ラジェンドラ戦記~シンドゥラの横着者、パルスを救わんとす
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第三部 原作変容
第二章 神徒駆逐
第三十一話 内海避客
パルス暦4月13日。俺たちはようやくペシャワール城塞に戻ってきた。ちょうどそのときが、各地の諸侯や領主たちが兵を集めてアルスラーンの元へ馳せ参じ、ルーシャン、ザラーヴァント、トゥースと言った面々が名乗りを挙げているところだった。うーん、原作の名場面の一つを目の当たりに出来るなんて、読者冥利に尽きるねえ。
一緒にペシャワールにたどり着いたメルレインはさっそくアルフリードに会いに行き、彼女が族長を継ぐ気が少なくとも今は全く無いのを知り、ナルサスが信頼できる人物であるのを見て取ると、すぐにペシャワールを出て、里に戻っていった。しばらくは彼が族長代理としてゾット族を率いることになるらしい。今後、傭兵としてのゾット族の力を借りることがあるかもしれないのでと、一応里の場所も教えてもらった。報酬額が適正ならば請け負う。お友達価格?そんなものはない!とも言われた。
留守番のジャスワントに不在時に何があったかを聞くと、俺の留守を見計らったかのようにシンドゥラの新国王ガーデーヴィの名代としてマヘーンドラがやって来て、パルスと三年間の不可侵条約を結んで帰っていったと言う。その際、ジャスワントはマヘーンドラに「王子はともかく、お主はいつでも帰ってきてくれて構わない。何なら孫も連れて帰ってきてくれ」などと言われたそうだ。そんな訳で帰っていいですかなどと言い出すので、まず子供をこさえてからにしろと言っておいた。
それと、ザッハーク一味の一人がヴァフリーズ老の密書を盗みに忍び込んできた件について文句を言われた。そう言えば、ジャスワントがアルスラーンにおみやげ話のことを話したせいでタハミーネを救出しに行く羽目になった意趣返しに、ヴァフリーズ老の密書を託すから何処かに隠しておくようにと命じたのだった。これは勿論原作におけるエラムの役回りをジャスワントに押し付けたものだ。原作通りに偽手紙に騙されてジャスワントが隠し場所を確認しに行くところを追跡され、密書はザッハーク一味のサンジェの手に落ちた。
が、実はこの密書は油紙で二重三重に厳重に包装されており、開封すると芸香が辺りにバラ撒かれると言う仕掛けを施しておいたのだ。斯くしてサンジェは城壁の上で中身を確認しようとして芸香をまともにかぶってしまい、悶絶しているところを追跡してきたジャスワントとギーヴに討ち取られたそうだ。ちなみにこの密書は勿論偽物で、中身は「残念、はずれ。プークスクス」と俺が顔文字付きで書いておいたものだった。なので、それを知ったジャスワントには、非道いだの、嘘つきだの、腹黒だのと罵られ、折角信用してもらえたと思って張り切ったのにバカを見たとか、いつか貴方を手ひどく裏切ってやるとの決意を新たにしたとかと散々言われた。
何にせよこれでザッハーク一味は尊師も入れて残り四名、折返しに入った訳だ。ここから先は簡単には行くまい。今以上に細心の注意を払わなくてはな。
とは言えすぐには奴らの襲撃もなく、仕事に追われるナルサスやアルスラーンを尻目に、特にやることもなく、呑気に過ごしていたのだが、そんなある日ジャスワントに告げられたのだ。
