉で蘇生されたのだろう。ラーのオッサンが2人に指示したに違いない……)
そんな事を考えていると、背後からラーのオッサンの声が聞こえてきた。
「コータローよ……残念だが、まだ戦いは終わっておらぬ」
「そのようだね。で、何か良い方法はあるのか?」
「方法はない。我が言えるのは先程と同じよ。奴をなんとかせん限り、我等の運命は変わらぬという事だ。で……お主はどうなんだ? 何か策はあるのか? 向こうで何かを手に入れたのだろう?」
「まぁね……でも、うまくいくかどうかはわからんよ」
ラーのオッサンは、俺について何かを知っている。
もしかすると、俺がこの世界に来た理由や、あの黒い存在についても知ってるのかもしれない。
(今までの状況証拠から見て、このオッサンは恐らく、精霊王リュビスト本人だ。知っていても不思議ではない。が……今はまず、この状況をどうにかしないとな。うまく生き延びられたら、あの黒い存在について問い質してやるとしよう……)
俺は雑念を振り払い、アシュレイアへと視線を向けた。
「その口ぶり……お主、何かに気付いたな」
「ああ、お陰さんでね」
「そうか……何れにしろ、このままでは何も変わらぬ。ならば、賭けになるが、それをやってみるしかないだろう……」
流石のラーさんも少し弱気のようだ。
つーわけで、いつぞやのラティに告げた言葉をラーさんにも送っておいた。
「ラーさん……やるか、やらぬかだよ。試しなんて必要ない」
と、ここで、アーシャさんとサナちゃんが話に入ってきた。
「コータローさん、一体何をするつもりなんですの?」
「私にも、何かできる事があるなら言ってください」
「2人は先程と同様、後方で皆の支援をお願いします」
「ですが……コータローさんの身体が心配ですわ。本当に大丈夫なんですの?」
「コータローさん、遠慮せずに私達を使ってください」
彼女達は心配そうな眼差しを俺に向けていた。
「大丈夫……とは言えないですが、ここは俺に任せてください。それとサナちゃん、コレを使わせてもらうよ」
俺は道具袋から、黄色い液体が入った小瓶を取り出した。
「それはエルフの飲み薬……」
俺は頷くと、小瓶の蓋を開け、一気に口の中へと流し込んだ。
その瞬間、魔力が全身に漲ってくる感じが現れた。魔力全快である。
「これで準備完了です。では、行ってきます。2人は後方で皆の支援をお願いしますね」
俺は2人にそれだけを告げ、前線へと歩を進めたのである。
[Ⅳ]
アヴェル王子達は今、レヴァンと対峙しているところであった。
その奥にいるアシュレイアは、目を閉じて印を組み、今も尚、呪文詠唱を続けているところだ。
王子がここにいるという事は、俺がメラゾーマでやられた後、すぐに引き返したのだろう。賢明な判断である。
まぁそれはさておき、戦況は相変わらずのようだ。レヴァンは今も尚、左右の翼で暴風を巻き起こし続けていた。時間稼ぎをするのならば、これほど使い勝手のいい能力は無いだろう。
皆の近くに来たところで、まずレヴァンが俺に気付いた。
【馬鹿なッ! なぜ、貴様が生きているッ! アシュレイア様のメラゾーマを喰らって生きているなんてッ!】
それを聞き、アシュレイアの目が開く。が、奴の口は呪文詠唱を続けていた。
アシュレイアは目を細め、俺をジッと睨みつけていた。表情を見る限り、腑に落ちないといった感じだろうか。
始末したと思った奴が生きていたのだから、この表情は当然だろう。
また、アヴェル王子達もそれを聞き、俺の方へと振り返った。
「コータローさんッ!」
「コータロー様!」
「ウソ……本当にコータローさんなの、オレンジ色に光ってるけど……」
「大丈夫だったんですかッ、コータローさんッ!」
「コータロー、お前、何ともないのかッ!」
「貴殿は……無事なのか?」
「幽霊……ではなさそうね」
死んでいて当然の状況を目の当たりにしたのだから、まぁこうなるのも無理はないだろう。
「一度死に掛けましたが、なんとか生き返る事ができました。ところで、戦況はどんな感じですか?」
アヴェル王子は眉間に皺を寄せ、険しい表情を浮かべる。
「状況は……何も変わっておりません。最早、打つ手無しです……」
王子の言葉を聞き、他の皆も肩を落とした。
そんな重苦しい空気の中、俺は話を切り出した。
「そうですか……では、1つだけ方法があるので、私が今から、それを実行します」
「え? どういう意味ですか」と、アヴェル王子。
他の皆も首を傾げている。
「私は死の淵を彷徨ったことで、新たな力を手に入れる事ができました。それを使うつもりです」
