獣篇Ⅲ
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38 座布団は獲りに行くものである。
トランシーバーをオフにして、晋助と落ち合う場所を決めてから、そこへ向かった。晋助の話によると、今日の夕方からまた、会合があるようだ。神威の処刑祝いらしい。なんとまぁ酷い話だ。
てきることなら参加したくないが、仕方ない。提督をいい気にさせておくのも一興かもしれない。
***
会合が終わり、一旦船に戻る。
船に戻る道すがら、晋助に話を振ってみた。
_「春雨は、今回の一件で二兎を得たわね。」
_「…あァ。だが、座布団はやれねェなァ。」
_「山田くんの回収レベルだわ。ま、それは置いといて。春雨もやってくれるわね。まるで私たちが地球の春雨部隊じゃない。全く。おもちゃの片付けくらい、自分でしろや、と思うわ。」
_「……まァ、そうだな。ところで零杏、処刑の日取りについては聞いたか?」
_「…ええ。三日後でしょう?…鬼兵隊も裏方につくのではなくて?」
_「察しがいいなァ。…因みにお前は、何で参戦するんだァ?」
_「うーん。一応刀がベースかしらねー。でも最初はまた子さんと同じように二丁拳銃かしらね。」
_「四刀流じゃねェか。」
_「そうよ。元(今もまだ一応現役)スパイをバカにしないの。www」
_「ほォ。やるじゃねェか。」
ギロリと、冷たい視線を投げ掛けると、一瞬目があったのに、完全に無視された。クソッ殴り飛ばしてやりたい。フルボッコかまして写メ取ってInstagram にでも挙げちゃおうかしらん?www
_「…オイ、お前今何か、物騒なこと考えてただろォ?」
え?見られてたの?www
_「えぇ?いいえー?」
相変わらず、疑い深い顔をしている。
とりあえず、話を続けよう。
_「で、話を元に戻すけど、処刑の件で、指示はいつ出されるの?」
_「明日の朝、万斉から直々に隊士たちに説明がある。が、お前はどこの部隊にも所属はしねェ。オレと一緒に春雨側に回る。」
_「つまりそれは…」
_「お前はオレと行動すらァ。」
エェェェェェェッ!?
_「え?…あ、そう。具体的にはどうすれば良くて?」
_「そん時になったら教えらァ。」
_「はーい。じゃ、待ってます。」
そうこうする内に、部屋に着いた。
_「じゃ、布団敷いとくから、先にお風呂入ってきたら?」
_「あァ。じゃあ入ってくらァ。」
私も、先に寝巻きの浴衣に着替えてから、着物をかけ、お風呂セットを風呂敷に包んでから、布団の準備をする。
と言っても灯りは行灯しかないので、とても見にくい。どこぞの副長のように、瞳孔が全開になりそうだ。
布団を敷き終わり、髪の飾りとイアリングを外し、洋梨の形をした木で出来たポーチに仕舞う。
ちょうど良いところに晋助がお風呂から上がってきた。
_「オイ、零杏。風呂いいぜ?」
シャンプーと、仄かに石鹸の香りがする。あとは、煙管の香りだ。
ありがとう、と言って風呂へ向かった。
***
浴室の中の鏡に顔を写す。
鏡に写る自分の顔が、どこか自分の顔ではないような気がする。
そりゃあそうだろう。私には、人格が少なくとも2つ、…否、性格にはそれ以上かもしれない。今は、…「久坂零杏」の人格が一番頂点に立っているが。この状況がいつ変わるのか、は本人である私にも分かるわけがない。
なぜなら、人格は私であって、私ではないからだ。
だが、いくつもの人格があったとしても、体は1つしかない。いつかは、崩壊するだろう。それが起こったとき…私は、…
死ぬのかもしれない。
唯一の判別の方法は、…そう。
瞳の色だ。
通常の「久坂零杏」の時は、
瞳の色は、碧翠色。
アンナ・イェラノヴァの瞳は、群青色。
そして、獣の時は、…蘇芳色。
今は、碧翠色。よく見ると、少しずつ色が写っては消え、写っては消えしている。今日は、不安定な日なようだ。
***
お風呂から上がると、晋助は枕元に座って煙管を吹かしていた。
_「よォ。上がってきたか。やけに遅かったなァ。どうかしたのかァ?」
_「…考え事をしてたわ。それより、早く寝ましょうよ。」
と言って、お互い布団には入ったものの、私が眠ることはなかった。
否、正確には眠れなかったのだ。
…全く、私はどうかしている。
結局一睡もできずに夜が明けてきた。
隣からは規則正しい寝息が聞こえてくる。
今日は、完全に off の日なので、ゆっくり休むとしよう。晋助が起きたようだ。零杏、と呼ばれて振りかえる。
_「どうしたの?」
さも今起きた風に声色を変える。
_「朝飯、今日はここで食べようぜ?」
_「…ええ。いいわね。」
ルームサービスで、こちらに持ってきてもらう手配をしている。
手配が終わり、暫くすると料理が運ばれてきた。支度が整い、席に着いた私たちが料理に手を伸ばそうとしたその時に、私は急に吐き気を覚えた。
慌てて袖で口を抑え厠に向かうが、出てくるのは胃液のみ。
後から駆けつけた晋助が背中をさすってくれた。
_「お前…大丈夫か?ちょっと待ってろ、船医を呼んでくる。」
_「あり…がとう。」
情けないことに、今は弱々し笑みを浮かべることしかできない。暫くするとすると、医者がやって来た。
_「零杏殿?」
はい…と応えると、船医が診察をするから、お布団を敷いてください。と言った。
晋助が布団を敷いてくれ、その上に横たわる。医者は私の腕を取ると、脈を見出した。
_「…フム、これはこれは。…零杏殿、そして総督殿。零杏殿は双子を妊娠しておいでです。ご懐妊、誠におめでとうございます。」
_「双子?」
_「…そうか。」
ええ。と医者が続ける。
_「なので先程の症状は、悪阻でした。なので、今のところ妊娠3ヶ月目ほど、と見られるでしょう。くれぐれもお体を大切になさってくださいね。」
では私はこれで、と医者は部屋を去った。
_「零杏…」
晋助が心配そうに背中をさする。
_「それにしても、まさか妊娠していたなんてね。本人でも驚きな話だわ。」
_「だが、腹の子はオレとお前の子だろォ?大丈夫だ。」
_「一体どんな子たちなんでしょうね?産まれてくるのが楽しみですわ。」
母になる、とはどういうことなのか。今はまだイマイチ分からないが、いずれ分かるのだろうか。
だが、私は多重人格を背負っている。そんな私に、母になる権利などあるのだろうか。
_「まァ、とりあえず今日はゆっくり休め。…明日も、…休んどけや。」
_「それは、…できないわ。なぜなら…私は…わ、…たしは…」
突然目の前が真っ黒になった。
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