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ラジェンドラ戦記~シンドゥラの横着者、パルスを救わんとす

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第三部 原作変容
序章 新朝始歌
  第二十七話 豪王末路

原作で王弟ギスカールは囚えておいたアンドラゴラスに逆に人質にされるという醜態を晒した。しかしあれは、兄イノケンティス王を銀仮面卿に殺させるという妙案を思いついて有頂天になったり、早速実行させようとしたら銀仮面卿が不在で肩透かしを食らってがっかりしたり、それでもアンドラゴラスにはいろいろ使いみちがあるはずだと思い直したり、などと気持ちが不安定なまま不用意にアンドラゴラスに会いに行ったが為に起こったことだった、と俺は思っている。本来の彼らしく、アンドラゴラスを殺すと想い定めて、二重三重に保険を掛けるやり方をしていれば、問題なくやってのけられたはずだ。そう俺は信じてるし、信じたいんだがな。俺のこの熱い期待に応えてくれよな、ギスカール公。

◇◇

なるほど、銀仮面卿もただパルス王室憎さにアンドラゴラスを拷問し続けていたわけではないらしい、と私、ギスカールは思わざるを得なかった。銀仮面卿が死んだことを告げると、拷問吏の長は「これは銀仮面卿の指示で記録を取っていたものです」と数十枚に及ぶ紙束を渡してきた。そこには、アンドラゴラスに対しどのような拷問が効果があったか、食事に毒物等を混ぜた場合、どの毒物なら看破され、どの毒物なら気付かずに口にしたか、口にした毒物の効果はどの程度で、その後回復するのにどのくらいの時間を要したか、などが克明に記されていた。

これこそ今最も必要としていたものだと絶賛した上で私は拷問吏の長を退出させた。実際のところ、アトロパテネではパルス兵のありえない程の精強さに手を焼かされたものだった。倍以上の兵力を揃え、万全の態勢で当たったにも関わらず、こちらが受けた損害は想像を絶するほどだった。もはやパルス人を同じ人類とは考えない方がいいのではないか。あれはきっと人類によく似た全く違う何かだ、とまで私は思うようになっていた。ましてやアンドラゴラスはそのパルス人の頂点として君臨した絶対的支配者だ。奴に対しては更に警戒度を上方修正するべきだと考えていた私にとって、それはまさしく喉から手が出るほど欲していた情報だった。

その記録によると、アンドラゴラスは常人であれば即死するであろう多くの拷問に全く顔色を変えること無く耐えたのだという。拷問吏の長は今まで拷問吏として培ってきた常識が全く通用しない相手に頭を抱え、頭をかきむしり過ぎてそれまで辛うじて残っていた頭髪を全て失う羽目になったそうだ。そして、膨大な時間をかけてようやくアンドラゴラスに苦痛を与える方法を見出したときには小躍りしたとまで書かれていた。

更にアンドラゴラスは食べ物に混ぜた既存の毒物を、例え無味無臭のものであっても確実に見破り、口にするのを拒んだという。あるときなどは、かなり工夫して作り出した毒物を含んだ食事を疑うこと無く平らげ、その後拷問に対する反応も弱くなっていたため効果絶大だったと思っていたところ、いきなり鉄鎖を引きちぎられかけ、すぐさまより強力な新しい鎖に交換することになった。それで不審に思って周囲をよくよく調べてみると、実はそのときの食事を口にしてはおらず全て排水溝に捨てていた事が判明した、ということすらあったという。業を煮やした拷問吏たちは、毒性が強すぎて調合作業にすら危険が伴う毒物を何人もの奴隷を犠牲にしてようやく作り上げたのだが、それが唯一見破られることなくアンドラゴラスが摂取し、功を奏したものとなったという。

