恋姫†袁紹♂伝
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第55話
前書き
~前回までのあらすじ~
アホ毛「やべぇよ……やべぇよ……。ものすごい、礫石降ってきたから……」
真名なし子さん「将なら、背負わにゃいかん時はどない辛くても背負わにゃいかんぞ!」
ちん〇ゅー「この辺にぃ、投石の屋台、来てるらしいっすよ」
☆
天下無敵「カスが効かねぇんだよ!(巨石)」
イノシシ「じゃあアタイ、ギャラ貰って突撃するから」
大体あってる
「オラオラどきやがれ! 雑魚じゃアタイ達は止められねぇぜ!!」
『オオオオォォーーッッ』
文醜隊、爆進。
「止めろ止めろ、これ以上進ませるな!」
「くそ、なんて奴らだ」
大炎が有名になったことで影が薄れたが、袁紹が台頭した当時から主攻を担ってきたのは、言うまでもなく二枚看板の二人である。
攻守優れた安定感のある武将が斗詩ならば、猪々子とその兵は何処までも攻撃特化だ。
攻めこそが最大の戦術と言わんばかりに、将を先頭に騎突を仕掛ける。
猪々子の桁違いな剣力に兵が続き、敵陣に切り込めばこむほど士気が向上していく。
対する敵軍はその勢いに押され、士気が下がっていくのだ。
破壊力は大炎に勝るとも劣らず。陽の大刀の名に恥じない部隊である。
「重装歩兵隊、前へ!」
『応』
その進撃を止める為、魏軍の重装歩兵隊が躍り出る。
彼らは文醜隊の進路上に横陣を敷き、左手に盾を、右手に槍を突き出した構えで密集した。
装甲は大炎には及ばないが、錬度も相まって、魏軍の重装歩兵の防御力は大陸五指に入る。
指揮は楽進。魏軍の出世株だ。
「来るぞ、備えろ!」
『オオォッッ!』
文醜隊の勢いは想定以上だ。手塩にかけて育てた兵達に、多大な犠牲を強いるだろう。
だがそれだけの価値はある。討つ必要はない、動きさえ止められれば良い。
陣形の中に深く入り込み、動きを止めた騎馬など弓の的だ。
「……やっかいなのが出てきましたね」
「文醜様、ここは一旦兵を分けて側面に――」
「しゃらくせぇッ!」
「文醜様!?」
騎馬が一騎飛び出して来る。文醜だ。
重装歩兵の壁に向かって一騎駆け。舐められたものだと、楽進とその兵が歯噛みする。
「楽進様」
「ああ、厚くしろ」
自信はあるが、過信はしない。
堅実を絵に描いたような楽進と、彼女に訓練を施された兵達に油断は無かった。
猪の進路上にある重装歩兵の数を増やす。厚みは通常の三倍、騎突の衝撃でもびくともしないだろう。
馬から跳んで、斬り込んでくるという奇襲にも対応できるように、壁の内側に槍兵を配置。
止まれば弓矢、跳べば串刺し。王手飛車取り、この布陣に隙はない。
「――ッ、たくよぉ」
舌打ち。舐められたものだという感覚、それは猪々子にもあった。
この戦からしてそうだ。魏軍の動きはどこまでも大炎を意識したもので、回りくどい策を使ってまで誘い出した。
白馬一帯の要所、官渡や投石機すら犠牲にした。大炎に対する評価の高さが伺える。
だが、目の前の重装歩兵はどうだ? 仮に大炎が向かってきているとすれば、彼らは同じように壁を作るだろうか? 否、別の手段を講じるだろう。
猪々子は斬山刀を、肩に掛けるようにして構えなおす。
目の前のソレは文醜隊を、それを率いる将の力量を馬鹿にしている!
