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整備員の約束

作者:おかぴ1129
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2. 喫煙

 昼飯を食い終わった俺が、時々タバコを吸いながら、のんびりと戦艦のやつの主砲の整備を行っていた、昼下がりのことだ。

「あ! あの時の」

 どこかで聞いた覚えのある声が聞こえた。声がしたほうを向くと、先日あの居酒屋で見かけた、あのタバコが苦手な小僧が、ちょっと離れたところからこっちを指さしてやがった。真っ白な水着に運貨筒を背負ってやがる。意外にも着ている水着は女物で、そいつが女だということに、この時初めて気づいた。

「おお、この前の小僧か」
「小僧じゃなくてまるゆですっ」

 俺の失礼なセリフにぷんすかとかわいく抗議をしながら、その小僧……まるゆはこっちにとことこ歩いてきやがる。俺は咥えていたタバコの火を足元の灰皿で消し、そこに捨てた。

 煙が消えたのと同時に、まるゆが満面の笑みで俺のそばに到着。運貨筒といえばけっこうな重さがあるし、中に資材を積み込めば、それこそかなりの重量だ。それを軽々と持ち運ぶあたり、こいつもこんななりをしてるが、バケモノと戦える艦娘なんだなぁと妙に関心する。

「こんにちは! 整備員さんだったんですね!」
「おう。お前も小僧じゃなくて艦娘だったんだな」
「陸軍からの出向ですけどね。木曾さんにいろいろと教えてもらってるところですけど」
「木曾? 一緒にいたあいつか?」
「はいっ」

 そう言ってまるゆは屈託なく笑う。見てるこっちも笑っちまうほど、いい笑顔だ。木曾とかいうあの緑色の髪の女を信頼してるのが、よく分かる。

 そうしてしばらく、まるゆと話をしていたところ……

「おーいまるゆー?」

 まるゆの背後の方から、こいつを呼ぶ声が聞こえた。不思議と声の主の姿をみずとも、それがあの女……木曾の声だとわかったのは、あの日あいつと一悶着あったからだと思いたい。

「あ、木曾さーん!」
「そろそろしゅつげ……おお」

 振り返ったまるゆが木曾に呼びかけ、俺に気付いた木曾もこっちに歩いてやってきた。改めてその姿を見たが、やはり白のセーラー服の上に羽織る黒の軍服にサーベル……顔には眼帯……スカートを履いてはいるが、どこからどう見ても女の服装じゃねぇ……ヘソを出してる腹は、あんなに肌がキレイだっつーのに……。

「よお。お前はこの前の」
「ああ。小僧とも話してたんだが、お前ら艦娘なんだな」
「小僧っ!? 私女の子なのにっ!?」
「ここにいる女って言ったら、大半は艦娘だろ?」
「確かに」
「なぁまるゆ。そろそろ出撃するぞ」
「はい木曾さん」

 俺に声をかけたあと、そんな会話を交わす二人。まるゆに向ける木曾の表情はとても柔らかいが、目の奥はとても鋭い。その様子が、これから戦闘に向かうということを俺に伝えていた。

 そんな二人の、微笑ましい様子を眺めたあと、俺は自分のそばにある、整備中の艤装に目をやる。

「……」

 俺は整備をするだけだからあまり深く考えたことはないが、こいつらが使ってるこの艤装ってのは、紛れもなく武器の一種だ。時には誰のものかわからない血や肉片が、艤装にこびりついてるときもある。大破して戻ってきたやつの艤装を整備してたら、部品と部品の隙間にそいつの右手が挟まってたこともあった。

 ……つまりこいつらは、それだけ危険な任務に従事してるということだ。その事実が、木曾の目を鋭くさせているんだろう。まるゆは気付いていないのかもしれないが。

「なぁ」

 ふいに木曾に声をかけられ、俺は我に戻った。

「ん? どうした?」
「俺は木曾だ。お前、名前は?」
「徳永だが……」
「……徳永、これも何かの縁だ。今晩ヒマなら、また店に来いよ。一緒に飲もうぜ」

 木曾はそう言って俺を晩飯に誘ったが……正直、この小僧がいるとタバコも吸えないし……そう親しいわけでもない。すんなりと『行こうぜ』という気には、ならなかった。

「わかった。考えとくよ」
「ああ。んじゃまたな」

 そんな俺の返事が気に入らなかったのかどうかは知らないが……木曾はそれだけ言うと、まるゆを連れて出撃ドックの方へと向かっていった。

「徳永さん! また!」
「ああ、お前らも気をつけてな」
「はーい!」

 そういってこっちを振り返り、元気よく敬礼を返す、まるゆのいじらしさに胸を打たれたんだろう。さっきはあんなに気乗りがしなかったのに、『今晩も店に行くか』と思いながら、俺は引き続き主砲の整備に勤しむことにした。

 あるいは……あいつらが背負う、艤装のせいもあったのかもしれない。俺が見送るあいつらの背中は、妙に大きく見えた。


 夜になって、自分の仕事がすべて終わった後、俺はこの前の小料理屋『鳳翔』へと足を伸ばした。店につくと、相変わらずの佇まい。入口前の吸い殻入れの一斗缶の前で一服した後、俺は店の入り口の引き戸を開いた。

「だからって姉ちゃんの膝の上で寝るのはやめるクマッ!」
「だって球磨姉の膝、気持ちいいニャ……」
「そら言えてる」
「北上さんっ! 私の膝ならいつでも空いてますっ!!」