なるほど、よく判った。では手筈を整えるとしようか。

◇◇

どうやら奴らは本気で予、アンドラゴラス三世を殺しにかかってきたらしい。先日からの拷問は今までに増して熾烈を極めた。それまでの拷問は激しいながらもこれで殺す訳にはいかないとの配慮が見え隠れしていた。手当は行き届いたものでは無かったが命にかかわる傷は最低限の処置を施されてはいたし、硬い石床の上ではあっても睡眠はそれなりに取れていたし、王者として酒食をほしいままにしていた身には甚だ物足りないながらも食事の栄養は充分だった。しかし、先日からは全く手当がなされず、眠りはしばしば妨げられ、食事は質も量も最悪を極めた。

いや、たった今最悪が更新された。待て、何だその血の色より更に赤い、香辛料だらけのスープは。痛い、臭いだけで鼻が痛い!いや、鼻だけではない、喉が、目が、全ての粘膜が猛烈に痛い。嘘だろう?それを喰えというのか?断る!断固拒否する!くっ、こいつら拷問吏総出で押さえ付けに来おった。鼻までもが塞がれた、呼吸が出来ぬ。そう思って口を開けた瞬間に一気に流し込まれた。顎までもが固定され、口を閉じることすら許されぬ。たちまち舌が、口全体が、喉が、肺が、胃の腑が焼けた。全身から汗が吹き出し、体中が熱くて堪らぬ。衝撃が鼻を、目を、脳までを突き抜けていた。

悶絶し、転げ回っていると、目の前にコップが差し出された。中身は白湯のようだ。何だ、気が利くではないか。予は一気にそれを飲み干した。物足りないとすら思ったくらいだった。が、たちまちにして己の失敗を悟った。

先程のスープは罠であり、ただの前座だったのだ。おそらく味覚と嗅覚を破壊し、警戒心すら奪うための、準備段階に過ぎなかった。その後の白湯こそが本命の猛毒だったのだ。それを予は無警戒に飲み干してしまった。いや、飲み干さざるを得なくされた。奴らが余りにも巧妙で、狡猾だったのだ。

爛れた。舌も、喉も、肺も、胃の腑も。焼けたと思ったものが、今度は爛れた。血痰が、力なく開いたままの口の端からこぼれ出た。胃の内容物を全て吐き出そうとして、喉に灼熱感を覚え、反射的に堪えてしまう。先程あれだけ辛さに苦しみ、ようやく喉元を過ぎたというのに、あの苦しみをまた味わいたいはずがなかった。だが、今度は震えが起きた。寒い。たった今まであんなに熱かったはずが、今は寒すぎる。背筋が、いや、体全体が冷えていた。それどころか、全身に力が入らぬ。自分の意思とはまるで関係なしに、手足が痙攣する。それを全く抑えられない。

それを待っていたかのように拷問吏たちが刃物を手に動いた。予をうつ伏せにして四肢を押さえ付け、そしてまるで示し合わせたかのように同時に両手両足の腱を切断した。もはや、声すら出せない。更に残りの拷問吏が何かを持ってきた。布?袋?いや、死体袋だ。それに予を入れるつもりか?やめろ、まだ予は死んでおらぬ!しかし、既に身じろぎすら出来ぬ。頭から死体袋を被せられ、そのまま拷問吏数人に担がれ、何処かへと運ばれた。

そして、いきなり地面に投げ落とされた。何処だ、ここは?いや、見覚えがある。王宮内の屋外広場だ。式典などに使われていた場所だ。見回すとそこには、完全武装のルシタニア騎士数十名と、聖職者たち数名、それと豪奢な絹服を纏った王族らしき者たちが見えた。視界の全てに鉄格子が見える。どうやら、広場の一角に置かれた檻の中の床面に死体袋を逆さにして落とされたようだ。

「ようやく来おったな!汚らわしい邪教の王めが!今から地上における正しき神の代理者たる我らの王がお主に引導を渡してくれるわ!だが、お前は我らの王が立ち合うにふさわしき勇気の持ち主であることを証さなくてはならない。この檻の中の獅子を倒してそれを証明してから、我が王の前に立つが良い!」

