魔法少女リリカルなのは~無限の可能性~
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第5章:幽世と魔導師
第170話「再会と別れ」
前書き
優輝達は大門を閉じない限り解決しないと考えていましたが、実は防衛に徹しているだけで解決できたのが今回の戦いでの真相だったりします。
……尤も、骨折り損ではなく、守護者と戦ったからこそ犠牲が少なく済んでいます。
=out side=
「―――……」
それを、誰もが注目して見ていた。
左右に両断され、瘴気の残滓へと姿を変える守護者。
そして、それを成した守護者と瓜二つの姿であるとこよ。
ある者は警戒を。
ある者はただ驚愕を。
ある者は安堵を。
それぞれの想いと共に、彼女を見ていた。
「……あれが、本当の……」
「大門の守護者……有城とこよか……」
遠くで見ていた司と帝がそう呟く。
紫陽に彼女について教えてもらったため、司達は彼女に対して警戒していない。
ただし、驚愕はしていた。
「……ご主人様……本当、に……」
「っ………」
とこよをよく知る蓮と織姫は、その場に立ち尽くして涙を流していた。
ずっと会えなかった主を、再び見る事が出来たからだ。
それも、守護者という偽物としてではなく、本物を。
「………」
「あっ!?」
注目の的となっていたとこよは、周囲を一瞥してから無言でその場から立ち去る。
全員が思わず追いかけようと動くが、優輝がその際によろめく。
「優輝君!」
「優輝さん……!」
司と奏がそれに気づき、すぐに駆け寄る。
アリシアや帝など、他の魔導師組も駆けつけた。
「ユーノ、容態は!?」
「……力を使い果たして、体の隅々までボロボロになってるよ。……でも、偽物に襲われた時のリンカーコア程じゃない。普通の治癒魔法で何とかなる」
「よ、よかった……それなら……!」
魔力を使い果たした司の代わりに、アリシアが治癒系の霊術で優輝の体を癒す。
帝の持っている霊薬でもよかったが、もう戦闘はないと見てアリシアに任せていた。
「あいつは……どこに向かったんだ?」
「幽世の大門だろうね」
「本来の守護者であれば、大門を閉じるのも容易……って訳ね」
帝の呟きに紫陽が答え、鈴が納得する。
「それと……」
『え……きゃっ!?」
紫陽が御札を一枚取り出し、紫陽の体……否、葉月の体から光の玉が出てくる。
その光の玉は御札に吸い込まれ、一つの小さな体を作り出す。
「ね、姉さん……!?」
「戦いが終わったなら、あたしも葉月に負担を掛ける意味もない。だからこうやって式神の体を応用して分裂したのさ。葉月がいる限り、あたしは現世に縁を繋ぎ続けられるからね」
その体は、先ほどまでの紫陽の体をデフォルメ化したようなものだった。
葉月にこれ以上の負担を掛けないように、自ら別の器に移動したのだ。
「ぁ……っ……」
「ほら、言わんこっちゃない。いくら相性がいいとはいえ、人の身に幽世の神の力を宿したんだ。本来の神降しと違うとはいえ、負担はかなりのものだったはずだよ」
「っ……すみません、姉さん……」
「いいさ。謝るのはあたしの方だからね」
ふらつく葉月の体を、紫陽が小さな体を浮かせて支える。
「さて、このままお別れなのも嫌だろう?とこよに会いに行くよ」
「で、でも、無言で立ち去ったって事は……」
「幽世で一緒にいたあたしが言うんだ。さっさとしな!」
急かすように紫陽がいい、戦闘で疲れた体を引きづって一行は大門へと向かった。
「あはは……やっぱり、追ってきたんだ」
「せっかくの再会なんだ。ゆっくりすればいいってのに」
大門へ辿り着くと、そこにはいくつもの御札がばら撒かれていた。
それぞれに複雑な術式が込められており、一種の儀式のようになっていた。
「術式を起動すれば大門は閉じるよ。閉じた後も現世にいたら、今度は私たちが均衡を乱す存在になっちゃうから」
「だろうね。そういう訳だ。話す事をしっかり話してきなよ」
そう言って、紫陽は蓮や鈴など、とこよと関わりがある者に会話を促した。
