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英雄のはじまり

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第一章

                英雄のはじまり
 ロシアのある農村にイリア=ムウロメツという男がいた。この男は身体が大きくとても逞しかった。
 だが立って歩くことが出来なかった、それでいつも残念な気持ちで言っていた。
「俺が歩ければな、親父にもお袋にも」
「それは仕方ない」
「歩けないことはどうしようもないよ」 
 年老いても彼を養っている両親はいつもその彼を慰めていた、立って歩くことが出来ず家で歩けずとも出来る仕事しか出来ない彼に。
「御前は御前の出来る仕事をしてるからね」
「それでいいじゃないか」
「貧しくても蓄えはあるしな」
「生きていけるならいいじゃないか」
「折角生まれて三十にもなったのにな」 
 だがイリアはまだ言うのだった、見事な髭を生やした雄々しい顔で。
「それでもな」
「だからそう言うな」
「わし等は御前が育っているだけでいいからね」
 両親はこう言うだけだった、しかし。
 イリアはいつも残念に思っていた、それで自分が歩けたらと思って歩けない自分を恨めしくさえ思っていた。 
 その彼のところにだ、ある日だった。
 両親が畑仕事に出ている時に家の扉を叩く音がした、イリアは家の中で働いていたが扉の方に対して言った。
「鍵は開いてるよ」
「中に入っていいか」
「ああ、話なら聞けるさ」
 扉の方に大きな声で答えた。
「扉を開いて入りなよ」
「ではな」 
 声の主はイリアの返事に応えてだった、そのうえで。
 家の中に入ってきた、入って来たのは三人の身なりは貧しいが顔立ちは何処か知性と徳を備えたものだった。
 その彼等がだ、イリアに対して言ってきた。
「我等は巡礼の者だ」
「これからエルサレムに行くつもりなのだ」
「あの聖なる街にか」
「そうか、いいな」 
 イリアは三人の話を聞いて実に羨ましそうに応えた、この時の彼は仕事を中断して三人に座る様に言って彼等と対して言った。
「あそこに行けるなんてな」
「うむ、それでだが」
「申し訳ないが我等は腹が減った」
「それで食べるものと飲むものを欲しいのだが」
「ああ、うちにも飯や酒はあるさ」
 イリアは三人にまずはこう答えた。
「貧しいながらもか」
「そうか、ではだ」
「少しでいいのだ」
「分けてくれないか」
「少し?小さいことを言わないでくれ」
 イリアは三人の今の願いにはこう返した。
「困った時はお互い様だ、好きなだけ持って行けばいいさ。親父とお袋には後で俺から話してくれる。親も巡礼の人達へあげたのなら喜ぶさ」
「そうか、いいご両親だな」
「そして貴殿もな」
「実にいい者だ」
「俺のことはともかくそんな親だからな」
 それ故にとだ、イリアは三人にさらに話した。
「俺も育ててくれてるんだよ」
「そうか、ではだ」
「パンと酒をもらいたい」
「今からな」
「だから好きなだけ持って行きな、何なら台所で好きなだけ飲み食いしてもいい」 
 イリアは三人にすぐに答えた。
「そこでな」
「いや、客がその手で直接持っていくことは」
「許されても台所で持って行くことは」
「無作法で図々しいではないか」
「我等は盗人ではない」
「その様なことは絶対にしない」
「ましてや巡礼に向かっているのだ」 
 三人はイリアの言葉にどうかという顔でそれぞれ答えた。 
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