「一体、何をするというのですか。言っては何ですが、レヴァンはともかく、アシュレイアは我々がどうこうできるような相手ではないですよ。それは先程、コータローさん自身が身をもって体験した筈です。我々はこのまま……死を待つだけしか出来ないんですよ」
「そうだぞ、コータロー……とてもではないが、もう我々ではどうすることもできない。奴等の勝ちだ……」
アヴェル王子とウォーレンさんは項垂れるように、そう言葉をこぼした。
それはもう絶望を感じさせる落胆の声色であった。
他の皆も言葉には出さないが、同じ意見なのか、表情は暗いままであった。
もう気持ちは諦めに入っているのだろう。が、俺は構わず、話を続けた。
「俺も皆と同じ意見ですよ。今の俺達の力量では、アシュレイアと戦って、この状況をどうにかするなんて事は無理だと思います」
「なら、一体何をするというのです。魔法も使えない上に、奴等に近づく事すらできないこの状況で、一体何が出来るというんですかッ」
「理由は1つです。この状況を打破できる力を手に入れたから、やるんですよ」
「ですが、貴方は今、アシュレイアと戦っても、状況は打破できないと仰ったじゃないですか。一体どういう……」
「我々は闘う相手……いや、戦うべきモノを見誤っていたんです」
「戦うべきモノを見誤っていた……それは一体……」
「説明は後でします。アヴェル王子、この場は私に任せてもらえませんか」
暫しの沈黙の後、アヴェル王子は頷いた。
「……わかりました。何をするのかわかりませんが、この場は貴方に任せましょう。で、我々は何をするといいですか?」
「皆は、ここで待機していてください。もしレヴァンが私の邪魔をしに来たら、それの対応をお願いします」
「待機ですね……わかりました。貴方の指示通りにしましょう」
「では、よろしくお願いします」――
俺は王子達の間を通り抜け、奴等の前で立ち止まった。
早速、レヴァンが悪態を吐いてくる。
【クククッ、お前のその姿……どうやら、大賢者の秘法も使えるようだな……だが、それが何だというのだ。魔法の使えぬ状況で、そんな秘法など全く役に立たぬわッ! なぜ貴様が生きているのか気になるところだが、そんな事は大した問題ではない。お前達はもうすぐ死ぬのだ! アシュレイア様には指一本触れさせぬッ! さっきみたいなマネはもうさせぬぞッ!】
そして、レヴァンは翼を更に強く仰いだのである。
俺は心を落ち着かせ、黒い存在から継承した力を発動させる準備を始めた。
その力は、死の淵で黒い存在から受け継いだ魔法であった。
とはいうものの、普通の魔法ではない。唯一、マホカンタの壁を打ち破れる攻撃魔法だ。ゲームでもレベルアップで覚えられるような魔法ではなかった。
そう……俺はその魔法について知っている。
だが、この魔法は呪文を唱えれば行使できるというモノではない。
まず大前提として、今の俺のように魔生門を開いた者でないと使えないという事だ。
そして、この状態を維持したまま、空中に複雑で幾何学な魔法発動式を術者の指先で描き、最後に発動コードとなる呪文を唱えて、その魔法は完成するのである。
(さぁ……時間がない。始めよう……)
俺は精神を研ぎ澄ませ、指先に魔力を集中させた後、発動の為の魔法陣を描き始めた。
目の前の空間をキャンバスにして、指先をマジックペンの如く使い、俺は受け継いだ記憶を元に、幾何学な模様を描き続ける。
すると程なくして、アシュレイアの詠唱が止まった。
奴は険しい表情で俺を睨んでいた。
【まさか……その魔法陣はッ! なぜ貴様がその魔法を使えるッ! クッ……いかんッ! レヴァンよッ、コータローの魔法を止めろッ! あの魔法は完成させてはならんッ!】
【ハッ、アシュレイア様】
レヴァンは仰ぐ翼を止め、宙に飛び上がり、俺へと目掛けて突進してきた。
だがそこで、アヴェル王子とレイスさん、それとシェーラさんとルッシラさんが、俺とレヴァンの間に割り込み、立ち塞がってくれたのである。
「続けてください、コータローさんッ。レヴァンは我々が対処しますッ」
「コータローさん、奴は我等で喰い止める」
「こちらは任せて、コータローさん」
俺は無言で頷き、そのまま発動式を描き続けた。
レヴァンはアヴェル王子達の前で立ち止まる。
【チッ、うるさい蠅共めッ! まずはお前達からだッ! 喰らえッ、バギクロス!】
「グアァァ」
「クッ」
「キャァァ」
アヴェル王子達を風の刃が切り刻む。が、俺には届かない。