マルヤムの内親王が一万五千の兵を率いて、アクレイアの城を脱出し、ダルバント内海を渡ってやって来た。そして、ラジェンドラ王子にお目通りしたいと願っていると。
◇◇
マルヤム王宮の女官長たる私、ジョバンナが、内親王の最後の肉親が息を引き取った旨をお伝えすると、この内親王が初めて涙を流すのを私は見た。一年半以上に渡る厳しい籠城戦の最中でも決して弱音を吐かず、皆を励まし続けたこの御方がこの様な表情をされるとは。
しかし、それも僅かな間のことだった。内親王はこのアクレイア城を放棄し、周辺からありったけの船を徴発した上でダルバント内海を渡ってパルスに赴くことを決断された。詭計を用いてルシタニア軍の一部を退けたとは言え、増援のないこちらはこのまま籠城を続けてもいずれはジリ貧になるだけ。ならばまだ士気が保たれている今のうちに兵を損じぬよう内海を渡り、パルスで味方を得て、その上で故国の回復を目指そうとこの方は言うのだ。
「では、パルスでどなたをお頼りになられるおつもりでしょうか?」との私の問いに、内親王はかの王子の名前を告げた。感心しないと言った表情が思わず出てしまった私に苦笑しながら、他に誰を頼るのかと強い眼差しを私に向け、莞爾として笑ったのだった。
その笑みを見たとき私は決めたのだ。内親王がかの王子に賭けるように、私どももこの内親王に全てを賭けようと。
◇◇
マルヤムのイリーナ内親王か。前世ではともかく、王族として生まれ育った今の俺にとって、最も嫌いなキャラクターが彼女だ。
国王と王妃がボダンや聖堂騎士団に殺され、姉のミリッツァ内親王がアクレイア城の落城の際に命を落とした以上、彼女こそがマルヤム王室最後の生き残りだった。だが、一体彼女が故国のために何をしたというのだろうか。ギスカールにあれだけ周到にお膳立てしてもらったにも関わらず、仇敵のイノケンティス王すら殺せなかったではないか。いかに盲目とは言え、王族なのだからな。自決の方法ぐらいは教わっていただろうよ。それを応用して首筋を狙えば盲目で非力な彼女であっても、惰弱なイノケンティスの一人や二人は殺せたはずだ。実際この世界のタハミーネですらイノケンティス王を殺せたんだからな。
そして、イノケンティス王の殺害に失敗して以降、彼女は故国回復のためには一切何もしていない。せいぜい、姉のミリッツァ内親王に申し訳ないと口で言うだけのことだった。トゥルクに夫婦で亡命し、三年間何もしないでヒルメスとイチャコラして過ごし、出産に際して母子ともに命を落としただけだった。しかも夫のヒルメスは実はマルヤム侵略に加担すらしてたんだぜ。そんなのの子を産もうとしてそれで命を落とすだなんて、彼女に故国回復の願いを託して死んでいった多くのマルヤム国民はどう思っただろうかね。彼女に裏切られたマルヤムの英霊たちが彼女に祟って、それで彼女が死んだというのが真実でも不思議はないと思えるくらいだ。
そんな内親王殿下が俺に会いたいだって?ああ、会ってやろうじゃないか!そしてはっきりと言ってやるさ。ヒルメスなら俺が殺してやったと。だから心置きなく、この世界のあんたは故国回復に専念するべきだと。そう言ってやろうじゃあないか!
