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ラジェンドラ戦記~シンドゥラの横着者、パルスを救わんとす

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第三部 原作変容
序章 新朝始歌
  第三十話 新朝始歌

原作でアルスラーンが行った布告は「ルシタニア追討令」と「奴隷制度廃止令」の二つのみだった。しかし、この世界ではもう一つの布告「新王朝開闢の詔」までもが行われている。

このもう一つの布告では、前王朝であるカイ・ホスロー王朝が、最後の三人の王については宝剣ルクナバードの追認を受けることが出来ていない王だったこと、ゴダルゼス二世が偽りの予言を真に受けて王朝延命の為にヒルメスという不義の子を儲けたこと、そのヒルメスがルシタニアを引き入れ侵略に加担したことなどを明言し、前王朝が暴走を繰り返し、命数を使い果たしたと断定している。そして、アルスラーンは前王朝の血統を受け継いではいないものの、宝剣ルクナバードの信認を受けている上に、前王朝の最後の国王アンドラゴラス三世より立太子もされており、適法に前王朝を引き継いだ存在であるとして自らの正統性を主張。パルス全土の諸侯と全将兵を率いる盟主として、侵略者であるルシタニアと戦い、前王朝の政治的不公正の是正、近隣諸国との友好関係を樹立して大陸公路の平和を保全することを誓っている。そして最後に、ルシタニア人を駆逐し、国内に安定が取り戻された時点で新王朝の開闢を宣言し、ルシタニア人女性、エステル・デ・ラ・ファーノを王妃として迎えることまでを言明している。まるでこの布告は新たな王朝の開闢を高らかに歌う始まりの歌のようであった。

いや、原作を知る転生者の自分としては、この時点でよくここまで明言してしまったものだなあ、と驚嘆するしかない。原作ではアルスラーンが前王朝の血をひいていない事実を公表したのはルシタニアを駆逐してからのことだった。なのに、それをルシタニアと戦う前から明かしてしまうなんてな。諸侯が味方にならないどころか敵に回る可能性を考えなかったのか?その恐怖を感じなかった訳ではないだろうに!などとも思うんだがな。

が、ナルサスはそれはないと読んだのだろう。諸侯としては、ルシタニア軍と戦うための盟主にアルスラーン王太子を仰ぐ以外に選択肢などない。王家以外で盟主として立てる実力を持つものなど存在しないのだから、ルシタニア軍に各個撃破されるのを避けたいのなら王太子の元に参集するしかないのだ。

また、エステルを王妃に迎えることを宣言したことにも俺としては不安を感じずにいられなかったが、それも奴隷制度廃止令と同じく、諸侯が勲功を上げて団結して撤回を要求すれば覆せると、諸侯が勝手に解釈する余地を残したということなのだろう。

まったく、ナルサスときたら、呆れるほどに悪辣なペテン師だよな。俺なんて奴の足元にも及ばないわ。…多分向こうもこっちのことをそう考えていそうな気がするがな。

◇◇

「サンジェ、サンジェはどうした?おらぬのか?」

我らがザッハーク一党の頭、尊師が弟子の一人の名を呼んでおられる。奴め、まだ戻っておらんのか。私、グルガーンは尊師に近づき、耳打ちをした。

「尊師、サンジェはヴァフリーズの密書を奪ってくると言ってペシャワールへ赴き、まだ戻っておりません。私も止めたのですが、尊師のお役に立ちたいのだと」

「やれやれ、気持ちは有り難いが儂に無断で動くとは困った奴じゃの。まあよい、グンディー、グンディーはおるか!」

「はい、お側に!」

闇が揺らめいたと思ったら、その次の瞬間にはグンディーがすぐそこに現れ、頭を垂れていた。

「グンディー、汝の誇りとするは、確か瞬間移動の術であったの?」

「はい、長距離は無理ですが、数ガズ(≒メートル)の距離ならば瞬時に移動を繰り返すことが出来、戦闘にも使用できます」

「よし、汝に命ずる。ラジェンドラ王子の一党がタハミーネを王宮から救い出しおったが、まだ遠くへは行っておらぬじゃろう。かの王子の羽翼を一つ二つもいで参れ!パルスの太陽はいつまでも奴らの上に輝かぬと教えてやるのじゃ!」

「ははっ!!」と一礼するとグンディーは姿を消した。

なるほど、瞬間移動の術であれば、気配を悟られずに接近でき、どのような手練れでも造作なく屠れるということか。まずいな、王子たちに連絡を。いや、無理か。このグルガーン、皮肉にも尊師に信頼を得過ぎ、弟子たちの筆頭として常に尊師の側にあるよう命ぜられてしまっている。お陰で連絡を取る隙すら作れぬ。申し訳ないが、王子たちには自力で何とかしてもらうしかない。どうかご無事で。

◇◇

その男が、馬に乗って近づいてきたのは、俺たちが大陸公路の脇で夜営をし、焚き火のもとで食事をしていたときだった。焚き火に照らされたその男の顔立ちは秀麗と言ってよいほどのものだったが、眉間に刻まれた皺と不自然な曲線を描いた口元が剣呑な印象を与えていた。三人娘などは思わず傍らの武器を引き寄せようとしたほどだ。