そう喚いておるのは、ルシタニアの聖職者か。だが、迫力も貫禄もない。声に張りはあるが、何処か響きが軽い。そうか、聖職者の主催する、予を殺すための儀式が今から行われようとしている訳か。ルシタニアの国王は惰弱と聞く。そのような王にでも予を殺せるよう、拷問で痛めつけ、毒を使い、四肢の腱を切断し、獅子の檻に入れたか。この状態で獅子と戦って無事に済むはずがない。万が一勝てたとしても充分に弱りきった予を、国王自らの手で殺させるという算段か。なかなか考えたものだな。絵を書いたのは王弟のギスカール公辺りだろう。ろくでもないことを思いついてくれたものだ。

檻の中央部分にあった仕切りが外され、のそりのそりと獅子が予に近づいてくる。予は縛られてこそいないが、体に力が入らず床に仰向けに横たわったまま、首だけを迫り来る獅子に向けている。辺りにはこれでは何の抵抗もなく喰われるだけだろうと、予を嘲笑うような空気が流れていた。

馬鹿めが!予が最初に獅子を倒したのは、十三歳のことだった。十一歳で倒したヒルメスには負けるが、あのダリューンよりも早いのだぞ?この状態でも獅子一頭ぐらい倒すなど造作も無いことよ!

もはや何も出来ぬとたかを括ったのか、獅子が無警戒で近づき、予の首に牙を立てんとしてきた。そうだ、それを待っていた!予はバネじかけであったかのように一瞬にして身を起こし、獅子の喉首に逆に噛み付いてやった。全身の力を全て咬筋力に集中させ、喉首を一気に食い千切る。獅子は狼狽するような弱々しい吠え声を漏らしながら横倒しに倒れた。ははは、ざまあ見よ!さて、次はお主の番じゃぞ、ルシタニア王!首を洗って待っておれ!

と、その時、左足に激痛が弾けた。見ると、獅子が予の左足のふくらはぎに噛み付いていた。馬鹿な!獅子は倒したはずであろう!が、更に右肩を他の獅子が噛み付いてきおった。そのときようやく悟った。獅子は一頭ではなかったのだ。先ほど倒した獅子なら相変わらずそのまま横たわっていたが、今二匹の獅子が予の体に噛みつき咀嚼しており、更にもう二匹が何処から喰おうかと予の周りをゆっくりと回っていた。そう言えば、先程の聖職者も獅子が一匹だけだとは一言も言っていなかった。最初に獅子を一匹だけ放ち、時間差で残りをまとめて解き放ったのだろう。そうして、一匹倒して安堵している予を襲わせるつもりだったのだ。全くろくでもないことを考えつく!希望を見せておいて、即座に絶望の底に叩き込むとはな!

ふん、豪毅の国王と呼ばれた予もどうやらこれで最期か。タハミーネ、我が王妃よ。そなたにもう一度会いたかったぞ。結局そなたは予に心を開くことはなかった。赤子が死産と判ったときは、まだ失いたくないと、もう少し時間をかければきっとと思っていたが、時間の無駄でしかなかったか。だが、予にはそなただけであった。そなただけしか欲しくはなかった。本来ならば幾人もの側室を抱き、孕ませ、子を成すことが国王としての責務であったろうが、予はそれをしなかった。そうしないことが、そなたに見せられる愛の証だと思っていたが、やはり通じるはずもなかったな。予にはそうさせることが出来ずじまいであったが、そなたが自分の子と思える者をその手に抱ける日がいつか来ると良いな。

「さらばだ、タハ―」

◇◇

パルス暦320年12月20日、ペシャワール城塞に諜者からの知らせが届いた。

先日、アンドラゴラス三世の処刑が行われたと。

そして、明くる年321年1月1日に、ルシタニア皇帝インノケンティウス七世と前パルス王国王妃タハミーネとの華燭の典が執り行われると。 
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