「……」
「……」
まず前に出たのは、鈴と澄姫。そして葉月の三人だ。
葉月は既に涙を浮かべ、気丈に振舞う鈴と澄姫もこみ上げる想いに耐えていた。
「……うん。久しぶりだね。……まさか、鈴さんと葉月ちゃんが生まれ変わってるとは思わなかったけど……」
「……二言目がそれ?まったく、その様子じゃ、全然変わってないじゃない……本当に、躍起になって損したわ……!」
「とこよさん……とこよさん……!」
ずっと探していた人。ずっと行方が知れなかった人。
そんな人物と再会できたのは、実に感慨深いものだろう。
特に、葉月の場合は姉と友人の二人と再会できたのだから。
その証拠に、強がっている鈴の頬を、涙が伝っていた。
「……ずっと、幽世にいたのね。……見つからなくて当然、ね」
「澄姫……」
「文は……あの子は、貴女が見つからなくて特に悲しんでいたわよ」
「そっか……」
澄姫はどこか納得したように溜息を吐く。
「……思えば、校長先生や三善先生は察していたのかもね……だから、未練として思念が残る事はなかった……」
「……ねぇ、澄姫」
思い返すように呟く澄姫に、とこよは静かに声を掛ける。
……そして、刀を向けた。
「なっ……!?」
「ッ……!?」
「………」
驚く司達。対し、澄姫は済ました顔でその刀ととこよを見据えていた。
「選んで。ここで私に消されるか、自分から消えるか」
「な、何を……」
「外野は黙っておきな」
何をするつもりなのかと、司が尋ねようとする。
しかし、紫陽がそれを止める。
「貴女に消されるのも悪くない……でも、それはダメね。この体は借り物だもの。ちゃんと返さないとね」
「……どういう、事なんですか……?」
当時の澄姫を知っている葉月は、なぜ消えなければならないのか、とこよに尋ねる。
「……葉月、こいつはお前と違って生まれ変わった訳ではない。かと言って、幽世にいた訳でもない。そして、式姫になった訳でもない。……ただの霊でしかない」
「っ、そういう、事……!」
鈴が納得したように目を見開く。
紫陽は澄姫を見た時からわかっていた。だからとこよの行動に驚かなかったのだ。
そして、沈黙を保っている悪路王も、既に澄姫の状態を悟っていた。
「未練を残し、故に成仏が出来ない。それが霊。……数百年もの間、ただの幽霊が留まり続ける事なんて不可能よ。留まれるとしたら、それは、もう……」
「そう。悪霊でしかない」
「「「ッ……!?」」」
外野の司達は、鈴ととこよのその言葉に驚愕する。
「ねぇ、澄姫。その体の持ち主の精神は、どうなってるの?」
「……戦闘に耐えきれなくて気絶しているわ。……それ以外は無事に決まってるじゃない」
「……そうだね。澄姫が、そんな下手を打つ訳がない」
刀を向けつつも、とこよは僅かに笑みを浮かべる。
それは、まるで変わっていない親友に向けるかのようで……
「どうして……澄姫さん……!」
「……悔しかったのよ。とこよが見つけられなかったから、私が最後まで支えになる事が出来なかったから……!だから……!」
「……紫乃さんと、文ちゃんの思念を利用した」
「ッ……!」
それは、その二人の想いをダシにしたようなもの。
実際に体や魂を利用した訳ではないとはいえ、感情的に許せないものだった。
「……ええ、そうよ……!私だけでは力を保ったまま霊としていられなかった……!だから、だから二人の想いも私が取り込んだのよ……!」
「それでも、悪霊になったのなら、力が変質してしまう」
生前と悪霊の時では、力の性質そのものが違う。
そのため、澄姫が生前の力のままというのは些かおかしかった。
「……そっか。封印、したんだね?自分自身を、きっと未練を解消できるその時まで決して悪霊にならないように」
「……本当、お見通しね。とこよ……。どこか抜けてたあの時とは大違い……」
誰もが、二人の会話に割り込めない。
どれだけ澄姫がとこよの事を想って我慢してきたか。
その辛さが漠然とながらも分かったからだ。