「アタイを止めるには、壁の桁が違うだろうがァァーーッッ」
一閃
「――ッ、出鱈目な!?」
楽進が叫んだ。無理もない。猪々子より放たれた斬撃は重兵の装甲を、構えた鋼鉄の盾ごと切り裂き、一撃で十数人を吹き飛ばしたのだ。
「続け、おめぇら!」
『オオオオォォーーッッ』
猪々子によって壁に空いた穴に、彼女の兵たちが雪崩れ込んでいく。
重兵は正面の防御に優れる一方で、側面と背後に弱い。
魏兵が穴を埋めようと殺到するが。猪々子が次々に穴を構築、広げていく。
「うっし、こんなもんか。次は――」
攻め場を作り、次の行動を決めようとしたその時である。
猪々子に向かって“何か”が飛んできた。正体はわからないが、本能から危機感を感じ取り回避する。しかし、馬上で無理な体勢をとったため落馬。受け身に失敗し「ぐえっ」と、乙女らしからぬ声を上げた。
先程までの雄姿が台無しである。彼女をよく知る者たちからすれば、愛嬌の一つだが……。
相対する楽進は少し呆けてしまった。
「いってぇ、よくも……あー!? ネェチャン確か――そう、楽ちゃん!」
ずるり、と楽進の構えが崩れる。
「……敵同士ではありますが、覚えていて頂けた事は光栄です」
「そりゃ忘れようがねぇよ。ほらその傷――」
楽進の顔が歪む。彼女の全身にある傷は、武人の誉であると同時に乙女として汚点でもある。
年頃である楽進にとっては後者に近い。そんな乙女にとって気にしている所を……。
彼女の辞書に、気遣いという文字はないのだろうか?
「――スッゲェカッコいいじゃん!」
ずるり、ドサッ。今度は耐えきれずに倒れてしまった。
傷の話題に触れない者。鍛錬の証として誉める者。
様々な言葉を投げかけられてきたが、目を光らせて羨む反応は初めてだ。
それも戦の真っ最中、両軍の矢が頭上を行き来する場での言葉である。
「!」
楽進は慌てて飛び起き、構え直す。
相手の術中に嵌まってはいけない。これはきっと、こちらの戦意を削ぐための策略だ!
「お?」
楽進の闘志を感じ取り、猪々子も体勢を整えた。
大刀を肩に担ぎ、口元には不敵な笑みを浮かべている。
あるのは強者としての余裕。いや、慢心か。
だがそれだけの実力差はあるだろう。三羽鳥の中で一番、武を磨いてきた楽進だからこそ、嫌というほど理解できる。
「よせよせ、そういうのって確か“漫遊”っていうんだぜ」
「……?」
蛮勇、だろうか。尚も戦意を削ごうとするとは、念の入ったことだ。
「確かに、私では敵いそうにありません。ですが――」
「二人ならどうなの!」
――殺気。猪々子は己が防衛本能に従い、右に飛び退く。
次の瞬間、彼女が立っていた地点を二つの刃が通り過ぎた。
三羽鳥の一人、于禁の双剣だ。躱されると思わなかったのか、勢い余って楽進の傍に倒れた。
「ば、バカ! 声を上げながら奇襲を仕掛けるな!!」
「あたた。つい……なの」
「にしても折角の好機をお前は――」
「えーでも。沙和が声を出す前にあの人反応してたの」
「……だから?」
「どのみち避けられてたの!」
どや顔ウィンク&横ピース。
「――ッ 胸を張って言うなァーッ」
「いったーーッ。同士討ちは軍法会議ものなの!」
戦場のど真ん中でいい度胸してんなぁ。などと、猪々子は自分を棚に上げて思う。
于禁が合流したが、余裕が崩れない。負けるイメージが思い浮かばないのだ。
「あのよぉ、漫才し続けるならアタイ行くけど」
「ま、漫才なんてしていません!」
「じゃあ、戦るんだな?」
ゾクリと、楽進と于禁の肩が跳ねる。
濃密な闘気。先程までの弛緩した空気が、嘘のようだ。
楽進が息を吸い込む、右手を引き、密かに力を込めていく。
于禁は震えを誤魔化すように、得物を強く握った。武者震いではない、恐怖からくる震え。
それでも彼女に、逃げという選択肢はなかった。心ならずも倒れた親友と、強大な相手に向かっていく親友の為に。背を向ける訳にはいかないのだ。
「合わせろ、沙和!」
「合点承知なの!」
楽進の突き出された右手から、淡い光を放つ何かが飛んでくる。気弾だ。
弛まぬ鍛錬の果てに会得した奥義。先程、猪々子を落馬させたものもそれだろう。
猪々子は大刀を盾にして気弾を受けた。思ったより衝撃が少ない。
これは、囮だ!