と思っていたんだけどな…。
あれ?おかしいな。この内親王、目がちゃんと開いてるぜ?明き盲って訳じゃあ無かったよな?それにメルレインが思わず心惹かれてしまうほどに、ひ弱すぎるぐらいにおしとやかだったはずなのに、この内親王、やたらと背が高くてガッチリしてるぜ?へその見えるドレスを着てるんだが、どう見ても腹筋が割れているように見えるぞ?それにこの内親王、今、俺を見て微笑ったぞ。しかも、あえて擬音にするなら、「ニコリ」じゃあない。「ニヤリ」としか言いようがない、太い笑みを浮かべて、だ。
「おお、会いたかったぞ、ラジェンドラ王子。薄情にもイリーナのことを忘れて、ルシタニアのマルヤム侵略に加担すらしたヒルメス王子なんかよりもずっとな!」
…今、何か耳を疑うようなことを言われた気がする。
「ヒルメス王子のこと…知ってたのか?」
「ああ、そりゃあ知ってるさ。最初の頃あの男は仮面なんか付けてなかったんだ。それでいてあの火傷だろ?多くの人間があれはヒルメスだと知っていたさ。イリーナなんかは心痛の余り寝込んでな。アクレイア城に籠もってからもメソメソメソメソ泣き暮らしてな。ペシャワールでヒルメスが死んだって噂を聞いて、後を追うかのように息を引き取ってしまったよ、残念なことにな」
息を引き取った?イリーナが?だとしたら一体…
「誰だよ?お主、イリーナ内親王じゃあないんだな?だとしたら、お主は一体誰なんだよ?」
「決まっているだろう?イリーナ内親王の姉、ミリッツァ内親王だ。周辺諸国で年回りが近くて独身なのはお主だけだったからな。結婚するならお主だとずっと思っていた。会えて嬉しいぞ、ラジェンドラ殿!」
「…生きていたのか、お主?それに一体どうやって城から脱出出来たんだ…」」
いや、彼女は二年に及ぶ籠城戦の果てに命を落とすはずだったから、原作でもこの時点ではまだ生存しているはずではある。だが難攻不落の要害に籠もりきりで、船を連ねて脱出出来る余裕などなかったはずなのだ。
「内通者を使って城内を混乱させた上で開門させるなどという姑息な手を使おうとしていると判ったのでな。それを利用して城内に誘い込み、罠と伏兵で一網打尽にしたのさ。始末できなかった兵には逃げられたが、奴らが援軍を伴って戻ってくる前に一気に脱出してきた訳さ」
「なるほどな…」
つまり原作通り敵は内通者を使おうとしたが、仕掛けるのが早過ぎて逆に嵌められた訳か。だとしても、一年半以上も援軍の来ない籠城戦を続けられるわ、策を逆手に取って嵌めるわ、そこら辺の男より遥かに強そうな気配を醸し出してるわ、こいつ何かの間違いで王家なんかに生まれたクチだな。さぞや、お前みたいな王族がいてたまるか!とか言われてきたことだろうよ。俺もだが。
「建国以来の祖法でな、内親王は王位を継げないことになっているのだ。お主、私と結婚してマルヤムの王となってくれないか?」
待て、本気なのかこいつ。
「俺でいいのか?年は多少離れていても適性の有りそうな奴は他にいるんじゃないか?」
「ああ、十年ほど前にはギスカールに声をかけたんだがな。兄が心配だからと断られた。存外に兄思いでな、あいつ」
それにギスカールが他国に行ったら、その他国にルシタニアが滅ぼされそうだもんな。あのイノケンティスじゃひとたまりもないだろうし。ルシタニアがギスカールを手放す訳もないわな。
「で、どうだ?貧しい国ではあるがな。ここまでぶっ壊れてしまったんだ。この際好きなように作り変えて構わんが、どうだ?」
「そうだな、今から言う条件を呑んでくれるのならいいぞ?」
そして、俺はその条件を口にした。ミリッツァの反応は芳しいとは言い難かった。
「…お主なあ、それを私に言うとはどういう神経してるんだ?とてもまともじゃないぞ?」
「昔から決めていたことなんだ。俺が俺と交わした誓約だな。もし俺が王になれるのなら必ずこれを実現しようと。それが実現できないなら王になんてならないとな」
「ああ、もう、判った、判ったよ。それでいいさ。私としても、あんなものがそこらで野放しになってるなんてゾッとするからな。お主がどうかしてくれるんならその方がいいさ」
よし、それなら心置きなく王になれるな。さて、その前に片付けるべきものを片付けるとするか。
後書き
二年も籠城続けられるなんて、ありがちなお姫様じゃあ無理だろ。きっとタフでマッチョな女だったに違いない!ってことでこうなりました…。
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