「……あぁ、文と紫乃姉に、いい土産話が出来たわ……。尤も、私が行き着く先に二人がいるとも限らないし、快く出迎えてくれるとも思えないけどね……」
「澄姫……」
澄姫の体が淡く光り始める。
それが何の兆候か、すぐに理解できたのはとこよと鈴、悪路王だけだった。
「……あの二人なら、澄姫の事を許してくれると思うよ。だって、どちらかと言えば澄姫が無茶した事への心配の方が強いだろうから」
「……そう、ね。そうだと、いいわね……」
淡い光は徐々に強くなっていく。
同時に、澄姫の語気も弱くなっていき、頬を涙が伝っていた。
……既に、とこよは突き付けていた刀を下ろしていた。
「……何が、どうなっているんですか……?」
「封印していた事で、結局悪霊になる事はなかった。……そして、今、その未練が解消されたのよ」
「つまり……」
「……成仏の時よ」
葉月の言葉に、鈴が答える。
その返答に、澄姫を知る式姫達二人は驚いていた。
「ねぇ、澄姫」
「……何よ」
「最後くらい、素直になってもいいんじゃないかな?」
「っ……!」
とこよがそう言うや否や、澄姫はとこよに抱き着いた。
「貴女がっ……!いなくなって……!本当に、本当に……!寂しかった……!悲しかったっ……!だから……だからぁ……!ぁぁああ……!」
「……うん、うん……。ごめんね……帰れなくて。でも、私は元気だから。大丈夫だよ」
泣きじゃくる子供のように、澄姫は涙を流して自らの想いを吐き出した。
それをとこよはまっすぐ受け止めていた。
「……だから……また会えて、本当に……よかった……!」
「……うん。私も、澄姫とまた会えてよかったよ」
一頻り涙を流し、自身の想いを吐き出した澄姫は、その言葉を最後に一歩とこよから離れる。
「それじゃあ……さようなら。元気でね。とこよ」
「うん。澄姫こそ、良き来世を」
その言葉を最後に、一際光が強くなる。
そして、光が収まった瞬間、澄姫の……否、澄紀の体がとこよへと倒れこんだ。
「……今まで、本当にお疲れ様。澄姫……」
既に、澄紀の体に澄姫はいない。
……成仏して、消えたのだ。
「っ……ぁ……」
すぐに澄紀の意識が戻る。
目を覚ました澄紀は自らを抱き抱えるとこよを始めに、辺りを見渡す。
「……澄、姫……さん……?」
「……彼女は、もういないよ」
「……そう、ですか……」
「(……見た目も、名前も、雰囲気も似ている。でも、やっぱり別人だね)」
澄紀を抱えるとこよは、彼女を見てついそう思った。
そこでふと、頬を涙が伝っているのに気付いた。
とこよも、親友との別れが惜しかったのだろう。
「……あんた達も、いつまでも憑依を続けてないで出たらどうだい?」
「……そうね。私たちだけじゃなく、皆も会いたかったものね」
紫陽の言葉に、鈴が術式を弄って憑依を解く。
すると、鈴からは天探女と猫又が。
蓮からは山茶花、織姫からは鞍馬が出てくる。
澄紀からも、コロボックルが出てきた。
そして、同時に猫又とコロボックルがとこよへと抱き着いた。
「とこよー!会いたかったにゃー!!」
「ご主人サマ!ようやく会えたヨ……!」
二人は、式姫としても子供っぽさが残っている。
そのため、寂しさも人一倍強かったのだろう。
「……皆も、久しぶり」
「……ああ」
「本当に、久しいな」
「………」
衝動的に動かなかった山茶花たちも、感動は隠せないようだ。
「……随分、減っちゃったみたいだね」
「減った……式姫の数が、ですか?」
「うん。私は、幽世の守護者になってから、ずっと幽世にいたからね」
「そうか、式姫はいずれ幽世に還る。幽世にいたならば、誰が現世に居続けているか把握できる。という訳か……」
実際、現世に残り続けているのはこの場にいる式姫達だけだった。
それだけの月日が流れていたのだと、とこよは改めて実感したのだ。
「……つまり、幽世には皆がいる、と?」
「そうだよ。でも、ダメだよ?自分も行きたいって言うのは。ちゃんと生き抜いてから来てね?」
「っ……はい」