「もらった」
「なの!」
「――ッ」
猪々子は、二人の狙いに気が付くと同時に、術中に嵌まっていた。
気弾で意識を逸らしたところで、接近して猛攻を仕掛ける。超近距離戦。
斬山刀は刃渡りも大きい長刀だ。切れ味を最大限発揮させるには、相応の間合いを必要とする。
大きく振る必要があるのだ。
それに対して、二人の得物は近距離戦に向いている。
楽進の得物を己の体、四肢を活かした徒手空拳。
于禁の双剣も小回りが利く。なにより、巧い。
背後に回り込み、楽進の猛攻から逃れられないように牽制してくる。
避ける、避ける、受け、避ける。
前の拳を体術、背後の刃を大刀で弾き、いずれ来る好機を待つ。
仕掛ける二人はそんな彼女に舌を巻いていた。不得手とされる間合いで、二人の攻撃に対処できるとは……。
猪々子の武才は、周りの想像を遥かに超えている。
「――ちぃッッ」
顔の横に拳が通る。猪々子の頬に掠り、血が流れた。
ここにきて楽進が猪々子を捉え始める。というより、猪々子が避け損なった。
楽進の攻撃パターンが変わったのだ。只でさえ多彩な拳法にフェイント、于禁もそれに合わせて来た。
猪々子の身体を、次々と掠めていく。フェイント織り交ぜられては、避け続けるのは不可能だ。
勝てる。
強者を挟んで猛攻を仕掛けていた二人に、希望が湧いた。
相手が本来の力を発揮できていれば、勝機は無かったはずだ。それほどに実力が離れている。
二度と通用しないであろう、気弾による奇襲が生んだ好機。必ずものにして見せる……!
そんな二人の気概を感じ取ってか。はたまた、攻め続けられたことによる苛立ちか。
猪々子の額に血管が浮き上がる。図に乗るな。この程度、窮地ですら無い!
「なっ――ッ!?」
猪々子による頭突き。突然受けた衝撃に楽進が立ち眩む。
楽進と于禁の連携は巧い。いや、上手過ぎる。
だからこそ生じる隙があった。二人のフェイントが重なった時だ。
「オ、ラアアァァッッッ」
一閃
「きゃあ!?」
于禁は脇に迫った凶刃に、辛うじて双剣を滑り込ませて受け止めた。
だが、受けきれない。強すぎる衝撃に彼女の身体が浮き上がり、猪々子は構わず于禁ごと大刀を回転させて、楽進めがけ振りぬいた。
「ぐッ!」
楽進も于禁同様、両の手甲を交差させ防御する。
そして于禁と同じく浮き上がり、二人して大きく弾き飛ばされた。
地面を転がり、楽進は即座に立ち上がった――が。
「沙和、無事か!?」
于禁が気を失っている。額から血を流している所を見ると、受け身に失敗して頭を打ったようだ。楽進は自分達の勝率が、顕著に下がったことを自覚した。
不幸中の幸いは、先程の一振りが全力で無かった事だろう。
猪々子の間合いで腰の入った一振りなら、二人の胴ごと両断されていた。
斬撃というより、鈍器に近い一撃。目的は距離を離す為だろう。
「勝負あり――ってか。ここらで降伏したらどうだい?」
猪々子個人としては、二人を殺めたくない。
強者と認めたこともあり、是非とも肩を並べて戦場に立ちたい。
陽が魏を打ち破り吸収すれば、それも叶うだろう。
そして何より、見知った者の死を悲しむ顔を、見たくないと思った。
「こう……ふく?」
両の腕に激痛が走る。チラリと目を向けると、手甲が砕けていた。
痛みは、骨に異常をきたしたのだろう。
絶体絶命。そんに言葉が浮かんだ自分を、楽進は嘲笑した。
まだだ、自分には出来ることがある。