続いて、シャールさんとウォーレンさん、そしてフィオナ王女が即座にベホイミを唱えた。
王子達の傷はみるみる塞がってゆく。
そして、すぐに4人は、レヴァンへと攻撃を開始したのである。
「レヴァン、コータローさんの邪魔はさせんぞッ。デヤァッ!」
アヴェル王子の振るうデインの魔法剣が、奴の足を斬り裂いた。
その刹那、奴の足から鮮血が滴り落ちる。
続いてレイスさんとシェーラさんの斬撃が振るわれる。が、しかし、それは宙を舞い、レヴァンはなんとか逃れた。
レヴァンは苦虫を噛み潰したような表情で、吐き捨てるように声を荒げた。
【グアァァ……オ、オノレェェッ! ウジ虫共がァァァッ!】
と、そこで、アシュレイアの声が響き渡った。
【レヴァン! 奴を使え!】
【ハッ、アシュレイア様】
返事をしたレヴァンは、そこで、先端に紫色の水晶球が付いた黒い杖を取り出した。
レヴァンは杖を俺の背後に向け、奇妙な呪文を唱えた。
杖の先から紫色の光が一閃する。
(一体、何をするつもりだ。前もこれに似たような光景を見た気がするが……)
などと考えていた次の瞬間、右脇腹に鋭い痛みが走り抜けたのである。
「な、なんだッ一体……グアァッ」
俺は恐る恐る、そこに視線を向かわせた。
すると、そこにいたのはなんと、アルシェス王子だったのである。
「グッ……アルシェス王子……なぜ……ま、まさか……クッ」
「ア、アルシェス王子ッ!」
「なんでアルシェスが、コータローさんをッ!」
「お兄様! なんてことをッ」
アルシェス王子は目を赤く輝かせ、俺の右脇腹に鋭利な刃物を突き立てていた。
どうやら、回収した眼鏡は、俺の見立て違いだったようだ。
【クククッ、アルシェスよ! そのままコータローを殺してしまえッ!】
その言葉を号令に、アルシェス王子は物凄い力で更に刃を突きこんできた。
「グッ……」
(ま、不味いッ……なんて力だ。あと、もう少しなのに……ン?)
俺が苦悶の声を上げる中、眩い光がラーの鏡から放たれた。
すると、アルシェス王子は事切れたかのように床に横たわったのである。
ラーのオッサンが鏡の力を使って、操る魔力を断ち切ってくれたのだろう。
【何ィッ! なぜ倒れるッ。クッ……操れないッ! オノレェェッ!】
流石のレヴァンも焦りの表情を浮かべていた。
(サンキュー……ラーのオッサン。さて……あと少しだ。最後の発動式を描くとしよう……)
俺は怪我の治療を後回しにし、魔法陣の完成に力を注いだ。
出血の続く右脇腹を左手で押さえながら、俺は魔法陣を描き続ける。
それから程なくして魔法陣は完成した。が、脇腹の出血が予想以上に多く、俺は少し朦朧としていた。その為、俺はなんとか気力を振り絞って、最後の仕上げに取り掛かったのである。
意識が朦朧とする中、宙に描いた魔法陣に向かって、俺は呼吸を整えた後、掌を広げて両腕を真っすぐに伸ばした。
そして……魔法発動のキーコードとなる呪文を唱えたのである。
―― 【マダンテ】 ――
その刹那! 魔法陣が俺の全魔力を両掌から吸い上げていった。
魔法陣は閃光を放ち、眩く輝きながら、俺の全魔力を暴走させてゆく。
するとその直後、魔法陣は、魔力が荒ぶる光の球体へと変貌を遂げたのである。
それは肌で感じ取れるほど、荒々しく高ぶる魔力の球体であった。まるで沸騰をしている水の如く、光の球体は荒々しく揺れている。
大きさは直径1m程だが、その波動は凄まじく、球体の周りは暴風を巻き起こしていた。
床に無数に散らばる小石が、まるで無重力状態になったかのように宙に浮かび上がり、風によって球体の周りを飛び回っている。
それは恐ろしいほどの威力を感じさせる魔力の球体であった。
出現した魔力の球体はアシュレイアへと向かって突き進む。
そして次の瞬間、球体は物凄い閃光を放ちながら、轟音と共に弾け飛んだのであった。
暴走した魔力の大爆発が、容赦なく、奴等に襲い掛かる。
【グッ! やはり、マダンテかッ】
【グギャァァ】
流石のアシュレイアも魔力の暴走に巻き込まれ、後方の壁に激突する。レヴァンも同様であった。
また、アシュレイアが腰掛けていた玉座も魔力の暴走により、幾つもの亀裂が走っていた。
その爆発の威力は、イオラなどとは比較にならないモノであった。その何倍ものエネルギーが放たれたに違いない。恐らく、このマダンテの威力は、まだ見ぬイオナズンをも軽く凌駕する規模のモノだろう。
しかも、爆風は俺達にも影響を与えるくらいで、地に足をしっかりと着けていないと、吹き飛ばされそうになるほどの威力だったのである。