頭の片隅では、言われたような事を考えていたのだろうか。
蓮は少し言葉を詰まらせて、とこよの言葉に返事した。
「それにしても……うん。皆元気そうで良かったよ。これで心置きなく幽世に帰れるよ」
「そう……また、戻るのね?……まぁ、とこよが元気にしてるってわかっただけでも、私たちは救われたわ。今まで、どこで、何をしているのか……何をしていたのかすらわからなかったもの」
「はい……。姉さんと、幽世にずっといたのなら、安心できます」
鈴と葉月が、目尻に涙を浮かべながらも、安心したように微笑む。
「あたしもとこよも、現世に長居できない存在になってしまったけどさ。二度と会えない訳じゃないさ」
「葉月ちゃんも鈴さんも、人としての生が終わったら、幽世に招待するよ」
「あら、また生まれ変わるのはダメなのかしら?」
「そうしたいのならしてもいいさ。強制はしない。あたしやとこよにそんな権限はないからね」
軽口を叩く鈴だが、もちろん招待されるのであれば、招待されるつもりだった。
元々の目的は再び開いた幽世の大門を閉じる事であり、とこよと再会できたのはその目的を達成した事による副産物でしかない。
しかし、それでも再会できたのは嬉しいものなのだ。
ましてや、それが行方知れずとなっていたとこよが相手なのだから。
葉月もまた、会えず仕舞いだった姉ととこよと、一緒にいられるのは嬉しかった。
「……出来れば、椿ちゃんと葵ちゃんとも会っておきたかったけど……」
「それは―――」
「言わなくてもいいよ、志導優輝君。二人が今君に憑依していて、しかもそれが死の瀬戸際なのは、私にもわかるから」
瀕死の状態での憑依。
それにより、どうなるかわからない状態に、椿と葵はなっている。
それを伝えようとした優輝だが、とこよは既に把握していたようだ。
「……二人に、私が幽世で元気にしてるからって伝えておいてね」
「……ああ」
「それと……ううん、これは私が言うべきじゃないか……」
今の優輝に対し、とこよは何か言いかけるが止める。
そして、その場にいる全員を一瞥して……
「それじゃあ、私たちは幽世に帰るね。後の事をほとんど丸投げしちゃうけど、任せるよ」
「っ、あ、ああ。……取り返しがつかないものもあるが、何とかしよう」
「私たちも全面協力するからね」
指揮を務めるのがクロノだと見抜いたのか、後始末に関して任せると、とこよはクロノに言った。
「……あ、そうだ。志導優輝君、言い忘れてたけど……」
「ん?なんだ?」
「―――あの時、貴方を助けた矢」
「ッ……!」
とこよに言われ、優輝は思い出す。
あの時、寸での所で自身の命を救った矢の魔法。
誰が放ったのか、頭から抜け落ちていたが、その言葉で思い出したのだ。
―――“大回復-真髄-”
「じゃあ、魔導師の人達と、私の大切な人達。きっと、またね」
「今度は普通に会えるといいな」
優輝に一つの治癒系霊術を掛け、とこよと紫陽は幽世の大門を通って姿を消した。
そして、すぐに大門は閉じ、周囲に広がっていた嫌な空気が消え去った。
「最後のって……どういう事?」
「ッ……!」
「あっ、優輝君!?」
とこよの言葉を聞いていたアリシアが呟くと同時に、優輝は駆け出した。
それを慌てて追いかけようとする司。
『皆、無事!?』
「エイミィか!」
そこへ、瘴気や戦闘の影響で出来てなかった通信が回復する。
「こっちはたった今、幽世の大門が閉じられた所だ」
『そっか……よかった……』
「各地の様子はどうだ?」
『途中から妖がほとんどいなくなったから、被害はほとんどないよ。出来れば、そっちに人員を割きたかったけど、瘴気の影響か観測が出来なかったから……』
「なるほど。とにかく、こちらも解決した。色々情報を整理するために、一度回収してくれ」
簡潔に情報を交換し、一度戻るとエイミィに伝えるクロノ。
『でも、優輝君の反応が離れていってるよ?もしかして……』
「っ、そうだったな。一体、どこに向かったんだ?」
『えっと、瘴気の影響でまだノイズがあるけど……この方向は……』
