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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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迎撃~イゼルローン~



 宇宙歴792年、帝国歴483年4月末日。イゼルローン要塞。
 鋼鉄の惑星の中は、広い。
 常時数万隻を収納できる宇宙港に、常時ミサイルなどの消耗品を製造開発ができる工場、穀物などの生産もでき、大規模な病院も備え付けられている。

 要塞というよりも、一種の惑星と呼んでもいいであろう。
 要塞内でほぼ完結できる性能を持っていた。
 イゼルローン要塞に向けて、同盟軍進軍の報告が上がってきたのが四月二十日。
 フェザーンを経由して上がって来た情報では、既に四月の頭には惑星ハイネセンを飛び立っているとのことだった。

「もう少し早ければ、合流前に各個撃破をしてやったのに」
 不機嫌そうに呟いたのは、イゼルローン要塞司令官クライスト大将だった。
 相変わらず情報が遅い。既にいかに首都星オーディンから離れているからといってももっと早くわからなかったのかと不愉快そうに呟いた。

「むしろ良かったのではないですか、閣下」
「ん」
「合流前に各個撃破となれば、功労は全て艦隊司令部のものになります」
「確かにな、そう考えれば情報部の馬鹿どももいい仕事をしてくれたというものだ」
 副官からの進言に、クライストは先ほどまでの不機嫌そうな様子から笑みへと表情を変えた。各個撃破をした場合には、あの馬鹿どもが喜ぶだけだ。

 そう考えれば、遅いというのも悪いことではない。
「各個撃破に向かって、あのハゲが死んでくれるのが一番だが」
「閣下、お言葉が」
「ただの冗談だ、バッハ中佐」
「失礼しました」
 つまらなそうに副官を一瞥して、クライストは歩みを続ける。

 オーディンからの情報に遅れること、十日。
 辺境の視察――何と言ったか、金髪の小僧が、およそ五万隻ともなる反乱軍を発見した。
 どれだけ数をそろえたところで、トールハンマーの露と消えるというのに。
 愚かなものだとクライストは思う。
 最も、愚かであるからこそ反乱などという神に唾を吐くという行為を行えるのだろうが。

「殺されても、殺されても湧き上がるゴキブリのような奴らだな。さっさと奴らを一掃したいものだ、汚らわしい」
 侮蔑さえ浮かべるクライストの言葉に、しかし、副官は反論しなかった。
 長い廊下を歩けば、やがて豪華な扉が目に入る。
 その左右には兵がたっており、クライストの姿を見つけると、そろって敬礼をした。
 扉を一人が開けようとして、副官が手を差し出して止めた。

「まだ早い」
「し、失礼しました」
 慌てたように敬礼をして、扉を開けかけた手が止まる。
 時間は三十分に二十秒ほど足りない時間であった。
 クライストもそれが当然とばかりに、扉の前で立ち止まって腕を組んで待つ。
 やがて、三十分になった瞬間。扉がゆっくりと左右に開かれていく。
 そこは中央に長い机が置かれた、会議室だ。

 扉が開かれると同時に、反対側に備え付けられていた豪華な扉も同時に開かれていた。
 姿を見せるのは黒色の軍服を着た長身の男だ。
 同時にクライストの姿も目に入ったのだろう、そこにはあからさまな嫌悪の顔がある。
 イゼルローン要塞艦隊司令官ヴァルテンベルク大将。
 扉が完全に開いても、二人は睨むように見たまま、やがて視線をそらした。
 同時に室内に足を踏み入れれば、クライストの側に座っていた士官が一斉に立ち上がってクライストに対して敬礼を行う。反対では同様に、クライストに背を向けて、ヴァルテンベルクに敬礼をしている姿があった。

 互いが互いに、自分の方が上位だと認識している。
 だからこそ、本来は一つで良いはずの扉が二つ備え付けられ、さらには入室のタイミングも同時だ。
 仲がいいのか悪いのか。
同格の大将である二人は、同様に敬礼を返して、同じ歩幅、時間で自らの席に向かい、同時に着席をしたのだった。

+ + + 

「では、反乱軍による侵攻に対する作戦会議を開始します」
 クライストの副官であるバッハ中佐の言葉によって、会議は始まった。
 第一声が要塞司令官側から発せられたのは決まったことではない。
 議事進行を誰が務めるかで過去にもめた結果、交互にとなっただけだ。
「声が小さくて聞き取れませんね」

「仕方がない。バッハ家の坊ちゃんだからな。今回が初めての戦いじゃないか」
「言い過ぎです。実家でネズミ退治くらいはしたことがあるでしょう」
 ささやくような声が、宇宙艦隊司令側から漏れ、笑い声が上がった。
 対する要塞司令官側からは睨みつけるような視線。
 かといって声を荒げようにも、無駄であることは理解している。
「ネズミすら退治できない人間には困った事態かもしれませんが、要塞司令部は恐ろしさを感じていません。クライスト大将、今回の作戦計画をお願いします」