「――そうか」
楽進が全身の気を練り上げているのを確認して、猪々子が呟く。
討ちたくないだけで、討てないわけではない。
最早、是非に及ばず。これ以上の言葉は互いの、武人としての魂に傷をつけるだけだ。
楽進を中心に、波紋のように静寂が広がった。
決死。
相方が倒れ、手甲が砕け、身体が満足に動かせず、相対するは格上の強者。
猪々子が強者と認めた武人が、人生の終焉に牙を立てようとしている。
彼女は敬意を言葉にせず、獅子博兎であることでソレを伝える。
大刀一閃。
十数人の重装歩兵すら撫で斬りにする、猪々子がもつ最強の斬撃。
ソレが来ると、楽進は悟った。
右手を引き、腰を落とす。奇しくもソレは、猪々子に奇襲を仕掛けた時と同じ構えになった。
「いっっくぜぇぇぇーーッッ」
瞬時に間合いを詰める大刀。楽進に焦りはない。
後は、尽くすだけだ。
「ウオオオオォォーーーッッ」
全身に満ちていた気が、突き出した右手に収束していく。
目がくらむ程の眩い光と共に、全力の気弾が放たれた。
先程放った気弾の比ではない。猪々子を丸ごと包み込むような大きさ。
破壊力も言わずもがな、巨石すら砕くだろう。
猪々子はそれを正面から――
「オラァッ!」
――斬った!
「!?」
目を見開いた楽進がその場にへたり込む。絶望したのではない、出し尽くして脱力したのだ。
頭上を大刀が通り過ぎる。偶然だが、避ける形になった。
だが、それで止まる大刀ではない。猪々子は振りぬいた得物を切り返し、再び楽進を捉えた。
刃を引くことは簡単だ。楽進達の命を惜しむなら、終いにして捕縛すればいい。
だが、ぞれでは楽進の武人としての魂が死んでしまう。
降伏を受け入れず全力で牙を突き立て、相手の裁量で生き延びる。
冗談ではない。生き恥だ。
猪々子は武人としての楽進を救うため、個に向けて斬撃を繰り出した。
そんな不器用な気遣いを感じてか、楽進が苦笑する。
悔いはない。全力を出し尽くして敗れたのだ。武人としての本懐といった所だろう。
そう“武人”としては。
目を瞑る楽進の脳裏に、魏の面々が浮かぶ。
村を救われ、軍人として取りててもらい、変わり者で知られる幼馴染達を重宝してくれた。
全身の傷にも嫌悪感を見せず。武人として高みを目指す事まで、手助けしてもらった。
だからこそ個人として無念だ。恩を、返しきれなかった。
「……?」
妙だ。目を瞑ってから暫く経つが、来るはずの斬撃が無い。
恐る恐る目を見開いていく。
大刀が、自分の首元で止まっている。
寸止めだろうか。いや、ありえない。最後に見た斬り返しは振りぬく勢いだった。
では、幻を見ているのだろうか。嗚呼、幻だ。でなければ、眼前の背に説明がつかない。
「なんとか、間に合ったな……!」
「春蘭様!?」
幻ではなかった! 二度と見ることは叶わないはずの、頼もしい背が目の前にある。
視線を動かすと、寸での所で七星餓狼が大刀を止めている。
「よぉ、遅かったじゃんか」
「こう見えても忙しくてな。なぁに心配はいらん、埋め合わせは――するさッ!」
大剣と大刀。戦場に大きな金属音が響き渡たった。
後書き
「武力、容姿、人気、忠誠度、主の器。
結局のところ、勝つのは私では?」
「なんだァ? てめェ……」
猪々子、キレたッ!
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