エイミィの探知を頼りに、クロノ達はすぐに優輝を追うように行動を開始した。
なお、戦闘で疲れ切ってる者、気絶している者、直接追いかけるつもりのない者は、そのままアースラに回収された。
=優輝side=
―――あの時、貴方を助けた矢
その言葉を聞いた後、僕はすぐさまある場所へと向かった。
それは、守護者と戦闘していた場所。
矢の魔法が飛んできた座標。
「(方向と、角度からして……)」
辿り着くと同時に、記憶を頼りにどこから飛んできたかを逆算する。
あの矢は、一瞬しか見ていなかったとはいえ、術式は難しいものではなかった。
術式の構成としては、“威力”と“貫通性”、“速度”の三つが重視されていた。
“誘導性”が関係する術式は見受けられなかったため、軌道の変化もなかっただろう。
つまり、軌道が曲がったなどで、発射地点がずれる事はない。
「そこか……!」
守護者……否、とこよさんが掛けてくれた霊術のおかげで、体力は回復している。
傷も大体塞がっており、疲労と魔力以外で移動に支障を来す事はない。
おまけに、魔力も結晶が余っているから問題ない。
「っ……!」
発射位置まで飛んで移動すると、そこには……
「シャル……!」
弾き飛ばされて地面に刺さった後、目を覚ました時には行方不明になっていたはずのシャルが、その場所に刺さっていた。
〈マイスター。ようやく来ましたか〉
「……なぜ、ここに?」
いや、微かに記憶には残っている。
僕が気絶する寸前、誰かがシャルを掴んだのを。
そして、その時聞いた声。あれは―――……
〈伝言があります〉
「っ……聞かせてくれ」
〈“あの時の公園で待ってる”……と〉
「………!」
その言葉を聞いた瞬間、マルチタスクを用いて転移魔法の術式を組み立てると同時に、その言葉の真意を推測した。
「(シャルを用いた上で、“あの公園”のワード。そして、気絶寸前に聞いた、あの声……。だとしたら、その“公園”は……!)」
術式の上に魔力結晶を叩きつけ、起動させる。
乱暴ではあるが、これで転移魔法が発動する。
転移する先は……そう、“海鳴臨海公園”だ。
「っ……」
回復したとはいえ、疲労が消える訳じゃない。
転移の反動で少しふらついた僕は、それでも“その姿”を視界に捉えた。
例え、服装が着物だったとしても、“その姿”を見間違える事はない。
「……さすが。すぐにこの公園だって断定するなんて」
「………」
公園には海側と公園側を向いているベンチが一組で設置されてある。
その公園側を向いているベンチに、“彼女”は座っていた。
「……やっぱり、緋雪……」
「……三年ぶりだね。お兄ちゃん」
今の状態になっても、“信じられない”という気持ちが強かった。
同時に、再会できた事に対する嬉しさが沸き上がってくる。
「本当に、緋雪なのか……?」
「そうだよ。偽物でも、妖でもない。死んではいるけど、正真正銘お兄ちゃんの妹の緋雪だよ」
反射的に解析魔法を使う。
霊術による解析も同時に行うが、どれを取っても“偽物”だと判断する要素はない。
……間違いなく、目の前の緋雪は本人なのだ。
「……どうやって、ここに……」
「私、死んだ後幽世に流れ着いたんだ。転生者の魂だったから、普通とは違ったみたい。……それで幽世の大門が開いた時、紫陽さんに幽世から現世へと召喚してもらったんだ。……他でもない、お兄ちゃん達の手助けのために」
「そう、か……」
言葉が上手く出てこない。
緋雪は、生前と比べて随分と大人びていた。
幽世にいたという事と、紫陽さんの名前が出た所から、あの二人と共にいたのだろう。
「……生き返った、訳じゃないんだな」
「残念ながら、ね。現世に肉体が残っていない私は、どうあっても生き返る事は出来ないよ。……せっかく会えたのに、ごめんねお兄ちゃん」
「いや……高望みしただけだからな……大丈夫だ」
頬を叩き、心の中で自分に叱責する。
しっかりしろ。緋雪の前で、情けない姿を見せられないだろう。