 少し大きくなった皮肉の声とともに、クライストが話を振られた。
 顔色を変えた者たちが声を出すよりも先に、クライストが手を伸ばした。
 中央の卓上が光、中空に映像を映し出す。
 同盟軍でも採用された空気中の塵を利用した、投影型モニターだ。
「敵の数はおおよそ五万隻。近年では比較的多い艦隊数だ。それでも二回目に襲ってきた時には劣るが。しかし」

 映し出されるのは多くの艦隊が途切れることなく襲い掛かった、第二次イゼルローン要塞攻防戦の戦いだった。放たれたトールハンマーが敵艦隊を穿ち、おおよそ二回撃ったところで敵は総崩れとなった。
 映像が流れる中で、画面のイゼルローン要塞の反対側に座るヴァルテンベルクを見ながら、クライストは笑みを浮かべる。
「我が要塞司令部が誇るトールハンマーがある限り、些かの問題もない。今回は駐留艦隊の各員は家でソーセージでも齧りながら、我々の勝報でも待っていていただければどうかな」
「それには及ばぬ。右と左もわからぬ要塞司令部だ、トールハンマーを反対側に砲撃した時に。おいそっちは逆だ、逆と教えるものが必要だろう」

 その通りとばかりに頷く者たちに、今度は怒りを向けたのは要塞司令部側であった。
 と、言うよりも過去の会議も同様に、誰かが発言し、反対側が皮肉を言って、怒らせる。
 それを繰り返しているだけであるのだが、それを止める者は今まで皆無であった。
 だが。
 深いため息が、末席から聞こえた。
「反乱軍といえども、敵は三艦隊を揃えており、情報ではシドニー・シトレ大将を始めとした名将揃い。油断をすれば足をすくわれることになりますぞ」

 カイゼル髭が特徴的な、頑固そうな中年の男であった。
 ヘルムート・レンネンカンプ大佐。
 駐留艦隊の査閲次長を務める彼の言葉は、至極真っ当な言葉であった。
 だが、彼にとって不幸なことは、真っ当な人間が少なかったことであろう。
「艦隊司令部には随分と心配性な方がいるようだ。震えているなら、家で待っていてもいいですよ。大佐」

「レンネンカンプ、口を慎め。反乱軍などいくら数がそろったところで、問題がない」
 双方からの厳しい言葉に、レンネンカンプは口を閉ざした。
 階級か家の各か。そのどちらか、あるいは両方の上から否定の言葉を出されれば、それ以上に発言することはできない。仮に発言したところで、無意味なことになることは間違いがなかった。
「失礼いたしました」
 素直に謝罪を口にすれば、つまらなそうに要塞司令部から微かな笑いが聞こえた。
「ま。家でのんびりバカンスというわけにもいかないであろうからな」

 再びクライストが腕を振るうと、画面にイゼルローン要塞が映った。
 赤い点と青い点が映る。
 青い点はイゼルローン要塞の射程内にいて、左右から赤い点を狙っている。
「このように要塞の射程内から敵を攻撃してはいかがか。敵への嫌がらせぐらいにはなるだろう」
 言葉に要塞司令部から笑い声が聞こえた。
「安全な場所にこもって仕事をしていると、それを他にも強いてくる。いい加減、ママのおっぱいから巣立ちというものを覚えてほしいものだ、誰とは言わんがな」

「卿は今なんといったか」
「何か聞こえたか、クライスト大将」
 二人が立ち上がり、睨みあう。
 そのような状況になれば、まともな意見など聞こえてくるはずもない。
 最も会議自体が、そのためのものなのであるから仕方がない事であろう。
 片や艦隊司令部には一切の功績を立てさせないように策を考える。

 艦隊司令部も同様だ、要塞司令部には一切の功績を立てさせず、駐留艦隊が主役となるような作戦を立ててくる。
 そんな状況であれば、まともな議論などありえるわけもない。
 レンネンカンプの目の前では、互いが互いに罵声を浴びせ、貶める発言を繰り返す。
 子供のような会議とも呼べぬ学級会が繰り広げられていた。

 結局、三時間ばかりを会議に費やして、決まったことは前回同様に駐留艦隊が敵を引き込み、砲撃によって仕留めるという何ら意味のない作戦会議であった。

 + + + 

「ラインハルト様、艦艇の準備が終了しました。いつでも出撃が可能です」
「そうか。状況はどうだ」
「些か侮っていたようでしたが、少し強く説得したところ、素直に応じてくれました」
 にこやかに話す様子に、ラインハルトは苦笑した。
「やりすぎないようにな」

「もちろん、加減は十分に」
「ミューゼル少佐」
 二人が笑いあったとき、甲高い声が響きとなって聞こえた。
 声の主に、二人は振り返って敬礼をする。
 憲兵隊少佐であり、カプチェランカの話を聞きに来たとのことであった。