 今日もまた賑やかな連中がいやがる……カウンターに目をやると、この前と同じく提督さんと割烹着の艦娘が立っている。

「やあ。また来てくれたな」
「ええ」

 提督さんが屈託ない笑顔で声をかけてくれた。適当に相槌を打って、店内を打って見回す。眼に入るのは、今座敷で騒いでいる五人組だけだ。まるゆと木曾の姿は、見当たらない……そう思っていたら。

「キソー、来たぞ」
「アンタも俺をそう呼ぶか……チッ」

 提督さんが声を張り上げ、その五人組の一番奥の席にいたやつが、腰を上げた。

「よう徳永。来てくれたみたいだな」

 そいつは黒の制服も羽織ってないし、サーベルも腰につけてないが……どうやら木曾のようだった。『キソー』て呼ばれてるし服もぜんぜん違うから、一瞬誰か分からなかった……。

「……なんだ。木曾か?」
「ああ」
「全然違う服装だから分からなかったぞ」
「姉たちに言われてな。今日は昔の服装でいろってさ」

 そう言って困ったような苦笑いを浮かべ、木曾は俺の隣りに座った。座敷の方から『キソーが逃げたクマッ!?』と声が上がっていたが、本人はあまり気にしてないようだ。

 提督さんが、木曾の前に徳利とおちょこを置いた。木曾が自分でおちょこに注ぐのを見て、『ついでやればよかった』と後悔したが、本人はさほど気にしてないようだ。笑顔で酒を注いでいた。

「服装でもしやとは思ったが、整備班だったんだな」
「作業服だからな。汚れてるし」
「ああ」

 俺の前にも、提督さんが瓶ビールとコップを置いてくれる。コップにビールを自分で注ぎ、おちょこを構えている木曾に向き直ってやった。

「んじゃ」
「おう」
「新しいダチに」
「「乾杯っ」」

 コップとおちょこをチンと合わせ、ビールを煽る。俺ももう若いとは言えない歳になったが、まさかこの歳になってこんな飲み友達が出来るとは思ってなかった。その事実は、俺の胸を少しだけ、昂ぶらせた。

 木曾は旨そうに酒を煽った後、テーブルの前の灰皿に目をやった。俺はタバコを吸ってないし、出してない。だからガラス製の灰皿はキレイなものだ。

「なぁ」
「あ?」
「今日は吸わないのか?」

 広角を少しだけ上げてニッと笑い、木曾が俺にそう聞いてくる。眼帯で隠れてない方のこいつの目は妙に澄んでいて、心の中を見透かしていそうで怖い。

 しかし、『吸わないのか』とはまた勝手なことを言う……この前タバコを吸う俺に『控えろ』って言ったのはお前だよなという言葉を、すんでのところでビールで飲み込んだ。口の端だけ上げるこいつの笑顔が、少し腹立たしい。

「お前、苦手なんだろ?」
「は? 俺がか?」

 少しだけ遺恨を込めて事実をつきつけてやったのだが……以外にもこいつは、自分のことを指差し、目を見開いてきょとんとしやがった。わざとらしいヤツだと思ったが、そんな感じは、こいつの様子からは見受けられない。

 あとその様子は、男みたいなこいつにしては珍しく、柔らかく、女らしい反応に見えた。

「別に苦手じゃないが」
「んじゃこの前はなんで俺に控えろって言ったんだよ?」
「……ああ、あれか」

 俺の追求に対し木曾は、おちょこを煽った後、俺から顔をそらしてクククと笑う。何かおかしなことを言った覚えはないが、木曾は今の俺がおかしくて仕方ないらしい。

 やがてひとしきり一人で笑った木曾は、ニッと笑いながら俺に向き直り、事の真相を教えてくれた。

「まるゆだよ」
「まるゆ……あの小僧か」
「あれでも女なんだ。小僧は勘弁してやれ。あいつはタバコの煙がホントにダメなんだ」
「……そういや、あの時むせてるのはアイツだけだったな」
「だろ? 俺は平気だ。だから遠慮してないで吸えよ」

 そう言って木曾はニコッと微笑む。これを口に出したら木曾に殺されそうだから言わないが、その笑顔に女の可愛さや可憐さはない。どちらかと言うと、男の悪友が見せるそれに近い。

 控えろと言ったり吸えと言ったり……若干の腹立たしさを感じたが、それは木曾の気遣いの一つだと思うことにする。胸ポケットからタバコのソフトケースとライターを取り出し、一本を咥えてライターで火をつけた。

 タバコの煙を吸い、吐く。途端に俺と木曾の身体に、タバコの煙がまとわりつく。

「臭えな」
「だったら吸えとか言うな。消すか?」

 平気だと言ったり臭いと言ったり、よくわからんやつだ……もうひと吸いしたあと消すかと、灰皿を手元に移動させた。軽くひと吸いした後、まだ充分な長さが残っているタバコを灰皿に押し付けたが……。

「いや」

 おちょこを煽る木曾が、俺を制止する。おちょこを置いた音がコトリと鳴り、木曾が俺を見てニッと笑った。

「……これがお前の匂いなんだろ?」
「……」
「いいから吸えよ」

 微笑みながらそう話す木曾の目は、相変わらず澄んでいる。

 気恥ずかしくなり、灰皿に目をやった。さっき灰皿におしつけられた俺のタバコからは、まだ細い煙が立っていた。
 
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