「大丈夫」

と骨付き肉にしゃぶりついたままのラクシュが告げたことで、三人娘は警戒を解いた。ラクシュは殺気をもって近づく人間を決して見逃さないし、三人娘はその意味ではラクシュを信用している。あくまでもその意味では、だが。

「馬上から失礼。妹を探している。アルフリードと言って、年は十六歳。頭に水色の布を巻いていて、馬と弓を得意としている勝ち気な娘だ。心当たりはないか?」

顔つきといかにも盗賊然とした装束で察しがついていたが、今の言葉で確信した。こいつ、アルフリードの兄でゾット族の一員、メルレインだ。妹を見つけぬことには故郷に帰れぬと、あちこちを探し回っていて、原作ではダイラム地方に最初に姿を現したが、パルス暦321年1月4日の今この時には、王都から東へ二十ファルサング(百キロメートル)ほどのこの辺りにいたということか。

「アルフリードなら俺の知り合いのところに身を寄せているから知っているぞ。俺はアルスラーン王子の知り合いでラジェンドラと言う。こいつらは俺の配下と、その関係者?だ。ところでお主は何者だ?」

「何、知っているのか!や、失敬、俺はメルレイン。ゾット族の族長、ヘイルターシュの息子だ」

馬から下りて頭を下げ、話を詳しく聞かせて欲しいと言うので、俺は三人娘にメルレインの分の飯を用意してやるように言い、ラクシュの右隣に座らせてやることにした。さっきまでそこに座っていたタハミーネは少し機嫌を損ねたようだったが、ではラクシュの正面に座ればいいではないかと言うとむしろかえって喜んだ。メルレインはそんなタハミーネを一瞬見やりはしたものの、すぐにこちらに視線を戻し、話を促すように俺に無言で語りかけてきた。ひ弱すぎるほどおしとやかな女性が好みなはずのメルレインだが、今は妹のことでそれどころではないのか。或いは三十六歳のタハミーネは年齢的に対象外なのか。おっと、タハミーネが怖い目でこっちを見た。内心がダダ漏れだったか。とにかく事情を話してやることにした。

◇◇

俺、メルレインは妹のアルフリードが、親父の死後、アルスラーン王子のところに身を寄せていると聞き、顔をしかめずにいられなかった。独立不羈のゾット族の誇りをあいつは忘れたのかと問い詰めたい気分になった程だ。だが、正確にはアルスラーン王子と行動を共にしているというより、王子の部下のナルサスという男に惚れてついていってるらしい。ナルサスとはどんな男かと聞くと宮廷画家を志していると言う。そんななまっ白そうな男なんかに惚れたのかと思いながらもよくよく話を聞くと、剣を取っても強く、謀略にかけては三カ国連合軍を口先一つで追い返す?何だそれは?訳が判らん!妹の様子も気になるし、ここは俺もペシャワールに―

俺のすぐ隣のラクシュ殿の手にいきなり弓が出現していた。いや、弓弦が震えているところからすると弓を射た後なのか?いや、射る瞬間など俺は見ていないのだが、それとも見えなかった?

「ぐうっ!!」

ラクシュ殿の斜向かいに座っていた女性、確か、名前はフィトナと言うのだったか、の後ろに突然黒い影が現れ、その人影が左胸に矢を生やして胸を抑えていた。

即座に他の二人とともにフィトナが剣を抜いて首をはね、更に体をめった切りにした。更に死体には芸香の粉末をふりかけ、更には焚き火の火を移して燃やし始めた。

火に煽られて飛んできたその男が纏っていた衣の一部をラジェンドラ殿が手に取り、小さく嗤う。

「暗灰色の衣…。ザッハーク一味か」

「ざ、ザッハークだと!?」

あの蛇王ザッハークのことか!?

「メルレイン殿、俺やアルスラーン王子の周りにはこういう怪しい連中もつきまとっておってな。出来ればお主にも力を貸して欲しいのだ。お願いできるだろうか?」

「あ、ああ、判った。俺もあんたたちと一緒にペシャワールに行こう」

妹の事も心配だし、ナルサスとか言う男も俺自身の目で見極めたいしな。

◇◇

全く、ザッハーク一味め、一体いつの間に俺たちの直ぐ側まで近づいていたのやら。もしかしてあれかな?原作では尊師がアンドラゴラスの剣を瞬間移動で躱していたりしたけど、そんな感じの術で移動してきたのかもしれない。だが、ラクシュの並外れた殺気察知能力と早撃ちの前では意味が無かったな。これでザッハーク一味は尊師を含め残り五名か。あと一人で折り返しだな。更に今回俺たちはメルレインという頼もしい仲間も得た。タハミーネも無事救出出来たし、タハミーネは自分の娘と信じて疑わない存在を見出したわけだし、この旅は万事うまく行ったと言う感じだな。さあ、ペシャワールに戻ろうか。

時は今、パルス暦321年1月1月4日。原作よりほぼ三ヶ月前倒しで進むこの戦いがどのような結末を迎えることになるのか、今はまだ誰も知らない。 
 

 
後書き
次回より 汗血公路 的な 新章に突入します。 
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