「今の私は、式姫と同じような状態なの。それも、限られた時間しか現世にはいられないの。……でも、それでもお兄ちゃんには改めてここで会いたかった」
「……あの時、僕らを助けたのは……」
「うん。私で間違いないよ。お兄ちゃん」
当たり前だな。
シャルを扱えるのは、制作した僕か、緋雪だけだ。
……あぁ、でも、あの時緋雪のおかげで生き延びられたんだな。
「ありがとう、緋雪」
「……えへへ……。お兄ちゃんにこうして褒められるのも久しぶりだなぁ。ちょっと照れ臭いや」
はにかみ、恥ずかしそうに頬を掻く緋雪。
「………」
「………」
もう叶う事はない再会だからか、それ以上の言葉が出てこなかった。
緋雪も同じなのか、しばらく沈黙が続く。
……すると、次の瞬間緋雪は抱き着いてきた。
「緋雪……?」
「ごめん、お兄ちゃん。……しばらくこの状態でいさせて」
緋雪の身長は、生前から少ししか伸びていない。
中学生になってから身長が伸びた僕からすれば、抱き着かれても支障はないが……。
「……ああ。いいぞ」
「……。ありがと」
抱き着く力が少し強くなる。
緋雪がこうして抱き着いてくるのは、理解できる。
どうあれ、ずっと会えないと思っていたのだ。
なのに、再会できた。それなら、会えなかった寂しさが爆発するものだろう。
「………」
僕自身、その寂しさがあった。
だから、僕からも抱き返し、頭を撫でる。
死に分かれた事で会えなくなった分を、補うように。
「……ん、もう、いいよ」
「そうか?」
「うん。……そろそろ時間だから」
名残惜しそうに僕から離れる緋雪がそういう。
緋雪の体は、どこか透けてるように見えた。
「……大丈夫。そんな悲しそうな顔しないで、お兄ちゃん」
「ぇ……」
緋雪に言われて、顔に手をやる。
……緋雪の言う通り、悲しそうに顔が歪んでいた。
「不幸中の幸いと言うべきか、現世と幽世に大きな“縁”が出来た。……きっとまた会えるよ。お兄ちゃん」
「……」
「だから、“さよなら”は言わない」
段々と、緋雪の体が透けていく。
元々緋雪を召喚した術式は、自動的に送還する術式もあったのだろう。
だから、幽世の大門が閉じていてもそのまま帰る事が出来る。
「緋雪……」
緋雪の瞳は、シュネーだった時のように、悲しみに揺れてはいなかった。
どこまでも済んでいて、とても強い意志を持っていた。
……そんな目で見られたら、こっちも情けない顔はしていられないな。
「……ああ。だから、“またな”だな」
「うん。またね」
お互い、出来る限りの笑みを浮かべる。
「シャルも、短い間だったけどまた会えて嬉しかったよ」
〈……それは、こちらのセリフです。お嬢様……!〉
今は僕が持っているシャルにそう言って、緋雪は改めて僕に向き直る。
「お兄ちゃん。……大好きだよ」
「……ああ、僕もだ……ッ!?」
少し顔を赤くした緋雪の言葉に、僕はそう答える。
その直後、唇に柔らかい感触がした。
……キスされたのだ。
「……えへへ」
それを行った張本人は、満足そうに満弁の笑みを浮かべていた。
……そして、そのまま幽世へと消えていった。
「………まったく、最後の最後で……」
僕を追いかけてきたのか、司達の転移魔法が近くに出現するのを察知しながら、僕は困ったように苦笑いを浮かべ、掌で顔を覆った。
―――ホント、どこかイタズラ好きなのは、ずっと変わらないな
後書き
紫乃…澄姫の方位師の女性。一緒に暮らしているようで、昔は澄姫から“紫乃姉”と呼ばれていたらしい。なお、成長してからはそう呼ぶのが恥ずかしい模様。苗字は公式では不明(多分)。本編では、一応土御門姓の設定。容姿はググってください(説明放棄)。
大回復…単体大回復の霊術。文字通りの効果。大抵の傷や体力はこれで回復する。
前回、感情を代償にしたとか書きながら、明らかに感情があるように見える優輝。……まぁ、あれです。例えるなら、FGO二部のフォウ君みたいな(若干ネタバレ)。
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