 最も当人のヘルダー大佐はヴァルハラに向かっており、マーテルが自分の意見をかけてまで話す必要性もない。問題のない事柄に対して、無理やり首を突っ込むというのは実にわかりやすくもあり、ラインハルトは楽しんでいた。最も前回とは違って、今回は軍であるにも関わらず貴族の矜持がとか、ミューゼル家がといってこちらを陥れる声が多い。
 軍に貴族の何が関係あるだろうか。

 立派に名乗りをあげれば、敵が優しくしてくれるというのだろうか。
 そう考えて、浮かんだのは自らと同じ金髪をした少年だ。
 絶対にありえないだろうな。
「暇そうだが、乗艦の確認は終えたのかね」
「ええ。クルムバッハ少佐。確認は先ほど終え、既に出撃可能となっております」
「君の眼は節穴か、いや。目が二つあるだけましか、どこのものとも思えぬ血筋なのだから」

 一歩前に出ようとしたキルヒアイスを視線で制して、ラインハルトは穏やかに笑った。
「それは失礼を。何か不備があったでしょうか」
「不備? 不備だらけだ、君も君のつまらぬ部下もどこをみているというのだ。艦内の汚い事、あの匂いはどうにかならないのか。清掃も満足にできないと見える」
 追及する口調に、ラインハルトは笑いをこらえるのに苦労した。

 どうやら目の前の人物は、どうやらホテル・フレイアを艦船に求めているらしい。
 高貴な貴族にとっては、ホテル・フレイヤすらも汚いと不満を述べるかもしれないが。
「それは失礼しました。クルムバッハ少佐にはいささか満足できなかったかと。キルヒアイス」
 叫んだ言葉に、赤毛の少年が一瞬丸くするが、すぐに真面目なものへと戻った。
「失礼いたしました、ラインハルト様」
「まったくだ、キルヒアイス。クルムバッハ少佐は、もっと奇麗な部屋をお求めになられている。ちゃんと熊のぬいぐるみはおいたのか。少佐はママがいないと寂しがられておられるようだ」

「ミューゼル少佐!」
「何か、クルムバッハ少佐」
「卿は馬鹿にしているのか」
「いえ。そのつもりはありません、少佐。ただ軍の艦船で望まれることを考えただけでございます」
「その言動はしかと報告させてもらうぞ、ミューゼル少佐」
「キルヒアイス。クルムバッハ少佐には、やはりママが必要なようだぞ」

「貴様!」
「何を騒いでいる」
 クルムバッハが叫んだところで、不機嫌そうな声が聞こえた。
 カイゼル髭を撫でながら、眉根をしかめた男がいる。
 レンネンカンプ大佐だ。

 怒りを浮かべていたクルムバッハも慌てたように敬礼をし、ラインハルトとキルヒアイスも同時に敬礼をした。
「私は何を騒いでいると聞いたが」
「は。この者は、私に対して侮蔑の言葉を」
「その話は聞いている。確かに部下が失礼な言葉を言った。憲兵隊少佐。だが、他の部署がわざわざと部屋の奇麗さについて語るほどのことでもないと思うがいかがか」
 不愉快そうな視線を向けられ、クルムバッハは一瞬眉を寄せ、ラインハルトを見る。

 その後、血色の良い唇をなめて、不愉快そうにレンネンカンプを見た。
「失礼しました。越権行為でございますな」
「そこまでは言っていないが。気を付けていただければ嬉しいものだ、クルムバッハ少佐」
「は、以後気を付けます」
 再び礼をすれば、ラインハルトを一度睨みつけて、踵を返した。
 足音荒く、歩く様子をラインハルトが肩をすくめ、キルヒアイスが苦笑した。

 そんな二人に対して、レンネンカンプは厳しい視線を緩めない。
「君たちもわざわざ、憲兵隊の少佐を挑発する必要もないだろう。作戦会議は終わった、内容を端末に送るから、準備をしたまえ」
「は!」
 二人が同時に敬礼をして、同じように立ち去ろうとする。
 その背に対して、レンネンカンプは不機嫌そうな声を向けた。
「ミューゼル少佐。君とキルヒアイス中尉がどれほど親しいか私にはわからないが、私事と仕事は分けたまえ」

 かけられた声に、ラインハルトが立ち止まって振り返った。
 視線がレンネンカンプへと向かい、彼は当然とばかりに髭を撫でた。
 そんな様子に、ラインハルトは一瞬驚いたように表情を向けて、敬礼をした。
「は。ご忠告感謝いたします」
 そうして、再び踵を返す。
 隣を歩くキルヒアイスに一瞬視線を向け。

「ヘルダーといい。よくよく見てみれば、なかなか帝国にも楽しい人間はいるものだな」
「そう言いながら楽しむのは、性格が悪いということですよ、ミューゼル少佐」
「どちらがだ、キルヒアイス中尉」
 二人は顔を見合わせるようにして、どちらともなく笑い始めた。

 
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