アヴェル王子達の驚く声が聞こえてくる。
「なんて魔法だ……コータローさんが、こんな魔法を使えるなんて」
「ちょっと……何よ、この魔法……」
だが、それも束の間の事であった。
程なくして、魔力の暴走による大爆発は終わりを迎える事となる。
辺りは静けさを取り戻してゆく。
前方には、壁に打ち付けられたアシュレイアとレヴァン、そして、亀裂が幾重にも走る玉座の姿があった。
レヴァンは身動きしない。が、アシュレイアは暫くすると起き上がってきた。
わかっていた事だが、やはり、マダンテで奴を倒すのは無理だったのだろう。
アシュレイアは玉座をチラッと見た後、俺に向かって二ヤリと笑みを浮かべた。
【フフフッ……まさか、マダンテを使えるとはな。だが、あの不完全なマダンテでは、私を倒す事などは出来ぬ。無駄な悪足掻きよ。しかし……不完全とはいえ、マダンテを使える奴は捨てておけぬ。二度と生き返れぬよう、貴様は確実に始末してやろう】
俺はアシュレイアに笑みを返した。
「いや、悪足掻きではない……目的は達せられたよ」
【何だと……】
「俺の目的は、お前を倒す事ではない。お前達の結界術を止める事だ。その為には、結界の基点を破壊せねばならない。そして……俺はようやくソレを見つける事が出来た。お前がいる位置からではわからないだろうが……それはもう壊れる寸前だよ」
【ま、まさか……】
アシュレイアは慌てて玉座の正面へと回り込む。
するとそこには、今にも砕けそうなほど亀裂が走る、歪んだ黒い玉座が佇んでいた。
玉座の正面を見た瞬間、アシュレイアは息を飲む仕草をする。ゴクリという音が聞こえてきそうな感じだ。
そう……俺が破壊したかったのは、この玉座なのである。これが奴等の結界術の基点なのだ。
「俺はこの部屋に入ってから、ずっと違和感があった。なぜ、この部屋に、こんな大層な椅子が置いてあるのだろうか……とね。その後も、お前の不自然な行動が、あまりにも目についた。戦いの最中、わざわざ玉座に腰掛けたり、自分の本体を召還したり、挙句の果てにマホカンタを使ったり、とね。でも、それらの行動は、玉座を守るための行動だったと考えると納得がいく。本来の姿になったのは、自分の持つ強大な魔力の波動で、玉座を中心とした魔力の流れを隠すためなんだろ? ついでに最大の防御にもなるしね」
アシュレイアは額に皺をよせ、苦虫を噛み潰したような表情であった。
どうやら、当たらずとも遠からずといったところだろう。
俺は話を続ける。
「だが、決め手になったのはそれではない。俺を糸で絡めとる為に、お前が召還したサンドワーム……あれで、ようやく、謎が解けた。リュビストの結界が発動しているあの時点で、魔の世界と繋がっていられる箇所は、もう基点となる場所以外ありえないからな。だがまぁ……俺はその所為で、命を落としかける羽目になってしまったから、そこは反省だがね。さて……それはそうと、早く結界を発動させないと、リュビストの結界に負けてしまうよ。いいのかい?」
俺が長々と話している間に、この空間内は清らかなる力で満たされ始めていた。
これが意味するところは1つである。
リュビストの結界が、奴等の結界術を押し続けているのだ。
【き、貴様ぁッ!】
俺の言葉を聞き、アシュレイアは急いで玉座へと手を伸ばす。が、しかし……座ることは叶わなかった。
なぜならば、マダンテによって無数の亀裂が走っていた玉座は、その触れた衝撃で無残にも砕けてしまったからである。
基点を失った奴等の結界術は一気に崩壊し、均衡はリュビストの結界へと傾いていった。
そして、この場は瞬く間に、リュビストの結界が支配する所となっていったのである。
と、その直後、アシュレイアとレヴァンは、リュビストの結界の大きな渦によって、成す術無く飲み込まれていった。
アシュレイアの断末魔にも似た絶叫が、この場に響き渡る。
【グアァァァァッ、わ、我等の悲願がァァァァッ! 許さんぞッ、コータロー! この屈辱は決して忘れんからなッ! 覚えておけッ!】
それから程なくして、奴等は完全に渦に飲み込まれ、魔の世界へと強制送還された。
すると役目を終えたかのように、大きな渦も消えていったのである。
暫しの静寂がこの場に訪れる。
そして、俺はそれを見届けたところで、意識を手放したのであった。
(これで、終わりだ……あぁ、もう限界……)――
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