悪役の素顔
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第三章
「蘇軾様のことは忘れぬわ」
「あの方からのご恩は」
「だからでありますか」
「あの様にしてですか」
「蘇軾様のご一門を助けられますか」
「宰相様にとっては政敵であり」
「宰相様は何かと目の敵にされていましたが」
前に宋では新法党と旧法党の対立があった、急激な改革により宋を強くしようという新法党とそれが民に負担をかけかねないと考え反対する旧法党に別れて激しくいがみ合ってきたのだ。蔡京は新法党であり蘇軾は旧法党であるのだ。むしろ蘇軾は旧法党の領袖の一人であり新法党の領袖であった王安石と政治的には激しく争ってきた男だ。新法党の蔡京が彼を憎まない筈がなく旧法党を追い落とす中で彼の一門も官職に就けなくなり困窮の中にあったのだ。
このことをだ、家の者達も知っていて高俅に話すのだ。
「それでもですか」
「蘇軾様のご一門を助けていかれますか」
「宰相様の不快を被っても」
「だから言っている、わしは蘇軾様によくしてもらったのだ」
彼の食客だった時のことをだ、高俅はここでも言った。
「その恩を忘れて何なる、遊侠の徒が侠気を忘れたらどうなる」
「只のならず者ですか」
「そうなりますか」
「そう言われますか」
「遊侠の徒でも誇りがあるわ、その誇りはじゃ」
何によってなるかというと。
「侠気じゃ、受けたご恩を忘れてそれに報いるのも侠気、ならばな」
「蘇軾様のご一門を助けられますか」
「あの方からのご恩に報いる為」
「そうされていきますか」
「これからもな、わしは遊侠の徒だからな」
その遊侠の誇りに従ってというのだ。
「ご恩に報いていくわ、宰相殿に不快に思われた位で止めるものか」
「ではこれからも」
「お助けしていきますか」
「そうじゃ、受けたご恩に報いていく」
高俅は強い決意を以て家の者達に話した、そして実際に蘇軾の一門の者達を助けていった。蘇軾から受けた多くの恩をそれぞれ思い出しながら。
高俅はあまりにも有名な物語である水滸伝の中では蔡京や童貫達と共に悪役として書かれその行いは悪人のそれである。確かに彼は遊侠の徒でありその行いは清廉潔白ではなかった。それを語る逸話も歴史にあるのは最初に書いた通りである。だがそれでいて水滸伝に書かれているのとは別の姿も歴史に残っている。物語では終始一貫して悪役である彼とは全く違ういい意味でも遊侠の徒でもあるその姿は彼のいい面であると言えよう。物語とは違う歴史での彼の姿は。
悪役の素顔 完
2018・3・18
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